【81】ピロロンピロロン!
この映像は全て、千咲希さんの記憶に基づき『夢想家』で生み出されたものだ。
よって、彼女の死亡で映像は幕を閉じた。第四階層は澄み渡る湖へと戻る。
「お姉ちゃんは、この時に迷宮を作ったんだと思う。ヴェノムギアに挑むことがいかに恐ろしいかを伝えようとしたのかもね」
李ちゃんにとって今のは辛い映像のはずなのに、彼女の瞳は乾いていて、口調も淡々としていた。
「どうせだから最後まで見せてあげる。お姉ちゃんほど完璧に記憶してるわけじゃないけど、もうすぐ終わりだし、私もそのくらいは覚えてるから」
立体映像がまた再生される。
『──ちょうど下も終戦ですかね』
大きな爆発音が聞こえた。
そして、ヴェノムギアが持っている李ちゃんのカードから、ピロロンピロロンとスキル追加の通知音が連続で鳴り響く。聞いているだけで吐き気を催した。
だが、奴はあろうことか鼻で笑い、黒い手袋で包まれた指でそれをスクロールした。
『ふっ。圧巻ですね。一つのプレイヤーカードに三十個のスキル。これは凄い。李知華子さん。見てください。あなた今、最強ですよ』
『……』
一人生き残った幼い少女は涙を流し、呆然と黒い床にへたり込む。
『さて、後はあなたを始末しておしまいです。しかしながら、今回のロワイアルゲームもパッとしませんでしたね?』
ヴェノムギアが隣のエラーコードの女に問う。
『いえ、ヴェノムギア様の企画するゲームはいつでも素晴らしいですわ!』
『そう言ってくれるのはありがたいですが、こうも毎回同じ展開となると飽きますよ』
同じ展開?
俺の疑問を、映像の中の李ちゃんも感じたらしく、顔を上げて暗にその意を示した。ヴェノムギアがそれに気づき回答する。
『あぁ、そうですよ。ロワイアルゲームは今回で四回目になりますが、最終的にはおよそ同じような流れになるんです。プレイヤーが結託して、私に勝負を挑んでくるんですね』
『……』
『記念すべき第一回から少しずつルールを改変し、殺し合いを促していました。どんなスキルでも活躍できるようフィールドを広くしたり、プレイヤー死亡時にスキルが譲渡されるようにしたり、チーム戦にして異世界での生存率を上げたりして、かなり工夫を凝らしたのですが……結局最後はこうなるのです』
ヴェノムギアが手をかざし、黒い魔法陣を展開する。
エリーゼを彷彿とさせるような魔力量が、術式へと組み込まれ、李ちゃんへ向けられる。
『それでは、さような──』
『だったら五回目は……初めからプレイヤーとおまえの殺し合いにして……』
『はい?』
李ちゃんがお姉さんを抱きながら立ち上がり、ヴェノムギアを睨んだ。
『毎回ゲームの趣旨を逸脱するのが気に入らないなら、最初からそうすればいい……』
『……』
『それで私を五回目にも参加させろ。おまえを殺すのは……私だっ!』
その発言に、エラーコードの女が前に出てきて激高する。
『子供の浅知恵にしては、少々冗談が過ぎますわね!』
『あんたに聞いてない。引っ込んでて』
『この──』
ヴェノムギアが魔法陣を消し、今にも攻撃しそうな女の前に手を出した。
『いや……案外良案かもしれませんよ』
『ヴェノムギア様!?』
『考えてもみてください。結局、同族で殺し合いなんてしないんですよ? それよりかは、私という分かりやすい共通の敵を作ってあげたほうが、ゲームは盛り上がるかもしれません』
『しかし、それはあまりに……』
『危険、ですか? 私はそうは思いませんがね。確かにそうなれば、今後は安全地帯から高みの見物というわけにもいかないでしょう。エラーコードの皆さんを利用した監視も不公平なので控えなければいけません。しかし、ゲームマスターがリスクを負わないゲームなんて、もはや陳腐ですよ』
『そうでしょうか……?』
『まぁ一回試しにやってみましょう──』
映像はそこで終わった。
「ていう感じで、私は生き残って地球に戻り、今の第五回ロワイアルゲームに繋がる」
「……」
「元々、第五回のプレイヤーとして選ばれていたのは、小春空中学校の生徒たちだった。三年後、三年一組に在籍している生徒。人数がちょうどいいとか、メンツが濃くて面白そうだとか言ってたよ」
何てことないように事実を告げる彼女とは裏腹に、七原さんは涙を流していた。
「分かったでしょ、茜ちゃん? 私はね、絶対にヴェノムギアを殺したいの。それが私の目的。生きる理由なの」
「……」
李ちゃんはそう言いながら、ポケットからハンカチを出し彼女の涙を拭きとった。
「ごめんね。でも、みんなを大切に思ってるのは本当だよ」
「……だ、だったら! 私一人で倒す、なんて悲しいこと言わないでよっ! もっと私たちを頼って!」
李ちゃんは首を横に振る。
「ロワイアルゲームで死んだ人はね、元の世界では存在そのものが無かったことにされるの」
「え……」
「川端さんもテツさんもお姉ちゃんも……最初からこの世に生まれてこなかったみたいに、誰もその人たちを覚えてないの。私の両親も“千咲希”って名前すら……頭に無くて……覚えてるのは私だけだった! こんなの……茜ちゃんたちを巻き込めるわけないでしょ!?」
「……」
ずっと冷静だった李ちゃんが声を震わせそう嘆いた。
姉を殺され、仲間を殺され、挙句元の世界に戻っても、そんな彼らを誰一人として覚えていないなんてあまりに残酷だ。その悲しみや悔しさ、行き場のない孤独感は俺たちの想像を絶するだろう。
「だから、ヴェノムギアは私に任せて……茜ちゃん達はロワイアルゲームなんて無視していいから、元の世界に戻ることだけ考えて。それなら私が最悪負けても、皆が無事に帰れる可能性はぐっと上がるでしょ?」
彼女はハンカチを七原さんに渡し、呼吸を整える。そして、指で自身の目元を拭い、俺の方に目を向ける。
「麦嶋君。お願い。クラスメイトを全員集めて、みんなで元の世界に戻るの。エリーゼさんがいれば、きっと異世界転移の魔法もできるよ」
「いや、エリーゼもそんな魔法は聞いたことないって──」
「それでもやって。私の方でもヴェノムギアからその術式を聞き出すつもりだけど、そんな余裕は無いかもしれない。だからお願いね」
「……」
李ちゃんはカードをポケットにしまい、思い出したように言うのだった。
「そうだ……あのpelic4nだけど、逃げられちゃったからさ。次見つけた時は必ず殺してね?」
「え……でも、今は物凄く懐いてるし。特に茉莉也ちゃんには──」
「駄目だよ。殺して。昨日ブレヒャーから聞いたけど、エラーコードの視界はヴェノムギアと繋がってるんだよ。つまり、pelic4nはその事実を隠してたってことだから、やっぱりエラーコードはエラーコードなんだよ。懐くとか無いから」
嘘だろ。でも、あいつが誰かのためにスパイ活動をするとも思えない。たぶん、ヴェノムギアと視界が繋がってるなんて本人は忘れている。あいつはそういう奴だ。
「pelic4nは……そこまで悪い奴でもないよ」
「麦嶋君、あのさ──」
「てか、やっぱりさっきの頼みは聞けないな。地球に戻るなら、李ちゃんも一緒じゃないと俺は嫌だね。勝算があるか知らないけど、一人でヴェノムギアに立ち向かうなんて無謀だ」
俺の訴えに、七原さんも同調する。
「そうだよ! 私だって、知華子と一緒に元の世界へ──」
「ふっ……」
なぜか笑われた。
「麦嶋君ってさ、私のこと好き?」
「え!? いやまぁ……」
「そっか。でもね。それ私のスキルなんだよ? 『魅了体質』っていうね」
「……え」
「相手に好印象を与えやすいってだけのスキルで、効力も弱いんだけど、これがいわゆるパッシブスキルなの。常時発動で、元の世界にいた時からずっと使えてた」
「……」
「だから、麦嶋君の恋心は偽物。君は私の心配なんてしなくていいの」
続けて、彼女は七原さんにもそれを諭す。
「茜ちゃんも同じ。私のことを好いてくれたのは嬉しいけど、それは──」
「違う! 私は本当に知華子のことが好き! 誰よりもあなたが大好きなの!」
「ありがと。でも、私に好印象を抱いている人は特に、その気持ちがどんどん増幅していく。そういうスキルなんだよ」
「ち、違う……」
「違わないの。本当にごめんね。でも、茜ちゃんにはもっといい人がいると思うから。その人と一緒になって」
「やめて……そんなの嫌……」
「じゃあね」
そう言い残し、李ちゃんは背を向けて歩き出した。
「待って!」
七原さんが涙を流しながら彼女の手を掴もうとするが、眼前に半透明の青い結界が出現しその進行を遮られる。
「知華子っ! 知華子……! どうして……!?」
結界の前で泣き崩れる七原さんをよそに、李ちゃんは振り返ることなく離れていく。
そんな彼女の背を見ながら、俺は呆然と立ち尽くしてしまう。
何も分からなくなってしまったからだ。
俺たちの恋は偽物だった。李ちゃんを慮る気持ちでさえ、その誤った恋心によるもので、色眼鏡なしに考えたら俺たちは元の世界へ戻ることに専念すべきなのかもしれない。
李ちゃんも全く勝算がないわけではないみたいだし、それを信じて俺たちは──
「──って、そんなわけあるかぁぁああ!!」
「麦嶋……?」
「李ちゃんっ! いや……知華子ォォ! 待てぇ!!」
彼女が物凄く迷惑そうな顔で一瞬こっちを見たが、無視してまた歩き出す。
迷宮のエレベーターもとい床が降りてきた。
「確かに君の言う通りかもしれないっ! 俺は君のどこが好きなのかいまいち説明できない! 偽物の恋を否定する自信は正直無い!」
「……」
「でも、七原さんはたぶん違うんだ! 彼女の情熱はなんか本物って言うかさ! こう……分かるだろ!? 君がそれを否定するなよ!」
「…………」
それでもなお彼女は振り返らず、降りてきた床に片足を乗せた。
「くっそ! かくなる上は……『餓鬼大将』!」
俺は知華子ちゃんのスカートを操り引っ張った。
彼女は慌てて押さえようとするがもう遅い。
「え……ちょ、ちょっとぉ!?」
「白ッ! やったぁ!」
瞬間、七原さんに腹をぶん殴られた。
「麦嶋ぁああ!?」
「んおぉぉ……」
膝をついて悶絶しながらも、俺は歯を食いしばり、全身に力を込め、立ち止まった知華子ちゃんに宣言する。
「ち……知華子ちゃん! 分かったよ! 俺はクラスメイトを全員集めて、エリーゼにも異世界転移魔法を再現させる! でも、そしたら君のところに行くからな! 全員でエラーコードもヴェノムギアも片っ端からボコボコにして君を助けるんだ! 好きだからじゃない! 仲間だからだ! 勘違いしないでよねっ!?」
「必要ないって言ってるでしょ! それと、スカートやめてよ!!」
「やめない! 良いって言わないなら次は脱がす! 下ろす! 見る!」
「なんなのもう!? 麦嶋君嫌いッ!」
嫌われてしまった! 当たり前だ!
「マジで待って! 俺思うんだ! 千咲希さんが迷宮を作った目的は、ヴェノムギアの恐ろしさを伝える他に、何か深いメッセージを残したからだって!」
「メッセージって……!?」
「分かんない!」
「考えすぎだよ! いい加減なことばっか言って……!」
「確かに考えすぎかも! だけど、とにかく知華子ちゃん一人では行かせな──」
「『亜空の使者』!」
知華子ちゃんが裏世界に消えた。
『餓鬼大将』も効力を失った。
「逃げられたぁぁ……!」
結界が消え失せ、だだっ広く何も無い湖に、俺は七原さんと二人きりになる。
「……麦嶋。あんたさ」
「悪かったよ……でも、ああでもしないと話聞いてくれなかったじゃん」
「そうだけど……」
「ちなみに俺の案はどう? クラスメイトを集めて、異世界転移魔法も何とかして、ヴェノムギアも倒して、知華子ちゃんも助けるって案」
「ふん、そんな何でもかんでも上手くいくわけないでしょ? 馬鹿なんじゃないの?」
冷たい物言いの割に、七原さんは少し笑って、膝をついている俺に手を差し伸べてきた。
「だけど……最高だと思う。一つ苦言を呈するなら、最終的に私と知華子が結ばれるっていうのが足りないかな」
彼女の手を掴んで立ち上がって、笑みと苦言を返した。
「なんだ。七原さんも馬鹿じゃん──」
この地獄のゲームは俺たちで終わらせる。
過去のゲームで亡くなった人たちのため、彼らが紡いだ意思のために。彼らの無念と覚悟を決して忘れはしない。
ヴェノムギアは必ず倒す。俺たちで必ず。
【補足コーナー】
李ちゃんのスキル一覧。Ⓟはパッシブスキル。
『治癒』治療できる。
『夢想家』想像した物を具現化できる。
『花火師』物質を時限爆弾に変える。
『完全感覚』視覚、聴覚、嗅覚が研ぎ澄まされる。Ⓟ
『第六感』実質、六等級感知魔法。危険予知もできる。Ⓟ
『百発百中』投擲物が必中になり、威力が上がる。
『幸運児』対象を一定時間ラッキーにする。
『悪党証』どんな悪事も許される。
『無限監獄』監獄を生成。拘束された対象は不死身化。痛覚が上昇していく。
『虚飾性』嘘をついてもバレない。嘘を見抜ける。
『魅了体質』他人に好印象を与えやすい。Ⓟ
『閻魔』幻覚で、地獄に落とし裁きを与える。犯した罪によって裁きが変わる。
『三秒ルール』対象の時間を三秒止められる。
『幻獣召喚』幻獣を召喚し、従える。
『人形劇』生物や物質に糸をつけて操れる。
『画家』絵が上手になる。
『亜空の使者』裏世界を生み出し、現世と行き来できる。
『倍々半々』何らかの数を倍、または半分にできる。
『手刀』手足が刃物や鈍器になる。
『超人』身体能力が飛躍的に上がる。Ⓟ
『明鏡止水』精神系攻撃無効、解除。
『美魔女』三等級相当の魔法を使える。魔法陣を把握していればそれ以上も可。
『蝉時雨』パパラッチする蝉を出す。視覚と聴覚共有。感知不可。
『霊能力』シャーマンっぽいことは大体できる。霊体化など。儀式が必要。
『乾燥肌』触れたものを干からびさせる。
『残影箱』自身の影の中に物をしまえる。Ⓟ
『お菓子の家』一定時間何かに触れると、それをお菓子に変えられる。
『順応灯』過酷な環境でも活動出来るようになる。サバイバル知識が身につく。
『酒場主』お酒を生み出す。バーを建てられる。
『電気執事』羊型ロボット執事が付いてくる。家事が得意。壊れると爆発する。Ⓟ