【62】冒険が好き
「ねねっ! 麦嶋見てよ! このヘアスタイルどう? 可愛い?」
宿のダブルルーム。窓際のソファで昼食を取っていたら、鏡台前の椅子に座る新妻さんが振り向いて、セミロングの金髪を見せてきた。スキル、『桜花爛漫』でアレンジしたらしい。
サンドイッチを皿に置き、手で口元を隠しながら言葉を返す。
「やばー、超可愛いー」
「なんか適当! なら、どこが可愛いか言ってみてよ!」
「顔とか」
「髪のこと聞いてんの! ちゃんと見て! ロングの重みをトレンドのシースルーバングでカバーしつつ、毛先を内側にワンカールしたローレイヤーカットで小顔効果も抜群っしょ?」
「なんて? 詠唱? しかも、小顔効果って……ただでさえ顔小さいのにそれ以上小さくしてどうすんの? 顔無くしたいの?」
「うざっ!」
あまり違いが分からない。前髪を漉いたような気はする。とりあえず可愛いのは間違いない。
ベッドに寝転がっているエリーゼにも同じ質問が飛ぶ。
「ねぇ、エリリンはどう思う?」
エリーゼはうつ伏せでこちらに足を向け、例の分厚い魔導書を読んでいる。完全無視だった。
すると、新妻さんが俺の方へ来て耳打ちしてくる。いちいち良い匂いがする。
「……やっぱり私、エリリンに嫌われてるよね?」
「エリリンって言うからだよ。それにあいつ、昔エアルスの人間と喧嘩したらしくて、人間のこと大嫌いだし」
「でも麦嶋とは仲いいじゃん」
「最初はめちゃくちゃ嫌われてたよ。今でこそ普通に話せるけど」
「ふーん……いいな。私もお友達になりたいなぁ」
新妻さんはベッドの方へ近づいて、横から普通に話しかけた。
「エリリ……エリーゼさん。私の髪──」
「興味ないわ」
魔導書に目を向けたまま、彼女はぴしゃりと言い放つ。
「そもそも髪型なんて変えて何の意味があるの? そこまでして男にモテたいの?」
すげぇこと言うな、あいつ。全ての女性と美容師に嫌われろ。
「甘いね。甘々だよ、エリーゼさん」
「は?」
エリーゼが本から視線を離す。
「男ウケなんかどうでもいいの。誰であっても、いくつになっても、自分の“好き”を貫き通すのが結局一番可愛いし偉いんだよ」
「……」
うぃ~、と俺はつい感嘆の声を漏らしていた。
「というわけで、エリーゼさんを私がもっと可愛くしてあげる」
「え……」
新妻さんはカードをかざし、有無を言わせずスキルを発動した。
エリーゼの長く直毛の銀髪がひとりでに動き出し、みるみるうちに髪型が変化する。
「あぁぁ、やっぱりエリーゼさん、お団子のハーフアップ超似合う~! 可愛い~!」
「ちょっと……あんた何勝手に──」
鬼の形相でエリーゼは体を起こすが、新妻さんがすぐに手鏡を向けた。
「ほら見て! 両サイドは三つ編みになってて、後ろで繋がってるの! マジ良くない?」
「は……? そんなの……」
割と似合っていた。ほんの少しくせっ毛になっていて、ゆるふわって感じだ。これがいわゆる“抜け感”か。
「へぇ~いいじゃん」
「でしょ? 麦嶋もそう思うよね!?」
「思う。可愛い」
エリーゼは一度俺を見て、向けられた手鏡に視線を戻す。
「ふん」
彼女は再びベッドに寝そべって魔導書を読み始めた。
新妻さんが目配せして、こちらに寄ってくる。
「え、気に入らなかったのかな……?」
「いや、めちゃくちゃ気に入ったっぽい」
「あの反応で!?」
エリーゼは魔導書を持ったままベッドから出て、わざわざ鏡台の前の椅子に座った。
「ほら。見てる見てる」
「わ、ホントだ」
エリーゼは魔導書を読むふりをしながらチラチラ鏡を見ており、頬杖をついたり、横向きになったり、とにかく落ち着かない。
今俺たちが席を外したら、一人でランウェイしそうな勢いである。相当お気に召したらしい。
「──すみませ~ん!」
そんな時、誰かが部屋の戸を叩いた。
男性の声である。このどこか頼りない感じ。聞き覚えがある。
「冒険者ギルドのアル・フィリップスです! 先日、うちのギルドに興味持ってくれたお三方います?」
あの脇役俳優顔のおじさんだ。勧誘にでも来たのか?
面倒くさいので居留守をしようと思った矢先、エリーゼがいち早く扉へと向かった。
「いるわよ」
躊躇いもなく彼女は戸を開けた。
「あ、どうも。こんにちは~。実はですねぇ……今ちょっと大変なことになってまして、折り入ってお願いが──」
「待ちなさい」
「え?」
「何か私に言うことがあるんじゃない?」
エリーゼはわざとらしく肩辺りの髪を手櫛で整える。
「え、えっと……」
アルさんの目が泳ぐ。
「お邪魔しま~す?」
「ちっ!!」
エリーゼが物凄い勢いで戸を閉めた。
「んえぇ!? 何で閉めたんですかぁぁ!?」
会うの二回目だし、あれだけ髪型変わってんだから分かりそうなものだが。
「んわぁぁん! 開けてくださいよぉ! もうあなた方しか頼れる人がいないんですぅぅ!」
ぷんぷんした様子で鏡台に戻ってくるエリーゼの代わりに、俺が返答する。
「入りませんよ~? 冒険者ギルドには」
「そ、そう言わずに! 緊急事態なんですよっ!」
「アルさんずっと緊急事態じゃないですか」
「いやもう今回は今までの比じゃないですッ! 聞いてください!」
そして、アルさんは耳を疑うようなことを言い出したのだった。
「モレット大迷宮に向かったツベルクさん達が帰ってきません! 予定していた帰還日から既に四十八時間が経過しています! あのハンターギルドですら行方知れずになってしまったんですよッ!!」
※ ※ ※
「──ギルドにはそれぞれ性質があります。例えばマジックギルドだったらインテリエリートの学者気質、商工ギルドは守銭奴の職人気質みたいな。そして、あらゆるギルドの中で最も強大とされるハンターギルドは、まさに“非情”の一言。その構成員が一人残らず危険人物と言われていて、最高ランク180に近づけば近づくほど人の心を失っていくなんて言われることもしばしばです」
窓際のソファに座るアルさんが俯いて話を続ける。
「僕の依頼を受けたツベルクさんなんて特に、最上位と言っても差し支えないレベルのハンターさんだったんですよ。それが……まさかこんなことになるなんて」
すると、鏡台の椅子に座っているエリーゼが呑気に言葉を返す。
「あいつらがそこまで強いとは思わなかったけれどね」
「あのですねぇ! 彼のランクは155! ギルド長を除けば、ギルド四番手の超有名人ですからね!?」
「四番手ねぇ、あれで」
「そりゃあトップスリーと比べたら雲泥の差らしいですけど、それでも物凄く優秀なハンターさんですよ!」
確かに、他ヒッピーズと違ってツベルクだけはエリーゼの強さを即見抜いていた。実力者であることは想像に難くない。
「で、アルさんは何しに来たんですか?」
「それはもちろん、君たちに協力を──」
「嫌ですよ」
「どうしてですか!? 迷宮探索に興味持ってましたよね!?」
「いや、そんな危険な場所だと思ってなかったし、命張るメリットも度胸も無いって言うか」
「そんなぁ! 君たち強いんですよね!? 特にそこのお姉さん! あのハンター集団に歯向かうなんて普通の神経してたらできませんから!」
アルさんは身を乗り出して、向かいのソファに座る俺にしがみつき懇願してくる。
「後生ですからぁ! 巷では、僕が彼らを嵌めた、なんて噂も流れてるんだぁぁ!」
「もうそうなんじゃないですか?」
「なわけないでしょ! それじゃあ、冒険者の仲間達も僕が嵌めたって言うのかい!? 酷いよっ!」
「分かりましたから……」
「それで僕、都市のお偉いさんとか行方不明者のご家族に、おまえも迷宮行って死んでこいって言われたんだぁぁ。失踪者を全員見つけるまで帰ってくんなって!」
「えぇ、かわいそ……」
不憫な彼を見兼ねたのか、ベッドに座っている新妻さんが提案する。
「エリーゼさんなら力になれない?」
「どうして私が」
「だって超強いんでしょ?」
めちゃくちゃ適当な理屈だけど、確かにエリーゼなら余裕で攻略できそうだ。
アルさんはソファに座り直し、リュックから紙を出した。
そして、折り畳まれた紙を開き、彼は『モレット大迷宮簡易図』なるものを提示する。
「で、では! こういうのはどうでしょう? 迷宮の第一階層まで僕の付き添いをするというのは!?」
「第一階層?」
俺が聞き返すと、彼はひっくり返った台形の上部を指さした。
「はい! ここの広い階層は比較的安全です。僕やその仲間達も第一階層は余裕で行き来できましたから! 問題は第二階層……というかその深部」
第一階層の下、やや小さい台形を彼は指さした。
蛇のイラストがある。複数の頭を持っていた。
「今のところ、第二階層深部が探索の限界となっていて、ここにいる迷宮のヌシが多くの冒険者およびハンターさんを帰らぬ人にしている……と、僕は予想してます」
「この蛇ですか?」
「はい。初めてここに踏み入ったのは僕なんですけどね、そこに居座ってたのが巨大な蛇だったんですよ。しかもただの蛇じゃないですよ。八つの頭に、一つの体、八つの尾を持つ大蛇だったのです!」
なんだそれ。ヤマタノオロチ? 急に日本神話みたいなの出てきたな。
「じゃあ、アルさんは一応、そこまで行って帰れたんですね」
「まぁはい……チラッと見て、無理だって思って、速攻引き返しましたので!」
エリーゼがその話の続きを嫌味ったらしく返す。
「で、そのヌシを倒すために冒険者どもが立ち向かって、あんたのギルドは壊滅したのね」
「そ、そう……です」
「あんたはそれ以降、二階層の深部に行ってないの?」
「はい……怖すぎて」
「情けないわね」
「……」
あんまりいじめてやるなよ。
しかし、ヤマタノオロチか。ちょっと見てみたいな。
「行ってみる? 何やかんや言っても、エリーゼいれば余裕だろ。加護魔法もあるし」
「そうね。暇だし」
俺たちの会話にアルさんが目を輝かせる。
「ほ、本当ですか!?」
「ちょっとだけですよ? 危険だって分かったら僕らはすぐ帰りますから」
「や、やった……命の恩人ですよ君たちは! あ、そういえば名前を聞いていませんでしたね……」
「僕は麦嶋です。で、エリーゼと新妻さんです」
「ムギシマ君、エリーゼさん、ニーヅマさんですね。了解です! では、今週中には行けって言われてるので、適当なタイミングで商館の酒場に来てください! 僕はいつでも準備万端──」
「あ、その前にちょっと」
「ん?」
プレイヤーカードを取り出して椅子から立ち上がり、エリーゼに手渡す。
「一応、アルさんが悪者かどうか確認してくんない?」
「なるほどね。分かったわ」
エリーゼがカードをかざす。
「な、何です? 悪者って──」
「『餓鬼大将』」
「え……あれぇ……」
「今から私の質問に正直に答えなさい」
「はい!」
かかった。
「あんたって“ギア”?」
「“ギア”? 都市伝説の秘密結社ですか? まさか」
「私たちを嵌めようとしてる? もしくは何か嘘をついてる?」
「そ、そんなことしませんよ!」
「ふ~ん。ヴェノムギアという名前に心当たりは?」
「……? すみません。存じ上げないですね」
どうやら、俺たちを迷宮に誘い込んで何かを企む悪人、ではなかったようだ。正真正銘、ただの苦労人らしい。
アルさんが完全にシロだというのは分かったが、ついでに聞きたい質問をエリーゼに耳打ちする。
「……ねぇあんた?」
「はい」
「なんで冒険者なんてやってるの?」
「それはもちろん! 冒険が好きだからです! 未開の地を開拓したり、新しい発見をするのはとても楽しいからです! まぁ僕には、才能らしい才能がないので、他の凄いギルドには入れないってのもありますけどね……」
新しい発見は楽しい、か。
エリーゼからカードを返してもらい、俺はまた椅子に腰を下ろす。
「……今のは?」
「何でもないですよ。詮索するような真似してすみませんでした」
「いえいえそんな」
「てことで、僕らも迷宮に行きますよ。よろしくお願いします」
「あ、はい! お願いします!」