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3話 いじめ

 夜、俺は飼育小屋を訪れていた。

 どうやらイシェリアはここに収容されているらしい。

 先生が俺に教えてくれた。


「おーい、イシェリアー」

『……気安くその名で呼ぶな、戯け』


 大きな檻の中でそれでも狭苦しそうにイシェリアはトグロを巻いていた。

 

「ダメなのか?」

『……声が大きい』


 どうやらイシェリアはシャイなのかもしれない。


『どうした』

「……特に何もないんだけど」

『ほほ、不安になって起きてきたか』

「そんなんじゃない!」


 すると、隣の竜が声を上げた。


『…‥うるさいと言われとるの』

「あ、ごめん……」

『お主も早う眠れ。童が起きてて良い時間ではない』

「……分かった」


 俺は後ろ髪引かれる思いでその場を後にする。

 

 翌朝、俺は誰かのノック音に起こされた。

 

「んん……?」

「起きろ」


 扉を開けると、体格の大きい男が現れた。

 威圧的だ。身なりは良いように思う。


「こっちだ」

「ん……?」


 どうしようもなくて着いていくと一つの部屋に通される。


「来たな」


 昨日の何とか君だった。名前はもう覚えていない。


「とりあえず、それを持っていけ」

「……」


 見ると、そこには今日使う教科書が積まれていた。


「……これは竜騎士になるのに必要なのか?」

「いいから、持っていけ」

「……分かった」


 指示通り、教科書を持っていく。


「よし、良くやったな」


 教室に着くと偉そうに何とか君は胸を張ってきた。

 あの力持ちそうな男に持たせれば良かったのでは?


「そもそもブルジョワであるはずの私にこんなことさせるのがおかしいのだ……貧民と俺を一緒にするなど」

「……次、何すればいい?」

「おお、奉仕精神が高いな。それじゃあ肩を揉め」

「……これは竜騎士になるのに必要なのか?」

「あー、必要必要。必要だ」

「……分かった」


 そのまま肩を揉んでいるとクラスメイト達が次々に教室に入ってきた。

 俺たちを見て好奇、侮蔑、憐憫、様々な視線を投げかけてくる。

 エルシアがやってくると、目を伏せてできるだけ存在感を消して席に着こうとしていた。


「やあ、エルシア女史。今日もご機嫌麗しゅう」

「……ご機嫌麗しゅう」

「そこは麗しゅうだけでいいんだぞ、エルシア女史」


 ちなみにだが、本来はこの教室もそこまで格式ばった礼儀作法は必要ないはずである──無論、俺が観察した範囲では。

 単純に、このお坊ちゃんがそういうやりとりをしたい時期なのだ。

 親の物真似、猿真似、馬鹿の浅知恵ともいう。


「あはは、そうなんだ」

「そうだぞ。一刻も早く俺みたいに上品な言葉を使えるようになれ。それで初めて俺の隣に立つ権利を得る」

「そっか……ありがとね」


 エルシアは苦笑いを浮かべて席に帰って行った。


「可憐だ……」

「……」

「おい」

「何?」

「何じゃなくてはいだ」

「はい」

「エルシアさんに迷惑をかけるなよ」

「……はい」


 それは、勝手のまだ分かっていない俺では厳しいんじゃないかと思われた。

 だが、言わない。

 面倒ごとは避けたいのだ。


「おい、召使い」

「……」

「おい、お前だお前」

「いたっ」


 授業が終わると休み時間中に、誰かに頭を叩かれる。

 見ると、あのお坊ちゃんが立っていた。


「何するの、アーガル君!」

「これはこれはエルシア女史。これは主従間のことですので」


 こいつはこの言い回しじゃないと喋れない呪いでもかかっているのか?


「人の頭を叩くなんてダメだよ!」

「人ではなく召使です。おい、授業が終わったら必ず俺の元に来い」

「……分かった。じゃなくて、はい」

「よし」


 お坊ちゃんが席に戻ると、俺も席を立とうとしてエルシアさんに止められる。


「ダメだよ、行っちゃ」

「でも、竜騎士になるのに必要だから」

「そんなの嘘だよ」


 俺は彼女の顔をまじまじと見た。


「っ……」

「……それでも、行かなきゃ」


 例えそれが嘘の可能性があったとしても、億が一にも必要なら。


「おい、肩を揉め」

「……はい」

「……アルディオ君」


 ◇


 それから使用人としての仕事は増えていった。

 

「俺の洗濯物を代わりに洗え」

「……はい」


「毎朝俺の教科書を取って、俺の席に運べ」

「……はい」


「授業が終わったらすぐに俺の元に来い。肩を揉め、それから……何かあったらすぐに伝える」

「……わかりました」


 そうして、仕事をしていくうちに気づいてしまった。


「……意味ないな、これ」

「あん?」

「やめる」


 俺は肩を揉むのをやめて自分の席に戻っていく。


「おい!」

「……」

「おい、待て!」


 肩を掴まれて、振り向く。もう用はない。


「何してる!」

「やめる」

「はあ!?」

「もう使用人じゃない」


 周囲は俺達に注目を集めていた。


「召使はやめようと思ってやめられるものじゃない。そんなことも知らないのか!」

「竜騎士になるのに必要だと言われたから付き合ってたんだ。そうじゃないのなら付き合う義理がない」

 

 そう言うと、お坊ちゃんは顔を真っ赤に膨らませた。


「俺は、アーガル・ラペテンド! ラペテンド商会の息子だぞ!」

「だから? 俺を竜騎士にしてくれるのか?」

「ああ、してやる。だから──」

「無理だ。君にはできない」


 俺は踵を返して席につこうとする。


「何でそう思う!」

「だって、君は息子・・じゃないか」


 アーガル君は俺の言葉に面を喰らっていた。

 俺は辺りがしんとする中、立て続けに言葉を並べる。


「君はただの息子で、凄いのはお父さんだ。そして、見ず知らずの子供を竜騎士にしてくれるほど、そのお父さんはお人好しじゃないと思う」

「っ……してくれる」

「無理だ。できない」

「してくれる!」


 アーガル君は泣き始めてしまった。


「してくれる! お父さんは、お父さんは凄いんだぞ!」

「ああ、だから、凄いのはお父さんであって君じゃ──」

「アルディオ君、ストップ」


 エルシアが止めに入ってくる。


「何? 今いいところなんだけど」

「アルディオ君の気持ちは分かるけど、一旦よそう? アーガル君、泣いてるから」


 目の前のお坊ちゃんは癇癪をぶつけるように地団駄を踏み、怒りを露わにしていた。大粒の涙を浮かべて顔を赤く腫らしている。


「俺のお父さんは凄いんだぞ!」

「ああ、凄いな」

「アルディオ君!」

「ええ?」


 俺、何かまずいこと言ったか?

 その後、すぐに先生が呼ばれた。


 翌日からあの鬱陶しかったノック音が響かなくなった。


「……平和だな」

 

 しかし、地獄の始まりはそれからだった。


「……」

「……ひどい」


 俺の机がひどく落書きされていた。

 下品な言葉も羅列されており、死ねとも書かれている。

 筆跡からして、どう考えてもアーガルだろう。


「アーガル君!」

「どうした、エルシア女史」


 エルシアはすぐさまお坊ちゃんの席に向かう。

 心なしかアーガル君の対応はそっけなかった。


「あれどういうこと!?」

「どういうことって?」

「アルディオ君の机の落書き、あれアーガル君でしょ!?」

「おいおい、勝手にそんなこと言わないでくれよ。何の根拠があって言ってるんだ?」

「それは、昨日の喧嘩で……」

「それは推測だろう? つまり、勝手な思い込み。それで俺を犯人扱いするなんてどうなんだ?」

「……」


 エルシアは言いくるめられてしまった。


「それより、いい加減そんな奴に関わらない方がいいぞ。魂の格が下がる」

「……下がっていいもん。行こ」

「うん」


 彼女が後ろに振り返ると、アーガルはすごい形相で何ごとかを口パクしてきた。

 しかし、俺も興味ないのですぐに彼女の後を追う。

 後ろで怨嗟の声が聞こえた気がしたが、気にしないことにした。


お読みいただきありがとうございます。


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