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平凡な者の異世界旅  作者: 悠遊之抽


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第79.5章-2:アンナの初めての宮殿での食事体験

風間伊佐は、アンナとジェミットを伴い、シャルルマンの私的な食堂へと足を踏み入れた。すでに王妃と三人の王子たちは着席しており、長男ウォリック王子は不機嫌そうに目を閉じていたが、王妃、ジフク王子、そして末弟クリス王子は穏やかな笑みを浮かべ、こちらを優しく見つめていた。


場に漂う微妙な空気を察しながらも、伊佐は努めて平静を装い、姉弟を連れてテーブルへと向かう。


「二人の子どもを連れてくると聞いてな。少し長めのテーブルに替えさせ、椅子も二脚ほど追加させておいた」


シャルルマンは歩みを止めず、穏やかな口調でそう告げた。


「ふん……恥知らずにも姿を見せたかと思えば、今度は平民の子どもまで連れてくるとはな……」


ウォリック王子が低く吐き捨てるように呟く。


「ウォリック!」


すかさず、シャルルマンが厳しい声でたしなめた。


アンナが不安そうに伊佐の袖を引く。


「マックスお兄ちゃん……」


「大丈夫だよ。さ、座ろうか」


伊佐は優しく微笑みながら、二人に椅子を勧めた。


その声に少し安心したのか、アンナはおそるおそる席に着いた。だが目の前に並べられた銀製の食器や艶やかな陶器の皿に、戸惑いの色を隠せない。一方、ジェミットは初めて見る豪華な食器に目を輝かせていた。


やがて全員が席につくと、控えていた従者が小さな銀の鈴を鳴らし、メイドたちが料理を載せたワゴンを押して現れた。


最初に運ばれてきたのは、新鮮な野菜と果物をふんだんに使った彩り豊かなサラダ。乳白色のドレッシングが美しくかけられ、ふわりと甘く爽やかな香りが漂う。


皆が慣れた手つきでフォークを使ってサラダを口に運ぶ中、伊佐はアンナとジェミットが手を止めたまま動かずにいることに気づいた。


「どうしたの、アンナ? 食べないの?」


小声で尋ねると、アンナは恥ずかしそうに言った。


「その……どうやって食べたらいいのか、わからなくて……」


彼女にとって、食事とはいつも“拾う”か“盗る”かのどちらかで、贅沢とは無縁のものだった。手に入れたものをそのまま口に運ぶ――それが日常だったのだ。


「これはね、隣にある先が三本に分かれてる“フォーク”っていう道具で、食べたい野菜を刺して、この白いソースをちょっとだけつけてから食べるんだよ」


そう言って、伊佐はゆっくりと見本を見せる。姉弟はおずおずと真似をして、口にサラダを運んだ。


噛みしめた瞬間、アンナの瞳がぱっと見開かれる。シャキシャキとした野菜の歯ごたえと、ドレッシングの濃厚で甘酸っぱい味わいが、彼女の味覚を優しく包んだ。


「……おいしい……」


小さく、けれど確かにそう呟きながら、彼女は咀嚼を続ける。


「おいし~い!」


ジェミットが無邪気に笑いながら叫んだ。


「そうか、気に入ってくれてよかった。いっぱい食べてね」


伊佐は二人の嬉しそうな顔を見て、心から安心したように微笑んだ。


「まったく、世間知らずにもほどがあるな……」


ウォリック王子があきれたように鼻を鳴らした。


サラダを食べ終えると、メイドたちが皿を下げ、次に黄金色のスープが運ばれてきた。


皆がスプーンで静かに口をつける中、アンナとジェミットも見よう見まねでスプーンを手に取り、慎重に口に運んだ。


「……おいしい……それに、なんだか懐かしい味がする……」


アンナはぽつりと呟いた。とろりとしたポタージュは、口の中にふわりと優しい甘さを広げていく。


「これはね、かぼちゃのポタージュだよ」


「かぼちゃ……これが……?」


アンナは目を丸くする。彼女にとって、かぼちゃはただ茹でただけの、水っぽい安価な食材という認識しかなかった。


「まさか、かぼちゃがこんな味になるなんて……」


「このスープにはね、かぼちゃのほかに玉ねぎ、ブイヨン、牛乳も入ってる。まず炒めて香りを引き出してから煮込んで、最後に丁寧にペーストにして仕上げるんだ」


「そんなに手をかけて……“料理”って、すごいんだね」


「うん。“料理”っていうのは、普通の食材を、誰かの“幸せの味”に変える魔法なんだよ」


「“料理の魔法”、か……友よ、なんとも面白い表現だな」


シャルルマンが楽しげに笑う。


「普段は意識しないが、確かにその通りだ。単なる素材が、手間と工夫をかけることで一皿の芸術になる……まさに魔法だ」


王妃も穏やかに頷いた。


「ふん……ただの飯に、よくもまあそんな理屈をつけるものだな」


ウォリック王子が鼻で笑うように言う。


「それは違うと思います、ウォリック殿下。殿下は、平民の食卓をご覧になったことがありますか? 我々にとって当たり前の調味料すら、彼らには夢のようなものなんです。今日の料理は、彼らにとって“祝福”そのものなんですよ」


「うむ……まさしくその通りだ」


シャルルマンも深く頷いた。


「我らにとっては日常でも、彼らにとっては料理こそが、かけがえのない喜びなのだ」


「……はい」


そんな穏やかな語らいの中、皆がスープを飲み終えると、メイドたちが器を下げ、続いて芳しい香りを漂わせながら主菜のステーキが運ばれた。テーブルの中央には、焼き立てのパンもふた籠添えられていた。


アンナとジェミットは目の前の分厚い肉に圧倒され、再び手が止まってしまう。そんな二人に、伊佐が優しく声をかけた。


「まず、フォークでお肉を押さえてね。それからナイフで食べやすい大きさに切るんだ」


伊佐の動きを見て、アンナは真剣なまなざしでそれをなぞるように真似た。ぎこちないながらも、ナイフで肉を切り、一口食べる。


「……っ!」


ステーキの表面はメイラード反応によって香ばしく焼き上がり、サクッとした食感と豊かな芳ばしさが口いっぱいに広がる。中は柔らかくジューシーで、ほのかなミルクのような甘みとともに、その旨みが安娜の味覚神経を刺激した。


「……おいしい……これも、“魔法”なの?」


「うん、そうだよ。料理という魔法で、牛肉の美味しさが最大限に引き出されてるんだ」


伊佐が微笑むと、アンナはぱあっと顔を明るくして、次の一切れへと手を伸ばした。


そんなアンナを見守る伊佐は、ふとジェミットが肉をうまく切れずに困っているのに気づく。彼は立ち上がって後ろに回り、そっと手を添えて一緒にナイフの使い方を教えてやった。


その微笑ましい光景を見て、シャルルマンと王妃は静かに、そして温かくその様子を見つめていた。ただ一人、ウォリック王子だけは終始不機嫌なまま、無言でナイフとフォークを動かし続けていた。




最後にやってきたのは、甘いひととき。

メイドが丁寧に運んできたのは、ほんのり焼き色のついた黄金色のチーズケーキだった。すでに食器は片づけられ、ケーキの隣には小さなスプーンだけが静かに添えられていた。


アンナとジェミットも、他の人たちの真似をして、小さなスプーンで一口分をすくい、口に運んだ。


「おいしいっ!」

アンナが目を輝かせて声をあげる。

チーズの濃厚な旨みが口の中でとろけ、ミルクの芳醇な香りとやさしい甘さがふわりと広がった。まるで小さな舞踏会のように、味わいが口内で軽やかに踊っていた。


そんな風に一口ずつチーズケーキのワルツを楽しむアンナの隣で、ジェミットはというと――


「もぐっ、もぐもぐ……」

豪快にケーキを頬張っていた。見る間にお皿は空になり、満足そうに口を拭ってから叫んだ。


「もっと食べたい~~~!」


「ちょ、ジェミットっ!」

慌ててアンナが声を上げた。


「アンナ、大丈夫だよ」

風間伊佐は優しく微笑むと、そばに控えるメイドに顔を向けて尋ねた。

「すみません、まだケーキは残っていますか?」


「はい、厨房にチーズケーキがございます。お持ちいたしましょうか?」


「お願いします。この二人にもう一皿ずつ出してあげてください」


「かしこまりました」

メイドはにこやかに答えると、足音も軽やかに厨房へ向かった。


「……マックスお兄ちゃん、わたしはいいの」

アンナが小さな声でつぶやく。


「気にしないで。すごく美味しそうに食べてたから、もう一つ食べていいよ」

風間伊佐はやわらかく微笑みかけた。


「……うん。ありがとう、マックス兄さん……」

アンナは少し恥ずかしそうに俯いて、手元のケーキをまた一口、静かに味わい始めた。


そのとき――


椅子を引く音が食堂に響いた。

ウォリック殿下が食事を終え、静かに席を立ったのだ。


やがて、厨房から戻ってきたメイドが、新しいチーズケーキをアンナたちの前にそっと置いた。


「やったーっ!」

ジェミットは歓声をあげて、さっそく大きな口でぱくぱくと食べ始めた。


彼の元気な声に、食堂にいた皆も思わず笑みを浮かべ、それぞれのケーキを味わいながら、和やかな空気が広がっていった。


* * *


食後、それぞれが席を立ち、帰り支度を始める。

そのとき、シャルルマン王が風間伊佐の前に歩み寄り、申し訳なさそうに口を開いた。


「すまない、我が友よ。ウォリックの無礼を許してやってくれ」


「お気になさらず。殿下が戦場に出たかった気持ちもわかりますし……決闘で私に敗れたにもかかわらず、私はその後の戦場で逃げ出してしまいました。殿下が私を快く思わないのも、当然のことです」


「申し訳ありません、あの子は時折頑固すぎるところがありまして……どうか多めに見てやってください」

王妃も、そっと言葉を添えた。


「本当に大丈夫です、気にしていませんから」


「さて、友よ。さぞお疲れでしょう。湯浴みでもしてから、部屋へ戻ってはどうかな?」


「いい提案ですね、ありがとうございます、陛下」


風間伊佐が深く一礼すると、シャルルマン王は王妃と二人の王子を連れて、そのまま部屋をあとにした。


風間伊佐は湯殿へ向かおうと振り返りながら、ふとアンナに視線をやった。

(……アンナはまだ幼いとはいえ、女の子だし。かといって、血の繋がりもない私と一緒に入るのはやっぱり不自然だよな……)


そんな風に思い悩んでいると、アンナがきょとんとした表情で風間伊佐を見つめた。


「私が一緒に行きましょうか?」

ふいに、エリザベートの声が背後から聞こえた。

その一言が、風間伊佐の迷いを優しく解きほぐしてくれる。


「それは助かります。ありがとうございます、姫様」

風間伊佐は深く感謝の気持ちを込めて頭を下げた。


こうして風間伊佐はアンナとジェミットの兄妹を連れ、エリザベートと共に静かな食堂を後にし、夜の浴場へと向かっていった。



注釈:

メイラード反応とは、「糖」や「でん粉」と「タンパク質」や「アミノ酸」などを含む食材が一緒に加熱されることで起こる反応のことです。炒めた玉ねぎ、焼いたパン、焼きステーキの色や香りは、この反応によって生まれます。

アリアン(Arian):


主人公と仲間:

風間かざま 伊佐いさ〔MAX〕

リック(Rick)

エマ(Emma)

レイチェル(Rachel)



世界・国家:

休ジェスト(ヒューゲスト)〔世界名〕

アレクス王国アレクス



王族・王宮関係者:

シャルルマン・ハンスウォーケン〔国王〕

エリザベート・ハンスウォーケン〔王女〕

ウォリック・ハンスウォーケン〔第一王子〕

ジフク・ハンスウォーケン〔第二王子〕

クリス・ハンスウォーケン〔第三王子〕



宮廷・騎士団関係:

リゼス・アンコベル〔首席女神官〕

アルドフ・ツァイコロフ〔宰相〕

アルドフ・ツァイコロフ〔騎士団長〕

マイヤー・オギリテ〔騎士団副団長〕

アリアン・レフォルト〔魔法騎士団長〕

カフス・フォンデシーン〔魔法騎士団副団長〕

ジュリエット・ナスタント〔初級神官〕

ダンブズ・ホークランド〔前大賢者〕

イレス・ヴォジリット〔メイド〕

リチャード・ディオジット公爵〔東方領地領主〕




主人公関係者:

天翔てんしょう〔風間伊佐の騎乗馬〕

養女の庶民の女の子: アンナ

養子の庶民の男の子: ジェミット



他国・神・魔族

東方帝国 ロールス

南方王国 シーク

中土王国 プシス

中土王国 ウランクス

シドレフ・グランシス〔プシス国王〕

プシス公爵 ヒルトン・ヴァルキス

ウランクス公爵 ヴァキル・キルコフ

魔族将軍 クラシド

魔族魔法将軍 シフィス



神:

光の神 エリクス(エリクス)

大地の神 ディートラ(ディートラ)




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