【54】壊滅
モレットの門前にて、大荷物を背負った行商人風の青年が手帳を出し、中年の衛兵に見せる。
「……うむ、確かに」
商人は手帳を胸ポケットにしまい会釈して、都市へと入場していく。
そして、衛兵が俺たちの魔導車に目を向けた。どっかの貴族か何かと思ったのか、男は背筋をピンと伸ばす。
「身分証か通行証の提示をお願いしております! どうぞこちらへ!」
エリーゼが窓を開けながら魔導車を発進させ、衛兵の隣まで行く。
「マジックギルドが通るわ。道を開けなさい」
なんだその某インフルエンサーみたいな文言。恥ずかしいからやめてくれ。
心の中でぼやきながら、俺は彼女とギルドのバッジを見せる。花の形をした緑のバッジである。いつしかエリーゼが借りた……というか奪ったやつである。返すのを忘れていた。もう完全に泥棒である。情状酌量の余地はないだろう。
「マジックギルドの方でしたか。これはどうも。しかし、できればギルドカードを──」
エリーゼが指を指し、炎属性の魔法を放った。
属性弾は衛兵の耳を掠め、遥か上空へと飛んでいき、爆発して雲の形を変えた。
「マジックギルド以外で、こんな魔法が使えるとでも?」
「い、いえ……」
すると、側にいた別の衛兵が車内の黒猫に気づいて眉を顰める。
「何ジロジロ見てんのよ。猫にも身分証明させる気?」
「いやそんな……ただ、この辺だとあまり見ない猫種だと思って──」
「ねぇ、早くしてくれないかしら?」
「あ……はいっ!」
衛兵らが道を開ける。他の見張りも、橋を渡ってくる次の来訪者に視線を向けた。
エリーゼが窓を閉め、魔導車を静かに発進させた。
「いけたいけた。新妻さんナイス~」
「めっちゃドキドキしたんだけど!」
「私が良いって言うまで変身解いちゃダメよ。まだその辺に見張りいるんだから」
新妻さんは、モフモフの両腕で丸を作りそれに答える。
こうして俺たちは無事、モレットに入った。
ラヴィニアの話だと、ここはゴルゾラと同じカロラシア大陸ではあるが魔界かと言われると微妙らしい。
元々は自然が溢れるだけの土地だったが、その肥沃な平野や海に近い特性に商工ギルドが目をつけ、開拓が始まったという。そうして、今では農用地や中継貿易の拠点として発展している新興都市である。
魔導車がゆったりと石畳の街路を進んで行く。どこからかともなく焼き魚の匂いが漂ってきた。モレットの建物はゴルゾラほど高くないし、広場や空き地も多く、何だかスカスカな街並みだった。
「なんか海外旅行みたいじゃない!?」
海外どころか異世界だけどな。
猫の姿のまま呑気なことを言う新妻さんに、そうだね、と適当に返す。
しばらく大通りを進んで、四階建ての比較的大きな建造物に到着した。魔導車はその隣の空き地に向かっていく。空き地には、既に数台の馬車や魔導車が停まっていた。
「そろそろ変身解いていいわよ」
「オッケー!」
彼女は床にぴょんと降りて、外から見られないようにする。スキルを解除し、桜色の煙と共に新妻さんが本来の姿で現れた。座席に戻り、窓の外に目を向けた。
「よいしょ。で、ここに迷宮? ていうのがあるの?」
「いや、迷宮は都市の外だね。ここは……何て言ったっけ?」
ダークブラウンのシックな木造建築を眺めつつ、エリーゼに問う。
「商館よ。モレットにおける商工ギルドの拠点ね。今は迷宮探索という名目で、例のギルドもいるみたいだけど」
「冒険者ギルドだなっ!? やったー! 異世界で冒険者ギルドは定番だよなぁ!?」
「そんな定番知らないけど」
「よぉーし! 冒険だ! 冒険するぞっ!」
声でか、と新妻さんに小ばかにされる。
でもめげない。声は小さいより大きい方がいいからだ。
※ ※ ※
「冒険者ギルドは先日壊滅しましたよ?」
「壊滅ッ!?」
商館のサービスカウンター的な場所で、黒い地味なマントで全身を包んだお姉さんに、無慈悲な現実を突きつけられる。
「いやまぁ、壊滅は言い過ぎでした。正しくは“壊滅予定”ですかね」
白のベレー帽をやや持ち上げ、こちらに視線を合わしながら彼女は話を続ける。
「冒険者ギルドが例の“モレット大迷宮”の探索を担っているのはご存じですか──そうですか。しかし、その探索に向かった冒険者が、半年ほど前から次々と行方知れずになっているんですよ。その後、救出に向かった方々も同様に」
お姉さんは併設された酒場のほうを指さす。
「あの奥にあるテーブル席の人。彼がギルド長です。今では冒険者も彼しかいません」
フードコートみたいにテーブルや椅子が並んだエリアの隅っこに、やけに負のオーラを放つ人がいた。よくある探検家が着るような緑のジャケットを身につけている。
昼休みに教室で寝ている学生の如くうなだれているが、こちらに向けられた頭頂部の黒髪には所々白い毛が混じっていて、若者でないことは明らかだった。
とりあえずお姉さんに礼を述べ、俺たちは彼の元へと向かった。
昼でもその酒場は賑わっていた。仲間と酒を呑んでいる人もいれば、紅茶を嗜む貴婦人らまでいる。雰囲気の良い店だった。
しかし、その明るい雰囲気が、彼の深刻さをより一層際立たせている。
「あの……」
「んあ……?」
くたびれたおじさんが顔を上げた。ヒゲは蓄えておらず、うっすらとほうれい線がある。なかなか渋い顔で、名脇役の俳優さんみたいな顔立ちだった。若い頃はきっとハンサムだったに違いない。
「こんにちは。冒険者ギルドって──」
「はっ!? ち、違います! 行方不明者の捜索は続けてます! 今はちょっぴり休憩してただけで……迷宮にはすぐ──」
「いやそうじゃなくて」
「被害者のご家族ではない……? あ、役人の方ですね!? 申し訳ございませんっ! ギルドメンバーは現在進行形で募集中でして、税の工面もいずれ必ず……ですので、ギルド解体だけはご勘弁をぉぉ!」
額を卓に叩きつけ、頭を下げてくる。
この人、本当にギルド長か? フォルトレットとはえらい違いだ。
「あの。行方不明者の家族でもないし、役人でもないです」
「へ……?」
頭を上げた彼は半泣きだった。
「僕たち、冒険者ギルドに興味があって」
「え!? ギルド加盟希望者!? やりぃぃ! あ、すみません……ありがとうございますぅ! どうぞ、お座りください! よしっよしっ……」
「……」
小さくガッツポーズをする彼が、向かいの椅子に座るよう促してくる。
椅子は二つだけだったので、エリーゼと新妻さんをそこに座らせ、俺は隣席から椅子を持ってくる。
すると、彼は使い古されたリュックサックを漁り、そこからよれた紙面を取り出した。
向きが逆だったのか上下をひっくり返し、咳払いをしてから読み始める。棒読みだった。
「おほん……えー、数あるギルドの中から我が冒険者ギルドを志望いただき誠に感謝申し上げます。先日の面接より、慎重に検討致しましたところ、誠に残念ながら、この度はご希望に添いかねる結果となりました」
「はぁ?」
「お預かりした書類につきましては、こちらで責任を持って破棄いたします。冒険者ギルドは、あなた様のこれからのご活躍を心よりお祈り申し上げます。敬具ッ!」
「……」
紙を置き、眩しいほどの笑みを向けてくる。
「ようこそ! 冒険者ギルドへ!」
あーもうめちゃくちゃだよ。