第78章:硝煙なき戦場――大広間での舌戦
アレクス王国の討伐軍は半月に及ぶ行軍の末、ついに王都へと到着した。
城門前には、シャルルマン王が自ら多くの貴族たちを率いて出迎えていた。
「来たぞ、討伐軍が戻ってきた」
シャルルマン王が城門前でそう呟くと、その視線の先には土煙を巻き上げながら、討伐軍の隊列がまるで潮のように押し寄せてくる様があった。
「これが……アレクス王国の王都、バスリグ……」
アンナは目の前に広がる壮麗な都の光景に目を見張った。
貧民街から一歩も出たことのなかった彼女にとって、それはまるで別世界のように感じられた。
「うん。ここが、これから君とジェミットが新しい生活を始める場所だよ」
風間伊佐は優しくそう答えた。
「……お父さんとお母さんにも、見せてあげたかったな……」
アンナがふと呟いたその声には、寂しげな響きがあった。
「きっと、空の上から二人のことを見守ってくれているよ……」
伊佐は空を見上げながら、静かにそう言った。
やがて討伐軍が城門前に到着すると、騎乗していた者たちは次々に馬を降り、片膝をついてシャルルマン王に敬礼を捧げた。
伊佐も慌てて天翔の背からアンナとジェミットを抱き下ろし、二人に小声で礼をするよう促した。
「陛下、討伐軍を率いて帰還いたしました。しかしながら、今回の戦では期待された成果を挙げることができず、かえって一部の戦力を失ってしまいました……誠に、申し訳ございません……」
先頭に立つリチャード公爵が、地に膝をつき深く頭を垂れながら報告する。
「事情は伝令兵から聞いておる……致し方あるまい。まさか魔将級の魔族が二体も現れるとは、誰も予想できぬことだった。明らかに我が友……我が国の勇者を狙ったものだな」
そう語るシャルルマン王の視線が、風間伊佐の方へと向けられた。
伊佐は二人の子どもを伴い、恭しく跪いていた。
それを見たシャルルマン王は小さく眉を上げ、軽く問いかけた。
「勇者よ、そなたの背後にいる子どもたちは……?」
予想外の質問に伊佐の身体がピクリと反応する。
まさかこんな場面で王が二人のことを尋ねてくるとは思っていなかったのだ。
返答に詰まる伊佐の代わりに、後ろに控えていたマイヤーが口を開いた。
「恐れながら申し上げます。お二人は、勇者殿がプシス領を通過した際に保護した孤児でございます」
「そうか……」
シャルルマン王は頷き、再び伊佐の方へ目を向けると、にやりと笑ってこう言った。
「ならば、父親としての責任を果たすのだぞ〜〜〜〜」
「はっ!」
伊佐は真剣な顔で返答したが、内心では「……いや、なんだその言い方は?からかってるのか?」と苦笑していた。
「よい、皆の者が無事で何よりだ。詳しい報告は後ほど宮中で聞こう!」
シャルルマン王がそう言って手を振ると、貴族たちを伴い城内へと入っていった。
「はっ!」
命を受けた兵たちは馬へ戻る準備を始める。
その時、アンナが伊佐のマントの端をそっと掴んだ。
「心配しないで。あの王様はいい人だよ。ただ……ちょっと不思議なところもあるけどね」
伊佐はアンナの不安げな目を見て微笑みながらそう返し、再び二人を天翔の背に乗せ、王宮へと向かった。
【王宮 正門前】
討伐軍の配置が整った後、リチャード公爵、風間伊佐、アンナ、ジェミットの四人だけが王宮正門の前へと姿を見せた。
伊佐は門番の騎士にアンナとジェミットのことを託し、大広間へ向かおうとする。
その時、背後でマントが引っ張られる感触があった。
振り返ると、アンナが心配そうな表情でこちらを見つめていた。
「大丈夫、ここでちょっとだけ待っててね。騎士さんの言うことをちゃんと聞いて、いい子にしてるんだよ」
そう言いながら、伊佐はアンナとジェミットの頭を優しく撫で、リチャード公爵の後を追って王宮の中へと足を踏み入れた。
【王宮大広間】
大広間に入ると、左右に整列した貴族たちの中央に、チャリマン王が威厳を湛えて玉座に座っていた。
その傍らには三人の王子とエリザベート王女が控えており、彼女は風間伊佐に気づくと、そっと手を振った。
リチャード公爵と風間伊佐が赤い絨毯の中央まで進み出ると、二人は自然と膝をついた。
「陛下、リチャード・ディオジットは軍を率いる任を賜りながら、戦果を上げること叶わず、多くの兵を失いました。この責任、重く受け止めております。どうか処分をお受けいたします」
その隣で、風間伊佐は何を口にすべきか分からず、ただ黙ってリチャード公爵の言葉に耳を傾けていた。
チャリマン王は厳かに応じた。
「よい。二人の魔将の猛攻に対し、被害を最小限に留めたこと、見事であった。自らを責める必要はない、リチャード・ディオジット」
「はっ、陛下のご寛容、痛み入ります……」
「待て!」
その時、脂ぎった貴族が一人前に出て、不遜な口調で言った。
「聞いたぞ。この戦で勇者は一度も戦わなかったそうではないか。まさか戦わずして退いたのか!?」
風間伊佐は思わず身体を強張らせた。
疑念をぶつけられる覚悟はしていたが、やはり緊張から汗が滲む。
「はい。あの時は極めて危険な状況であり、勇者はまだ実戦経験に乏しく、魔将に対して勝算は極めて低かった。よって、私が退却を命じました」
「経験不足だと? それこそ、鍛錬の機会にすべきだったのではないか? 勇者なら、魔将程度には十分に対処できるはずだろう?」
貴族は侮るように笑みを浮かべた。
「カフス侯爵、それは違う。勇者が傷を負うのはまだしも、万が一命を落としたらどうする? 我が国が今なおロールス帝国に対し発言力を持ち得ているのは、勇者の存在が抑止力となっているからだ。もしこの戦で命を落としていたら、我が国はさらに強い圧力に晒されていたであろう」
リチャード公爵は毅然とした口調でそう言い切った。
「ぐっ……」
カフス侯爵は言い返せず、黙り込んだ。
だがその時――
「言い訳など無用だ!!」
大広間に響き渡る怒声。
それは玉座の傍らに立つウォリック王子のものだった。
「戦わぬ勇者など、何の価値がある!?」
「民の期待を背負っていながら、敵の前で退くとは笑止千万! ならば前線に赴いた意味などあるのか!?」
その叱責に、風間伊佐は返す言葉もなかった。
戦場で見た、あの青き魔族の姿が、今も脳裏に焼き付いて離れない。
自分は恐怖に足を止め、仲間たちが命を賭して庇ってくれたからこそ、生き延びることができたのだ。
「貴様が私を打ち倒したのも、運に過ぎぬ! あの時こそ、私が前線に立つべきだったのだ!」
ウォリック王子の言葉に、大広間の貴族たちはざわつき始めた。
「まったく、騎士団も頼りにならん。魔族にあっさり突破されるとは……やはり平民など騎士団に入れるべきではなかったのだ。陛下、私の提案通り、今後は貴族子弟のみを採用すべきです。高貴な血こそが、真の騎士に相応しいのですから」
と、痩せた貴族が声を上げる。
「その通りだ! 平民など、足を引っ張るだけだ!」
「平民は平民らしく、貴族とは違う身分なのだ!」
「陛下、我らこそが王国を支える柱。どうか我らの訴えに耳をお貸しください!」
大広間に、差別と侮蔑の声が渦巻き始めた。
跪いたまま、風間伊佐は唇を噛みしめた。
ケンたちが自分の前に立ち塞がり、命を惜しまず戦った姿が、心に浮かぶ。
その瞬間、彼は堪えきれず、立ち上がった。
「戦場に立ったこともないお前たちが、なぜここで偉そうに口を開く!?」
その一喝に、場内は静まり返った。
「俺を非難するのは構わない。確かに俺は、勇者としてふさわしくないかもしれない」
風間伊佐の声は低く、自嘲と悔しさを滲ませていた。
「あの二人の魔族を前にして……俺は怖じ気づいた。退いた。逃げたんだ……」
だが彼は顔を上げ、強い目で叫んだ。
「だが! 命を賭けて戦った騎士たちを侮辱することは、俺が絶対に許さない!!」
「彼らは平民の出だ。だが、自らの力で立ち、命を懸けて戦った! お前たちはどうだ!?」
風間伊佐の視線は、鋭く貴族たちに突き刺さる。
「お前たちは、生まれながらにして富と地位を持ち、ただそれを守ることしか考えていない! 誰かのために命を懸けたことが、一度でもあるのか!?」
その声は震えながらも力強く、大広間に響き渡った。
彼の視線は、王座の左右に並ぶ華美な衣装の貴族たちをまっすぐに射抜いた。
怒りと哀しみをたたえたまなざしで。
「……お前たちにはない。だが、彼らにはある!」
「平民出の騎士たちは、信念と誇りを胸に俺を守った。だからこそ、俺は今ここに立ち、お前たちとこうして話すことができている!」
「本当に実力があるというなら、自分で戦場に立ってみろ! 騎士団に、実力で入ってみろ! 平民の席など奪わずにな! なぜそれができない!?」
風間伊佐は冷ややかに笑った。
「――それは、お前たちが本当は恐れているからだ。
お前たちが見下してきた者たちが、努力と実力で、お前たちの特権を奪っていくことを」
「お前たちが誇る『血統』とは、先祖が血を流し、築き上げた誇りのはずだ。だが、お前たちはどうだ? その血の一滴でも流したことがあるのか? 王国のため、民のため、何かを犠牲にしたことがあるのか?」
風間伊佐は深く息を吸い、静かに言葉を続けた。
「俺の世界では、貴族とは――権利と同時に、責任を背負う者のことだ。忠義を尽くし、信を守り、弱きを助ける存在だ。だが――」
「お前たちは、ただ『貴族の皮』を被った狼に過ぎない……!」
そう言い放ち、風間伊佐は冷たい目で、自らの仲間を貶めた貴族たちを睨みつけた。
その瞬間――
大広間は騒然となった。
「陛下、勇者がこのような無礼を働くとは……!」
「陛下、勇者の言葉ばかりを鵜呑みにするなど……!」
「陛下、勇者はきっと野心を抱いております! 信じるに値しません!!」
風間伊佐は振り返り、怯むことなく怒声をあげた。
「言っとくけどなァァァッ!!俺は元の世界でも平民だったんだよ!!勇者なんて、やめようと思えばいつでもやめられる!……お前ら貴族はどうだ?その身分、やめる覚悟があるのかよ!!」
その一言が火種となり、大広間はたちまち沸騰した油鍋のように騒然となった。
「父上!」
ウォリック王子が憤然と立ち上がる。
「この者は貴族の威厳を踏みにじりました!アレクスは勇者などいなくとも、帝国と渡り合えるのです!」
しかし、シャルルマン王は即座には応えず、目を閉じ、ゆっくりと開いて厳かに言った。
「——静まれ。」
その一言で、場の空気が凍りついた。
「勇者よ、どういうつもりだ?ここにいるのは、我が深く信頼する貴族たちだ。その者たちを、どうしてそこまで貶める?」
「……はい。」
風間伊佐は胸の奥の怒りを抑え、深く頭を下げた。
シャルルマンはしばし彼を見つめ、やがて静かに言葉を続けた。
「だが……私もすべてを見過ごしているわけではない。ここにいる諸侯の中にも、領地での不正が囁かれている者が数名いる。自分の領地は自分で正しく治めよ。……私に介入させるようなことになれば、容赦はせん。わかったな?」
その言葉に、大広間の貴族たちは顔を引きつらせ、何人かは黙って目を伏せた。
「……よし。本日はこれまでだ。皆、下がってよい。」
王はそう言い残し、王子たちとエリザベートを連れて立ち去った。
エリザベートは振り返って微笑みながら手を振ってくれた。
伊佐は苦笑いを浮かべ、小さく手を挙げて応えた。
だがその視界の端、ウォリックの鋭い視線が突き刺さる。
さらに、両脇に並ぶ貴族たちの多くが、あからさまな敵意を隠そうともせず彼を見つめていた。
「はあ……こりゃあ、しばらく肩身が狭くなりそうだな……」
伊佐が小声でそうつぶやいた、そのとき。
「まさか、勇者殿が我々貴族をそんなふうに見ていたとは……少し驚きましたよ。」
落ち着いた声が背後からかけられ、振り返るとそこにはリチャード・ディオジット公爵の姿があった。
伊佐は慌てて手を振りながら答える。
「い、いやいや!公爵様のことを言ってるんじゃないですって!俺が言いたかったのは、権力を振りかざして、民の苦しみなんて歯牙にもかけない……そんな奴らのことです!」
リチャード公爵は小さく笑い、深い眼差しで彼を見つめた。
「私はむしろ、君の言葉に共感を覚えましたよ。……“貴族の精神とは、権利だけではなく、責任を負う覚悟のこと”——良い言葉です。」
伊佐は照れ笑いしながら頭をかいた。
「……ありがとうございます。そう言ってもらえると、少し救われた気がします。」
「だが、ひとつだけ覚えておいてください。言葉だけでは何も変わらない。実行してこそ、真の信頼を得られる。君に異を唱える者たちを黙らせたいなら、行動で証明するしかない。」
「……はい。肝に銘じます。」
二人は笑みを交わし、そのまま並んで大広間を後にした。
歩きながら、風間伊佐は遠く広がる蒼穹を見上げ、ふと心に浮かぶ思いをかみしめた。
「貴族の精神……か。もしかしたら、それって貴族だけのものじゃないのかもな。
力を持つ者が、その力に責任を持つことが当たり前になったら——
俺のいた世界にも、あんな争いや苦しみは、少しは減っていたのかもしれないな……」
アリアン(Arian):
主人公と仲間:
風間 伊佐〔MAX〕
リック(Rick)
エマ(Emma)
レイチェル(Rachel)
世界・国家:
休ジェスト(ヒューゲスト)〔世界名〕
アレクス王国
王族・王宮関係者:
シャルルマン・ハンスウォーケン〔国王〕
エリザベート・ハンスウォーケン〔王女〕
ウォリック・ハンスウォーケン〔第一王子〕
ジフク・ハンスウォーケン〔第二王子〕
クリス・ハンスウォーケン〔第三王子〕
宮廷・騎士団関係:
リゼス・アンコベル〔首席女神官〕
アルドフ・ツァイコロフ〔宰相〕
アルドフ・ツァイコロフ〔騎士団長〕
マイヤー・オギリテ〔騎士団副団長〕
アリアン・レフォルト〔魔法騎士団長〕
カフス・フォンデシーン〔魔法騎士団副団長〕
ジュリエット・ナスタント〔初級神官〕
ダンブズ・ホークランド〔前大賢者〕
イレス・ヴォジリット〔メイド〕
リチャード・ディオジット公爵〔東方領地領主〕
主人公関係者:
天翔〔風間伊佐の騎乗馬〕
養女の庶民の女の子: アンナ
養子の庶民の男の子: ジェミット
他国・神・魔族
東方帝国 ロールス
南方王国 シーク
中土王国 プシス
中土王国 ウランクス
シドレフ・グランシス〔プシス国王〕
プシス公爵 ヒルトン・ヴァルキス
ウランクス公爵 ヴァキル・キルコフ
魔族将軍 クラシド
魔族魔法将軍 シフィス
神:
光の神 エリクス(エリクス)
大地の神 ディートラ(ディートラ)




