【82】為されるべき運命
帝国領某所。エラーコード定例会議の日。
円卓の置かれた会議室にて、raffl3siaが自身の席でとある作業に勤しんでいた。今日の彼女は大きな三角帽子を被っていて、悪臭を放つ頭の花は隠れている。
「──できた! ouro6oros、見てよこれ!」
それは彼女曰く、転移者の強さ格付けなるものだった。名前の書かれた厚紙が複数枚、コルクボードに画鋲で留められている。
ちなみに、これは彼女の独断と偏見でやっていることであり、必要性はおろか信憑性も皆無である。
しかし、会議の開始時刻までは時間があった。ヴェノムギア様もまだお見えになっていない。多少は相手をしてやってもいいだろう。
「どぉ~? まだ二十一人全員分の情報は集まってないからあれだけど。結構いい線言ってると思うんだよね~!」
彼女が嬉々としてボードを披露してくる。
我は自身の席から卓上に跳び移り、とぐろを巻いてそれを吟味する。
【さいきょう!!】李知華子
【つよい!】黒尾直人、七原茜、朝吹翠斗、雲藤久美子
【ふつう】瀬古彰、桃山みく、宮島翔哉、茂田弥一、桐谷剛、名波花怜
【ざこ~】麦嶋勇、神白雄介
「おおよそ納得だが……この黒尾、雲藤、茂田、桐谷、名波の情報はどこで入手した……? ハンター共の報告でも、こいつらとは未だ接触していなかったはずだが……?」
「2anaが見つけたんだって。この前会った時に言ってた」
「なぜすぐ報告しない……」
「え~別によくない? ヴェノムギア様はどうせ知ってるんだし。たぶん今日話してくれるよ」
彼女の席の二つ隣に座っているbeet1eも、腕組をしながら覗いてくる。
「麦嶋勇はそんなに下か?」
「下でしょ。邪神がいるから厄介なだけだし。例の盗んだスキルもタネが分かればざこざこ。今度会ったらマジであたしに任せて」
「ほう」
それにしても、未だ転移者の情報は集まり切らない。
『ふつう』の欄にいる瀬古彰なども、ハンターからの漠然とした情報しかない。何でも、彼は森の中に積み木を組み合わせたような家を残しており、また同じように積み木でできた巨大魔導車を走らせていたらしい。
積み木で色々なものを創作できるスキル、というのが我の見解だが、作れるもの次第ではいくらでも脅威に成り得るスキルである。
「──おお。今日の出席率は上々ですね。九分の五。いえ……mon5terさんが亡くなったので正確には八分の五ですか。ouro6orosさん、bac7eriaさん、9ueenさんに関しては皆勤賞です」
空間が歪み、我らの主が現れた。その腕には、ドレスを身につけた9ueenがしがみついている。相変わらず鬱陶しい女だ。
「さて、9ueenさん。そろそろ離れてください。ご自分のお席へどうぞ」
「いえ、わたくし今日は眩暈が酷いので、ヴェノムギア様のお膝に座らせて頂きますわ……」
「眩暈が酷いなら、椅子にしっかりと座った方がいいのでは?」
「ヴェノムギア様のお膝にいると不調が落ち着きますの。頭も優しく撫でて下さいまし」
「困った方ですねぇ」
主は半ば強引に阿婆擦れを引き剥がして椅子に座らせる。阿婆擦れはわざとらしく、いやんと声を上げた。
すると、raffl3siaが主の方へ駆け寄り、さっそく格付け表を見せにいく。
「ヴェノムギア様、見てください! 強さランキングを作りました! あたしが! 一人で!」
「そのようですね。中身も割と的を射ていると思います」
「本当ですか!」
「ええ。ただ、追加と修正があります」
主はraffl3siaの席へと近づき、そこに置きっぱなしになっていた厚紙と羽根ペンを取る。
そこで何か文字を書いて持ってきて、『ふつう』の欄にそれを貼った。追加されたのは新妻茉莉也だった。
次に、『ざこ~』の欄にあった麦嶋勇を『つよい!』へと移動させる。
【さいきょう!!】李知華子
【つよい!】黒尾直人、七原茜、朝吹翠斗、雲藤久美子、麦嶋勇
【ふつう】瀬古彰、桃山みく、宮島翔哉、茂田弥一、桐谷剛、名波花怜、新妻茉莉也
【ざこ~】神白雄介
「ふむ。これならしっくりきますね」
「えぇー!? 麦嶋そんな上ですかぁ!?」
「はい。実は先日、pelic4nさんが彼と接触しました。彼と共に新妻茉莉也さんもいましてね。彼女のスキルも興味深いですが、問題は麦嶋君です。ムゥで戦った時から、彼にはなかなか目を見張るものがありましたが、こう何度も私のエラーコードを対処されてしまうと評価を上げざるを得ませんね」
「あいつ、他転移者と合流したんですか!? しかも、あの鳥が対処されたって──」
主が椅子に腰かけ、我らの疑問に答える。
「いえいえ、一応生きてはいますよ。しかし、完全に無力化されました。麦嶋さんの策略によって」
「無力化? あ、あいつを? エラーコード最強と言われる私の、その次くらいに強いと思ってたのに……」
頓珍漢なことを真面目な口調で言う彼女に、9ueenが野次を飛ばす。
「あなたを最強なんて評する方、正気ではありませんわね」
「はぁ~? おまえより強いし!」
「ありえませんわ。わたくしが圧倒的トップで、それ以外は有象無象。いてもいなくても一緒ですわ」
「はい、違いま~す! 最強は私ですぅ~! バーカバーカ!」
ヴェノムギア様が手を叩く。
「はいはい。会議を始めますよ──」
その後、ヴェノムギア様から現在の状況を説明される。
巷で話題のモレット大迷宮にて、麦嶋、邪神、新妻が協力し、あの鳥を籠絡したこと(なぜあいつはそんなところにいたのだろう。理解に苦しむ)。その後彼らが李知華子を含む七名と合流し、行動を共にしていることを聞いた。麦嶋らが迷宮を攻略しようとした理由ははっきりしない。
また、李知華子の暗殺依頼を出してから、例のハンター四名にはbac7eriaを感染させ、ヴェノムギア様が監視していたらしい。しかし、そんな彼らはあえなく返り討ちにあった。
それだけに飽き足らず、そのハンターの一人、ジェリー・ブレヒャーは李に拷問されたという。
我らにとっての朗報は何一つなかった。
「──ブレヒャーさんがどんな情報を漏洩したかは不明です。感染させたbac7eriaさんも『治癒』で除去されましたから。まぁ、この場所はバレたでしょうね。ただ、彼女は秘密裏に動いているようです。もしかすると、単独で乗り込んでくるかもしれません」
あの小娘。三年前は酷く矮小な存在に見えたが、どうやら今度は本気でヴェノムギア様を討とうとしているようだ。
しかし、それもそのはず。転移者とヴェノムギア様の殺し合いという今回のルールは、彼女が作ったと言っても過言ではないからだ。それ相応の覚悟を持っているだろう。
「死体が残っていれば……我の能力でハンターどもを復活させられますが……いかがいたしましょう?」
「結構です。彼らは用済みです。それに一人は生き残りました。その方も同様に、李さんがbac7eriaさんを除去したので詳細不明ですが、彼は彼女に手を貸すようです……」
「彼……?」
「何にせよ、やはりエージェントなど使わず、エラーコードの皆さんに頼るべきでした。これは私の失態です。申し訳ありません」
「いえそんな……」
そして、主は前傾姿勢になって、卓に両肘をつき手を組んだ。
「本題はここからです。おそらく、李知華子さんは近いうちに私のところへ辿り着くでしょう。その時、邪神や他転移者を連れてくるかは不明ですが、私はそれに迎え撃とうと思います。bac7eriaさんと9ueenさんは手を貸してください」
「承知いたしましたわ! しかし、わたくしとヴェノムギア様さえいれば、あんな小娘いちころです! bac7eriaさんはいりませんわ!」
「油断は命取りですよ。過剰な戦力……くらいがちょうどいいです。今の彼女からは、それほどの気概を感じます」
beet1eが手を挙げ発言しようとすると、その前に主が察して答える。
「他の皆様は、2anaさんのところへ行ってください」
「あの蛙のところへ……ですか?」
beet1eが聞き返す。
「既に聞いているかもしれませんが、彼女は黒尾直人さんのグループと接触しています……そして、我々“ギア”は彼らと手を組むことにしました」
「な……!?」
beet1eは目を見開き、我も息を飲む。
raffl3siaは立ち上がって、生意気にも抗議するのだった。
「えぇぇ!? どうしてですか!? ヴェノムギア様、変っ!」
「そうですね。変かもしれませんね。しかし、利害の一致があったんですよ」
「利害の一致?」
「ふふふ」
ヴェノムギア様は仮面の下から声を漏らした。
「失敬。実は、久しぶりに転移者同士の殺し合いを見られそうなんですよ。黒尾さんが実に良いんです。やはりあのクラスを選んだ甲斐がありました」
「はあ……」
「とにかく、raffl3siaさんたちは2anaさんのところに行ってください。黒尾さんに手を貸せば、こちらはほぼノーリスクで転移者の数をおよそ半減させられるでしょう」
半減? 十名近く殺せるということか? 十名? そうだ、思い出した──
「先日……ハンターギルドにきていたという匿名の捕縛依頼のターゲットは……十名でしたよね?」
「察しがいいですね。そうですよ。あれの依頼主は黒尾さんです」
しかし、一体何のために──
「──復讐ですよ」
ヴェノムギア様が囁くようにそう告げた。その声色はどこか明るく、会議室内に響いた。
「復讐とは、相殺であり決着です。これまでの人生の帳尻合わせであり、為されるべき運命なのです。しかし、叶わない運命もあります。例えば、李知華子さんによる私への復讐とかね」
「……」
「だから、黒尾さんには力を貸してあげようではありませんか? 邪魔になるであろうエリザベータへの対処も既に考えました」
ヴェノムギア様が立ち上がり、真っ黒い防具に覆われた両腕を大きく開いた。同じく黒いマントも翻る。
「さぁ。これより反撃開始です! やられてばかりでは皆様も面白くないでしょう! 転移者の数を減らしてこそ、ロワイアルゲームですからね。私たちのゲームをもっと楽しもうではありませんか────」
『迷宮編』終了です。
ブクマ、☆☆☆☆☆ 、いいね、感想もよければ!
ま、そんなの無くたって最後まで書くんですけどね!
あったらテンションぶち上がるってだけで!
♛
⊹⋛⋋( ⊙ ਊ ⊙ )⋌⋚⊹ ㇰァーッ!!




