第82.5章:騎士の讃歌
葬儀が終わり、騎士たちは静かにこの地に眠りについた。家族たちは嗚咽を漏らしながら、ひとり、またひとりと墓地を後にしていく。風間伊佐もアンナとジェミットの手を引き、静かにその場を離れようとしていた。すると、背後から聞き覚えのある声が彼を呼び止めた。
「勇者様!」
振り返ると、そこには戦場で生き延びたケンが立っていた。頭に包帯を巻いてはいたが、外見上は大きな怪我もなさそうだった。
「ケンか。もう体は大丈夫なのか?」風間伊佐が心配そうに声をかける。
「ええ。あの時、魔将の攻撃で吹き飛ばされて、内臓に少し衝撃があっただけで、大したことはありません」
ケンは朗らかに答えた。
「そうか……それならよかった」
そう言った風間伊佐の目は、ふと陰を帯びた。
ケンはその表情に気づき、視線を墓碑の列に向けながら静かに言った。
「勇者様、ジェイソンたちのことをまだお気になさっているのですか?」
風間伊佐は答えなかった。ただ、アンナとジェミットの手を無意識に強く握りしめた。
風間伊佐の沈黙に、ケンはしばし言葉を選び、ゆっくりと話し始めた。
「勇者様、どうか自分を責めないでください。俺たち騎士団の者は、騎士になると決めたその日から、死を覚悟しています。栄誉や安定は、その覚悟の上にあるものです。ですから、どうか……あまりご自分を追い詰めないでください」
「でも……もしあの日……俺が前に出ていれば……」
風間伊佐の声は苦しげだった。「彼らは死なずにすんだかもしれない……」
「……そうかもしれません」
ケンは墓碑の向こうに広がる空を見上げて言った。
「でも、あの戦いを生き延びたとして……次は? その次は? 俺たち騎士は、民と王国、そして陛下を守るために剣を取っている。アレクスの盾であり矛である以上、死を恐れてはいけない。戦場に散ることが、俺たちの宿命であり、誇りなのです」
「でも……家族は? 残された人たちはどうなるんだ? 俺は見たんだ……ジェイソンの両親、弟、妹、そして婚約者が、彼の死を知った瞬間、信じられないというように泣き崩れる姿を……これが本当に、望んだ未来なのか?」
「それこそが、俺たちの望んだものです!」
ケンは迷いなく、強い声で言った。
「陛下を信じ、陛下がアレクスをより良い未来へ導いてくださると信じて、俺たちは騎士団に入ったんです。家族を守りたい、民を泣かせたくない。アレクスを笑顔の溢れる国にしたい。だからこそ、剣を取ると決めたんです」
「……」
「でも、平和は勝手に訪れてはくれません。誰かが前線に立ち、血を流し、命を落とす。もし皆が自分の命を優先し、戦わないのなら、理想は誰が実現するのか?
だから俺たちは、命を賭けてでも、アレクスと陛下の盾と矛になる覚悟を持ったんです」
そう言ってケンは一拍置き、声を和らげて続けた。
「もちろん、家族は悲しみます。涙も流します。でも、だからこそ俺たちは、帰れる時を大切にするんです。帰った時は、精一杯家族を抱きしめる。共にいられる時間を、一瞬一瞬を大事にする。それが、俺たちにできる唯一の償いなんです」
「ケン……君は……」
風間伊佐は言葉を失った。
彼の元いた世界では、戦争のない国で育った。けれど、テレビの向こうでは、戦争の現場から兵士たちの声が流れていた。記者に「怖くないのか」と問われた兵士は、こう答えていた。
「怖いさ。だが俺は、家族を愛している。俺を育ててくれたこの土地を、この国を愛している。だからこそ、恐怖を抱えながらも、この愛が俺に武器を取らせるんだ。故郷を侵す侵略者と戦うために!」
——そうか。
風間伊佐はようやく、その言葉の意味を理解した。
「恐れは本能……そして勇気は、人間の讃歌だ」
目を閉じて、そっと微笑んだ。
「ケン……君たちこそ、本当の勇者だ」
「えっ? それってどういう……」
「いや、なんでもないよ」
風間伊佐は空を見上げた。
ケンは風間伊佐の表情に、何かが和らいだことを感じ取ったようだった。そして、ふと思いついたように声をかけた。
「勇者様、明日……少し町に出てみませんか?」
「町?」
「はい。少し息抜きにでも。張り詰めた心は、時に緩めなければ、人は壊れてしまいます。昔、戦場から戻った仲間が、どうしても立ち直れず、騎士団を辞めてしまったことがありました」
「……そうだな」風間伊佐は小さく頷いた。「俺、まだ王都をちゃんと見て回ったことないし。アンナたちも連れて……」
「そ、それが……」ケンが慌てて口を挟んだ。「今回はちょっと、子どもたちは難しいかと……」
「え? どうして?」
「えーっと……まあ、その、次の機会に! 今回は勇者様と二人で、ということで」
歯切れの悪いケンに少し疑念を抱きつつも、風間伊佐は頷いた。子どもたちに顔を向け、優しく微笑む。
「ごめん、明日はちょっと用事がある。また今度、一緒に行こう」
「大丈夫だよ、マックスお兄ちゃん。私たちのことは気にしないで」
アンナが笑顔で答えた。
「え〜! でも、僕も町に行きたかったのに……」
「ジェミット、わがまま言わないの!」
アンナがジェミットの手を引き、きりっとした顔で言った。「お兄ちゃんが今度って言ったら、絶対連れてってくれるよ!」
「ごめんな」
風間伊佐は二人に微笑みながら謝った。
「じゃあ、決まりですね!」
ケンは風間伊佐に一礼すると、軽やかな足取りで立ち去っていった。
風間伊佐は肩をすくめ、二人の手を握り直しながら、王宮の方へと歩き出した。
アリアン(Arian):
主人公と仲間:
風間 伊佐〔MAX〕
リック(Rick)
エマ(Emma)
レイチェル(Rachel)
世界・国家:
休ジェスト(ヒューゲスト)〔世界名〕
アレクス王国
王族・王宮関係者:
シャルルマン・ハンスウォーケン〔国王〕
エリザベート・ハンスウォーケン〔王女〕
ウォリック・ハンスウォーケン〔第一王子〕
ジフク・ハンスウォーケン〔第二王子〕
クリス・ハンスウォーケン〔第三王子〕
宮廷・騎士団関係:
リゼス・アンコベル〔首席女神官〕
アルドフ・ツァイコロフ〔宰相〕
アーサー・リチャード〔騎士団長〕
マイヤー・オギリテ〔騎士団副団長〕
アリアン・レフォルト〔魔法騎士団長〕
カフス・フォンデシーン〔魔法騎士団副団長〕
ジュリエット・ナスタント〔初級神官〕
ダンブズ・ホークランド〔前大賢者〕
イレス・ヴォジリット〔メイド〕
リチャード・ディオジット公爵〔東方領地領主〕
主人公関係者:
天翔〔風間伊佐の騎乗馬〕
養女の庶民の女の子: アンナ
養子の庶民の男の子: ジェミット
他国・神・魔族
東方帝国 ロールス
南方王国 シーク
中土王国 プシス
中土王国 ウランクス
シドレフ・グランシス〔プシス国王〕
プシス公爵 ヒルトン・ヴァルキス
ウランクス公爵 ヴァキル・キルコフ
魔族将軍 クラシド
魔族魔法将軍 シフィス
神:
光の神 エリクス(エリクス)
大地の神 ディートラ(ディートラ)




