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何でも無料で使える化粧品店

作者: 奈宮伊呂波

「全品無料の美容品店?」


 私は電話口越しにそう問いかけた。


『ええ。全品です。みんなが知ってる高級品から、一部の富裕層でしか出回っていない特級品まで、すべて。と言いましても、一つ条件がございます』


 電話の相手は丁寧な口調で答えた。

 条件、条件ね。

 正直言ってかなり怪しい。

 この男は丁寧な口調と態度で応対しているけど、この電話は前触れもなくいきなりかかってきた。

  

 有唯一(ありただはじめ)

 そうこの男は名乗った。会社名も言ってたけど、覚えられなかった。やたら難しい言葉だった気がする。

 そんな怪しい男からいきなりあらゆる美容品を取り扱う店に招待します、などと言われて誰が信じるというのだろう。


「で、条件って?」


 私だ。うーん。私ってバカ。でも仕方ないよね。美しさは何事にも代えがたい。この世の中、美しい人間が勝者なのだ。

 美しいと言うだけで金が入り、凡骨どもから称賛され、最高な暮らしを手に入れられる。


『詳しい条件はここではお伝え出来ません。私の指定した場所に来ていただけますか?』


「気は進みませんが、仕方がありません。どこに行けば?」


『T都の最も大きな交差点にある最も大きなビル、の裏にある喫茶店へお越しください。年老いた老人が開いている店です。イルカのアクセサリーが目印です』


「わかりました。向かいます」


 電話を切ろうとしたその時、男が「あ」と口を開いた。


『そうそう。お越しの際はスカートを着用するようお願い申し上げます。スカートの中は下着以外の着用は控えていただきます』


 スカート? いきなりなんだ。気持ち悪い。服装の指定くらい受け入れてやってもいいけど、こういうのってスーツとかじゃないのか? 

 下着以外って、要するにスパッツとかそういうこと?

 気持ち悪すぎるけど、有唯から下心のようなものは感じられない。ただ、必要だからお願いしている。そんな口調だ。


「わかりました」


 ま、いいけどね。そんなことより美容品だ。

 お金の問題で手に入れられなかったディオールの最高級品や、フランスの有名企業の化粧品も手に入れられる。

 私が知らないような美容品もあるかもしれない。いや、あるに違いない。

 今よりも私が綺麗になったら、もっと有名になれる。フォロワー数だってうなぎ上り。十万人も突破するかもしれない。いやいや、百万人?

 そうなったらいよいよ上のステージに登るときがくる。


『それでは。お待ちしております』


 そう言い残して有唯は電話を切った。

 スマホをベッドの上に放り投げ、服を着替え、化粧を施した。

 服はもちろんスカートを履いた。今から無料で美容品を貰いに行くから化粧をするか迷ったけど、やはりすっぴんで外に出るのは我慢ならない。

 家を出て、指定された店に向かう。私の家はT都にあるので、それほど時間はかからなかった。

 電車に乗り、五駅くらい移動した。それで日本の中心地へと到着だ。

 S区のスクランブル交差点に向かい、最も大きなビルを探す。あれだ。何階だろう。六十階くらいはあるだろうか。

 そのビルの裏側に行くと、喫茶店はすぐに見つかった。イルカのアクセサリーが目立ちまくっている。看板の横にデカデカと設置されている。アクセサリーと言うかオブジェに近い。

 喫茶店に入ると、初老の男性が穏やかな笑顔で迎えてくれた。おそらく店主だろう。

 店主は特に席を勧めるようなことも言わず、ただ無言でカウンターの奥で佇んでいた。

 店内を見渡すと有唯らしき男性は見当たらなかった。というより、他に客がいない。とりあえず奥の方にあった四人用のテーブル席に腰を下ろした。

 すると、その数秒後に店の扉が開いた。

 見ると、スーツを着た小綺麗な男性が入ってきたところだった。男はワックスで完璧な七三分けえを作っていて、目鼻立ちは芸能人かと思うほどに整っていた。実年齢が分からない。二十代前半と言われても納得だし、三十代後半と言われても納得できる。

 あれはおそらく有唯だ。

 声を聞いたわけでもないのに、なぜかそう確信できた。

 私の予想を肯定するかのように、男性は私の方へ歩いてきた。


「こんにちは。鈴川岬様。有唯一と申します」


「どうも」


 あれ、私名乗ったっけ? まあいいや。

 有唯は恭しく頭を下げて、私の体面に座った。スーツケースを地面に置いて、その中から紙束を取り出した。


「ではさっそく条件について説明させていただきます」


 きた。さっそくだ。これで。

 こいつの話で一番気になるところが、いきなりきた。あらゆる美容品が無料で手に入るだなんて、まさに夢のようだ。そんな誰しもが見る夢が実現するなんて、どんな無理な条件を提示されるかわかったもんではない。

 軽く、想像はしてきた。同時に覚悟も。

 プライバシーのすべての情報を提供するとか、テレビ局の性接待に参加するとか、汚い親父に体を自由にする権利をあげるとか。

 それぐらいのことは覚悟している。

 さて、どんな条件が飛び出してくる?


「条件は、誰にもこの事を話さないということです」


「……え? それだけ?」


「ええ、それ一点のみです。と言っても、細かいルールはございますが、基本的には他言無用を守っていただければ問題ございません」


「ふーん」


 怪しい。ますます怪しい。

 他人に言わない、なんていう簡単すぎる条件だ。

 条件と言うより、はなから誰にだって言ってやるつもりなんてない。こんな超超超お得な話し。誰にも言ってやるものか。


「わかりました」


 怪しい、けど、断るなんてあるはずがない。

 私はその場で返事を返した。

 男はそう言うと微笑みながら頷いた。


「では後ほどアプリにてメッセージを送らせていただきます」


「わかりました」


 男はそう言ってカフェを後にした。

 それとほぼ同時にメッセージが飛んできた。そのURLを開けば個人情報入力のページに移った。名前とか、住所とか職業。まあ一般的な質問項目だ。

 それから建物の名称と地図、QRコードが張られていた。

 どうやらこれを使って中に入るらしい。


 カフェを出て、言われた通り、私はS区の雑居ビル郡に向かった。

 指定された場所はそのビルの中の一つだ。S区ということもあって、ビルの中も外も多くの人で賑わっていた。

 そして美人が多い。多いというより、もはや女性はみんな美人だ。

 カワイイ人、清楚な人、妖艶な雰囲気の人、色んなタイプの美人がいる。

 私もその中の一人ではあるけれど、なんというか、少し彼女たちに劣っているように思えてならない。

 でもその敗北感もなくなる。私は今から、最上の化粧品を手に入れて美しさに磨きをかけるのだから。


 メッセージにはそのまま受付に向かえとあった。

 私はそれに従って、ビルに入って受付に声をかけた。


「あの、すみません」


 そしてメッセージには『リンゴとマルメロとザクロを一つ』注文するように指示されていた。


「リンゴとマルメロとザクロが欲しいんですが」


「どれくらいご必要ですか?」


 こう問われれば、こう答える。


「いくらでも」


「ではこちらへ」


 受付のすぐ隣にあった扉に案内された。


「お客様、こちらのQRコードを読み込んでいただけますか? ここから先の道案内となっております」


「わかりました」


 差し出されたQRを読み込むと、文字だけが並んだページに入った。

 文字だけで、道を表している。えらく複雑だ。まあいいけど。


「いってらっしゃいませ」


 道案内に従ってニ十分ほど進むとエレベーターに着いた。

 どうやらこれに乗るようだ。入ってみた。中には普通のエレベーターと同じでボタンがあった。違うのは「B20」のボタンしかないってことだ。

 エレベーターは異様に静かで、速い。欠伸をしている間にポーンと言う小気味のいい音が鳴った。


 エレベーターの外は。


 別世界だった。

 広大なフロアが広がっている。天井は野球球場かと思うほどに高い。野球球場と違うのはそこかしこからいい匂いがするということだ。

 私は未知の世界を探索するようにゆるりと歩を進めた。

 人だ。女性。女性がたくさんいる。みんな綺麗だ。上にいた人たちなど比べ物にならない。

 いや、よく見たらそうでもない人もいる。クラスにいたら普通くらいと評されるくらいの人や、子供もいる。

 しかし、そんな人でもどこか色気と言うか、女らしさが垣間見える。歩き方だったり、スマホを触る仕草だったり、商品を選ぶ眼差しだったり。

 商品。そうだ。化粧品。化粧品売り場が無数にある。まるで化粧品の自由市だ。数年前に行ったタイのバンコクと似ている。

 違うのは、商品を手にした人たちはみんな同じ場所に向かっているということだ。

 レジ? いや、違う。スマホも財布も出してない。ただ、交換してるのか?


「あ」


 知ってる人だ。知ってると言っても知り合いではない。彼女は有名なインフルエンサー。東雲かなめちゃんだ。チャンネル登録者数八十万人を超える有名人だ。

 それにモデルのNYANYAもいる。車のCMに出てる人でもここに来るんだ。

 他にも、有名人がたくさんいる。


「こちらお試しになりますか?」


「うおっ!?」


 声に思わず飛びのいた。

 いや、仕方ないと思う。彼女は私の耳元でいきなり話しかけてきたのだ。驚きもする。


「あの、いきなり話かけるのはどうかと思うんですが……?」


「まあまあ、機嫌を損ねてしまったでしょうか? 申し訳ございません。それもこれも弊社の用意した化粧品をご利用していただきたいためでございます。ぜひご容赦を」


 彼女はそう言いながら商品を両手で持って紹介を始めた。効能がどうとか、製法がどうのと何やら語り始めたけど、私の耳には何も入ってこなかった。

 だって、目の前にある物はまさしく私が欲していた「ディオール」の最高級品だったからだ。平均的な収入しかない私にはどうしても手が出せなかった代物だ。


「あの、もしかしてそれも、その―――」


 タダで? とは中々聞けない。そんな私の様子を察してか、お姉さんはにこりと見事の営業スマイルを咲かせた。


「もちろん、タダ、無料です。まあ二か月分という制約はありますが」


「二か月分?」


「ええ、それ以上の持ち出しは厳禁です。なくなったらそれを持ってきて、交換と言う形になります。ちなみに同じジャンルの商品でも、例えばシャンプーでも別の商品であれば同時に持ち出すことは可能です」


 なるほど。大量に持ち帰って家に置いておくってことはできないのか。


「じゃあ、それいただけますか?」


「もちろんです。あ、ご退場の際は登録のため場内のカウンターへ足をお運びください」


 と、あっさりとお姉さんは手に持っていた美容液を私に渡した。

 まじか。いや、まじで?

 これが無料? あり得ない。ありえないけど、これは現実だ。お店の店員から渡されて、持って帰っていいと言われた。これが無料でなくてなんなのか。

 え、待って。

 あっちに10ミリリットルで十万円するっていう化粧水が!?

 行くしかない! 乗るしかない! このビッグウェーブに!


 そうして、私はかつてないほど超高級化粧品を、無料で手に入れることができました。

 おしまい。


 とは、なりませんよねえ。

 なぜ彼女たちが高級ブランド品を無料で使うことができるのか。

 それに疑問を抱かない人などこの世に存在しないでしょう。


 では、不肖ながらこの私、有唯一が説明いたしましょう。

 まずはこの地下二十階の裏側に参りましょう。

 このフロアは全面に超小型のマイクロカメラを設置、および浮遊させております。つまり、どこから、どんな角度でも会場の中を見ることが可能なのです。


 そんなことをしてどうするのか? ええ、それももっともな疑問です。


 ではさらにこの会場の下、地下二十一階から三十階をご案内いたします。

 こちらのワンフロア一つにつき、千人が入る個室を用意させていただいています。

 個室にはふかふかのベッドと、無料のドリンクバー、そして超美麗モニター付きのパソコン、それからヴァーチャルゴーグルを置いております。

 パソコンをお使いいただければ、会場に浮遊している超小型マイクロカメラを自由に操作が可能です。それから、パソコンをご利用の際、会場に来客されているお客様の個人場を自由に観覧可能です。


 この部屋を一時間につき一万円にて貸出しております。


 高いでしょうか? いえいえ、これでも年間延べ一億人の利用者がいるのですよ。むしろ安いくらいです。

 個人の権利を侵害している? とんでもございません。もし当施設に関する情報の漏洩がございましたら、情報を強制削除した後に、当人にはこの世から消えてもらいます。

 これで女性は無料で美容品を使い、男性も性的欲求を解消できます。もちろん、嫌な思いをする方は一人もおられません。

 これのどこが個人の権利を侵しているというのでしょうか?


 まあ、仮に私が女性だとすれば、無料で貰える化粧品なんて怪しくて絶対に受け取りませんけどね。


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― 新着の感想 ―
今回も非常に楽しく読ませていただきました! 疑わしいなかでも考えすぎない女と、考えさせない男。言葉の節々から各々の欲望がにじみ出ているようでぞくぞくしました! これからもいっぱい作品かいてください…
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