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【9】終わりなき道

「あ、また使えそうだな『餓鬼大将(ビッグジー)』……使用した時間分休めばまた使えんだ」

 

 スキル名の横に記されていた×マークが、いつの間にか消えていた。

 早歩きで結界から離れ、城の方へと向かいながら俺はカードをポッケにしまう。


「にしても、本当に助けに来てくれねぇな。エリザベータもアダムも何だかんだ来てくれると思ってたんだけどな。あーあ」


 いや、もしかしたら今、結界内であいつらを止めてくれているのかもしれない。

 そんな淡い期待を打ち砕くように、後方から老いぼれの声が聞こえてくる。


「のぉ? どこに行くんじゃ?」

「……」


 振り返ると、カブトムシのジジィがいた。虫のくせに二足歩行で、身長は俺より高く、道着まで身につけている。


「やっぱ助けてくれないみたいだな」

「ん? 邪神らのことか? 当然じゃろ? 彼奴らにお主を助ける道理などない。わしらもそれを分かった上で来ているのじゃ」

「あっそ。てか、もうちょい時間稼げると思ったんだけどなぁ。もう俺のスキルの対策講じてきたの?」

 

 スキルの詳細はヴェノムギアも把握していないと言っていた。こいつらが奴の刺客だったとしても、『餓鬼大将(ビッグジー)』の能力も制限も割れていないはず。


「まだじゃ。がしかし、対策はこれから講じる。それでも十分間に合うであろう」

「悠長だな。その前に再起不能にしてやるよ」

「うっしっし」

「なんだよ……?」


 すると彼は両足を開き、節のある四本の細い手で柔道の構えに似た姿勢を取る。


「再起不能じゃと? できんじゃろ? お主のスキルでそんなこと──」


 音がしなかった──


 気づけば突風が巻き起こっていて、踏ん張ることもできず俺は吹き飛ばされる。


「わっ!?」


 体が一瞬宙に浮く。ただ、大した高さでもなかったので、上手いこと足から着地しようと思ったが、結局バランスを崩して尻もちをついてしまった。


「いて……」


 外傷はない。すぐ立ち上がる。

 先ほど俺が立っていた位置には、正拳突きのポーズを決めたジジィがいる。


「寸止め……? 何のつもりだ?」

「ししし、言ったじゃろ? 対策を講じると?」


 ジジィは笑みを浮かべる。


raffl3sia(ラフレシア)は、自分の操る植物を乗っ取られたと嘆いておった。その状況から考察しうるスキルはおおよそ三種類じゃ」

「……」

「一つ、能力を奪うスキル。二つ、カウンタースキル。三つ、物質を操作するスキル……十中八九このどれかに準ずる能力に違いないじゃろう」

「……」

「正直なところ、カウンター系なら厄介じゃったが、幸いにもその候補は消えた。今の攻撃でな」

「っ!」


 カウンター系のスキルなら今の寸止めによる風圧も跳ね返せるはず……と言いたいのだろう。

 そして、仮に俺のスキルがカウンターでも、風圧なら返されたところでダメージにはなりえない。最悪のパターンを考慮しての寸止めだったか。こいつやるな。


「残る候補は能力奪取か、物質操作じゃが……まぁおそらく物質操作じゃろうな? ならばわしの敵ではない」

「は? なんでだよ? おまえの能力も奪っちゃうかもしれないぞ?」

「それならとっくに奪っているのではないか? わしは最初からこれほどまでに分かりやすく武術を使用しておるのじゃからな? しかし、わしは今もなお、武術の心得を失ってはおらぬ」


 彼は再び同じような構えを取る。


「物質操作ならば、操作できる物質を使わなければいいこと。対策は容易じゃ」

「ふん。なら、おまえ自身を操作してやるよ」

「はったりじゃな。それができるなら、それこそ既にやっているはずじゃ。何か制限があって不可能と見た」

「……」


 完全に見透かされている。

 まだその辺にあるraffl3sia(ラフレシア)の木を操ることもできたが、あの速度で攻撃を繰り出せるジジィに対抗できるとは思えない。そして言うまでもなく、奴は俺より強い。スキルの対象にはできない。


「あ~降参だ! こんなこと言うのもあれだが、助けてくれないか?」

「それは聞けぬ相談じゃな」

「そうか。じゃあ最後に一つ聞かせてくれよ。そのくらいはいいだろ?」

「……まぁよかろう」

「おまえ、武術は誰かに習ったのか?」

「ん? いいや。わしは生まれた時から武術を身につけていた」


 ジジィは少しも構えを崩すことなく、じっと俺を見ながら言うのだった。


「わしらエラーコードは、あらゆる種の遺伝子を融合させて生み出された決戦兵器じゃ」

「遺伝子の融合……」

「そして、わしは甲虫と人間の遺伝子によってできている。そのうち媒体となった人間は皆、武術の達人じゃった。それゆえ、わしは先天的に武を極めており、エラーコード最強の名をほしいままにしておるのじゃ」


 最強って、それさっきの子も言ってたな。

 まぁ、最強うんぬんは置いといて……何だろうな、こいつ。


「む? 何がおかしい?」


 ニヤニヤしているのを咎められた。


「いやだって武術の達人なんでしょ? それってさ……え? うへへ!」

「なんじゃ、忌々しい奴め! 質疑は終わりじゃ! 今すぐに──」

「おい。気持ちいいかよ? 得意な武術を披露できてさぁ?」

「む?」


 両手を広げ、彼を煽る。


「俺はな、武術なんて習ったこともないし、試合観戦すらろくにしたことがない。そんな素人相手に、おまえは得意の武術で攻撃しようとしている。あ~あ~、とんだ達人がいたもんだぁ?」

「言わせておけば──」

「いやぁ~最高だよな? 自分より弱くて、武術のぶの字も知らないガキ相手に、武術使ってボコボコにすんのはよ~? そういうの何て言うか知ってるか? 弱い者いじめ、って言うんだ。みっともない」

「なっ!?」


 両手をいっぱいに広げたまま、ノーガードでジジィに接近する。

 彼の目にはまだ闘志が宿っていた。


「黙れ! わしが極めているのはあくまで“武術”じゃ! 精神性を問う“武道”とは似て非なるもの! 言うなれば戦闘の技術! 敵を討つことこそが至高なのじゃ!!」

「敵を討つのが至高? だったらやってみろよカブトジジィ! 素人の俺を一撃でやってみろや!」

「言われずともっ!」


 ジジィの赤い瞳が光り出す。あの瞳は彼らの特徴なのだろうか。


「我が武術と異能を組み合わせた最高火力で屠ってくれる! 終わりだぁぁああ! 麦嶋勇っ!!」


 周辺の地面を抉り、空気を切り裂きながら、物凄い勢いでジジィは突っ込んでくる。直撃すれば吹き飛ばされるくらいでは済まない。想像絶する衝撃で跡形もなく体は飛散するだろう。


 ──しかし、そうはならない。


 またもや俺は突風で後方に吹き飛んだ。

 今度は着地できず、体を強く打って転がっていく。


「うげぇっ!」


 全身に激痛が走るが、ともあれ生きている。

 地に伏しながらも顔を上げ、寸止めで攻撃をやめたジジィに言った。


「これで累計二撃……どうしたどうした~? 俺は……まだ生きてるぞ!?」

「こんな……こんなこと」


 ジジィの目の光が弱まっていき、彼は両手を地につける。地には、ぴくりとも動かない一匹の蝶が落ちていた。


「やっぱりな。おまえ、エリザベータに釘刺されただろ? 衛星ムゥの生き物を殺すなって」

「……」

「俺とやり合った時も、あいつは生き物の避難を同時進行させていた。そのくらいムゥの生き物を大切にしてる。釘を刺さないわけがない。でも、おまえ……やっちまったな? 大変だぞこれは」

「い……いい気になるなっ! 攻撃する直前、蝶の方から前に出てきたんじゃ! 悪いのはこの蝶じゃ! それにわしはギリキリで止めたはず!」

「そうか? じゃあそう言ってこいよ? 聞いてくれるか分かんないけどな」

「くっ……!」


 ジジィは震える手で蝶を拾い、そしてあることに気がつく。


「こ、これは……!?」

「……」


 すると、蝶は急に動き出し、何事も無かったかのように彼の手から飛び立つ。


「まさかお主、スキルを……スキルを使ったな!?」

「え~?」

「蝶を操作して、死んだふりをさせたな!?」

「させたけど?」

「くっ……愚弄しおって! 小僧がぁぁあ!」

「でも、おまえの攻撃をやり過ごしたのは事実だ」

「っ!?」


 俺は膝に手をついて立ち上がる。


「こ、こんな卑怯な手、わしは認めん!」

「ハハハッ! 卑怯って何だよ? 素人だからルールとか分かんねぇや! ただ分かるのは、俺が攻撃を耐えたということだ! 敵を討つのが至高と言うおまえの武術をな!」

「このっ!」


 すぐにジジィは構えを取るが、俺の肩にさっきの蝶が止まる。


「あ~? やんのか?」

「貴様……」

「なぁ? おまえも痛いほど分かってんだろ? いや分かってるはずだ。武術家の遺伝子が、武を極めんとする者たちの血が言うんだ。既におまえは……達人の風上にも置けない、二流以下の虫けらに過ぎないと」

「ち、ちが──」

「違うなら今すぐ俺を殺してみろよ!? できんのか!? この三流野郎ッ!」

「…………」


 死にぞこない羽虫の如く、彼の手足は震えていた。

 しばらくして彼は放心し、構えも崩れてしまう。心なしか黒帯が緩んだようにも見えた。


 勝ったな。

 

「ジジィ。実はな、俺の父さんも武術の道を行く者なんだ。俺はその道を進まなかったが、それでも父さんの血が俺には流れている。そういう意味では、俺とおまえは少し似ているのかもしれない。だからこそ一つ言わせてくれ。父さんがよく口にしていたことだ」

「……」

「武の道に終わりは無い。ゆえに武を極めることなどできない。常に技術を磨け。磨き続けろ。それができてやっと二流なくらいだ──」

「……っ!」

「おまえが今最もやるべきことは俺と戦うことなのか? 他にもっとやるべきことがあるんじゃないか?」


 ハッとした表情でジジィは顔を上げた。そして、彼は姿勢を正し、深く深くお辞儀をしたのだった。

 その後、彼は何も言わず振り返り、黒い結界のほうへ歩いていく。


「…………」


 まぁ、今の全部作り話なんだけど。

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