第84章: 月下の仙女
AIの「Animon」でキャラクターイラストを何枚か描いてみました。
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風間伊佐は、少女に導かれるまま建物の階段を上り、二階へと足を運んだ。
二階にたどり着くと、目に映った光景は一階とはまるで異なっていた。ここは明らかに、より上等な客人のための区域だった。一階の開放的な広間とは違い、そこは広く静かな回廊で、両側には屏風で仕切られた半個室の雅座が並んでいる。客たちは皆、品のある衣服を纏い、落ち着いた口調で談笑していた。空気にはほのかな芳香が漂い、女性たちも洗練され、化粧は繊細で、立ち居振る舞いにも品があった。彼女たちは絶妙な距離感を保ち、媚びることなく、自然に人を惹きつける。
少女はそこでも足を止めず、伊佐をさらに上の階へと導いた。
三階に足を踏み入れると、そこにはわずかな扉だけが静かに並んでいた。どれもが精緻な装飾を施された特別室──この場所こそが、「浮世仙月」の最上層。王国において特権を持つごく限られた者たちのために用意された、特別な空間だった。
少女は、月光花の彫刻が施された一枚の扉の前で立ち止まった。彼女はノックもせず、静かに膝を折り、恭しく声をかけた。
「アスタルテ様、お客様をお連れしました」
「カタカナ、お客様をお通しなさい」
部屋の中から聞こえたのは、澄んだ声にかすかな艶を帯びた、まるで音楽のような声だった。その声には不思議な魔力が宿っているようで、やわらかに、しかしはっきりと伊佐の耳に届いた。
その言葉を受けて、カタカナと呼ばれた少女は静かに扉を開けた。
部屋の中では、幾つかの燭火がやさしく揺れ、窓から差し込む月光が床に白く映えていた。一階の賑わいと対照的に、ここは静かで、どこか神聖な雰囲気さえ漂っていた。
調度は控えめながら洗練されており、中央の木製のテーブルには美しい彫刻が施されている。奥には品格ある寝台が置かれ、窓の外には満月と星がきらめいていた。部屋にはほのかに清らかな香りが漂い、心を落ち着かせる。
そして、月明かりの差し込む窓辺に、一人の女性が背を向けて立っていた。
腰まで流れる艶やかな黒髪は、まるで絹糸のように滑らかで、その間にほのかな光がきらめいているように見えた。彼女は静かに立ち尽くし、優雅でありながら、自然の中に溶け込むような気配をまとっていた。
伊佐は思わず見とれてしまい、その場に立ち尽くしてしまった。
「どうぞ、お入りください」
カタカナの声で我に返り、伊佐はおずおずと部屋の中へと足を進めた。
彼が部屋に入ると、背後の扉は静かに閉じられ、残されたのは、伊佐とその背中だけだった。胸の内で、なにかが静かに軋み始めた。
まるで彼の視線を感じ取ったかのように、彼女はゆっくりとこちらに振り返った。
その瞬間、風間伊佐の呼吸は止まった。
それは言葉では言い尽くせないほどの美しさだった。匠の神が月の光から作り出したかのような、幻想的な顔立ち。月明かりに照らされる黒髪は輝き、蒼玉のような瞳がこちらを見つめていた。俗世の美の基準を遥かに超え、まさに月の宮殿から舞い降りたかのような存在──尊く、どこか遠く、そして神秘的。
その澄んだ瞳は、何もかもを見通すような静けさを宿しながらも、不思議と圧迫感はなかった。
「ようこそ。私はアスタルテと申します」
月下の仙女、アスタルテが、やわらかく口を開いた。
「お、おぉ……こんにちは、ぼ、僕は……カザ……マイケルです!」
風間伊佐は緊張のあまり、名乗りの途中で声が裏返ってしまった。
「どうぞ、お構いなく。まずはお掛けください」
アスタルテは微笑みながら、優しく座席をすすめた。
「は、はい……」
伊佐はぎこちない動きでテーブルのほうへ進み、促された席の向かい側に腰を下ろした。
その様子を見たアスタルテは、ふと微笑むと、テーブルに置かれた茶器を手に取り、彼の隣へと近づいた。そしてそっと身を屈め、茶を注ぎ始めた。
二人の距離は一尺もなかった。ふとした仕草の中で、彼女の胸元がわずかに見え隠れし、優しい香りが風間伊佐の鼻をくすぐった。彼の心は、不意に波立った。
「どうぞ、温かいうちに」
アスタルテはそのまま彼の隣に腰を下ろした。伊佐は思わず視線を逸らし、茶杯を手に取って気を紛らわせようとした。
「熱っ!」
彼は舌を出して思わず声を上げた。
「ゆっくりで大丈夫ですよ」
「す、すみません……ありがとうございます」
伊佐は照れ笑いを浮かべて答えた。
「ふふっ……でも、勇者様がこんなに慌てるなんて、ちょっと意外でした」
「──っ!?」
伊佐は目を見開いて、アスタルテを見つめた。
「ど、どうして……俺が勇者だってわかったんですか?」
「ママから、『今日お迎えするのは身分の高い方よ』と聞いていました。でも、あなたの様子はどうにも“高貴”というより……」
アスタルテはくすっと微笑んだ。
「それに、マックス様のお姿は、アレクスの方々とは少し違いますから。ですので、ほぼ確信しておりました」
正体を見抜かれた風間伊佐は、苦笑いを浮かべた。
「……そうか。じゃあ、もう隠せないな。でも、ここでは“勇者”の肩書きは、ちょっと面倒を招くかもしれないから……内緒にしてもらえると助かる」
「もちろんです。誰にも言いません」
「ありがとう、アスタルテ。改めて自己紹介するよ。俺の本名は風間伊佐。でも“マックス”って英語名で呼ばれることが多いんだ」
「はい、よろしくお願いいたします。マックス様」
「そんなにかしこまらなくていいよ」
「では、失礼して……ありがとうございます」
先ほどまでの緊張と淡い色気は静かに消え、そこには奇妙な心地よさと、柔らかな距離感が生まれていた。
「マックス様は、なぜ私たちの“浮世仙月”へお越しになったのですか?」
「ある人が、『気を紛らわせるには良い場所だ』って言って、ここに連れてきてくれたんだ」
風間伊佐は小さくため息をついた。
「気を紛らわせる……何か、あったのですね?」
「昨日、騎士たちの葬儀に出たばかりで……その人が、俺の落ち込みを見かねて……」
「……騎士たちの、葬儀……」
アスタルテはその言葉を静かに繰り返し、そっと彼を見つめた。
風間伊佐は自嘲気味に笑いながら、ぽつりと語り始めた。
「……俺は“勇者”だ。戦場では誰よりも前に立つべき存在なのに……俺は、逃げた。俺を守ろうとした多くの騎士たちが、魔族の刃に倒れた。葬儀で、その家族たちが泣き崩れるのを見て……」
その声は次第に弱くなり、力なく、疲れきった響きを帯びていた。
こんな風月の場でこんな話をすれば、きっと慰めの言葉か、あるいは気まずい沈黙が返ってくる。伊佐はそう思っていた。
だが、アスタルテの反応は、そのどちらでもなかった。
サファイアのようなその瞳に、同情もなければ、軽蔑もない。ただ静かに彼を見つめるその眼差しは、あまりにも穏やかで――かえって伊佐の胸をざわつかせた。
しばらくして、彼女は小さく息を吐き、そっと口を開いた。
「……そういうことだったのですね」
アスタルテは静かに続ける。
「人々は“勇者”という冠をあなたの頭に載せました。だから誰もが当然のように、あなたが神であるかのように振る舞うことを求めた。でも――彼らは忘れていたのです。神には鼓動がなく、人間にはある。人であるなら、恐れるのは当たり前のことです」
風間伊佐ははっとして顔を上げ、驚きの目で彼女を見つめた。
アスタルテは慰めもしなければ、励ましもしなかった。ただ、彼の痛みの核心を――“凡人”としての弱さと、“勇者”という称号の間にある深い断絶を、正確に言い当てた。
彼女は立ち上がると、部屋の隅にある棚から数枚の花びらを取り出し、テーブルに戻って彼の茶に静かに浮かべた。
花びらは湯に触れるとふわりと開き、心を落ち着かせるような優しい香りを漂わせる。
「月光花の花びらです」アスタルテは囁くように説明した。「乱れた心を、少しだけ穏やかにしてくれるんです」
風間伊佐は茶の中に舞う花びらを見つめ、その香りを静かに吸い込んだ。胸の奥に溜まっていたものが、ほんの少しだけ軽くなったような気がした。
アスタルテは再び彼の隣に腰を下ろし、柔らかな瞳で言葉を紡いだ。
「浮世仙月に来られる方々には、それぞれの理由があります。一時の快楽を求める人、昼の策略から逃れたい人、そして……ただ誰にもならなくていい、静かな場所を求める人」
「人は皆、仮面をかぶって生きています。策を巡らす将軍が、戦で散った魂に夜通し涙し、権力を握る大臣が、誤った決断に心から後悔することもある。人々は彼らの栄光だけを見て、その裏にある傷や恐れには気づかないのです」
その言葉を聞いて、伊佐は顔を上げた。目の前にいるのは、月明かりに映えるような美しさを持つ女――だが、その口から紡がれる言葉は、あまりにも人の心に届くものだった。
「だからこそ、マックス様」
アスタルテの眼差しは澄みきっていて、すべてを見透かすかのように伊佐を見つめていた。
「あなたの痛みの本質は、悲しみではありません。“勇者”という名に応えられなかったと思うこと――命を懸けてあなたを守った騎士たちに、報いることができなかったという、その想いなのです」
風間伊佐は何か言おうとしたが、言葉が出なかった。彼女の言葉は、あまりにも的確だった。
彼は深くうつむき、肩を小さく震わせる。その姿は、まるで自分の存在を影の中に押し込もうとするかのようだった。
アスタルテは彼から目を逸らさず、静かに、しかしはっきりと語った。
「マックス様。その痛みの重さは、あなたにしか分かりません。他人には、どんなに寄り添っても、その重みを等しく背負うことはできない。“忘れろ”とか“前を向け”なんて言葉は――まだ血を流しているあなたには、あまりにも残酷です」
彼女はそっと首を振った。蝋燭の灯りが、彼女の瞳に揺らめいた。
「私は、あなたの傷に触れることはできません。それは私のものではないから。ただ……少しでも痛みを和らげるお茶を一杯、そしてここで――誰にも邪魔されない静かな時間を、あなたに捧げたいと思っています」
その言葉は、伊佐の心の奥底に灯りをともすようだった。張りつめていた神経が、ふっと緩んでいくのを感じた――その時だった。
「ぐぅぅぅぅ……」
場違いな音が、静寂を破った。
「……あっ、ごめん……」
風間伊佐は赤面しながら言った。一階で果物と酒を少し口にしただけで、まともに食事をとっていなかったのだ。
アスタルテはふっと笑い、その微笑みは月光花のように、部屋の空気を柔らかく照らした。
「マックス様、お食事をお持ちしましょうか?」
「……うん、お願い……」
「フィエル」
アスタルテは扉の外に向かって呼びかけた。
「お客様に、お食事をお願い」
「はーい」
外から返事が返り、足音が階下へと遠ざかっていった。
「そういえば……」
風間伊佐はふと思い出したように言った。
「さっき、成績が悪いと罰を受けるって聞いたけど?」
「ええ、そういう決まりになっています。どうかされましたか?」
「いや、その……下で二人の娘さんに接客してもらったんだけど、すぐに呼ばれてこっちに来ちゃって……。それじゃあ、あの二人が損をしちゃうような気がしてさ。今回の分、少しでも彼女たちの売上に入れてもらえないかなって」
(昔、会社で営業の先輩が、もう少しで契約できそうだった案件を、急に他の人に取られて……また一からやり直しになったことがあってさ。その時、すごく気の毒に思ったんだ)
風間伊佐の言葉に、アスタルテのサファイアのような瞳が一瞬揺れた――が、すぐに元の穏やかな笑みに戻り、そっと言った。
「……なんて、変わった勇者様でしょう。ご安心ください、私がきちんと対応しておきます。でも……」
アスタルテは身を少し乗り出し、月のような瞳を細めて微笑む。その声は、少しいたずらっぽい響きを含んでいた。
「その代わり……もっとたくさんご利用していただきますからね、勇者様♡」
アリアン(Arian):
主人公と仲間:
風間 伊佐〔MAX〕
リック(Rick)
エマ(Emma)
レイチェル(Rachel)
世界・国家:
休ジェスト(ヒューゲスト)〔世界名〕
アレクス王国
王族・王宮関係者:
シャルルマン・ハンスウォーケン〔国王〕
エリザベート・ハンスウォーケン〔王女〕
ウォリック・ハンスウォーケン〔第一王子〕
ジフク・ハンスウォーケン〔第二王子〕
クリス・ハンスウォーケン〔第三王子〕
宮廷・騎士団関係:
リゼス・アンコベル〔首席女神官〕
アルドフ・ツァイコロフ〔宰相〕
アーサー・リチャード〔騎士団長〕
マイヤー・オギリテ〔騎士団副団長〕
アリアン・レフォルト〔魔法騎士団長〕
カフス・フォンデシーン〔魔法騎士団副団長〕
ジュリエット・ナスタント〔初級神官〕
ダンブズ・ホークランド〔前大賢者〕
イレス・ヴォジリット〔メイド〕
リチャード・ディオジット公爵〔東方領地領主〕
主人公関係者:
天翔〔風間伊佐の騎乗馬〕
養女の庶民の女の子: アンナ
養子の庶民の男の子: ジェミット
浮世仙月の花魁: アスタルテ
他国・神・魔族
東方帝国 ロールス
南方王国 シーク
中土王国 プシス
中土王国 ウランクス
シドレフ・グランシス〔プシス国王〕
プシス公爵 ヒルトン・ヴァルキス
ウランクス公爵 ヴァキル・キルコフ
魔族将軍 クラシド
魔族魔法将軍 シフィス
神:
光の神 エリクス(エリクス)
大地の神 ディートラ(ディートラ)




