第77章:童話の中の王子
四人は軍営に戻るとすぐに荷物の整理を始め、アレクス王国への帰還の準備を整えた。天幕が一つずつ片付けられていく中、風間伊佐はアンナたち姉弟を連れて、愛馬・天翔にまたがろうとしていた。彼がジェミットを抱き上げ、天翔の背に乗せようとしたその時――天翔は数歩、後ずさった。
「頼むよ、相棒。今のこの子たちは、俺の家族なんだ。一度くらい、背に乗せてくれてもいいだろ?」
そう言って風間伊佐が天翔を見つめると、天翔は鋭い眼差しで彼を睨み返した。まるで「俺を普通の馬と一緒にするな。誰でも乗せられると思うなよ」と言いたげに。
その態度に気づいた風間伊佐は、あわててなだめるように声をかけた。
「そんなこと言わずにさ〜、一回だけでいいから、お願いだよ〜〜」
だが天翔は頑として首を横に振り、ついにはそっぽを向いてしまった。しかしその時、ふとジェミットの視線に気づく。
ジェミットは潤んだ大きな瞳でまっすぐ天翔を見つめていた。まるで無垢な光を放つその瞳に、天翔は目を見開き、しばらくじっと見つめ返していた。
――しばしの沈黙。
やがて天翔は小さく頭を下げ、風間伊佐に「乗せてもいい」と合図を送った。
その様子を見て、風間伊佐は小さく笑い、ジェミットに目をやりながら心の中でつぶやいた。
「……可愛いは正義、か。馬でも抗えないとはな」
「ありがとうな、相棒。帰ったらご褒美、たんまりやるよ」
そう言って天翔の首を軽く叩くと、彼はアンナとジェミットを丁寧に天翔の背に乗せた。だが天翔は照れ隠しのようにプイッと横を向き、伊佐を無視する。
「まさか……ツンデレって馬にもいるんだな……っぷくく」
伊佐は思わず吹き出し、こっそり笑った。
アンナとジェミットを乗せた後、風間伊佐もひらりと馬にまたがり、二人を前に抱えるようにして手綱を引いた。
「行こう、天翔」
その号令に応じて、天翔は静かに歩き出した。
三人のうち真ん中に座るアンナが、頬を赤らめて小さくつぶやいた。
「……なんだか……おとぎ話の王子様とお姫様みたい……」
「ん? 君たちにも、王子とお姫様の物語があるのか?」
風間伊佐は天翔を操りながら、興味深そうに問いかけた。
「うん……小さいころ、眠れない時に、ママが枕元でよく話してくれたの……」
「どんなお話だったんだ?」
そう尋ねると、アンナは静かに語り始めた。
「昔々、ある王国でクーデターが起きて……王族は皆殺されちゃったの。生き残ったのは、忠実な家臣に助けられたお姫様だけ……」
「お姫様は夜の闇に紛れて城を抜け出し、別の国の森まで逃げたけど……そこで力尽きて倒れちゃったの。ちょうどそこを通りかかった王子様が、お姫様を助けてお城に連れて帰って、看病したの」
「時間が経つにつれて、王子様はお姫様の賢さに惹かれていって……お姫様から、自国が貴族たちに乗っ取られてしまったと聞いて、王子様はお姫様のために立ち上がったの」
アンナは息を整えて、続けた。
「でもその時の王子様は、何の力も持っていなかったの。忠実な騎士が何人かいるだけで、王様も他国の争いには巻き込まれたくなかったから……王子様は友好国に支援を頼みに行ったり、密かに兵を募ったりしたの」
「一方で、お姫様の祖国では、お姫様の生存を知った良識ある貴族たちが密かに連絡を取り始めて……お姫様は在位中から民を思い、制度を改革し、困っている人々に寄り添う法を作ってきたから、民からも貴族からも信頼されてたの。だけど、それを快く思わない貴族たちが反乱を起こしたんだって」
「だから、正義を信じる貴族たちは王子様と手を取り合い、クーデターを起こした貴族たちを打倒するために、密かに計画を練ったの。そしてついに――王子様が率いる軍と、王国内部の貴族たちとの連携によって、王国は取り戻されたの」
「その戦いの中で、王子様とお姫様も次第に惹かれ合っていったの。だから、王国を取り戻して帰還する時、王子様はお姫様を前に乗せて、馬にまたがって都に戻ったの。……初めて出会った時と、同じようにね」
風間伊佐は静かにアンナの話を聞いていた。天翔の蹄音が、しっとりと湿った大地に優しく響く。ジェミットはいつの間にかアンナの腕の中でぐっすり眠り、アンナの声もだんだんと小さくなっていった。まるで彼女自身も、夢の中へ落ちていくように――。
「……いい話だったな」
風間伊佐が、優しく微笑んで言った。
「えっ?」
「確かに、お姫様は家族を失い、国も一時は奪われた。でも、知恵と信頼を武器に国を取り戻し、愛を得た。……悪くない結末だと思う」
「“悪くない”……?」
アンナはその言葉を繰り返し、ふと気づいた。
お姫様は国を取り戻し、王子様と結ばれた。でも家族とは、もう二度と会えなかったのだと。
その瞬間、彼女の目に再び涙があふれた。
「勇者さん……ううん、マックスお兄ちゃん。お姫様って……本当に幸せだったのかな……?」
「……ああ、俺は、幸せだったと信じてるよ」
「でも、パパもママも死んじゃって……もう会えないのに……お兄ちゃんたちも……それでも、幸せなの……?」
「そうだね、確かに。彼女の家族はもういない。どれだけ願っても、二度と会えない」
「でしょ……? だったら……」
「でもさ、お姫様には新しい家族ができたじゃないか?」
「……!」
「彼女は王子様に出会い、共に生きていくと誓い合った。彼女を支えてくれる仲間も、民もいた」
「……でも……」
「アンナ、人は誰しも、深い悲しみを抱えて生きていく。でもな、それが人の一生のすべてじゃない」
風間伊佐は静かに問いかけた。
「アンナ、この広い世界と比べて、人の一生って、どのくらい短いと思う?」
「……すごく、短い……」
「だろ? でも逆に言えば、その短い一生の中には、悲しいことばかりじゃなくて、嬉しいことだってある」
「もちろん、悲しみが消えるわけじゃない。でも、この広い世界には、君を待ってる素敵なことがたくさんある。ずっと悲しみに囚われたままでいたら、それを教えてくれたご両親にも、申し訳ないだろ?」
「……マックスお兄ちゃん、それって……」
「きっとお姫様も、家族のことを一生忘れない。でも彼女には、支えてくれる人たちがいた。王子様も、仲間も、民も――」
風間伊佐の声は、ジェミットを起こさぬよう、そっと風に溶けるように優しく響いた。
「だから、お姫様はその悲しみを胸に秘め、それでも前を向いて歩き出した。大切な人たちと共に、生きることを選んだんだ。悲しみではなく、愛と希望を持って、幸せな未来を築こうとしたんだよ」
「アンナ……君も同じだ。ご両親はもういないけど、きっと君のことを、ずっと見守ってる。だからこそ、君には生きてほしい。悲しみを抱えながらでも、愛と希望を胸に、生きてほしい」
ここまで聞いて、アナはうつむきながら小さな声でつぶやいた。
「でも、私にはあまり友達がいない……家族もジェミットだけしかいないの……」
「……君には、僕がいるんだよ?」
「……!?」
風間伊佐の言葉にアナは顔を上げて彼を見つめた。伊佐は優しい笑みを浮かべて、まるで「君は一人じゃないよ」と語りかけるように応えた。
「たぶん僕だけじゃ足りないかもしれないけど、アレクスに戻ったら、みんなをゆっくり紹介するよ。きっとみんな喜んで君の友達や家族になってくれるから。」
それを聞いたアナは、そっと風間伊佐の胸に寄り添い、小さな声で言った。
「ありがとう、勇者さま……いや、王子さま……」
そのとき、天翔は鼻で軽く鳴らし、しなやかな尾を伊佐の肩にそっとかすめた。
「……ありがとう、パートナー」
風間伊佐は手を伸ばし、天翔の柔らかなたてがみを優しく撫でながら、遠くの空を見つめた。
「アナだけじゃない……僕ももう悲しみに縛られてはいけない……」
心の中で静かにそうつぶやいた。
アリアン(Arian):
主人公と仲間:
風間 伊佐〔MAX〕
リック(Rick)
エマ(Emma)
レイチェル(Rachel)
世界・国家:
休ジェスト(ヒューゲスト)〔世界名〕
アレクス王国
王族・王宮関係者:
シャルルマン・ハンスウォーケン〔国王〕
エリザベート・ハンスウォーケン〔王女〕
ウォリック・ハンスウォーケン〔第一王子〕
ジフク・ハンスウォーケン〔第二王子〕
クリス・ハンスウォーケン〔第三王子〕
宮廷・騎士団関係:
リゼス・アンコベル〔首席女神官〕
アルドフ・ツァイコロフ〔宰相〕
アルドフ・ツァイコロフ〔騎士団長〕
マイヤー・オギリテ〔騎士団副団長〕
アリアン・レフォルト〔魔法騎士団長〕
カフス・フォンデシーン〔魔法騎士団副団長〕
ジュリエット・ナスタント〔初級神官〕
ダンブズ・ホークランド〔前大賢者〕
イレス・ヴォジリット〔メイド〕
リチャード・ディオジット公爵〔東方領地領主〕
主人公関係者:
天翔〔風間伊佐の騎乗馬〕
養女の庶民の女の子: アンナ
養子の庶民の男の子: ジェミット
他国・神・魔族
東方帝国 ロールス
南方王国 シーク
中土王国 プシス
中土王国 ウランクス
シドレフ・グランシス〔プシス国王〕
プシス公爵 ヒルトン・ヴァルキス
ウランクス公爵 ヴァキル・キルコフ
魔族将軍 クラシド
魔族魔法将軍 シフィス
神:
光の神 エリクス(エリクス)
大地の神 ディートラ(ディートラ)




