第三テスト:柔術
光が収まると同時に、再びあの真っ白な試験空間。
立っているだけで既視感に襲われる。
「……またここか」
ため息をついた瞬間――
『――ハイッッ!! お待たせしました第三テストォォォ!!』
「……出たよ、またそのテンション」
耳をつんざく爆音。あのスピーカーが四隅で唸りを上げている。
『今回の試験はァッ!! 単純明快!! “柔術”による格闘戦でございまぁすッ!!』
「格闘戦……?」
これまでの“岩破壊”に比べれば、少しは人間的……な気もする。
『ルールはカンタンッ!! ランダムに登場する対戦相手を“柔術のみ”で倒せれば合格ぅぅ!!
武器の使用は禁止ッ! 魔術の使用も禁止ッ! 正々堂々、拳と肉体で語れぇぇ!!』
「いやテンションのほうが禁止レベルだろ……」
言い終わる前に、空中に巨大なルーレットが現れた。
ぐるぐると回転しながら、名前が高速で切り替わっていく。
「リオン・ヴァルクライト」「キサラ・アルメリア」「アルノルト・フェルディナント」――
「ちょ、ちょっと待て!? 学園長もいるじゃねぇか!!」
まさかのフルネーム入り。無茶苦茶すぎる。
『さぁ~てぇ~!? 誰が選ばれるかなぁ~~!?』
爆音と共にルーレットの針が止まる。
ピタリと静止した名前は――
「レイナ・クロスフィールド」
『おっとぉ!? 出ましたぁ!! 聖騎士学園一年、女子格闘部主将ッ!!
リオンの右腕にして、“黄金の拳姫”の異名を持つ実力者ぁぁ!!』
場内が一気にざわめく。
瞬間、空間の中央に光の柱が立ち、そこから一人の少女が姿を現した。
ショートカットの金髪が光を反射する。
引き締まった体に、黒と白の訓練服。
露出は少ないのに、どこか圧倒的な存在感。
立っているだけで、空気が変わる。
「おおおっ! レイナ先輩だ!」
「やった! 本物が見られる!」
「拳姫レイナの試合、生で見られるなんて!!」
観覧席から黄色い歓声が上がる。
どうやら学園内でも相当な人気者らしい。
「……なんで女子人気まで高いんだよ」
「ふふっ、カミヤ君。運が良いのか悪いのか、微妙ね」
上空の観覧席でキサラが微笑んでいた。
透は頭を抱える。
「絶対悪い方だろ、これ……」
レイナが透の前に歩み寄る。
その瞳は真っすぐで、どこまでも強い。
「あなたが相手ね。よろしく、カミヤ・トオル」
「あ、ああ……よろしく」
丁寧に頭を下げる彼女に対し、透は緊張で手が震えた。
近くで見ると、鍛えられた筋肉がしなやかに動くのがわかる。
完全に“本物の格闘家”だった。
(……どうすんだよ、これ。素人だぞ俺)
逃げるという選択肢はない。試験だからだ。
『両者、構えぇぇ!! 柔術第三テスト――開始ィィィ!!』
合図と同時に、レイナが踏み込む。
音を置き去りにするスピード。
「っ!? はやっ――!」
回し蹴りが空を切る。
ギリギリでしゃがみ込み、反射的に足を払う。
が、すでにそこに彼女はいない。
次の瞬間、背後に気配。
レイナが低く身を沈め、投げ技の体勢。
「っぐ……!」
あっさり背負い投げられ、地面に叩きつけられる。
――ドガァァンッ!!
衝撃で地面が波打った。
試験空間なのに痛みはリアルそのもの。
「……これ、柔術っていうより拷問では?」
「立ちなさい。まだ終わってないわ」
淡々と告げるレイナ。
容赦がない。
(マジで強すぎる……!)
立ち上がり、拳を構える。
打撃を防ぎながら、反撃を狙う。
だが、拳を振るたびにカウントが上がるのを透は見逃さなかった。
“37”、“58”、“73”――
(なるほど、打撃判定でもカウントされるのか……!)
少しずつ感覚を取り戻していく。
避け、反撃、回避。
身体はボロボロだが、数値だけは確実に上がっていく。
そして――
“99”。
(……今だ!)
透は咄嗟に踏み込み、拳を突き出した。
「おりゃああああああっ!!」
拳が空を裂いた瞬間、世界が歪む。
爆発ではなく――衝撃波が走った。
目に見えるほどの空気の揺らぎがレイナを包み、
次の瞬間、彼女は数メートル後方へ吹き飛んだ。
地面に転がりながらも、すぐに体勢を立て直す。
しかし、その表情には驚きが浮かんでいた。
「……今の、何?」
「……クリティカル?」
呆然と呟く透。
彼の拳からまだ微かな熱が立ち上っていた。
観覧席がざわめく。
キサラが目を見開き、学園長は感嘆の声を上げる。
「肉体で衝撃波を発生させるとは……彼のスキル、やはり通常の法則ではない……!」
リオンも腕を組み、鋭い目つきで見下ろしていた。
(……やっぱり、あいつ、普通じゃない)
レイナが静かに立ち上がる。
拳の感触を確かめるように指を握った。
「……負けね。完敗よ」
「い、いや、今のはたぶん偶然――」
「偶然でも、結果は結果。あなたの拳、ちゃんと届いたわ」
そう言って、微笑む。
それは観覧席で見た時よりずっと柔らかい笑顔だった。
「試験官として言うわ。第三テスト――合格」
場内から大歓声が上がる。
「うおおおっ! まさかレイナ先輩が負けるなんて!」
「新入生ヤバすぎる!!」
透は頭をかきながら、困ったように笑う。
(……マジでどうなってんだこのスキル)
カウントが“100”を示したまま、ふっと消える。
力の余韻だけが、まだ拳に残っていた。
上空のスピーカーが再び吠えた。
『第三テスト、柔術――合格ぅぅぅぅ!! 新記録樹立ぅぅ!!』
「うん、知ってた。お前が最後に叫ぶのも含めてな」
透は苦笑しながら空を見上げた。
白い空間の上では、リオンと目が合う。
その瞳には、今までにない“興味”が宿っていた。
(……ようやく、こっちを見たな)
小さく笑みを浮かべる透。
その瞬間、光が走り、次の試験場への転送が始まった。




