【8】バカ
「さ~てと、お仲間二人の能力を教えてもらおうか……raffl3siaちゃん」
神白のスキルによって見事なカウンターを決めた俺は、木の幹で雁字搦めになっている少女に問う。
「い、言うわけないじゃん! バッカじゃないのぉ!? あたしはエラーコード最強なんだよ!?」
「最強? 君が? マジかよぉ? じゃあもっと絞めちゃお」
「え!?」
木の幹がさらにきつく縛っていく。
「いやぁあ! やだやだぁ! 許してぇ!」
「なら言えって」
「う……」
実のところ、優勢を取っている感じを出してるがそうでもない。
『餓鬼大将』はあくまで神白のスキル。よって、俺では本領を発揮できずいくつか制限がある。
一つは時間制限。能力の持続時間は良くて五分くらいだ。
そして、対象の制限。今は木の幹を子分にしてるが、新しく植物を出されたらスキルは重複できない。一度に一個体が限度らしい。
なお、神白はこれらを無制限に発動できるが、あんな不良にこの能力は凶悪すぎる。盗んで正解だったかもしれない。
「ぜ、絶対に……言うもんかぁ!」
彼女は健気だった。
いくらでも対処法があるのに、そこまで頭が回ってないようで愛おしくなってくる。
ところで、全くもって話が変わるのだが、さっきからずっと変な臭いがする。なんかこう、腐ったトイレみたいな。いや、トイレが腐るって意味不明なんだけど本当にそんな臭いがする。
どっから臭うんだ? というかまぁ──
「君か」
「え?」
raffl3siaって言ったもんな。そりゃ臭いよな。
何の気なしに彼女の目の前まで行って、ゆっくりと顔を近づける。
「え、嘘でしょ……? 動けないからって最低! 変態っ! 嫌……待って!? あたしまだ──」
何、勘違いしてんだこいつ。スケベか?
なんてツッコミを入れながら、彼女の頭の赤い花に顔を寄せる。
「う……うわああああ!! 何じゃこりゃあ!!」
「は……」
尻もちをつき、鼻をつまみながら必死に後ずさりをする。
信じられない悪臭だった。一瞬、意識が飛びかけるくらい、鼻の穴に弾丸を撃ち込まれたかのような衝撃が走った。
あ、やばい。鼻が抉れたかもしれない。抉れてなかった。平気だ。
鼻頭をつまみ、中の空気を絞り出すようにしてしごく。
「何……? その反応は何っ!?」
頬をぴくつかせているraffl3siaに、俺はブチギレる。
「君さぁ! ちゃんと風呂入れよ!」
「は、入ってるし!」
「石鹼っていうのがあってさぁ!」
「知ってるよ!」
「ん、てかあれ? 木の幹も臭いじゃん!?」
「臭くないし……」
「臭ぇよ! なんだよもう! あ、ああ、おまえ……手も脚も全部臭い! 臭くないとこ無い! 冗談よせよぉ! 本物のラフレシアより臭いんじゃない!? おえぇぇ……!」
「……臭くないってぇ」
段々と彼女の表情が暗くなり、俺は言い過ぎていることに気づいた。
「あ」
「ぐすっ……」
「ご、ごめん」
謝りながらも俺は距離を取る。
「そのさ……あんま気にすんなよっ!」
「おまえが言ったんだろっ!?」
その通りである。
物凄い剣幕で睨む彼女の瞳から涙が溢れていた。たぶん涙も臭いのだろう。
「あたしは……臭くなんかない! 適当なこと言って! おまえだけは絶対に許さないからっ!」
「……」
怒らせてしまった。
しかも、そろそろスキルの時間制限がくる。何とかしなくては。
「そんなに言うなら賭ける?」
「あ!?」
「仲間いるだろ? 聞いてこいよ。自分が臭いかどうか」
「え……」
「臭くないって言われたら俺はそれを認めて、君の頭の花を、鼻から食ってやるよ」
「バカかよ!」
「ビビってんの? ま、臭いもんね? 君に勝ち目ないもんね? そりゃそうだわ」
「んん~おまえぇ!」
その時、ちょうどスキルの効果時間が切れ、木の幹から彼女は解放される。
がしかし、俺は意図的に解除した風を装って、堂々と詰める。
「おら行っていいぞ!? 行け行け! 行って臭いって言われてこいやっ!」
「だ、だから臭くないもん! 臭くなんて……ないんだからぁ! ううっ!」
泣きべそをかいて彼女は走り出す。そして、結界の中へと戻っていった。
※ ※ ※
「──ねぇbeet1e!? あたしって臭い!? 臭くないよね!?」
「ん?」
急に泣きながら帰ってきた彼女は老人に抱きつき、そう聞くのだった。
「え、まぁその……」
「やっぱり臭いの?」
「そ、そんなことはない! 臭くないぞ! 臭かったら今こうして君の傍におれんじゃろ? それこそ君が臭くないという……うっ……何よりの証拠じゃ!」
「……」
「離れんかぁ? 年頃の娘がこのような老骨にべたべたするで、ないっ!」
顔色が悪くなっていく彼を見て、私はアダムを横目に言う。
「ほ~ら、ろくでもない」
「……」
アダムも呆れて額に手を当てた。
あの少女が臭うことは初めから気づいていた。だが、本人に言うのは野暮というもの。しかし、それを平気で口にしてしまうのがあいつなのだ。
どうせ、臭い臭いと執拗に騒ぎ立て、彼女の自尊心をズタボロにしたのだろう。本当バカ。
「beet1e!? さっきからずっと口呼吸してるよね!? 呼吸は鼻でもできるんだよ!?」
「や、やかましいわっ!」
「きゃあ!」
老人は彼女を力づくで引き剥がし、四本の細い手で口元を押さえながら走り出す。
「あ、あ……beet1e」
彼は結界の端の方まで逃走し、深呼吸する。
「すぅぅはぁぁぁ……! だ、大丈夫じゃ! この距離なら辛うじて臭くないぞ!」
「辛うじてぇ!? そんなぁ……あ、そういえば! ouro6orosはあたしのこと臭くないの!? 蛇って嗅覚鋭いよね!?」
「我の能力を忘れたか? 我に状態異常は効かぬ」
「じょ、状態異常……」
膝から崩れ落ち、地に両手をついて彼女はめそめそと涙を流すのだった。その涙も臭った。
すると、蛇が苛立つように言う。
「いい加減にしろ……貴様は無能力者の人間すら殺せないのか……?」
「無能力者? ち、違う! あいつスキル持ってた!」
「惨めだな。嘘までついて保身に走るか……?」
「本当だよ! あいつカード持ってたもん! 本当に見たもん!」
「何……?」
どうやら借り物のプレイヤーカードでスキルを使ったらしい。
「あいつ、あたしの出した木を乗っ取ったんだ! うっ、思い出しただけでも腹立つ。悔しいぃぃ!」
「乗っ取っただと……? 本気で言っているのか……?」
「だからそうだって! マジでやばいから!」
「……」
確か、他人のスキルではその真価を発揮できない。カードの説明書きにあったが、そこまではバレていない様子だ。あいつ、かなり上手くスキルを使用したらしい。
「……聞いていた話と違う。しかも何だそのスキルは? 能力を奪うスキル……? カウンター系スキル……? 分からん……情報が少なすぎる! raffl3sia! もっとちゃんと教えろ!」
「教えろったって……あいつがカード出して、そしたらあたしの能力が利かなくなってて──」
「おまえは……どこまで使えないんだ!」
あの強力なスキルの一端を見せられたことで、彼女らは次の手を打ちづらくなっている。
ここまで計算尽くか、それともただの偶然か──
どちらにせよ一つ言えることは、彼はこの化け物三体を相手に、まだ諦めていないということだ。
「……」
その時、私は頬が一瞬緩んだのを感じた。
傍のアダムにすら気取られないほどの一瞬だったが、確かに私は今少し笑っていた。
「──ならば、わしが出向こう」
そう申し出たのは甲虫の老人だった。
「理由はどうであれ、麦嶋勇がスキルを所有しているのは確からしい。予想できるスキルはいくつかあるが、わしに考えがある」
老人は道着の帯を締め直す。
「そやつらの見張りは頼んだぞ。では参る──」
そして彼は結界の外と消えた。
「エリザベータ様! どうか結界を解いていただけませんか!? お願いします!」
私はアダムから目を逸らす。
「エリザベータ様……」
アダムの言う通り、かつての私なら迷わず彼を救いに行っただろう。
だが無条件に他人を信用し、慈悲を与えていたかつての私は……結局最後に誰も救えず、今も無駄に生き永らえている。
あんな奴を助けたところで私には何のメリットも無い。それどころか、この得体の知れない蛇たちと敵対することになる。なおさら助ける意味などない。今ここで私がすべきことなど……何一つないのだ。
「…………」
外界と隔絶された薄暗い結界内にて、私は自分にそう言い聞かせた。