2話 学園パラペナッツォ
それからすぐに俺は拘束された。
……そう、拘束されたのだ。
時間は少し巻き戻る。
「なあ、イシェリア」
『何じゃ、我が片割れよ』
「……お前が殺して欲しい相手って誰なんだ?」
『……』
「さっき言ってたよな。竜は誰かと契約しないと力を出せないって。それなら、契約しないと倒せないような相手なのか?」
『ああ、そうだ』
彼女は自身の鋒を天に向けた。
「誰なんだ?」
『……我が父にして、この国の父。皇帝ゼルファ・エルパレヴァス。それが、私の殺して欲しい男の名だ』
言葉が出なかった。
自分がとんでもない契約を結んでしまったことに気づいたが、契約は契約だ。今更変えることはできないことが佐藤琢磨が一番よく知っている。
『ふん、そんな反応になるかや』
「いや、でも……」
『お主を選んだのは他でもない。妾を前にああも臆病風に吹かれなかったこと、それからお主の中には何やら面白いものがある』
「っ……」
『せいぜいよろしく頼むぞ。我が片割れよ』
その後、先程までイシェリアを攻撃していた奴らと戦っていた、たぶん味方?の人たちがやってきた。
事情を聞かれて、あの竜に乗ったのかと聞かれて頷くと、竜から降りてきた男の一人はなんてことだと漏らしていた。
それから俺は事情がよくわからないままに竜に乗せられて、気づいたら知らない部屋まで連行されたのである。
「どうしよう……」
誰も答えない独り言が用意された部屋の中に霧散した。
ベッドもある。食事もある。今までとは比べ物にならない待遇だ。
あまりに小汚かったせいで一度水浴びまでさせてもらった。
「これ以上ない、はずなんだけどなぁ……」
翌日、俺はすぐに列車に乗せられて、ある山奥の建物に連れてこられた。
「ここは……?」
「ここは機甲竜騎士を育てる学園、パラペナッツォよ」
「パラペナッツォ……」
分かりにくい名前だ。
「貴方は今日からここに通うの」
「……」
自分の服装を見回す。
慣れない身なりのいい格好、制服姿というやつに違和感しかなかった。
佐藤琢磨は制服というものに幼い頃から慣れ親しんできたはずだ。
しかし、どうやらここでは今世の感覚が優先されるらしい。
違和感の塊だった。
(ずっと、ゴミ溜めみたいなところでシラミだらけで生活していたからな)
これまでの生活に想いを馳せて感慨に耽る。
俺が連れてこられたのは初等部の校舎のようだった。
見かける子供の外見年齢が順番に8歳、10歳、12歳、9歳。
詳しいことは分からないが、少なくとも小学一年生ぐらいの子はいない。
ということは、受け入れ年齢が日本とは違うのかもしれない。
「ここには8歳から12歳までの子が、計4学年に分かれて生活しているの」
「……」
「貴方はこれからここのみんなといっしょに暮らすのよ」
俺をずっと引率してきた女性は説明してくれる。
果たして出自はどうなんだろうか。
貴族が多いのか、庶民が多いのか。
それで、俺を受け入れてくれるかが変わりそうだが。
「分かった」
「そう、良い子ね」
「……」
頭を撫でてくれる。それが嬉しい。まるでお母さんみたいだ。
「それじゃあ、先生。お願いします」
「はい、分かりました」
「……」
どうやらその女性とはここでお別れのようだ。
「それじゃあ、頑張ってね」
「……うん」
「はい、お別れのキス」
そう言って、彼女は俺のほっぺたにキスをくれた。
俺も真似して、彼女にし返す。
こうして、俺はなんとか学園に編入することになった。
◇
「今日から皆と一緒に暮らします、アルディオ君です。それでは皆さん、拍手」
「……」
生暖かい拍手が俺に送られる。
囚人の刑務作業めいた事務作業あるいは義務のような祝福ほど嬉しくないものはない。
一瞬、何で俺はここにいるのだろうと思ってしまった。
「先生」
「どうしたのかな?」
「どうして、俺はここにいるんですか?」
先生がいるのだから素直に聞いてみることにした。
先生は屈んで俺に教えてくれる。
「ここは竜騎士になるために才能ある子供たちが通う学園なの。良かったわね、ここに選ばれて」
「……うん」
なんだか、うんと言わなきゃいけないような空気を感じた。
恐るべし、閉鎖空間。
「それじゃあ、席は……エルシアさんの隣。はい、座って」
「……よろしく」
「よろしくね、アルディオ君」
俺の隣になったエルシアさんは微笑みかけてくれた。
白いプラチナブロンドのセミロング、顔は可愛らしい感じだ。
ここでも佐藤琢磨の記憶にある小学校であったようなスクールカーストや教室内での恋愛模様という概念は存在するんだろうか。
(いや、あるか……)
「それじゃあ、授業を始めましょうねー。アルディオ君はエルシアさんに見せてもらってください」
「お願い」
「はい、いいよ」
机の上を滑らすように教科書を見せてくれる。
随分と本格的な教科書だな。図や文字も書いてある……文字読めないけど。
「竜と人との交流は昔から行われてきました。太古の人類は、その一部だけが竜との接触を果たし、契約を経て竜の力を……」
それから小難しい授業が続く。
果たして、この授業を理解している人間が一体どれだけいるのだろうか。
しかし、俺は佐藤琢磨の予備知識があるので問題はない。
「当時最強と言われたレギオンを打ち破ったのがドラゴンライダーであり、空を司るとは即ち戦を司るとは同時の名称であったギルバート2世のお言葉です」
「???」
◇
「授業どうだった、アルディオ君?」
「……分かんなかった」
「そうだよね。いきなり来て最初は分からないよ」
エルシアさんが休憩時間に励ましてくれる。
すると、向こうから身なりのいい3人組がやってきた。
俺たちの制服と似ているようで違う。もしかしたら金持ちなのかも。
「こんにちは」
「貧民が気安く話しかけるな」
これはびっくりした。
クソガキが真顔で偉そうなこと言ってくるきた。
その顔でその言葉遣いは似合わないだろうと言いそうになる。
「これはこれはエルシア嬢、今日も見目麗しいですな」
中心にいた男子生徒が何やら礼儀的なことをする。
しかし、その言葉遣いにその仕草は貼り付けられたもののようだ。
まるで周囲の大人の見様見真似である。
「……何かな、貧民君」
「いえ」
視線に気づかれる。
エルシアは佐藤健なら分かる愛想笑いを浮かべて対応していた。
「あはは、ラペテンド君もかっこいいいね」
「ありがとう、我が麗しの君よ。それよりラペテンドじゃなくてアーガルと呼んでほしい」
(うわ、まじかこいつ……麗しの君とか素で言っちゃえるのか。やべえな)
「なんだお前、さっきから見てきて」
「いえ」
「良いだろう。ちょうど良かった。そろそろ使用人が欲しいと思っていたところなんだ。あいつらは教室には入ってこれないからな。お前を部下にしてやる」
「……それは竜騎士になる上で必要なことなのか?」
「ちょっと、アルディオ君!」
隣でエルシアに袖を引っ張られる。
「勿論だとも」
「……分かった。やる」
「アルディオ君!」
「どうしたのかな、エルシア女史。まさか、このアルディオとかいう男が好きなのか?」
「いや、そういうんじゃないけど……」
「なら決まりだ」
「……」
何でもかんでも好きか嫌いかで論ずるあたり恋愛脳なんだろうな。
それでも竜騎士になるのに必要なことならしょうがない。
どこか騙されていると訴える自分もいるが、きっと気のせいだ。
「アルディオ君……」
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