【72】三十
「本当に復活したってのか!? この中のどれかを使って、本当におまえは!?」
ルェンザが向けてきた手帳には、スキル名とその簡単な説明がずらっと記されていた。三十個全て合っている。
思いの外、まめな人だ。
「もちろんです。ロワイアルゲームの勝者とは言っても、私はただの人間。スキルを使わずして、超常的な能力はありえません」
種明かしをすると、別に大したことではない。
先日、茜ちゃんの『7』によって私の残機は七になった。結局、mon5terに六回分消費されたけれど、私には『倍々半々』というスキルがある。何らかの数を倍にしたり、半分にしたりできるスキルだ。私はそれで『7』の効果を倍にした。合計十四。今の死亡を含め、差し引き残り七。『7』同様、重ね掛けはできないので、これ以上残機は増やせないが十分だ。
すると、ナコロが動き、また鎧の一部を変形させようとしたので、私はそれを言葉で咎める。
「話してる最中にやめてくれませんか? そっちが聞いてきたのに。それとあなたの……土属性の魔法でしょうか? そんなの効きませんよ?」
「貴様、この私を愚弄するか!?」
「愚弄なんかしませんよ。さっさと降伏してほしいだけです」
「この……ガキがッ!」
あまりの怒りに、鎧の上からでも震えているのが分かる。
「やはり復活はありえない! そう見せかけているだけだ!」
ナコロが地面に茶色い魔法陣を四つ展開する。そこから、土で出来た巨人が召喚された。
「おそらく『幸運児』で奇跡的に致命傷を逃れ、『治癒』で回復したとかだろう!? 復活など下らんブラフだ!」
「待て! 興奮してんじゃ──」
「黙れ! ルェンザ、あれの準備をしろ! 今度こそ殺す! 私の魔法で!」
あの人、全然クレバーじゃないな。大体、さっきの状況を『幸運児』による幸運だけで凌ぐとか無理だよ。
たぶん、今まではどんなターゲットであろうと、ごり押しで何とかなったんだろうな。実際強いのは確かだし。
だけど、土壇場で思考を放棄しているようでは、私に一生勝てないよ。
「……」
カードを構える。
だが、その瞬間どういうわけかカードが手元から消えてしまった。代わりに、先ほどルェンザが持っていた黒い杖がある。一方、彼の手元に私のカードがあった。
カードを奪われたみたいだ。あのマジシャン厄介だな。一応注意していたつもりだったけど、ここまで動きが読めない人は初めてだ。
カードを奪うのは、転移者に対する最も有効かつ簡単な戦法だ。こと私に対しては、爪の甘すぎる戦法だけれど。
「スモモチカコを潰せッ!!」
そうこうしているうちに、土の巨人たちが押し寄せてきた。
私は杖を捨て、重心を下げ、地面を蹴って走り出す。巨人の隙間を縫うように疾走し、私はナコロの眼前へと出る。
「……っ!?」
虚をついたつもりだったが、ナコロはそれほど怯まず、即座にハンマーのような片腕を振り上げる。だが遅い。
振り下ろされた腕を片手で止め、私はその巨体に一本背負投を決めた。
「ぬあぁぁ!?」
思い切り地面へと叩きつけ、洞窟が揺れる。
続け様に、ナコロの顔面を鎧もろとも踏みつけた。あまりに硬くて潰せなかったが結構凹んだ。骨がひしゃげるような鈍い音もした。
「まずは一人」
情報を引き出すだけなら三人もいらない。クレバーでない人は特に。
土の巨人たちが崩れ去るのを見て、私はナコロを蹴っ飛ばした。その方向にはノロースが倒れている。
「なっ!?」
ルェンザがハットを脱ぎ、そこに手を突っ込むと、中からノロースが出てきた。そんなこともできるのか。
一方、蹴飛ばされたナコロは、壁際の水晶にぶつかり、それらを叩き割る。
水晶の破片が飛び散る中、地に落ちた鎧から大量の血液が噴き出した。
「ナコロ……!? くっ、どういうことだ……カードは今、俺が持ってたよな!? スキルは使えねぇはずだぞ!?」
スキル無しで今の動きが出来るわけないのに。勘悪いな。ちょっとイライラしてきた。
「……身体能力を大幅に上げるスキル。『超人』ですよ」
「だ、だから! カードは俺が──」
反論を待たずして、私は足元にあった鎧の破片を拾い、アルミ缶を潰すみたいに握り潰す。
「スキルは大きく分けて二種類あります。それは、発動条件が能動的なものと受動的なものです。スキル説明には一切記載されていない裏設定のようなものですね。ヴェノムギアも正確に把握していないみたいです。ゲームマスターのくせに」
「……」
「まぁ要するに、使用者の意思によって発動する“アクティブスキル”と、使用者の意思に関係なく常時発動している“パッシブスキル”に分けられるってことです」
手を開き、潰した破片を落とす。乾いた音が響いた。
「アクティブスキルはカードに触れていないと発動できませんが、パッシブスキルはカードの有無に関わらず常時発動します。そして、『超人』は後者。あなたがカードを奪おうと、所有権のある私にその効果は発動し続けます」
ルェンザがカードを構えた。その手は少し力んでいる。
「はは……こりゃ参ったな。でも、そのパッシブスキルってのはごく少数なんじゃないか? 自分の手足を武器にできる『手刀』とか、一定時間触れたものをお菓子に変える『お菓子の家』とか、こんなもんが常時発動だったら大変だ。おまえのスキルはそんなのばっかだぜ?」
その通り。今の私は、ほとんどの能力を封じられているも同然。パッシブスキルはレアなのだ。
今回のロワイアルゲームでも、私が知るパッシブは月咲さんの『知恵の実』くらいだ。
「それに、所有権が無くともカードがあればスキルは使えるんだろ? 効果は弱体化するみたいだが、ありがたく使わせてもらうぜ!」
ルェンザがスキルを使用する。
「『治癒』! 起きろ、ノロース!」
私よりも回復速度は遅いが、それでもノロースは目を開けて再び銃を構えるくらいには復活した。
続けて、ルェンザはハットから大量の鳩を出しつつ、別のスキルを使う。
「『倍々半々』! 『花火師』!」
自分の出した鳩の数を二倍にし、そのうえ爆弾に変えたようだ。全ての鳩に導火線が出現する。
所有権のない人が使う『花火師』の威力なんてたかが知れているけれど、この数を直撃したら面倒だ。
そこで、私は別のパッシブスキルを利用する。
「出てきて『電気執事』!」
掛け声とともに、私の影から執事服を着たロボットが飛び出してくる。二頭身、二足歩行の羊型ロボット。両の眼が金のネジになっていて、それを高速回転させながら登場した。
私の膝小僧くらいまでしか背丈の無い『電気執事』は、登場するなり脚をベタベタ触ってきた。
「メェェ。麗しき、チカコ様の御御足。なんと耽美な」
「やめてよっ! それどころじゃないんだから!」
「はて、何の御用で?」
「『残影箱』の中からずっと見てたでしょ!? あいつからカード取り返すから手伝って!」
「手伝う……どうやって?」
「こうやって!」
しがみついている羊を払うように、脚を思いっきり振り切った。
「ンメェェェ!?」
機械仕掛けの羊がルェンザに飛んでいく。容易く躱されるが構わない。
羊が壁にぶつかり、衝撃で大爆発を引き起こす。
「うっ!?」
爆風がルェンザとノロースを吹き飛ばす。爆弾鳩も連鎖的に爆発するが、それも上手く回避される。
仕方なく私は距離を詰め、膝をついたルェンザからカードを取り返そうとした。
だが、ノロースが即座に体勢を立て直し、銃撃してきた。
「チカコ様ァァ、バンザーイッ!!」
先ほど大破した『電気執事』が既に自動修復を終え、ノロースの前に飛び出す。
銃弾をその身に受けて、深刻な損傷を受けた羊が光り出す。
これでまた一人。
「しまっ──」
羊がノロースを爆殺する。
気にせず、私はルェンザへと駆けていく。
「お、おまえ!!」
スキルでの戦いは分が悪いと判断したのか、ルェンザはカードを投げ捨てた。
内ポケットからナイフを取り出し、こちらに投げてくる。
『完全感覚』で研ぎ澄まされた視覚があれば、ナイフの先端に魔法陣があるのも視認できる。黒い魔法陣。どんな魔法か知らないが、『第六感』による危険予知で、それが即死級の魔法であると勘付いた。
投げ返すのはやめだ。躱そう。
「決着、だ──」
ルェンザが不敵な笑みを浮かべた瞬間、何か途轍もない衝撃を受け、私は吹き飛ばされた。
「ああっ……!?」
奥の壁まで飛ばされて、体を水晶に強打する。
避けたはずのナイフが胸に突き刺さっている。丸太で殴られたみたいに重い一撃だった。
「うっ!? あ、はぁはぁ!?」
「苦しそうだねぇ? どうだい? 石化魔法を施した俺のナイフは?」
「せ、石化……?」
刺さったナイフを抜くが、それでも体が凄く怠い。
「おまえの復活方法がどうであれ、エアルスにも不死身の魔族ってのがいる。そして、それが暗殺対象だったこともあった。そういう輩を狩るには、殺さずに無力化するのが一番さ。死ななきゃ、復活もしないだろう?」
まずい。刺されたところから重みを感じる。息も苦しい。体が石になり始めている。
「私は……避けた……」
「ふっ、自分のスキルを忘れちゃいけないなぁ?」
すると、ルェンザがカードを内ポケットから出した。
しかし、彼の足元にも同じカードがある。彼が先ほど捨てたカードだ。
「二枚……?」
「ヒャハハ! サプラァァイズッ!」
分かった。『倍々半々』か。全然気づかなかった。やられた。
しかも、それだけではない。たぶん『百発百中』による投擲の必中効果と、『三秒ルール』による時間停止も使われた。
私は胸を押さえてうずくまり、徐々に体が固くなっていくのをその身で感じる。
ルェンザの声も遠ざかっていくような気がした。
「しかし、訂正するぜ。これまでの依頼と何ら変わりないって言ったこと。俺たちが三人がかりでやっと狩れる暗殺対象なんざ、おまえが最初で最後だろうよ」
感覚が曖昧になってきた四肢を動かし、私はゆっくりと体を起こす。
「そ、それなら、もう一度……」
「あ?」
「もう一度……訂正してください……あなたの狩りは失敗しますから」
『電気執事』が私の影から現れる。
「私はこんなところで終われないんですよ。ヴェノムギアを殺すまでは絶対に──」
こちらの狙いに気づいたのかルェンザの目つきが変わる。
だが、何かされるより早く、羊を上から殴りつける。例に漏れず羊は大爆発を起こし、私は爆殺される。
「こ、こいつ!? 石化する前に自殺を!? でも普通やるかよッ……正気じゃねぇ!!」
本来、石化した状態で体を動かすなんてできないのだろうけど、『超人』による超人的身体能力があれば力づくでどうにかなった。さっき、ごり押しは良くないって思ったけど、それに関しては私も訂正しよう。結局最後に頼れるのはパワーなのかもしれない。
そうして残機を一消費し、私は完全復活した。体の調子も万全だ。
間髪入れず、私は真っすぐルェンザへ走っていく。
『百発百中』と『三秒ルール』は所有権のある私でなければ、再発動に数分かかる。今ならやれる。
「くッ!?」
性懲りもなく魔法付きのナイフを投げてきたが、今度は上手く見切り、顎に回し蹴りを決めた。
「かはっ……」
ルェンザが倒れる寸前、私は見事、カードを取り返した。
即座にアクティブスキルの一つを発動する。
「『無限監獄』──」
発動と共に辺りの景色が変化して、瞬く間にそこは牢獄のような場所となった。
ルェンザは吸い込まれるように鉄製のベッドに横たわり、四肢と首を鎖でぐるぐる巻きにされる。
「や、やば……」
情け容赦なく、殺すつもりでルェンザの鳩尾を殴りつける。
「うがぁぁあああ!」
「不死身の魔族がいるって言いましたね? この空間にいれば、あなたも不死身ですよ。ただし、痛覚は時間経過とともに増長していきます。指数関数的な上昇幅でね……って、前情報で知ってるんでしたっけ?」
「が……あがぁぁ……」
「さて、これからあなたを尋問します。早く話したほうが身のためですよ。長引いた尋問はすべからく、拷問へと移行するものですから」