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【89】ドクターイエロー

「麦嶋勇。貴様の身柄は……我らで保護することになった」


 ドクターイエローの六号車には、およそ普通の新幹線には無いであろうミーティングルームが備えられていた。そこの一人掛けソファに座り、小さくなって眠っているエリーゼをブカブカになった服と一緒に抱きかかえながら、ouro6oros(ウロボロス)に聞き返した。


「保護ってなんだよ?」

「そのままの意味だ……貴様の身の安全はしばらく我らが保障する」

「どうしてまた?」

「ヴェノムギア様のご命令だ……子細は知らされていない」

「聞けよ」

「我らエラーコードが、ヴェノムギア様のお考えに異議や質疑を要することはない……」

「指示待ちイエスマンが。聞いた七原さん? こいつら仕事できないよ」


 隣の席で脚を組んでいる彼女にそう言うと、はいはいと流される。


「とりあえず、麦嶋が攫われたのはヴェノムギアの指示ってのは分かった。それで休戦協定っていうのは?」


 側に立っているドスケベガエルに、七原さんがそう聞く。


「それはね~話すと長くなるって言うかぁ~」

「端的に話して」

「もうっ! せっかちさん!」

「そういうのいいから」


 七原さんは目こそ合わさないが、口調には棘があり堂々としている。

 カエル女はつまらなさそうに姿勢を正し、両手を後ろに組んで話し出す。


転移者(プレイヤー)の中に黒尾(くろお)直人(なおと)くんっているでしょ? 私は今、クロー様って呼んでるんだけど、彼がダークテイルっていう組織を結成して、帝国の辺境伯を──」

「知ってる。辺境伯に虐げられていた民を助けて、一部界隈で英雄扱いされてるんでしょ?」

「あら? そこまで噂が広まっていたのね。さすがクロー様だわぁ!」

「で、それとあんたたちにどう関係が?」

「え? 関係は大ありでしょ? だって、帝国の辺境伯が殺されたのよ~?」

「……?」


 七原さん同様、頭にハテナが浮かんでいる俺を見て、ouro6oros(ウロボロス)が補足を入れてくる。


「ミラミス大帝国はエアルスで最も多くの地を支配している国であり……我々“ギア”の国でもある」

「!?」

「帝国の最高指導者である女王も……表向きはただの人間ということになっているが、実際はエラーコードの一体がその座に君臨している……つまり、黒尾直人はその土地の一つを掌握したことになるわけだ」


 すると、カエル女が赤らめた頬に手を当てながら、体をくねくねさせる。


「そうそう。それで私、ヴェノムギア様に褒めてもらいたくって、一人で彼の討伐に行ったの。だけど負けちゃってぇ……いやぁんって感じで、身も心もクロー様に捧げちゃったのよぉ~」


 彼女は七原さんの座るソファの手すりに腕を乗せ、ぐいっと顔を近づけた。はずみで大きな胸がぶるんと揺れ、もちろん俺はガン見した。向かいに座るraffl3sia(ラフレシア)に気づかれた。蔑むような視線を向けられる。でも気にしない。瞳が渇くほど凝視する。


「彼ったらすっごいのよ~? この私を完膚なきまでに負かしたあと、生かしてやる代わりにとある条件をのめって脅してきたの」

「条件……?」

「そうよぉ。じょ・う・け──」


 肩に手を乗せ無駄にエロい吐息をかけてきた彼女を、七原さんが振り払う。


「気色悪い。あと麦嶋見すぎ」

「うえぇ!?」


 ぴしゃりとした彼女の物言いに、俺はつい姿勢を正す。

 そして、カエル女が不敵な笑みを浮かべながら話を続けた。


「その条件ってのはね、私をダークテイルの駒として使わせろっていうものだったわ」

「駒……? プレイヤーに寝返ったってこと?」

「そうよ~! 正しくはクロー様に寝返ったんだけどねぇ。ふひひ!」


 彼女は陶酔したような表情で涎を垂らし、それを自身の手で拭う。ばっちぃ奴だと思った。

 

「そんなことしてヴェノムギアに怒られないのかよ?」

「ヴェノムギア様は寛大なお方よ。私たちエラーコードの行動や思想に制限は無いわ。それにゾクゾクしちゃったんだから仕様がないの~」


 まぁpelic4n(ペリカン)もお咎めないし、やっぱイカレてんだろうな、ヴェノムギアって。


「それどころか、ヴェノムギア様はダークテイルと協力関係を結ぶことに前向きだったわ~。結果、お花ちゃんや蛇ちゃんたちも私のとこへ来た」

「それが分からないな。おまえが寝返ったのはいいとして、どういう風の吹き回しで“ギア”が黒尾君と手を組むんだよ? そうはならんだろ。俺を保護する理由と関係あるのか?」


 彼女は首を傾げた。


「さぁね~? クロー様と手を組むことと、あなたを保護すること。その二つに関連があるかはヴェノムギア様のみぞ知ると言ったところね。ただ、クロー様と手を組むことでこちらには明確なメリットが一つある──」


 彼女は口角を上げた。不気味なほどその口は裂けている。


「それは、二十一人いるプレイヤーをおよそ半減させられるということよ」

「は……?」

「クロー様と他四人のプレイヤーが、十人のプレイヤーを殺すの! 元の世界でクラスメイトから受けたありとあらゆる屈辱を虱潰しに復讐し、最終的に全員嬲り殺すっ! 私たちはそのお手伝いをするの! そしてそのときが来たら、それはそれは光栄で秀麗で残酷で淫靡で劇的で……きっと私は私でなくなるくらいクロー様を狂おしく想うでしょう。はぁぁ、野望を追い求め実現する男子って……すてき!」


 カエル女は恋焦がれる乙女の如く両手を握り、膝から崩れて床で割り座になり呆けた。


「何それ!? ふざけないでよ! 何考えてんの、黒尾は!?」


 七原さんが机を叩いてそう怒鳴る。

 思えば、俺たちがエアルスに転移したときから、彼は神白たちに敵意を向けていた。ヴェノムギアから好きなようにグループ分けしろと言われ、全員で同じ場所にスポーンしようという知華子ちゃんの提案にも乗らず、自身の敵はヴェノムギアと神白らであると公言していた。


 彼がどんな思いでそんな言動に至ったのか、転校生の俺には分からない。しかし、あの非常時にも関わらず、その内に秘めたる憎しみを剝き出しにできるのは、それほどの激情と鬱憤があってこそである。俺が転校する前の彼の日常がどんなものか、もはや想像に難くない。

 だが、仮にそうであってもその蛮行を許すわけにはいかない。


「……不毛だな」

「ん~?」


 俺の呟きに、呆けたカエル女が上目遣いになって喉を鳴らす。


「俺たちの敵は初めからヴェノムギア。事情がどうであれ、クラスメイト間での潰し合いは不毛だ。ましてやおまえらと手を組むなんてもってのほか。いつか必ず足をすくわれる。おまえも寝返ったとか言ってるけど、裏で何を画策してるか分かったもんじゃない」

「ふふ……ふひひひっ! 疑り深いのねぇ~!」

「黒尾く~ん! いるんだろ!? 出てこいよ!」


 俺の呼びかけに応じたようにミーティングルームの扉が開く。


「彼は同乗してないよ。アジトで別の仕事をしてる。彼は復讐で忙しいんだ」


 ニセ神白が、ティーカップが二つ乗ったおぼんを持って現れた。


「ところで君は誰なんだ?」

「体は神白本人。心は別人さ」

「は?」

「そんなことより良い香りだろう? 帝国産のアールグレイ、さ」


 わけの分からないことを言って、彼はおぼんを卓に置く。


「……raffl3sia(ラフレシア)。毒見しろよ」

「な、なんであたしが!?」

「俺を保護したいんだろ」

「おまえ!」


 ニセ神白は、毒なんか入ってないよと穏やかに笑った。そして、カップの一つに口をつけ舌鼓を打つ。


「ふう……転校生君、さっきの話だけど俺らは本気で神白たちに復讐するつもりだよん。たといエラーコードの力を借りてでも、ね。もちろん足をすくわれるという意見はもっともだし、危ない橋を渡っている自覚は十二分にある」

「だったら──」

「さりとて心配ご無用さ。現に俺たちはそこのカエルに勝ってる。強いのだよ、ダークテイルは。いずれカエルも花も蛇も、女王やヴェノムギアまで残らず始末してやる。ちょっち寄り道するだけ。結果は変わらんのだよワトスン君」


 彼の物言いは自信に満ち溢れていた。確固たる自信。悪く言えば天狗になっているとも表現できる。


「勝つから良いとかそういう問題じゃないから」


 七原さんが鋭い口調で反論する。


「復讐だかなんだか知らないけど、人を殺していいわけないでしょ? バカじゃないの?」


 そりゃそうである。


「ふむ。相も変わらず手厳しい。ところで今日の七原ちゃんはやけにお喋りだねー? 委員長が側にいないと口が利けないんだと思ってたよ。ふっふっふ──」

「ねぇ、その気取った喋り方腹立つからやめてくれる? 聞いてて恥ずかしいんだけど」

「……」


 それはちょっと俺も思ってた。


「ていうか、あんた茂田(しげた)でしょ? たぶん、他人をラジコンみたいに遠隔操作できるスキルかな? 好きだったもんね、そういう()()()()。でも、中三にもなってラジコンカーに入れ込んでるなんて恥ずかしいと思わないの? そもそもあんなの何が楽しいの? それで神白たちによく茶化されて、何回かおもちゃを壊されたこともあったっけ。まぁ、いじめはいじめる方が悪いと思うし、神白を擁護する気は皆無だけど、あんたもあんたで痛々しいのは趣味だけにして、せめてその口調くらい──」


 委員長がいないと口が利けない、って言われたのが癪に障ったのか、七原さんの止まらない皮肉に俺は慌ててカップを取り、その縁を彼女の口に押し付け塞ぐ。


「言い過ぎぃ! 別にいいだろ、ラジコン好きは!? 男の子は誰しも憧れる物なんだよ!?」

「ん……んぐ!」


 七原さんの口元がだらしなく紅茶で濡れる。


 ニセ神白からすすり泣くような声が聞こえた。茂田君が泣いちゃった!

 そして、彼は逃げるように扉を開け廊下へ出て行ってしまう。


 俺はカップを置いて立ち上がり、エリーゼを抱っこしたまま引き戸に手をかけ、去りゆく彼の背中に呼びかける。


「俺もヘリコプターのラジコン持ってたぞ! あの電池がすぐ切れるやつな! だから、あんな根暗の言うこと気にすんな! 男の子はみんな君の味方だぞ!」


 後ろから根暗が揚げ足を取ってくる。


「神白は味方じゃなかったけどね」

「はいっ! もう今日のことは全部知華子ちゃんに言いま~す! 七原さんが茂田君をいじめてましたぁ!」

「ちょ、ちょっとやめて……本当にやめてっ!!」

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