5話 咆哮
「今日は課外授業ですよ〜」
「「「は〜い」」」
俺たちは外の中庭にやってきた。向こうには竜がいる。
「近づいてもいいですよ〜」
「俺一番〜!」
「あっ、待てよ〜」
次々に並んだ竜に近寄っていくクラスメイトたち。
すると、エルシアが隣で俺の顔を覗き込んできた。
「アルディオ君はいかないの?」
「……俺にはもういるから」
「え?」
「相棒がいる」
「えっ、そうなの!?」
彼女の叫び声は、生徒たちの喧騒にかき消される。
「それじゃあ、私は行ってくるね」
「うん、行ってらっしゃい」
すると、一匹の龍が男の人に連れられて歩いてきた。
(……何だこいつ)
竜はこちらをどうやら睨んでいるようである。
ずんずんこちらへ歩み寄ってくると、俺に向かっていなないた。
「GYAOO!」
「……」
「どうだ、見たか!」
リアルでそんなセリフを使ってる奴初めて見たランキング1位の男。
アーガル君が竜の隣に立っていた。
「こいつは俺の竜だぞ。お前とは比べ物にならない」
「……そうだね」
「GYAOOOO!」
俺に向かって熱い息を飛ばしてくる。
湿った肉と鉄の匂い、それに湿った絨毛のような臭さが鼻腔に広がる。
俺は思わずえづいてしまった。
「はっは、やれやれ〜!」
調子に乗らせたようで、アーガル君は男に指示を飛ばす。
ずんずんと竜は歩みを進めて、俺の目の前まで来た。
「殺せ、殺せ、殺せ、殺せ!」
「……」
「……」
男の人はそれ以上何もしない。
しかし、竜の方はさらに俺に吠えてくる。
「GYAO、GYAOOO、GYAOGYAOOO!!」
「うるっさ……」
思わず耳を塞ぐ。
すると、その瞬間に竜は噛みつこうとしてきた。
「わっ」
「おい、何やってるんだ!」
男が竜を叱る。しかし、目の色を変えた竜は俺をロックオンしている。
「殺せ、殺せ、殺せ!」
外野のアーガル君がうるさい。しかし、そんなことを気にしている場合ではない気がする。
「うわっ」「このっ……」
「GYAO、GYAO、GYAOOOO!」
俺はすぐに逃げ出すが、意外にも機敏な竜によって追い詰められる。
後ろは校舎の壁、逃げ場所はもうないだろう。
「アルディオ君!」
「アルディオ君!?」
「やれやれー!」
エルシアが俺の名を呼び、先生がようやく事態に気付いた。
その前でアーガル君は事態を特に理解せず竜を煽り立てている。
もしかして、飼い主の野次に呼応してるんじゃないか?
「GYAOOOOOOOOOOOOO!」
「っ……」
竜が本気の咆哮を繰り出して、やられると思った次の瞬間。
飼育小屋の天井に大穴が空いた。
「きゃああああ!」
「なんだなんだ!?」
俺たちの頭上に大きな影が現れる。
それを見てすぐに竜は後ずさったが、飛来物はその竜に直撃する。
「GYAOOOO!」
「イシェリア!」
現れたのは銀の鱗を持った彼女だった。
「なっ、何なんだよ!?」
アーガル君は目を剥いて俺の竜を見ている。
『さっきから聞いていれば、抵抗できぬ餌をいたぶるのがよほど楽しいらしい……良いだろう、妾が相手じゃ』
みんなの反応からして俺以外に聞こえている人はいないのだろう。
しかし、目の前の竜にだけは意図が伝わっているようだった。
「GYA、GYAOOOO!」
『ほう、吠え返してくるとは勇ましい。ならば、今度はこちらの番じゃな』
すると、イシェリアは大きく空気を吸い込み、胸を膨らませると。
「GUYAAAAAOOOOOOOOOOOOOO!!!」
辺りを揺るがすような怒号を飛ばした。
「いやぁぁああ!」
「竜だ〜!」
その咆哮に多くのクラスメイトが恐怖を感じて先生に駆け寄る。
当の先生の方も体が震えて動けずにいるようだった。
「何なんだよ、こいつ!」
竜の方は今のでそそくさと飼育小屋の方へ逃げ帰ってしまっている。
それに面目を潰されて、アーガル君は泣きそうになっていた。
「アルディオ君、それが君のドラゴンなの?」
「うん、イシェリアって言うんだ」
すると、彼女がこちらに振り向いてきて睨んでくる。
どうやら名前を教えたのが不味かったらしい。
「イシェリアって言うんだ」
「う、うん……」
すると、アーガル君がこちらにずんずんと厳しい歩調でやってきて、俺の前に立つ。
「おい! これは、どういうことだ!?」
「どういうこと?」
「何でお前に、こんな、こんな!」
「俺は貧民だ。だから、竜を持っているのは当たり前だろう」
イシェリアに優しくあれと言われたので実践する。
「俺は貧民だから、たぶん竜と仲良くなるしかこの学園に入る道はない……んだと思う。だから、仲良くなった竜を連れてきてる人も一定数いるんじゃないか」
「わ、私も一応います……」
エルシアの言葉に、アーガル君は驚いていたようだった。
「……な、なんで」
「なんで?」
「何でお前なんかに」
「GRRRR」
「ひいっ」
イシェリアが助け舟代わりに唸ってくれる。かっこいいぞ。
『……妾の言うことをちゃんと守っておるな』
「うん」
「え? アルディオ君、イシェリアちゃん? くん? と喋ってるの?」
「あ、えっと、そう」
「わぁ……」
エルシアは口をぽかんと開けて感嘆していた。
「そんなのデタラメだ!」
『そうじゃ、お主、今ここでこやつらにお主の真価を見せつけてやろうぞ』
「俺の真価?」
『何、案ずるな。お主は妾が見込んだ乗り手、お主は背中に乗るだけでいい』
「分かった」
彼女の言葉と共に俺は背中を駆け上がる。
「何してんだ!?」「何してるの、アルディオ君!」
彼らの言葉を無視して竜に登ると、イシェリアは大きな翼をはためかせた。
『しっかり捕まっておれ』
「分かった」
鱗に捕まって、勢いに耐える。
すると、すぐに地面の光景は遥か下に遠ざかっていた。
「わぁっ」
「飛んでる、飛んでるよ!」
「先生、飛んでる!」
「……はっ。おーい、アルディオ君〜! やめなさ〜い!」
下で先生が何かを叫んでいるが、何かは分からない。
『……本当に、あの教師は無能じゃの』
「気持ちいい」
『空のバカンスは気持ちいじゃろ』
エルシアは白銀の竜に乗って空を駆けるアルディオに見惚れていた。
「わぁ……」
「っ……どうして、何で何でなんで!」
それからしばらく竜での飛行を楽しんで着陸した。
俺がそれからしばらくクラスの英雄になったのは言うまでもない。
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