第65章:アレクスの騎士たち
風間伊佐は各テントの騎士たちにフライパンを配り、美味しい料理を作るための使い方まで丁寧に教えていた。
「これでもう、あの死ぬほど不味い塩スープを飲まなくて済むぞーっ!」
「やっと石みたいなパンとおさらばだー!」
「勇者様、ばんざーいっ!!」
伊佐の講習が終わると、その場にいた騎士たちは歓声を上げた。
「吸管がない! 吸管がない!吸管がない!」
「……あれ? 吸管がない……?」
その奇妙な掛け声に、伊佐は思わず隣のケンに小声で尋ねた。
「なあ、なんでみんな『吸管がない』って叫んでるんだ?」
ケンは、まだ頬張ったまま答えた。
「それって……勇者様がヒュージェストに来たとき、俺たちとの契約の合言葉だったじゃないですか」
「契約……?」
伊佐の脳裏に、ヒュージェストに召喚されたあの日の記憶が蘇る。
あの日、伊佐は同僚たちと一緒に手搖飲を買って会社へ戻ろうとしていた。――その瞬間、突然の落雷に打たれ、気づけばこの異世界にいた。
訳もわからないまま勇者として担ぎ上げられ、魔族との戦いを命じられた。そんな中で唯一の救いだったのが――手にしていた「咩噗茶」も一緒に転移していたこと。
せめて最後の一杯を飲んで現実を受け入れようとした、が……ストローがなかった。どこを探しても、命のストローが――見つからなかった。
「吸管がない! 吸管がない!吸管がない!」
現実に戻った伊佐は、皆がその合言葉を叫ぶ様子を見て、内心で苦笑いを浮かべた。
「勇者様、どうかしました?」ケンが口を動かしながら訊いてくる。
「いや、なんでもないよ。……まずはしっかり飲み込んでから話そうか」
こうなってしまった以上、「吸管がない」がただの伊佐の嘆きだったとは、もう誰にも言えなかった。
そのとき、騒ぎを聞きつけてマイルがテントから顔を出す。
「何事だ?」
「報告いたします、マイル殿! 勇者様が各隊にフライパンを配り、調理法を指導された結果、騎士たちは味気なかった軍用食を、見違えるような料理に変えました!」
報告を終えた騎士は、伊佐が作った野菜シチューとパンを差し出す。
マイルはその香りを嗅ぎ、ひと口食べて目を見開いた。
「……これは、軍糧とは思えないな……」
そう言って、伊佐に向けてふっと微笑んだ。
しばらくして、騎士たちはそれぞれのテントへ戻り、伊佐の教え通りに調理を始める。
ケンの隊の焚き火を囲んで、和やかな雑談が始まった。
「そういえば勇者様、うちの隊のメンバーをまだ紹介していませんでしたね。みんな、自己紹介いくぞ!」
「勇者様、はじめまして。俺はリクマン・ギフットニー。この伍の伍長をやってます。東の村の出身で、騎士団に入って五年になります」
「伍長?」伊佐は首をかしげる。
「アレクス王国の軍隊は、五人一組が最小単位で、その組織を『伍』と呼びます。そしてそのリーダーが伍長なんです」
「なるほど。……五年で伍長って、遅い方なの?」
「いや、騎士団は普通の軍隊と違って精鋭が集まる場所ですし、あまり戦闘に出ないぶんポジションの入れ替えも少ないんです。今のポジションは……まあ順当ですね」
「ふむ、なるほど。それじゃあ君は?」
「俺はジェイド・アニドット。ケンとは同期です。入団して一年くらいですね。北の漁村の出身なんで、機会があれば案内しますよ。海鮮が美味いんです」
「俺はホーク・アンジウルフ。もとは奴隷だったが、当時の領主に従って戦争に参加し、戦功をあげて、国王陛下の新制度で身分を回復した。それから三年、騎士団にいる」
「質問してもいい?どうして奴隷に……?」
「親が奴隷だったんで、生まれながらにして奴隷だった」ホークは淡々と答える。
(……やっぱり、この世界は残酷だな)伊佐は心の中で呟いた。
「昔は生まれが全てでした。奴隷は奴隷、平民は平民、貴族は貴族。でもシャルルマン陛下はその常識を壊してくださった。力があれば、誰であろうと登用してくださる。それが、今のこの国です」
「……本当に、民を想う王なんだな」伊佐はしみじみとつぶやく。
「俺たちが騎士団に入ったのも、生活のためだけじゃない。そんな陛下を支えたいと思ったからです」
「うん……!」
その場にいた者たちの目は真剣で、伊佐は思わず胸を打たれた。
「封建制度が根強いこの時代に、民の声を拾う王……やはりシャルルマン陛下はただ者じゃないな」
――そう思ったが、同時に、シャルルマンが無意識に伊莉莎白との関係を取り持とうとしていたが、関係が良すぎたせいで、時々意味もなく殴られたことを思い出す。
「次、俺だーっ! 勇者様、俺はジェイソン・アニットです! ジェイドとケンより一ヶ月遅れて入団しました! 王都近くの村の出身で、入団の理由は……えっと、まあ、ぶっちゃけ『騎士ってかっこいい!』って思ったからです!」
「ちなみにジェイソンには幼なじみの彼女がいて、帰ったら結婚する予定らしいですよー」ケンがにやりと茶化す。
「へへへ、そうなんすよ。当時、ニーナに『どうせすぐ辞めるんでしょ?』って言われて。でも『ちゃんと騎士になれたら結婚してあげる』って……。で、今ちゃんと騎士になったんで、戻ったら結婚します!」
「お前……うらやましいやつだな!」ケンがジェイソンの肩を軽く叩いた。
「幼なじみか……」
ジェイソンの話を聞きながら、伊佐はふと学生時代を思い出す。
同じ塾、同じ趣味、同じ目標。
大学受験まで共に励んだ女の子がいた。
けれど、一歩を踏み出せないまま、互いに南と北の大学へ進学し、疎遠になってしまった。
「ジェイソン、しっかりな。人生、逃したら戻らないものもある。今のうちに、ちゃんと掴んでおけ」
「え? あ、はい! 勇者様っ!」ジェイソンは意味は分からずとも元気よく返事をする。
「そういえば、ケン。お前の家族の話はまだ聞いてなかったな」
「俺っすか? 家はごく普通っすよ。王都の一般家庭で、力だけは自信あって……たまたま騎士団の募集を見て、試しに応募したら受かっちゃったって感じで」
「勇者様、ケンはね、体力試験以外はギリギリ通過の“筋肉担当”なんですよ」ジェイドがさらりと補足する。
「なんだとーっ!!!」ケンが怒鳴って、ジェイドに突っかかる。
そんなふたりのやり取りに、場はまた笑いに包まれた。
目の前で笑い合う仲間たちを見つめながら、風間伊佐はふと思い出した。そういえば、まだ一人、自己紹介していない者がいた。
そこで伊佐は隣にいる男に顔を向け、尋ねた。
「シーヴィド、お前はどうなんだ?」
「俺は下級貴族の家に生まれた。うちの領地は狭くて貧しくてな……それで父上が決めたんだ、騎士団に入って功績を上げて、家の待遇を良くしろってな」
「へえ? 貴族様が功績欲しいなら、前線の軍隊に行ったほうが早いんじゃねえの?」
ホークが皮肉混じりに言い放つ。
シーヴィドはため息をつきながら答えた。
「普通の軍隊にも、まだまだ貴族の派閥ってやつがあるんだ。たとえ功績を挙げても、すぐ上の貴族に横取りされる……だったら、陛下の近くに仕える騎士団のほうが、よほどましだと思った」
「それにな、ホーク――俺はお前のことを差別なんてしてない。俺の目には、お前も他の皆と同じだ。シャルルマン陛下に選ばれた、誇り高き王国の騎士。だから、お前も俺が貴族だからって、色眼鏡で見るのはやめてくれ」
ホークは少し俯き、静かに頭を下げた。
「……悪かった。まさか自分が身分のことで、他人に偏見を持ってるなんてな。俺が間違ってた、シーヴィド。本当に、すまない」
重くなった空気を察してか、ケインが間に割って入り、いつもの調子で笑いながら言った。
「おーいおーい、騎士団に貴族だの平民だのって区別はねーんだって! 俺たちは全員、陛下に忠誠を誓う騎士仲間なんだからさ。それに、陛下は最初っから血筋なんか見ねえ、実力重視って公言してたじゃん? ならさ、ここでゴチャゴチャ言っても仕方ないっしょ~~?」
言葉を交わしながら、互いを認め合い、支え合う騎士たち――
その光景を静かに見つめながら、伊佐の胸にじんわりとした想いがこみ上げてきた。
(この王にして、この騎士団あり……アレクスの未来は、きっと明るい)
アリアン(Arian):
主人公と仲間:
風間 伊佐〔MAX〕
リック(Rick)
エマ(Emma)
レイチェル(Rachel)
世界・国家:
休ジェスト(ヒューゲスト)〔世界名〕
アレクス王国
王族・王宮関係者:
シャルルマン・ハンスウォーケン〔国王〕
エリザベート・ハンスウォーケン〔王女〕
ウォリック・ハンスウォーケン〔第一王子〕
ジフク・ハンスウォーケン〔第二王子〕
クリス・ハンスウォーケン〔第三王子〕
宮廷・騎士団関係:
リゼス・アンコベル〔首席女神官〕
アルドフ・ツァイコロフ〔宰相〕
アーサー・リチャード〔騎士団長〕
マイヤー・オギリテ〔騎士団副団長〕
アリアン・レフォルト〔魔法騎士団長〕
ジュリエット・ナスタント〔初級神官〕
ダンブズ・ホークランド〔前大賢者〕
イレス・ヴォジリット〔メイド〕
リチャード・ディオジット公爵〔東方領地領主〕
他国・神・魔族
東方帝国 ロールス
南方王国 シーク
中土王国 プシス
中土王国 ウランクス
シドレフ・グランシス〔プシス国王〕
魔族将軍 クラシド
魔族魔法将軍 シフィス
神:
光の神 エリクス(エリクス)
大地の神 ディートラ(ディートラ)




