【75】挨拶
迷宮攻略を遂げた次の日。
モレットの商館に併設された酒場にて。真ん中のテーブル席にいたアルさんが、木樽ジョッキ片手に起立し、涙ながらにスピーチを始めた。まだ夕方なのに、顔は少し火照っていて、既にほろ酔いである。
「どうも、冒険者ギルドの責任者やってます。アル・フィリップスです! えー本日はぁ! モレット大迷宮攻略記念パーティーにお集まりいただき誠にありがとうございます! 遭難者の救出も無事終わり、我が冒険者ギルドの面々も現在療養中ということで大事を免れたようです! うう……良かったぁ!」
すぐ隣の卓にいる俺へと、彼の手が伸びてくる。
「それでは此度の功労者、ムギシマ君から一言ご挨拶を──」
「え?」
「──お願いしたいと思います!」
立って立ってとせがまれるが、聞いてないし恥ずかしいし遠慮したい。
すると、隣に座っていた李ちゃんが、頑張ってと励ましてくれた。頑張ろうと思った。
「へ、うへへ……こんちは~。麦嶋で~す」
酒場には李ちゃん達の他にも、あのヒッピー族や、軽症だった冒険者もいる。あとは都市のお偉いさん、アルさんが言うには商工ギルドの上層部だとか。揃いも揃って黒のマントを羽織っていて、全員おじおば……人生経験が豊富そうな人しかいない。そこの卓だけ国会みたいである。
「ムギシマ君はねぇ! 素晴らしいんですよぉぉ!」
アルさんが肩を組んでくる。酒臭い。
「二階層深部に居座っていた鳥を打ち破り、遭難者を全員助けてしまったんですからぁ!」
「別に僕だけの力じゃないですよ。エリーゼとか茉莉也ちゃんとか、それこそアルさんの力があってこそでしたし。それにその話、たぶん皆聞き飽きてますよ。アルさんが何回も話すから」
「なあぁぁ! 僕はギルド長だよ!? 口答えするんじゃないよぉ~!」
「あーしんどいなぁ、酔っ払い」
アルさんの向かいに座るツベルクが金色の眉をひそめた。彼も大分飲んでいるはずだが、少しも酔った様子はなく、はきはきと言葉を発する。
「結局、あの喋る鳥は何だったんだヨ?」
pelic4nは今ここにいない。とある場所でエリーゼが事情聴取をしている……という体になっている。
「新種の魔獣みたいです」
エラーコードがどうだこうだと説明するわけにもいかないので、適当にけむに巻く。
「新種ねぇ……うちのギルド長は何か知っているみたいだったけどな」
「ブレヒャーさんに関しても、エリーゼが事情を伺ってますので──」
「あの銀髪の姉ちゃんか?」
「はい」
ツベルクが卓を叩いて勢いよく立ち上がる。
「ギルド長があの姉ちゃんを“邪神”と呼んでいた件について、何か説明はないのか~い?」
「……」
「まさかとは思うがぁ~、あれが大昔にエアルスを半壊させた“邪神エリザベータ”なんてことはねぇよな? ちょうど見た目も伝承通りの別嬪さんで──」
「アハハハハハハッ!」
「……?」
大笑いしてやった。
「そんなわけないじゃないですかぁ!? 仮にっ! 仮にっそうだとして! なんで僕みたいなガキと迷宮攻略なんかしてるんですかぁ!? 気まぐれにもほどがあるでしょ~? そんな愉快な邪神いるわけないでしょ~?」
「なら、ギルド長はどういうつもりで──」
「さぁ!? 迷宮の蜘蛛に噛まれてラリってたんじゃないすか!?」
「う~ん……」
「もう! 今日は全部アルさんの奢りですし、楽しく飲み食いしましょうよ!?」
肩を組んでいたアルさんが耳打ちしてくる。
「お、奢り……違うよ? 今日は都市の主催で──」
「いいじゃないですか。pelic4nがあそこの財宝、全部飲み込んで持って帰ったんですから。何すか? ビビってんすか?」
「び、ビビってないよぉ!」
アルさんがジョッキを持ったまま、椅子の上に上り、発泡酒の一気飲みした。
「……ぷはぁ! 今日は僕の奢りです! ツベルクさんもほら、ぐいっといっちゃってください!」
「そうですよ。ほ~ら! ツベルクさんのちょっといいとこ見てみたい!」
「はいッ、はいッ、はいッ、はいッ!」
顔を引きつらせながらも、ツベルクは大ジョッキを持って立ち上がり、それを物凄い勢いで飲み干した。
「……ま、いいかぁぁ! こまけーことはヨ! 今日は飲むぜぇ!」
よし、誤魔化した。このまま有耶無耶にしてやる。もっと飲め。飲んで全部忘れろ。
こうして宴が始まった。
俺たち未成年のテーブルにも、なぜかワインが置かれた。それを神白が飲もうとするが、我らが委員長、李ちゃんが取り上げ、店員に返した。代わりに、ガラスの水差しを彼女が二つ持ってくる。冷水とミックスジュースらしい。俺は冷水を選んだ。
「改めて麦嶋君。あの時は──」
俺のコップに水を注ごうとした李ちゃんから半ば強引に水差しを取る。そして、彼女のコップに水を注ぐ。
「もういいって。謝ったじゃん。神白以外は」
「……神白君」
俺から見て左隣の茉莉也ちゃん、そのすぐ隣に座っている神白が目を逸らす。
「カード返したら謝ってやってもいいぜぇ~」
「いや、返す前に謝れ。そして、返した後も謝れ」
「あぁ!?」
「あ~ん?」
やはりこいつとは馬が合いそうにない。合わせる気も無いが。
「あ、そうだ。麦嶋君に渡すものがあったんだ」
李ちゃんが、膝に乗せていたバッグを漁りだす。
「……これ! 手紙!」
「何、ラブレター?」
「あーそうだね。ラブレターかも」
「え、うえぇ!?」
積極的だなぁ、李ちゃん。こんな皆の前で困るぜ。
「ラヴィニアさんからの……でしょ」
李ちゃんの右隣りにいるクール女子……七原さんがそう訂正する。
李ちゃんは自身が口にした文脈の違和に気づき、顔を少し赤らめる。
「あ、そ、そう! ラヴィニアさんがね! ラヴィニアさんが麦嶋君にって!」
「なんだラヴィニアか。いやラヴィニアかっ!? それはそれでやったー! ていうか、ゴルゾラ行ったんだ」
「行ったよ。麦嶋君の話も色々聞いちゃった。物凄く仲良いんだね!」
こりゃまたラヴィニアちゃん、いらんこと言ってないか? 可愛いからいいけど。
花柄の便箋と、それを入れていた白い肩掛けバッグを受け取る。まだ少し、ラヴィニアの匂いが残っていた。
「ラヴィニアって誰!?」
茉莉也ちゃんが横から覗いてくる。
「魔王。前話したじゃん。ゴルゾラって街で魔王と協力してmon5terと戦ったって。あーでも、ラヴィニアって名前までは出してなかったか」
「女の子なの……?」
「女の子だよ」
「ラブレター貰うような関係の!?」
「うん。結婚しかけた!」
「ああぁぁ……!」
茉莉也ちゃんが呻き声を上げて、ミックスジュースを一気した。
なんだこの反応。純粋に驚いてるのか? それとも実は俺のことが好きで、強力なライバルの出現に困惑しているのか……っていうのはさすがに自意識過剰か。またキモいって言われてしまう。
「おまえすげぇな。モテるんだな」
向かいに座っている真ん中分けの男子が口を開いた。
アイドルのような風貌で気に入らない。どうせ性格は悪いに決まっている。絶対そうだ。そうでなければ不公平だ。俺は負けない。
「君も頑張りたまえよ、朝吹く~ん!」
「なんだよ、その感じ……」
「でも君、ちょっとばかしイケメンだし~、その気になればラブレターの一通や二通貰えるかもねぇ~!」
朝吹君は苦笑して、パンをちぎり、その断面にバターを塗る。
「自慢するわけじゃないけど、俺はよく貰ってるよ。彼女いるから全部断ってるけど」
「んぐっ……! ま、魔王からは貰ったことねーだろぉ!?」
「そりゃないけどさ」
「調子乗るなぁぁ!」
「乗ってねぇよ……」
ふん、今日はこのくらいにしておいてやるか。
「──何騒いでんのよ」
そこへエリーゼがやってきた。
俺はすかさず立ち上がり、便箋の入った鞄を椅子の背もたれに引っ掛ける。そして、朝吹君に対抗すべく、エリーゼに抱きついた。
「どうだぁ! 羨ましいか!? はてさて君は、こんな綺麗なお姉さんの胸に飛び込んだことが──」
脳天に途轍もない衝撃が走り、一瞬意識がぶっ飛んだ。
「んごぁぁ!?」
鉄槌打ちされた。一発ノックダウンである。死にかけの羽虫の如く床へと倒れ悶絶する。
エリーゼはいつもの調子で適当に流し、俺の席に座って脚を組む。
「馬鹿じゃないの?」
「あぁぁ! 痛いよぉ……ラヴィニアァ」
うずくまる俺を誰も心配してくれなかった。いや、茉莉也ちゃんだけは寄って来てくれた。優しい。しかし、他一同は冷たく、あの李ちゃんですら呆れ果てた様子だった。まぁ今のは引かれても仕方ない。
すると、周りでどんちゃん騒ぎをしているツベルクたちに気を払いながら、李ちゃんがこっそりとエリーゼに声をかける。
「……例のハンターが“ギア”について何か話したんですか?」
「誰あんた? 気安く話しかけないでくれるかしら」
「え……」
茉莉也ちゃんが俺の肩を支えて起こし、相変わらずなエリーゼを注意する。
「エリリン……」
「はいはい分かったわよ。あのハンターギルド長だけど、な~んにも口を割らないわ。自白を強要する魔法とか使ってみたけど、前に魔導書で読んだやつを真似ただけの付け焼き刃だから、いまいち等級が低くてね。上手くいかないわ。だから、ちょっと休憩よ」
ハンターギルド長およびエージェント、ジェリー・ブレヒャーへの尋問はエリーゼが行っている。
スキルで色々な物を作れるという瀬古君が森の中に小屋を作り、そこにブレヒャーを監禁したのだ。
監禁時、早々にエリーゼが『餓鬼大将』を使って、ブレヒャーに情報を吐かせようとしたが、なぜかスキルが発動できなかった。どう考えてもエリーゼの方が強いし、彼女もその自覚はあるはずだが、とにかく発動しなかったのだ。
「あの……見張りは?」
「pelic4nがやってる」
「エラーコードの、ですか?」
「私とムギとマリヤの言うことはちゃんと聞くわ。平気よ」
本当に平気かよ。適当だなぁ。
そんな中、プレイヤーカードをスマホみたいにいじっている小柄な女子、月咲さんからも質問が飛んでくる。
「他のハンターはどうしたんだろ? あの三人」
ハンターの三人組……聞いた話だと、神白と朝吹君を捕縛しようとしていたヤバい奴らだ。それで李ちゃん達はあの迷宮に逃げ込んだらしい。既にクラスメイトの七人が捕まっていて、茉莉也ちゃんまで狙われていたという。
今のところ依頼主は明らかになっていないが、神白のグループに恨みを持っていそうなのはただ一人、黒尾直人という生徒らしい。記憶では、神白達に復讐してやるとか言ってた男子だ。復讐ざまぁ系のラノベを好んでおり、惜しくも俺と趣味が合わなかった彼。しかし、クラスメイトを捕縛だなんて、果たしてそんなことを依頼するだろうか。
ぶたれた頭をさすりながら、エリーゼに聞いてみる。
「一階層に戻った時、三人分の魔力を感知したとか言ってなかったか?」
「ええ。でも、いつの間にか感知できなくなってたわね」
「なんだそれ? 死んだってこと?」
「さぁね。逃げたのかも。私もぼんやり感知しただけだし──」
その時、 ガラスの割れる音が辺りに響いた。李ちゃんがコップを落としたらしい。
「あっ……!」
すると、近くにいた女性店員が慌ててこちらにやってくる。だが、彼女が到着した時にはもうコップは元通りになっていた。
「あら? えーとお客様……お怪我は?」
「平気です。すみません……」
これが李ちゃんの『治癒』か。治療だけでなく、物も直せるらしい。ただし零れた水はそのままだ。
すると、女性店員が布巾を持ってこようとするのをエリーゼが止め、風魔法で温風を出して床やテーブルを乾かす。
「気をつけなさいよ」
「ご、ごめんなさい! ありがとうございます!」
店員は落ちたコップを回収し、速やかに新しい物と取り換えにバックヤードへと戻っていった。




