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【83】中三 七月十八日

【期間が空きすぎちゃったので迷宮編のあらすじ】


迷宮の謎を解いた麦嶋と七原のもとへ、過去のロワイアルゲームの生き残り、(すもも)(スキル30個持ち)が現れた。

李は単独でヴェノムギアを倒すと宣言。加えて麦嶋たちへ、地球に帰るよう指示した。

しかし、麦嶋これを拒否。

クラスメイトを集め、みんなでヴェノムギアを倒すと言い返したのだった。


一方その頃……

ヴェノムギアらは、現プレイヤーの一人、黒尾(くろお)直人(なおと)(いじめられっ子)の復讐に手を貸そうと画策していた──


  以下、復讐編プロローグ ↓



 ──暴力は歴史上最も多くのことに決着をつけてきた。


 父から教わったことの中でも群を抜いて心に刻まれた言葉である。小説に出てきた箴言のようなものだと聞いた。

 家に書斎を構えるような博学偉才な父から、まさかそんな荒々しい教えを賜るとは思いもせず、余計に忘れられない言葉となっている。


 いや博学だからこそ……なのかもしれない。

 人間社会で度々起こる不条理な状況に対し、暴力で決着をつけることを是とするか非とするか。それを俺に考えさせたかったのかもしれない。そういう回りくどい教育をする親なのだ。


 結局その是非については分からずじまいだ。

 確かに今回の件では、暴力的手法を用いたことで決着がついた。だが、俺の心は少しも晴れなかったし、やらなければ良かったとさえ思っている。


 そんな後悔の念を抱えながら俺は今日、この中学校を転校する──

 

「──待ってよ! 麦嶋君!」


 人目を避けるべく、校舎裏にある職員用駐車場の出入り口から学外に出ようとしたとき、後ろから名前を呼ばれた。


「佐藤君か。俺みたいな稀代の問題児に別れの挨拶でもしに来てくれたの?」

「当たり前だろ! 酷いや。何も言わずに行っちゃうなんて……」


 佐藤君は泣きそうな顔でもじもじと手をいじった。相変わらず女子みたいだ。

 小柄で、天パで、目はぱっちり。しかも、そういう外見的特徴だけでなく、口調やしぐさまでそれっぽいときた。本人曰くわざとではないらしい。

 だが、そんな彼の個性を良く思わない人は少なくなかった。特にうちのクラスは。


「本当に転校しちゃうの?」


 佐藤君は上目遣いでそう聞いてくる。


「うん。東京の……小春なんとか中学ってとこ」

「東京……」

「そんな遠くないよ。その気になればチャリでも行ける」

「それって、やっぱりこの前のことで退学に──」

「いや、公立中学で退学とか無いから。普通に親の仕事の都合」

「そ、そっか……そうだよね」

「まぁどうせ転校するからってことで、最後にめちゃくちゃにしてやったっていうのはあるけど」

「……」

「引くなよ」

「あ、ごめん」


 気まずそうにしている佐藤君を見て、急に良心の呵責に苛まれた。


「謝るのはこっちだ。余計にこじれたし。本当にごめ──」

「え、どうして!? 謝らないでよ! 麦嶋君は何も悪くない。むしろ僕は感謝してるんだ!」

「……でも構図は変わってないだろ? 佐藤君いつも一人だし」

「それはそうかもだけど……でも十分なんだ! あんな奴ら、僕の方から願い下げだよ! だから、麦嶋君は僕の救世主だ!」

「救世主って……そんな立派なもんじゃないでしょ。俺がやったこと忘れたの?」

「もちろん覚えてるよっ! 僕をいじめてきた奴らをやっつけてくれたんだ!」

 

 彼の目は輝いていた。


「そうそう。背後から襲い掛かって、金的して目潰しして、止めに来た担任も校長も殴って蹴ってぐちゃぐちゃにしたんだ」

「うん! 凄く格好良かった!」


 どこがだよ。自分で言うのもなんだがただの荒くれ者だろ。


「あのさぁ? 俺、結構反省してるんだぜ? さすがにやりすぎたなって。あんなんで解決とは言えないし、もし時間が戻るなら別の方法を──」

「それでも僕は救われた!」


 佐藤君は、早足で目の前までやって来る。


「学校に僕の味方なんて一人もいなかった。だから、君が助けてくれて本当に嬉しかったんだ! もちろん万事解決じゃないかもしれない。君がいなくなったらまたいじめられるかもしれない……でもいいんだ! 僕には麦嶋君という味方がいるんだって、これからはそう思えるから!」

「……」


 羨望の眼差しを向けつつ、彼が手を握ってくる。


「僕、どうしたら君みたいになれるかな? 君みたいに強くなりたいんだ!」

「はあ?」

「そうだ! 高校! 僕、麦嶋君と同じ高校に行きたい!」


 なんの恥ずかしげもなく、そんなことを言う彼に面食らい、つい目を逸らす。

 しかし、このがっつき具合、ジョン吉を思い出す。


「……なら、偏差値二十くらい上げてきな。佐藤君バカなんだから」

「バカじゃないよ! 平均よりちょっとできないだけで!」

「バカ寄りじゃん」

「うるさいな! 夏休みで僕は変わるんだ! どっちにしろクラスの奴らと同じ高校には行きたくないし! 猛勉強して選択肢は増やしとかないと!」

「なるほどね。モチベーションはばっちりってわけだ」

「おかげさまでね!」


 はにかむ彼に、俺も笑みで返す。

 手を離し、俺はバッグからシャーペンとノートを取り出して、そこにSNSのIDを書き記す。


「はい。連絡先」


 雑にノートを破り、IDの描かれた切れ端を渡した。


「え? スマホ持ってないって言ってなかった?」

「令和だぞ。スマホくらい持ってる。俺のネットワークにクラスメイト(あいつら)を入れたくなかったんだよ」

「……そっか」


 佐藤君は口元を綻ばせ、囁くようにそう相槌し、紙を受け取った。

 ちょうどそのとき、後方から聞き慣れたエンジン音が聞こえてきた。振り返ると、駐車場の外にサイドカー付きのオートバイが停まっていた。


「──まぁいいわねぇ? 女の子のお見送り~!? あんな事件起こしておいて、勇ったらいい御身分ねぇ~?」


 白のメッシュジャケットを着た運転手がヘルメットを外し、プリンみたいな色合いのロングヘアーが出てくる。


「学ラン着てんだから男だって分かるだろ。てか、佐藤君だよ」

「あぁ、その子が? 噂通り可愛い子……ま、母さんの若い頃には遠く及ばないけどね~。キャハハハ!」


 佐藤君が耳打ちしてくる。


「お、お母さん……?」

「しんどいだろ。元ヤンなんだ」

「元ヤン……そうか! 麦嶋君にはヤンキーの血が流れてるんだ! だから胆が据わってるんだね!? 腑に落ちたよ!」

「バカにしてんのか」


 俺は筆記具をしまい、バッグを肩に担ぐ。


「もう行くわ」

「あ、うん。また連絡するね」

「おう。夏休み、一緒に勉強しようぜ」

「本当に!? やった! それじゃあ、またね!」

「また──」


 そうして俺たちは手を振って別れた。


 中三。一学期の終業式が終わり、俺がこの学校で過ごす最後の一日が終わった。

 地を焼くような日差しと、やかましい蝉の鳴き声がこだまする、そんな夏の日のことだった。

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