1話 邂逅と契約
とりあえず20話のストックがあるので、今日で15話以上は投稿したいと思います。よろしくお願いします。
全てが灰色に見える。
石造の街並みも、石畳に舗装された道路も、何もかもが灰色だ。
だが、一番灰色なのは俺の人生じゃなかろうか。
俺は転生した。そのはずだった。
佐藤琢磨という事故で亡くなったのだろう青年の記憶を持っている。
今や、それが正気の産物なのかもわからない。
何せ、客観的に見れば俺は不可解な記憶を持つ異常者だからだ。
それでも、幼い頃に捨てられて生きてこれたのはこの記憶のおかげだと思っている。
「……なんだあれ」
そんな俺にも一つの幸運があったとすれば、アレだろうか。
「……ドラゴンじゃん」
ドラゴンが、いた。何匹も綺麗に整列して頭上を、空を飛んでいた。
◇
あれから道ゆく人に聞いてみた。
空の影は何なのかと。あれはドラゴンだと人々は答えた。
ドラゴン、それは佐藤琢磨が知っているドラゴンなのか。
ヘビの尻尾、コウモリの翼、トカゲの胴体に長い首と角。
それが佐藤琢磨の知っているドラゴンの特徴だ。
あの時見たものは太陽の日差しでよく見えなかったけれど、満たしていたように思う。
「ドラゴン、ドラゴンかあ……」
盗み取ったリンゴを一つ齧る。
「お、熟れかけ」
腐る寸前のじゅくじゅくに熟したリンゴに齧り付く。
どうにもこの体になってからこういうものが好きになってしまった。
前世ではこんなもの好きじゃなかったように思うが……
「……っし」
すれ違い様に財布を盗むことに成功する。
こうやって俺は今日まで生きてきた。
親に捨てられた日もすぐにそれを理解して、生きるために算段を立てた。
あの家は元々崩壊寸前だったのだ。
だから、俺はあの家に帰ることを諦めた。
帰ったところでまともな扶養につける自信もないからである。
「そして、俺は悪人になったと。悲しい話だねぇ」
独り言をこぼす。目の前のおじさんに怪訝な視線を向けられた。
一人でいると話す人もいなくて鬱屈してくる。
だから、だんだんと独り言の頻度が増えたのだ。
その日もマーケットの通りでスリに励んでいた。
いつものおっちゃんにとっ捕まらないように身を隠しながらだ。
すると、向こうのほうで何やら大きな音が聞こえてくる。
「きゃぁあ!」
「何だなんだ!」
周囲がどよめいた。
俺は面倒ごとになると思ってその場を離れようとする。
そして、その一言を聞きつけた。
「何があった!」
「ドラゴンが街中に落ちたんだとよ! 空でも、ほら!」
俺はその言葉に上を見上げた。
上では確かにドラゴンが舞っていた。何匹も何匹も。
そして、どうやら『どれか』と『どれか』が戦っているらしい。
「すげえ」
「やばっ」
そんな呑気な声が聞こえてくる。
周囲の人々は明らかに危険だと分かっているのに、頭上の光景に見入っていた。
ここは佐藤琢磨の覚えている人間と変わらない。
しかし、重要なのは……俺がもっと馬鹿な人間だったらしいということだ。
「どけっ」
「きゃっ」
「──何だ小僧、とっちめられてえか!」
「どけどけ!」
俺はすぐに音のした方へと向かった。無論、竜を見るためだ。
しかし、そこにも案の定人だかりができていた。
中心には何やら大きいものがいるのが見える。
「すげえ」
「竜だ。ドラゴンだ」
「デカくね?」
「やべえええ」
俺は背が小さいから人だかりがまるで垣根のように立ちはだかった。
周囲が興奮する中で、俺はその光景を拝むことができない。
どうにか見ることができないかと四苦八苦しながら、そのばでぴょんぴょん無様に飛び跳ねていると、咆哮が広場に響く。
「GYAOOOOOOOOOOOO!」
どうやら人だかりがうざったかったらしい。
ようやく人だかりがはけて、俺はドラゴンの姿を垣間見た。
「……やべえ」
「GYAAAAAAAAAAAAAA」
ドラゴンはまだ吼えていた。残っているのは俺だけだ。きっと俺を追い払おうとしている。
それでも気にならなかった。
こいつになら食われてもいい。それでもいいから近づきたい。
心の底からそう思えた。
「GYUU、GYAAAAAAAAAAAAAA!」
「よう、何やってんだ」
美しい銀色の鱗を身に纏った大きなドラゴンは紐に絡まっていた。
まるで釣り糸に引っかかった鳥だ。しかし、どこか違和感もある。
「これを取ればいいのか?」
「GYAAAAAAAA!」
「うるっせ……今取ってやるから」
ドラゴンの体に足をかける時、激烈な興奮を覚えた。
その体は確かに蠢いていて、生物のように脈動している。
俺は今、生きた大地に足をかけようとしているのだ。
「すげえ……」
「……」
俺はまるで小高い丘を踏破するみたいにドラゴンの体を駆け上った。
そして、あっちこっちを行き来して、ドラゴンの体から紐を取っていく。 頭上ではまだどんちゃんやっていった。
「何なんだろうな、あれ」
「……」
「ほい。取れたぞ」
「……」
俺が紐を取っている間、ドラゴンは大人しかった。
今はどうやら懐かれたらしく俺の顔をじっと見てきている。
「何だ、食わないでくれよ」
「……」
「いや、まあ。食ってくれてもいいんだが──」
「GYA!」
「うわっ!」
突然、ドラゴンが翼を広げて俺のことを包み込んできた。
同時に何かが吹き付けられる音がする。
「何なんだ……?」
「……」
「きゃぁ! 火、火!」
「ドラゴンが火を吹いてるぞ!」
「マジか!」
どうやら別のドラゴンが上の騒ぎから降りてきて、このドラゴンに火を吹きかけているらしい。
こいつが俺に覆い被さっているせいで気付くのが遅れた。
いや、違う。こいつは俺のことを咄嗟に守ろうとしてくれているのだ。
「……何で」
『小僧、聞け』
「はっ? え、何?」
『聞け、小僧』
どこからともなく声が聞こえてきた。
「……お前なのか?」
『気安く呼ぶな。妾の名は……イシェリアじゃ』
「うわっ、本当に喋ってる」
なのに口は動いていない。不思議だ。
「イシェリア……ずいぶん難しそうな名前だな」
『今はそんなこと良い。小僧、状況は把握してるか?』
「状況?」
『妾たちが絶賛炎の息吹をかけられとる途中だということじゃ!」
「ああ、そのこと!」
竜が威嚇するように吠える。
少しだけ熱い吐息が俺の顔面に拭きかかった。
俺がようやく理解した顔をすると、イシェリアは微妙そうな顔?をする。
『……とにかく、妾と契約しろ』
「契約?」
『このままだとお主を守りきれん。それどころか、妾もゆくゆくは奴らの思い通りになるじゃろう。それは我慢ならん。だから、契約をする』
「契約すれば、俺もお前も助かるんだな?」
『……そうじゃ』
竜の微妙そうな声が響いた。もしかしたら違うのかもしれない。
というか、さっきから敬語は話せないのが気になっていた。
佐藤琢磨は問題なく敬語を話せるはず。
それなのに、俺はさっきからタメ口でしか話せなかった。
話そうとはしているんだが……
「……分かった。結ぶよ」
『ただし、じゃ』
「何?」
『契約には相応の対価がいる。それは──』
「いい、聞かなくていいよ。どうせ契約しなきゃ俺は死ぬんだろ?」
「……守れる自信はないの、契約者相手に」
「だったら、どっち道結ぶしかないだろ」
『……そうじゃな』
俺の言葉に竜は目を閉じる。
すると、俺の中に急に何かが流れ出してきた。
「何だ、これ……」
『抗うな、恐るな、受け入れろ』
「……」
自分の中に鮮明に何かの情景が浮かび上がる。
男、暗闇、手、涙、森、動物たち。
全く取り止めもない映像を巡った後に、一つの門の前に立つ。
『開け』
「……」
門の隣に竜がいて、開けるよう指示してきた。
言われた通り、扉を押す。
一瞬、左にも誰かがいたような気がしたが……
『よくやった!』
すると、急激に意識が表面化する。
竜は羽を大きく開いて背に受けていた炎の息吹を打ち払う。
そして、前足で息吹を吐いていた竜に攻撃した。
「GYAAAA!」
『調子に乗り腐って、この青二歳が!』
「すげえ……」
目の前で初めてドラゴン同士の争いを見た。
「あれ!?」
見ると、もう一方の竜には人が乗っている。
もしかして、あれってドラゴンライダーってやつなのか!?
「おい、人が乗ってるぞ!」
『当たり前じゃ! 騎手を得て初めて我らは本来の力が出せる。お主も早う乗れい!』
「乗るったって、どうやって」
また、木登りみたいに竜の背中を登ると目の前の竜と向かい合った。
『しっかり鱗に捕まっておけよ!』
「うわっ!」
竜の巨体が、目の前の竜に覆い被さる。
こっちの竜の方が相手の竜の何倍も大きかった。
「お前、デカいな!」
『乙女にでかいなどと言うでない、戯け!』
「お前、女だったのか!」
見た目ではわからなかった。
『捕まっていろ!』
「分かった!」
すると、竜は翼をはためかせ空に舞い上がると、空中で止まり降下する。
そして、そのまま勢いに任せて相手の竜に鋭い一撃を与えた。
「GYAAAAAAAAAAAAAA!」
『はん、舐めるからじゃ』
「おい、周り!」
一匹と一人を無力化したかに見えたが、俺たちは囲まれていた。
どうやら上でのどんぱちが終わったらしく、3匹も揃っていた。
『小僧、よく捕まっているんじゃぞ!』
「うわああああああああ!」
今度は忠告が間に合わず、とんでもない暴風に腕が引き抜けそうだった。
しかし、どうにか鱗を掴んでいると、今度はとんでもない衝撃が伝わる。
「GYAAAAAAAA!」
「何したんだ……」
『突っ込んだのじゃ!』
竜は心なしか楽しそうに言う。
『次ぃ!』
「待って待て待て!」
『待たん!』
間髪続けて凄まじい勢いと暴風が俺を襲い出し、何度も放り出されそうになる。
そして、鳴り響く竜の嘶き。どうやらイシェリアという竜は強いらしい。
『最後の1匹じゃぞ!』
「死ぬううううう!」
『もう少し気張れぇ』
イシェリアと最後の竜はもつれあいに突入する。
イシェリアが追う形になり、巨体ながら追いつくと竜を小突いた。
小突いたと言ってもイシェリアの体格で繰り出される小突きは凄まじい。
向こうはすぐによろけて、その隙をイシェリアは逃さなかった。
すかさずイシェリアは突撃を仕掛けて、向こうを下敷きに広場に突入する。
そして、大きな鉤爪で喉元を引っ掻いてしまった。
「ああっ!」
『さっきまで自分の心配をし酔ったくせに、次は向こうの心配か。なぜ妾の心配はせん……』
イシェリアはブツクサと言っていたが、周囲の人が歓声をあげる。
すると、彼女もまた咆哮でお返しをした。
「UOOOOOOOOOOOOOOOOOO!」
「「「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」」」
「……すげえ」
その光景は何もかもがクールだった。
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