第67章:暁に煌めく駿馬(しゅんめ)・天翔(てんしょう)
西ヴィドは風間伊佐を連れて馬場へとやって来た―――
「さあ、勇者様。まずは、自分に合いそうな馬を選んでみてください」
「えっと……馬のこと、よく分からないから……西ヴィド、紹介してもらえる?」
「承知しました。アレクス王国の馬は主に三つの地域から来ています。王国の中部と南部の草原、そしてプシスとウランクス平原です」
「中部の馬は栗毛が特徴で、持久力に優れています。長距離の行軍でも休憩回数が少なくて済みますね」
「南部の馬は茶色の毛並みで、スピードと機動性が高く、戦場での立ち回りに向いています」
「一方、プシスとウランクスの平原で育った馬は灰色の毛並みで、より広大な土地で放牧されているため、先ほどの二種の長所を併せ持つことが多いです。ただし、両国との関係もあり、我が軍への配給数は限られています。今のところ、うちの軍では主に自国産の馬を使っていますね」
話を聞いた伊佐は考え込んだ。
(理屈ではプシスとウランクスの馬が一番良いんだろうけど……見た目なら、栗毛の馬の方が好きかも)
そう思っていた矢先、馬場の向こうで、一筋の閃光が駆け抜けた。
伊佐が目を凝らすと、それは全身真っ白な一頭の馬だった。
朝焼けの光を浴びたように輝き、清らかで高貴な気配を纏っている。
次の瞬間、その白馬が伊佐の方へと駆けてきた。そして彼の目の前でぴたりと足を止めると、じっと彼を見つめてきた。
伊佐も、何が起きたのか分からぬまま、無意識にその白馬を見つめ返していた。
(……まさか、この馬が……俺を呼んでいる?)
「……きみ、に……決めた……」
伊佐が小声で呟いた。
「勇者様?今、何と?」西ヴィドが聞き返す。
「この馬にする!」
「なっ……勇者様、よくお考えを。この馬は東方のローラス帝国の高地で育ったもの。かの帝国から贈られた貴重な一頭ですが……非常に気性が荒く、誰も乗りこなせておりません。勇者様は馬術の訓練もまだ……せめて、もう少しおとなしい馬を選ばれた方が……」
「いいんだ!!俺はこの子がいい!!なあ、天翔!」
「て……てんしょう?」
「そうだ!この輝く白の馬……名前は『天翔』だ!!」
天翔は、その名前が気に入ったのか、やさしく伊佐の手に頭をすり寄せた。
「気に入ったみたいだね、天翔……これからよろしくな」
伊佐はその額を優しく撫でた。
「分かりました。では、勇者様、お乗りください」
西ヴィドがそう言って手綱を取ろうとしたその時、天翔は何度も首を振ってそれを拒んだ。
「この馬……どういうことだ……?」
「いいよ、西ヴィド。無理に手綱を握らなくて。天翔は、俺を信じてくれてる」
そう言って、伊佐は鐙に足をかけ、軽やかに馬上へと飛び乗った。
「さすが勇者様……初めてとは思えない。普通は何度も乗り損ねるものなのに」
「い、いやぁ……そんな……」
「ヒヒーンッ!!」
照れくさそうに頭をかく伊佐をよそに、天翔が突然いななき、大地を蹴って駆け出した。
「勇者様――――!!!」
「うわあああああああああああああ!!」
突然の加速に伊佐はなす術なく、必死に天翔の首にしがみつき、目をぎゅっと閉じた。
しばらくすると、風の音が耳をかすめる。
そっと目を開けると、景色が一変していた。左右の風景が風に流されるように消え、ただ前方だけが鮮やかに広がっていく。
馬の疾走感とともに、空気が頬をかすめ、体中を突き抜けていく。すべてが爽やかで、心地よい。
(……これが、馬で駆けるって感覚か……)
元の世界では、バイクの方が遥かに速かった。でも、そこにあったのは轟音とスピードだけだ。
今、自分が感じているのは、静けさの中にある風の響き、地を踏む馬のリズム、そして……自由だ。
伊佐はそっと身体を起こし、手綱を握った。
「ありがとう、天翔……気持ちいいよ」
馬上で風を受けながら、彼はまるで空を翔けるような気分だった。
「……勇者様……」
遠くで西ヴィドがその姿を見つめていた。
しばらく駆けた後、伊佐はふと我に返る。
「えっ!?……どうやって止まるのこれ!?!?」
その声とともに、再び伊佐と天翔の駆け抜ける音が馬場に響き渡った。
一方その頃、遠くからその様子を見ていた西ヴィドは、
「……まるで絵画のような、美しい光景だな……」
と、ただただ感嘆していた。




