7話 窮地
それから俺は教室内で孤立するようになった。
「……なんでだ?」
最初の実習授業が原因だと思うのだが、いまいち理由がわからない。
確かに目立つことをした覚えはあるが、変なことはしてないはずだ。
「……あの」
「ご、ごめんなさい」
「……すいま──」
「す、すいません!」
「……」
終始こんな調子だった。
休み時間になって廊下を歩いていると声をかけられる。
「よーお、飛び級生」
「……俺ですか?」
聞いて驚け、ちょっとは敬語を使えるようになったのだ。
「そうそう、お前。ちょっとこっちに来て」
「分かりました」
呼び止めてきたのは体格の良い先輩3人。
校舎の物陰の方に呼ばれる。
「何で──げほっ」
「……お前さぁ、調子乗ってない」
「何が──がはっ」
いきなり膝蹴りと鳩尾蹴りが飛んでくる。
俺は何が何だかわからなくてその場にうずくまった。
「いくらさあ? 先生に当てられたからって、あそこまでやる必要ねえよなぁ?」
「先輩の顔を立てるとか、考え付かんわけ? え?」
「お前ら、顔はやめろよ」
三人の男子生徒が俺を取り囲んでいる。
俺は内臓が抉れたような痛みに耐えながら、イシェリアの言葉を反芻した。
「優雅たれ、余裕あれ、優しくあれ……」
「あん……?」
「……」
「……」
「……ゲホッ、がっ、あっ!」
見つめられて、また突然殴られる。
今度は顔を殴られた。
「おい!」
「ちょっとぐらいいいだろ」
「……」
「何その反抗的な目。もう一発行こうか」
「おい、よせ!」
「──がっ!」
それから俺は何発も殴られ蹴られることとなり、解放される頃には休み時間が終わっていた。
「おい、どうした! アルディオ、その傷……」
「……何でもないです」
「いやお前……」
先生が心配そうに見てくる。
また同級生たちの注目を浴びながら俺は座った。
「……」
「……じゃあ、授業を開始するぞ」
その言葉と共に俺からの視線は一つ、また一つとなくなっていく。
最後の一つがなくなる頃には、俺はどうして殴られたのかを考えていた。
「……何でだ?」
その後、俺は先生に保健室に行くよう勧められ、傷の手当てをしてもらった。
けれど、結局打撲が多かったのでできることはなかった。
『それで、何もせずにここに来たと』
「うん、イシェリアが言ってただろ? 常に優雅であれ、余裕あれ、優しくあれって」
『そうじゃな』
俺はその夜、移送されたイシェリアのいる中等部の飼育小屋を訪れていた。
「何が悪かったのかな。極力実践してたつもりだったんだけど……」
『……お主は何も悪くない。ああ、悪くない。ところで、お主を殴る蹴るの暴行に及んだのはどいつらじゃ?』
俺はその先輩たちの名前を教える。
すると、イシェリアはその巨体を動かして立ち上がった。
『行くぞ』
「行くってどこへ?」
『お礼参りじゃ。このイシェリアの乗り手がかような仕打ちを受けて黙っていられるか』
「待って!」
『何でじゃ』
「これは俺一人でどうにかしなきゃいけないんだ!」
すると、イシェリアは困ったような顔をする。
『……どうしてそう一人にこだわる。お主には妾がおる。妾はお主の乗騎なのじゃ。存分に使えばいい』
「……それだと、ダメな気がするんだ。上手く言えないけど……」
ふと、こんなこと佐藤琢磨であった時はなかったことに気づいた。
俺の意識が侵食されている……いや、元々俺はどっちだ?
アルディオなのか、佐藤琢磨なのか。
しかし、そんな俺の悩みとは無関係にイシェリアは話す。
『分かった。ただし、お主にまた傷が増えていたら、妾は問答無用に暴れ散らす。それをお主の担任に伝えることじゃ』
「分かった」
頷いて、その場を去った。
次の日、俺は言われた通りに担任に伝える。
「えっと、俺の竜に会いに行ったら、俺に傷があったことに怒ってて、このまま傷が増えていったらいつか暴れ出すかもしれないです……」
「……すまん、そもそもその傷は何なんだ。明らかに喧嘩の傷だよな?」
「殴られました」
「誰に?」
その場で迷った。あの先輩たちの名前を言おうか、言わまいか。
結局、伝えることにした。
「……分かった。あとは先生たちが何とかしておく」
「ありがとうございます」
それから全体集会で生徒間での喧嘩や暴力沙汰は御法度だと厳しく念を押された。
場合によっては退学も視野に入れると先生が話すと周囲がどよめいた。
ちらりと先輩たちの様子を伺う。
あの人たちはいつも三人で固まっていて、集会の時も一緒にいた。
どうやら少しは焦っているようである。何よりだ。
「お前、なんかチクったろ!」
「はい、先生に報告しました」
「このっ!」
「おい、やめろ! 退学になりたいのか!」
「っ」
先輩の振り上げられた拳が渋々下ろされる。
「何で先生になんかに言った!」
「俺の竜が、俺の傷を見て不機嫌なんです。もしこのまま傷が増えたら、竜が暴れ出すかもしれません」
「そんなことあるか!」
そう言いながら、先輩の目は泳いでいる。
どうやら先輩も自分の言葉に自信がないようだ。
「おい待て待て、つまり、見えない傷なら良いんだよな」
「おっ、良い提案」
「……」
どうやら俺は地雷を踏んだらしい。
「おっと悪い」
「っ……」
授業終わりの休憩時間、席を立つと足をかけられて転ばされる。
「悪い悪い、大丈夫か」
「……大丈夫です」
「はっ、そうかよ」
鼻で笑われながら立ち上がる。
今度は給食の時間の時だ。
「おっと悪い」
「……」
「クモが入っちまったな。まあ、食えるだろ」
「……そうですね」
俺も元貧民育ちだ。これぐらいどうってことない。
しかし、仕方なくクモ入りのご飯を食べるのと、こうやって悪意を持ってクモ入りのご飯を食べさせられるのとでは全く違う。
屈辱、その言葉が頭に浮かんだ。
「はっ、すげえ。貧民はやっぱ違うな」
「……」
その言葉に俺を見る周囲の目は変わった。
憐憫、嫌悪、軽蔑、理不尽な感情に晒される。
「……イシェリア」
俺は助けを求めるようにその名に縋った。
『それで、いつ暴れて良いのじゃ?』
その夜も俺は飼育小屋に訪れていた。
「ダメだよ。俺は何もされていないんだから」
『……のう、アルディオよ」
「何?」
『妾には名誉というものがある。故に、妾と親密な人間であればあるほど、その名誉に釣り合う人間でなくてはならん』
「うん」
『じゃが、相棒であるはずのお主は、今他人の理不尽な手によって貶められようとしている。それをどうやって看過できようか』
イシェリアの瞳はワシのように鋭く細められている。
きっと怒ってくれているのだ、それも相当に。
「……イシェリアは優しいね」
『その言い草は好かん……それで、どうなんじゃ?』
「……もうちょっとだけ待ってほしいな」
『もうちょっとじゃぞ。もう少ししても駄目であれば、妾はこの檻を抜けて学舎で暴れるからの』
「そうならないようにするよ」
その言葉が本気か嘘かは分からない。
それでも何だかイシェリアの言葉は美しくて頼もしい気がした。
「ありがとう、イシェリア」
『……どういたしましてなのじゃ』
◇
「あははは、最高!」
「はっはー!」
「……」
全身が冷たい。髪や服がべったりと肌に張り付いて気持ち悪く感じる。
俺は今、男子トイレで用を足そうとしていた。
個室に入ってドアを閉めると、その瞬間に水が上から降りかかってくる。
次の瞬間に鳴り響いた笑い声に俺は聞き覚えがあった。
「……どうして」
「あん? 何だって?」
「……」
「おい、こいつ黙っちゃったぞー」
「わはははは!」
個室を出て、トイレからも出る。
このままだと授業にも遅れる。早く自室で着替えてこないと。
「……何やってんだろうな、俺」
着替え終わって、俺はふとそう思ってしまった。
(もう、このままイシェリアに暴れてもらうのでも良いかもな)
その方がスッキリするかもしれない。
もう、そろそろ苦しいかも。
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