8話 クラスのエリート
授業にはどうにか間に合って出席した。
それでも、授業の間俺の頭には変な靄がかかって集中できずにいた。
「……」
「なあ、君がアルディオか?」
授業終わり、休憩時間となり憂鬱な気分になっていると目の前に一人。
見上げるとクラスメイトの少年が立っていた。
「こんにちは、俺はノイアス・ベラベルトだ」
「……アルディオです」
「敬語はいい、よろしく」
「……」
手を差し出されるが、その時の俺は完全に無視した。
正直に言って、歓迎できるムードではなかったのだ。
周囲の全員があの先輩と同じなんじゃないかと思って。
「……一応俺も君に対して先輩になるわけだが、そんなことはどうでもいい。あの時の飛行を見た。是非俺に飛行姿勢を教えてくれ」
その言葉に周囲がざわつく。
すると、あの先輩たちの一人(俺の顔をぶん殴った人)がノイアス先輩に呼びかける。
「おい、ノイアス。そんな奴に構うことないじゃねえか」
「何でだ?」
「何でって……お前とそいつじゃ比べ物にならない」
周囲のいくらかもその言葉に賛同しているようだった。
「そうか。少なくとも俺から見れば、あの時の彼の飛行姿勢は美しいものだった。あれは誰かから教わったものなのか?」
「……独学」
「ほら見ろ」
「……」
先輩はその言葉に歯噛みする。
すると、ノイアス君は教室のみんなに聞こえる声で言った。
「少なくとも、何の生産性もないいじめに加担するよりかは有意義だと思うぞ」
「ノイアス、てめっ」
「何か?」
「っ……」
彼が言い淀む。
先輩はノイアス先輩の圧に押されているようだった。
ここで手を出して仕舞えば、先輩は完全に孤立する。
それは俺をこんな目に合わせた先輩にとって何よりも怖いことのようだった。
「……勝手にしろ!」
「……勝手にしろだって」
「かははっ、今どきそんなこという奴がいるとはな」
誰かの囁き声が聞こえてくる。
その言葉を聞いているのかいないのか、すぐに先輩は教室を出て行った。
「……邪魔が入ったな。それで、どうだろうか?」
「……」
まだ手は差し出されている。
「……よろしく」
「ああ、よろしく」
ノイアス先輩は飛び級して初めてできた友達だった。
「いつもは装具なしで飛行してる!?」
翌朝、俺はノイアス先輩に誘われて朝練に励んでいた。
ノイアス先輩も俺も一年だが、彼はエリートなので特別に竜での飛行練習が許されているらしい。
そこで、イシェリアを連れてきたら何も着けてないことを指摘された。
「あの……装具って何のことですか?」
「騎乗竜全てに着用義務がある竜騎乗のためのハーネスだ!」
「……?」
「これだ!」
先輩は自分の竜を指差す。
確かに、先輩の竜には皮の紐のようなものが巻き付けられている。
「それをどうするんですか?」
「っ……まじか。つまり、君はずっとハーネスなしで飛行してたってのか」
「多分、はい、そうです」
どうやらそのハーネスなしで飛行するのは自殺行為らしい。
普通は竜にハーネスを着せて、自分のハーネスのフックに引っ掛けて安全を確保するのだという。
「手を離したら落っこちるじゃないか!」
「そうですね。なので、いつも死に物狂いで鱗を掴んでます」
「……」
最終的に絶句された。なぜだ。
『お主の連れは面白いのう』
隣にいるイシェリアは面白そうに笑っていた。ちょっと焦げ臭い。
今度は昼休み、また一人で給食を食べようとすると、横からノイアス先輩が現れる。
「一緒にいいか?」
「あ、大丈夫です」
俺の隣の人も少しスペースを開けて、ノイアス先輩がその間に座る。
「授業であっただろ? 竜の種類の話」
「えっと、鱗が褐色で硬い、背丈の小さなキンバリー種と、鱗が緑褐色で薄い、大柄で筋肉質なエレオノール種、鱗が赤褐色で飛行に長けているフェルカス種に、鱗が黄褐色で飛行時間の長いアスワン種でしたっけ」
「そうだ。俺の相棒はキンバリー種なんだが、君の竜はどれなんだ?」
「……分かんないです」
俺が俯くと、ノイアス先輩はパンを頬張りながら喋る。
「ほうだよな……ん、色も全然違うし。君のは銀色だ」
「そうですね」
「新種だろうか……その辺でどう思う?」
「……」
イシェリアは……何というか特別な気がする。
よくよく考えてみれば、喋るドラゴンなんて聞いたことがないし。
「分かりません。ただ、イシェリアは特別なような気がします」
「言うね。確かに君の竜は明らかに大きいし、飼育小屋の中でも目立ってる……イシェリアってのがあの子の名前か」
「あっ……はい」
間違ってイシェリアの名前を呼んでしまった。
どうやら彼女は自分の名前をあまり広められたくないらしいからな。
後で怒られるだろうか……今の話も聞こえているみたいだし。
『聞こえておるぞ』
「うわっ」
突然イシェリアの声が聞こえて、また思わず声を上げてしまう。
「……どうした?」
「い、いや」
ノイアス先輩に首を振る。
そして、すぐにイシェリアに抗議の念を送った。
『……急に話しかけてくるなよ』
『ほほほ、話しかけるのにいきなりだ何だと、無粋だの。それより、妾の名を軽率に口にするでない』
『何でそんなに嫌なんだよ』
その言葉にイシェリアは答えなかった。
「……どうしたんだ?」
「あ、いや」
一瞬微妙な空気になったが、すぐに話題はまた授業の話に戻った。
◇
午後の授業になり、放課後になっても一緒に訓練に励むことになった。
「それじゃあ、君は一体姿勢をよく使うのか」
※一体姿勢:竜と一体になるような姿勢。竜の巨体にしがみつき、空気抵抗を極限まで減らす。ただし、姿勢制御や合図といった概念が消失する
「あ、えと、はい。使います」
「……」
すると、ノイアス先輩は何かを考え込んだように俯いた。
「どうしました……?」
「その敬語はどうにかならないか」
「え」
「怖がるのは分かる。転入早々あんな目に遭ったのだから。しかし、殊俺に関してはもうちょっと信用してくれてもいいんじゃないか?」
俺はその言葉に悩んだ。
しかし、ノイアス先輩はあの先輩たちと違って親切だ。
彼と一緒にいるおかげで、あれから俺はいじめられてもいない。
もしかしたら、わざとこの状況を作ってくれているのかも知れなかった。
「……ノイアス、くん?」
「男同士で君付けは変だろ」
「……なら、ノイアス」
「じゃあ俺はアルディオだな。よろしく」
「えっと……よろしく」
改めて握手をしあう。
すると、すぐにノイアスは話を切り替えた。
「それじゃあ、今日の授業の復習をしよう」
「……ああ」