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【57】夢

 恋人でも何でもない、言ってしまえば友達の関係性も築けていない新妻さんと同じベッドで寝るのは如何なものかと思ったが、ベッドが予想以上に大きいサイズで、互いの距離はある程度保たれているし、それほど緊張もしない──って部屋に入った時は思ったが、それは全て俺の強がりであったとすぐに思い知らされることとなる。


「スゥ……スゥ……」


 右隣から寝息が聞こえてくる。

 それでも俺は頑張って寝ようとするが、時折ほんのりと花のような匂いが漂ってきた。お風呂上がりの新妻さんの匂いだ。鼻腔から嗅神経を伝ってきて、半強制的に脳を覚醒させられる。


 そして、極めつけは寝返りだった。彼女はいびきこそかかないが、寝相があまりよろしくない。

 互いの間にアメニティのタオルをいくつか丸めて置いておき、わざわざ疑似的な境界線を作ったのだが、もはや何の意味も成していない。


 現在こちらを向いて寝ている彼女の長い脚が、我が国に領土侵攻しており、右手に関しては俺の肩にまで上陸していた。


「……」


 大体、なぜ彼女は平気で眠っているのだろう。睡眠不足はお肌の大敵っしょ、とか言って割と早い時間に床に就いていたが、あまりにも寝つきが良すぎる。早寝早起きを心がける健康志向のギャルなのか、全く俺のことを男として意識していないのか、はたまたその両方か?


 視線を横にずらすと、すぐ傍に白いワンピース風の寝間着を身につけた彼女がいる。息を呑む。若干、服の胸元がゆるくなっていた。その先は暗黒に包まれている。


 頭がおかしくなりそうだった。新妻さんの中学生離れした魅力が、俺の理性を殺しにかかっている。


「ふんぬっ!」


 堪らず体を起こし、ベッドから出た。

 部屋の奥に置かれた一人掛けのソファに腰を下ろして、くつろぎながら窓の外をぼんやり眺めることとする。


 この部屋は三階で、辺りの建物よりも幾ばくか高いので景色がよく見えた。深夜のモレットは耳鳴りがするほど静かだった。

 また、エアルスには衛星が無い。星々が点々と光っているだけの夜空が、街の静けさを余計に深くしていた。

 一応ムゥがあるはずだが、あれは秘境であり、肉眼ではもちろん魔法を使ってもそう簡単には視認できない。実際はどこかに赤っぽい星があるとか。


「──ん、んんん」


 新妻さんが起きた。

 うるさかっただろうか。でも、いい加減眠いので、無視して目を瞑る。


「あれ……麦嶋?」

「……」

「どこ? え……やだ。どこ麦嶋!?」


 新妻さんは体を起こし、悲痛な声で俺を呼ぶのだった。


「……もう何だよぉ。ここにいるよ」


 目を閉じたまま返事をすると、彼女がベッドから出てくる音が聞こえた。


「麦嶋ぁ!」

「えぇ!?」


 抱きつかれた。暗くても分かる。胸とか色々当たっている。

 ビビり散らして目を開ける。


「新妻さん!? 何、どうしたの!?」

「だって! 急にいなくなるから!」

「そんなオーバーな……」

「オーバーじゃないよ!!」


 彼女はさらに強くしがみついてきた。

 やや激しい息遣いが伝わって来るが、それは段々と落ち着いていった。


「私、本当は凄く恐かったんだよ? あの怪物に襲われて、みんなと離れ離れになって……樹海を一人で彷徨ってた時は何度も心が折れかけた。暗くて、辛くて、寂しくて……私このまま死んじゃうんだって思った。本当に本当に死んじゃうんだって」

「……」

「だから、今日麦嶋と再会できて凄く嬉しかった。もう一人じゃないんだって……仮にまた死にそうになっても、誰かが側にいてくれるなら、それだけで凄く安心できるの」

「死ぬなんて縁起でもないな。大丈夫だよ。エリーゼがいれば何とかなるって。一応俺もいるし」


 とは言え、俺たちはいつ死んでもおかしくない状況下にいる。彼女の憂慮は至極真っ当だ。


「麦嶋……私を一人にしないで」

「分かった。もう分かったから」

「本当に? 絶対だよ!?」

「うん。絶対絶対」

「じゃあ──」


 やっと新妻さんが離れてくれたかと思いきや、彼女が腕を引っ張ってきた。


「ベッド、戻ろ?」

「俺はここでいいよ」

「よくない! 今一人にしないって約束してくれたじゃん!」

「えぇ~同じ部屋にいるならそれで良くない? 新妻さんて甘えん坊さんなの?」

「……ダメなの?」


 俺の腕を掴んでいた彼女が力を抜く。そして、手の方までなぞるように撫でてきて、いじらしく指をつままれる。

 そのあまりのあざとさに、さすがの俺もわざとやってるなと気づいたが、別に構いやしない。おそらく気色悪い笑みを浮かべ、ソファから立ち上がる。


「うへへっ。ま、ダメじゃないけどぉ」


 手を引かれるまま、俺はダブルベッドに戻った。


 再び彼女と並んで横になる。気のせいか、今度は最初から距離が近い気がする。ていうか狭い。見るからに彼女はベッドの真ん中を陣取っている。


「新妻さん? ちょっと狭くない? 俺、左に寝返ったら落ちるんだけ──」

「麦嶋。さっきはごめん。死んでも安心、みたいなこと言って。私だって本当は生きたい。まだたくさんやりたいことあるから」

「あ、そう」


 もう少し向こうには行ってくれないらしい。

 彼女は仰向けで目を瞑り、自身のことを語りだした。


「私ね、モデルやってるの。知ってる? 雑誌とかにも載ったことあるんだけど」

「そうなんだ。えっと……」

「あーいいのいいの。女子向けのファッション誌だから。知らなくても当然だよ。それでね、モデルの仕事は凄く楽しいし、これからも続けていきたいけど、将来的には女優とかタレントとかになって芸能界に関わるのも楽しそうだなって思ってるんだ」

「へぇ~。凄いな」

「お洋服のブランド立ち上げてみるのもありかな。なんて……どれも絶対大変だし、まだまだ勉強しないといけないこと盛りだくさんだけどさ。やってみたいって思うのは自由だよね」

 

 近づいたと思った彼女との距離が、また遠ざかったように感じた。


 そこはかとなく察してはいたが、彼女はやはり住む世界が違う。未だ曖昧な夢ではあるが、それでも言語化できるレベルの“やりたいこと”があるのは立派に思えた。同い年なのにここまで将来のビジョンを考えているのは凄い。きっと彼女の人生は一際輝いているのだろう。

 俺はまだ……というか、同年代の多くはたぶん、大して将来なんか考えていない。それでもおよそ今を楽しめてしまうのだから、青春とは困ったものだ。


 まっさらな天井がこちらに迫ってくるような気がして、俺は目を閉じた。


「いい夢じゃん。全部叶うといいね」

「全部って。でもそのくらい欲張りな方がいいかな」

「うん。欲張ってきなよ」

「そっか……ちなみに麦嶋は、何か夢とかあるの?」

「俺はあんまり……まぁでもとりあえず、新妻さんの夢が叶うことを当面の夢にしようかな」

「何それ? 変なの」


 しばし沈黙が続いた。やっと寝られそうだ。

 朦朧とし始めた意識の中で、彼女の眠そうな声が聞こえてくる。


「……私たち絶対元の世界に帰ろうね」

「ん……おやすみ」

「ふふ、おやすみ──」

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