4話 竜騎士の心構え
それから取るに足らない嫌がらせが増えた気がする。
「……」
「ねえ、退いてよ。アーガル君」
俺の前に立ち塞がるお坊ちゃんに隣にいたエルシアが代わりに声を上げてくれた。
「これはこれはエルシア女史、今日もご機嫌麗しゅう」
「退いて!」
「退いてと言われても、私がどこにいるかは私が決めることだろう?」
「……」
仕方ないのでもう片っ方の扉に向かおうと踵を返す。
すると、そちらの道を塞ぐようにお坊ちゃんが移動してきた。
「……」
「アーガル君!」
「なんだい?」
エルシアとお坊ちゃんが睨み合う。
こいつはこの子のことが好きではなかったんだろうか。
今はもうどうでもいいと言うことだろうか。
「はーい、給食の時間でーす。皆さん、一人一つ取っていってくださーい」
お昼休みとなり配膳係の人がお盆を持った生徒たちに給食を配る。
サラダにチキン、パンをもらって席につこうとした。
すると、横から入ってきたお坊ちゃんが俺のチキンの皿を奪う。
「へへっ、寄越せ」
「あっ」
流石に食べ物は奪われたくなくて、掴み返す。
「それ、俺の」
「貧民だろ、寄越せ!」
「ダメだ。俺のだ」
「いいから!」
アーガルの力に俺の指がすっぽ抜けると、チキンが綺麗な曲線を描く。
皿から滑り落ちたチキンは床の上に転がって、少し埃に塗れてしまった。
「……まだ食えるの」
「このおお!」
すると、突然お坊ちゃんが発狂して俺の頭を叩いてくる。
「いたっ……」
「お前のせいだぞ! 俺のチキンをおおおおお!」
「俺のって、お前のまだあるだろ! 俺のだ!」
「もう食べられなくなったじゃないか、もおおおおおお!」
「このっ……!」
そこからは取っ組み合いの喧嘩となった。
多少の揉み合い程度だったが、なぜかお坊ちゃんの方は泣き、俺は先生から怒られてしまった。
(何で俺が怒られなきゃいけないんだ……)
チキンも失って、昼食の時間も無くなって、散々だった。
(イシェリア、いるよな……)
夜になって、また飼育小屋を訪れる。
辺りは虫の音に支配されていた。
『……なんじゃ、来たのか』
イシェリアは大きな巨体を少し動かしてこちらに振り向く。
「うん……」
『なんじゃ、浮かないの。昼間の騒ぎで落ち込んでおるのか?』
「知ってるのか?」
『無論。ここまで聞こえておったぞ』
そうは言うが、飼育小屋から教室までは離れている。
とてもじゃないが、声が届いているとは思えない。
『あれは小僧が悪い』
「なんで!?」
『お主、掴みかかられてやり返しただろう?』
「……ちょっとだけだ」
『ダメだ。そんなことでは竜騎士になれない」
「っ……何でだよ!」
俺は二度めの『何故』を問うた。
『竜騎士たるべくは常に優雅たれ、常に余裕あれ、常に優しくあれ』
「……何それ」
『竜騎士の心構え三箇条じゃ。知らんのか?」
「……聞いたことない」
『なら今覚えろ。常に上品に、余裕を持って、他人に優しくあること。妾の乗り手となりたくば、これらを実践することじゃ」
「……分かった」
納得できないことはたくさんある。
でも、ひとまずはそれが必要だと言われたから実践しよう。
さて、果たしてこれは佐藤琢磨の判断なのか、それとも……?
『……それにしても、どうしてこうも教師は無能なのか』
イシェリアは何かを呟いていたが、聞き取れなかった。
翌日から、俺は竜に言われたことを実践し始めた。
「おい」
「……」
「おい!」
「……」
「おい、貧民! 聞いてるか!」
「……」
無視というのは良くないのだろうか。
それとも取り合う方が品のないことなのだろうか。
「聞いてるのか──!」
「俺の名前はアルディオだ。『おい』でもなければ『貧民』でもない」
「っ……貧民のくせに生意気を!」
「ちょっと、アーガル君。あんまりだよ!」
隣のエルシアさんが援護射撃してくれる。
「でも!」
「アルディオ君でしょ、ほら」
「……っ」
お坊ちゃんは……いや、アーガル君は踵を返して去っていった。
そんなに俺の名前を呼ぶのが嫌なのか。
「……アルディオ君、あんまり目をつけられないようにしないとだよ」
「分かってる。気をつける」
「……」
エルシアさんはどこかびっくりしたような顔をしていた。
「……何?」
「……いや、びっくりだと思って」
「何が?」
「アルディオ君が素直なこと」
「……俺はどう思われてるんだ?」
エルシアさんはその問いに答えずに曖昧な苦笑いを浮かべていた。
(……印象はあんまり良くないみたいだな)
そういえば周囲の俺に向けられた視線もあんまり良くないように思う。
これは修正が必要なのか。
「優雅たれ、余裕あれ、優しくあれ……うん」
「何、それ?」
「何でも」
あれ、今のは優しくなかったのか?
「……竜騎士になるための3箇条」
「竜騎士になるための!? ねえねえ、教えて」
「……いいよ」
俺は不本意さを隠しながら彼女に教えた。
欲を言えばこのことは俺だけの秘密にしたかったが。
「……くそぉ」
その後ろでアーガル君が呻いていたことを俺は知らない。
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