【7】エラーコード
黒を基調としたゴスロリファッションでありながら、リボンやベルトなどの小物は白で統一されている。一方で、垂れ蓋付きのポケットが左右の胸についており、ミリタリー系の要素も取り入れてあった。
彼女はそんなお洒落な子だった。
「何だよ君。エラーコード? コードスリー? ラフレシア? どこが名前だよ」
「はぁ~? raffl3siaって今言いましたけどぉ~? お耳悪いんですかぁ~? ぷぷぷ!」
クソガキが。
よく見ると服の襟章に異界の言語が刻まれている。
『raffl3sia』──自動的に翻訳されたその名は、文字と数字が混ざった奇妙な表記だった。
すると、エリザベータが小声で言う。
「さしずめ、仮面男の刺客と言ったところかしら」
「みたいだ。悪いが手を貸してく──」
「嫌よ。マックスの借りは返したし、もうあんたを助ける義理は無い」
エリザベータは俺の背中をどんと押す。
「なっ!?」
「ねぇ、こいつ殺すんでしょ? ほら、ちゃちゃっとやりなさいよ」
raffl3siaはニヤリとする。
「えぇ~邪神さんはあたしらの味方なんだぁ!」
「味方……というのは少し語弊があるように思えるけれどまぁいいわ。そういうことで」
「ご協力感謝しま~す!」
raffl3siaの赤い目が光った。すると、地面から木の幹のようなものが生え、急激な速度で俺へと伸びてきた。
「うお!?」
胴体を幹に絡め取られ、そのままスイングを利かせて投げ飛ばされてしまう。
ろくな受け身も取れず、荒野の砂にまみれながら、十数メートル転がった。
「いっ……」
「麦嶋ッ!」
アダムがすぐ助けに来ようとするが、raffl3siaの傍にいた蛇が、同様に赤い目を光らせた。
すると、巨大なドームが彼らを覆うように出現し、俺はその外で孤立してしまう。
「な、なんだ? 結界ってやつか?」
どす黒い結界からraffl3siaが出てくる。
「異世界人のくせに結界って分かんのぉ? そっちの世界には魔法とかスキルは存在しないって聞いたけど?」
「概念はあるんだよ……ゲームとか漫画で」
脚や腕の至る所にできた擦り傷がヒリヒリと痛む。
「二人っきりだねっ! これで誰にも邪魔されず殺せそ~」
「……」
「ねぇねぇ悔しい? クラスメイトから総スカンされて、スキルも貰えなくて、邪神にも見捨てられて……挙句の果てに殺されるなんて悔しいに決まってるよねぇ~! キャハハハハ!」
地面に這いつくばりながら、片手を胸ポケットに伸ばす。
「やめてくれ……殺さないで」
「え、何ぃ~? 聞こえな~い!」
「こ、殺さないでください!」
「あ~そっかぁ。殺されたくないんだぁ……でもダメで~す! おまえは今ここで、ロワイアルゲーム最初の脱落者になるんだよぉ~?」
すると、彼女の足元から再び同じような木の幹が生え、先ほどよりも遥かに速く迫ってきた。
「はい! バイバ~イッ!」
俺はポケットから例のカードを取り出した。
「『餓鬼大将』」
スキル名の発声と共に、幹は動きを停止させる。
「……あれ?」
徐に立ち上がり、勝利を確信した俺は笑みを浮かべる。
「よし。あのガキを捕まえろ」
「ちょ、ちょっと……!?」
幹は身をくねらせraffl3siaへと襲い掛かる。
初めこそ彼女はそれを躱せていたが、あまりの速さに対処しきれなくなり十秒と持たず捕らえらえてしまう。
「やあっ!? そ、そんなっ!?」
蜘蛛の巣に引っかかった羽虫のように、身動き一つとれなくなった彼女へ舌を出す。
「悔しいか~? 格下だと思ってたやつに負けるのは? 悔しいよな~!?」
「お、おまえ……なんでプレイヤーカードをっ!?」
「なんでだろうねぇ。不思議だねぇ?」
「このぉ! 放せぇぇ! 植物操作はあたしの能力だぞっ!?」
こいつが植物系の能力で良かった。『餓鬼大将』は自分より弱い奴しか対象にできない。猛獣使いとかだったら詰んでいた。だけど、木の幹なら俺の方が強い自信がある。ガスマッチとか使えば燃やせるし。
「さ~てと、お仲間二人の能力を教えてもらおうか……raffl3siaちゃん──」
※ ※ ※
「──手出しするなよ。邪神エリザベータ」
結界を出した黒蛇は深紅の瞳で私の方を睨んだ。
「心配せずとも何もしないわ」
「そうか……」
「でも死体はそっちで処理しなさいよ。一滴の血も残さず綺麗にね」
「ん……?」
「それと、星にいる動植物に危害は加えることは決して許さないわ」
「ふん、我に指図するな……我らの目的はプレイヤーの抹殺……そのためならばどんな手を使おうとも──」
瞬間、私は結界内にて無数の魔法陣を展開し、その全てを蛇に向けた。
すると、やや丈の長い道着のような服を纏った老人が、慌てて前に出てくる。
立派な顎髭を蓄えてはいるが、彼の外見はほぼ昆虫で、額には角が生えていた。
「わ、分かった! 動植物には手出しせん! 約束しよう! ouro6orosもそれでいいな?」
「くっ……」
蛇は息を呑み、ばつが悪そうに目を逸らす。
「……死体処理は……貴様がやれ」
「うむ。よかろう。邪神様もそれで構わぬか」
「分かればいいのよ」
全ての魔法陣を消すと、老人は胸を撫でおろす。
「よろしいのですか? エリザベータ様」
アダムが尋ねてくる。
「何が?」
「あのエラーコードとか言う連中、相当な手練れなのは間違いありません」
「でしょうね」
さっきの女児といい、そこの蛇といい、こいつらは魔法陣を使っていなかった。
例の“スキル”と同じような代物かと思ったが、どうもそうでもないらしい。
なぜなら彼らには魔力があり、それを幾分か消費して能力を発動していたからだ。あれは紛れもなく魔法の一種だ。
アダムもそれに気づいているようで連中の異常さを語る。
「魔法陣を使わない魔法……あんなものは初めて見ました。我々がエアルスを離れて五百年。どうやら魔法の常識は大きく変わっているのかもしれません」
「……」
「しかし、このままだとあの少年は……」
「何よあなた。もう情が湧いたの?」
「いや、まぁ」
「優しいのね。あなたのそういうところ嫌いじゃないわ。けれど人間なんか信じないほうがいいわよ。あなたもよく分かっているでしょう」
アダムは俯き、言葉を選ぶようにして歯切れの悪い返答をする。
「人間も悪い者ばかりではないと思います……少なくとも麦嶋勇は悪人ではありません」
「……」
「彼は、かつて我々を攻撃してきた人間らとは違います。それもそのはずです。エアルスの人間ではないのですから。異界の……名の知らぬ星から来た人間なのです」
彼は跪き、胸に手を当てる。
「エリザベータ様。どうか彼に助力することをお許しいただけないでしょうか?」
粛々と頭を下げる彼を見下ろし、私は沈黙した。
「麦嶋は窮地に追い込まれながらもマックスを助けました。慈悲深く、胆力に溢れる少年です。エリザベータ様もそれはご理解頂いているはずで──」
「黙りなさい……人間に助力するなんて決して許さないわ。それは私への裏切り行為に当たると思いなさい」
アダムは悲しそうな表情を浮かべたが、すぐに目つきを変え立ち上がる。
「かつてのあなたを知る私は……あなたを邪神とは認めない。いつまで経っても敬愛すべき我が主、女神エリザベータ様です」
「は?」
「そしてあの麦嶋も悪態こそ吐きますが、あなたを“邪神”と呼ぶことは一切なかった。私にとって彼は“同士”なのです」
「……」
「女神エリザベータ様は植物も動物も魔族も人間も……全ての者に救いの手を差し伸べる! そんなあなたに私はずっと憧れていた! 私の敬愛する主なら麦嶋勇のこともきっと──」
声を張り上げたアダムに反応し、蛇がこちらを睨む。
「貴様ら……先ほどから何をブツブツ揉めている!? まさか邪魔立てする気じゃないだろうな?」
アダムは内ポケットからメスを出し、それに強化魔法をかける。そして、青白く光る刃を結界の壁へ投げ飛ばしたが、容易く弾かれてしまう。
「やはりただの結界魔法じゃねぇな」
「おい猿! 何のつもりだ!?」
「麦嶋勇は殺させない。奴は俺が助ける」
「大人しくしてればいいものを……しかし無駄だ。この結界は我が許可した者しか出入りできん。おい、beet1e! 猿を取り押さえろ!」
蛇の掛け声に、老人が反応する。
「全く、もっと頼み方っちゅうもんがあるじゃろ」
「黙れ……下位コードのおまえが盾つくな」
「わしらエラーコードに優劣はなかろうて。おまえさんだけじゃぞ。そんな意地の悪いことを抜かすのは」
「いいからさっさと──」
その時だった。
結界の外からあの女児が駆けてきたのだった。
「うぁぁぁああん!」
なぜか彼女は泣きべそをかき、そのまま老人に抱きつく。
「う、うう……ぐすっ」
「お、おお、raffl3sia。どうしたんじゃ?」
上手く呼吸ができないくらい彼女は泣いており、蛇も声をかける。
「……殺したのか?」
彼女は首を横に振り、再び老人の胸で泣く。
アダムはほっとした様子を見せるが、すぐさま眉をひそめる。
「あんなに泣かせるなんて。あいつ、何かしたのでしょうか?」
「さぁね。どうせまたろくでもないことでもしたんでしょ」