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【51】僕の名前は瀬古彰

 僕の名前は瀬古(せこ)(あきら)。小春空中学三年一組九番。蟹座。O型。好きなゲームは……なんて情報に、きっとこの世の誰も興味を示さないだろう。


 それでも一応僕の人間性を表すとするなら、陰気なキャラクター、要するに“陰キャ”と紹介するのが適している。

 ただし、それをマイナスな意味で捉えることなかれ。

 “陰キャ”とは人間一人の性質、性格、性向を表す語に過ぎず、対比となる“陽キャ”の下位互換と考えるのは大きな誤りである。世間一般におけるそのマイナスイメージに、僕は懐疑的な姿勢を崩すつもりはない。


「──よし! 月咲の『知恵の実(スマホ)』のおかげで合流したい連中とは合流できたな!」


 僕がスキルで作ったログハウスの前で、クラスメイトの男子がそう言った。宮島(みやじま)翔哉(しょうや)である。見るからに女子受けを意識した嫌味なマッシュ男だ。

 隣には彼女の桃山みくがいて、今日も今日とて飽き足らず二人は手を繋いでいた。後方には月咲(つきさき)珠子(たまこ)を始めとする、他クラスメイトらも何人かいた。


 謎の怪物に襲われ、皆とはぐれてから一晩。月咲さんのスキルがあれば、いつか助けに来てくれるとは思っていたが、予想以上に早い再会だ。

 宮島は神白の次に嫌いな奴だが、こんなのでも見知った顔。やはり心がほっとする。


「瀬古。やっぱりおまえも生きてたな」

「君もね。でもなんで生きてるんだろうね? あの怪物の爆発攻撃……あんなの一溜まりもない威力だったけど」

「知らね~。ともかく俺たちと来いよ。おまえの『工匠(ブロック)』は一番便利なスキルだからな」

 

 そういえば彼らは今八人しかいない。僕を合わせても九。僕らは元々、十五人で動いていたはずだ。


「あれ、委員長は? 神白とかもいないし」

「あいつら? いらなくね?」


 隣にいた桃山が口角を上げて補足する。

 いつか彼女が自称していた小悪魔スマイルだ。僕の大嫌いな笑い方である。


「私たち、委員長たちとは縁を切ったんだよ~」

「縁を切った……?」

「そう。要するにさ、放っておこうってこと。あいつらとは合流しないの」

「そ……そうなんだ。でもなんで?」

「だって、委員長と神白が転校生に会おうとか言ったせいで、私たち酷い目に遭ったんだよ? 最悪じゃない?」


 最悪な目に遭ったのは確かだが、その責任を全て彼女らに擦り付けるのは違う気がする。


 言われてみれば、その二人と仲のいい七原(ななはら)(あかね)朝吹(あさぶき)翠斗(すいと)もいない。後は誰だ? あぁ、ギャルの新妻(にいづま)茉莉也(まりや)と、老け顔の等々力(とどろき)源十郎(げんじゅうろう)もいない。


「みく、マジ悪魔なんだけどぉ!」


 ソバカスのっぽの伊室雛乃(いむろひなの)がクスクス笑い出し、いつも通り桃山をよいしょする。


「でしょ~? てか、委員長は仕切り屋で普通にウザかった。七原も勉強しかしてない(いん)だから、社交性無さ過ぎだし」

「アハハ! 社交性無いは死ぬ! でも、ウチ的には茉莉也のこともハブろうって言い出したのが一番ウケたんだけど!」

「え~だって、あいつぶりっ子じゃん。モデルだか何だか知らないけど、身長と胸にばっか栄養いってて馬鹿だし」

「馬鹿って! 言い過ぎ言い過ぎ!」


 宮島ら、男子共もそれに同調し始める。


「少なくとも神白は一番いらねぇよな。あいつスキルねぇくせにまだイキってるし。あの時、俺の『得点王(ストライカー)』で殺せばよかったわ」

「あんな頭悪そうな転校生にカード盗まれるとか超馬鹿だよな」

「それな~」


 またか。聞くに堪えないやりとりが始まった。

 互いに顔色を窺いつつ、へらへらしながら少ない語彙でその場にいない者の悪口を言う。共通の敵を作ることでしかコミュニティを維持できないクズども。うちのクラスを牛耳っていたのはこういう奴らだ。本当に救えない。


 そんな中、彼らとは幾分か性分の違う女子……というか、クラスでも奇人の枠に入れられている月咲さんが口を開いた。あくび混じりだった。


「はぁぁ~あ……ねぇ、やっぱり合流しない?」


 嘘だろ。今こいつらが合流しないって話してたのに、よくもまぁそんな空気の読めない発言ができるな。凄い。人に嫌われたり、敵意を向けられることなんて少しも気に留めないんだろうな。

 月咲さんの発言に、桃山がまた笑う。


「え? 何で?」

「何となく」

「適当すぎるってツッキー……」

「あーごめん」


 月咲さんの中では、今のでその話題は終了したのだろう。

 急に諸星夏姫(もろほしなつき)の方へと近づき、小柄な体で彼女の周りをうろつきだす。


「朝ごはん! 朝ごはんまだかなぁ~?」

「さ、さっき食べたでしょ」

「足りないかも。私、成長期だからさ」


 その成長期ってやつ、一年の時から言ってるな。クラスで一番背が低いのを気にしているのか? いや、月咲さんはそんなこと気にしないか。たぶん雰囲気で言ってるんだろうな。

 諸星がスキル『菜園(オールコック)』で新鮮な野菜を出そうとした。その時だった──


「──繝倥う繝吶う繝薙ぅ。謇句刀繧定ヲ九○繧医≧」


 その男は、いつの間にかそこに立っていた。

 蔓で覆われた樹海の木に寄っかかり、こちらを横目で見ながら、謎の言語を口走った。


「え……?」


 真っ赤なシャツの上から闇のように黒い燕尾服を羽織っている。頭にはシルクハットを被っていて、まるでマジシャンだった。年はたぶん二十代そこらで、髪の毛は僕らと同じく黒い。

 そして、男は笑顔になって両の指を鳴らした。


「──奇妙、奇天烈、摩訶不思議。これで、俺の言葉が聞き取れるようになったかな~?」


 そいつの言う通り、突然言葉が分かるようになった。違和感なく脳に文脈が入ってくる。

 宮島が彼女を庇うように前に出る。


「な、何だ?」

「おいおい。誰がアホ面晒せって言ったよ? 聞き取れるかどうか聞いてんだよ? それともまだチンプンカンプンか? あ、いや待て。やっぱり答えるな。小粋なジョークで確認するとしよう」


 男はやや頬を綻ばせ、腕を組んでこちらに向き直る。


「どんな依頼も遂行してきたハンターに、とある女が依頼をよこした。浮気をした彼氏を殺してほしいという依頼だ。しかし、ハンターはターゲットを殺せなかった。失敗したことを女に詰められたハンターはこう答えた。あなたに彼氏はいません。いるのはセックスフレンドです、と」


 樹海が静まり返った。木々を揺らす風も止み、凍えるような沈黙に圧迫されるようだった。


「……言葉が通じていない?」


 面白くないんだよ。


「まぁいいか。俺は最高ランクのハンターだ。匿名希望の依頼により、おまえらを捕縛する」

「捕縛? なんでそんなことされなきゃ──」

「やっぱ通じてんじゃねぇか。笑えや」

「……」

「ケッ……とにかく、そういう依頼があったんだ。草食動物が生きる上で、草を食べる理由をいちいち考えないのと同じく、俺はただ依頼を遂行するぜ──」


 男がハットを取ると、その中から無数の蝶が飛び出してくる。黒っぽい翅に鮮やかな青のスジ模様が入っていた。日本でも見かける蝶だったが、よく見るとスジの色が幾分か濃い。


「キャァァ! 虫ッ! イヤァァアアア!!」


 蝶たちが宮島らに襲いかかり、桃山が大袈裟な悲鳴を上げた。彼女は虫が大の苦手である。

 だが、なぜか僕には群がって来なかった。月咲さんも同じく被害を受けていない。


「──君とその子は捕縛対象ではないな。なぜか知らんが」


 男の声が背後から聞こえてきた。ログハウス前の階段に座って、何か紙の束のような物を見ている。

 いつの間に。


「ターゲットで今いないのは……この三人。えーと、カミシロ君とニーヅマちゃんとアサブキ君。おい、垂れ目ボーイ。こいつらの行方は知ってるか?」


 垂れ目ボーイって僕のことか。

 男は三枚の紙を選び取って見せてくる。


「クソッ……なんだこの蝶!?」


 宮島が蝶を必死に振り払いながら、地面に転がっている手頃な石に足を乗せた。


「死ねッ! 『得点王(ストライカー)』!!」


 宮島が石を蹴り飛ばした。石は真っすぐマジシャン男に飛んでいく。だが、男は特段気に留めない。

 すると、石は前触れもなく空中で風船みたいに破裂した。


「は……!?」

「いかしたキックだな。魔法も使わずにその威力とは。足で釘が打てるんじゃないか?」

「ちっ、どうして!?」


 蝶たちに視界を遮られながらも、宮島は再び石を探し追撃しようとする。


「元気一杯だなぁ、十五そこらってのは。俺もまだまだ若い方だが、そのエネルギーはいくつになっても失いたくないものだね」

「今度こそ!!」


 小川の側にあったサッカーボールくらいの岩を見つけ、宮島は右足を後ろに引いた。


「ただし……若さゆえの無鉄砲さってのは、得てして大人の世界じゃあ通用しないんだよ──」


 宮島が岩を蹴る刹那、岩が破裂した。さっきの石みたいに爆散し、宮島はその衝撃で小川に飛ばされる。


「わっ!?」


 大した威力ではなかったらしく、宮島は尻もちをついただけですぐ体を起こした。だが、それでも既に彼の表情には恐怖心が宿っていた。

 すると、桃山が蝶の大群に耐えかねてまた発狂した。


「やぁぁああああ! キモいキモいッッ! どっか行けぇぇ!!」


 瞬間、蝶たちが彼女の言う通り、一目散に離れていき、樹海のどこかへ羽ばたいていった。

 どうやらスキルを使ったようだ。


「最悪……最悪最悪ッ!!」


 頭を抱えて地にへたり込む彼女を見て、マジシャン男の表情が初めて曇った。


「なんだ今の? なぜ俺の蝶たちが」


 桃山が彼を睨み、スキルを発動した。


「『愛憎劇(バッドロマンス)』……」

「ん!?」


 急に男の顔色が悪くなる。しかし、それはすぐに紅潮していき、彼は掻き毟るように胸を押さえた。

 

「な、何だこれはぁ……? ははっ……凄いな。君のことなんて何も知らないのに、君が愛おしくなってきたぞ」


 桃山の『愛憎劇(バッドロマンス)』は他者を自分に惚れさせるスキルだ。対象の略歴や好みに関係なく、強制的な恋を発現させる。しかも、それだけではない。そのスキルには二段階目がある。


「そんなに私が好きなら、チュウしてあげよっか」

「え、いいのかい……?」


 桃山の術中に嵌った状態で、桃山とキスをした場合、その者は永久に桃山の奴隷となる。その奴隷契約は桃山自身はおろか、いかなる異能でも取り消すことはできず、対象は桃山のためだけに動く人形となる。


 桃山がゆっくり彼へと近づく。

 だが、そんな彼女の足元でまた何かが爆発した。


「ノロース!! 狙撃を止めろ!」


 狙撃? そうか、仲間がいたのか。

 男の指示通り、それ以上の爆発は起こらず、桃山がニヤッとする。


「ありがとっ。お兄さん」

「へっ」


 嬉しそうに男が立ち上がったその時、桃山の足が止まった。

 スカートから伸びた彼女の細い脚が震え出し、次第にそれは全身へと広がって、凍えるように彼女は膝から崩れ落ちる。


「え……え……?」

「しまった! 俺の蝶の鱗粉だ! 毒を仕込んでたんだ!」

「そん……な……」


 気づけば、僕と月咲さん以外、みんな息を荒げてバタバタと倒れ始めている。


「平気だ! 解毒剤がある! これで君だけでも──」


 男が胸ポケットから注射器を取り出した瞬間、何や矢のようなものが飛んできて、注射器を彼の手ごと貫いた。


「ぬわぁ!? いてぇぇ!! この石槍……ナコロだな!? てめぇ何しやがる!?」


 森の中から何者かが歩いてきた。音もなく、風もなく、山のような巨体が迫ってくる。

 そいつは、大量の鉄鉱をそのままくっつけたみたいな、ごつごつの鎧を身につけていた。鎧の中からこもった声がする。思いのほか高く、AIみたいな声だった。


「君こそ何だ? こんなクソガキのどこに惚れ込んだんだ? 精神系の魔法でもくらったか。軟弱者め」

「いてっ!」


 鎧の主は、男の手に刺さった槍を雑に引っこ抜き、それをそのまま桃山へと投擲した。

 為す術もなく、彼女は腕を地面へ釘付けにされる。


「い、いやぁぁあ!! 痛い痛いっ! ショウ君助けてぇぇ!」

「み、みくっ……!」


 宮島が彼女を助けようと小川から立ち上がろうとするが、脚がひどく痙攣して全く立てない。


「ちょっとばかり片腕を留めただけだろう? 死んだみたいに騒ぐな。やかましい」

「お、おまえぇぇ……絶対殺し──」


 その瞬間、鎧の一部が変形して槍が生えてきた──かと思えば、既にそいつは槍を投げていて、宮島の頬を掠める。


「絶対殺し……何だ? 最後までちゃんと言いな、坊や」

「……」

「腰抜けが」


 そうして、鎧は僕の眼前にまで迫ってくる。


「さて、君はターゲットではないな。邪魔だ。同じく向こうにいる華奢な少女と共にさっさと消えろ。さもなくば私が消す」


 マジシャン男は魔法陣的なものを手に出して、怪我を治療しながら口を挟んでくる。


「おい。ターゲット以外に手を下すのは、俺たちギルドの理念に反するぜ? おまえみたいな奴がいるから、ハンターは下衆とか言われるんだ」

「下衆なんて上等だろう?」

「まぁな。ほら、垂れ目ボーイ。死にたくないならどっかいけ。この女、殺すっつったらマジでぶっ殺すからよ」


 生まれて初めて向けられた本気の殺意に、僕は怖気づいてしまう。それでも、恐怖でもたつく足を無理やり動かして、月咲さんの方へと向かった。


「い、行こうっ!」

「え、でも」

「いいから早くっ!」


 ハンターを名乗るこいつらは何者なのか? なぜ宮島たちを狙っているのか? もはやそんな疑問はどうだってよかった。とにかく今は死にたくない。ただそれだけが頭の中を支配した。

 月咲さんの手を握り締め、なりふり構わず僕は走り出した。


「せ、瀬古っ……! ふざ……けんな! 助けろよ!」


 宮島の声がした。他の人達も呻き声に似た懇願や罵倒をしてくる。


「助けて……!」

「裏切るのか……瀬古!?」


 僕は止まらない。

 声から逃げるように、罪悪感を振り払うように、ただ必死に地面を蹴った。


「瀬古君。みんなが──」

「月咲さん、無理だ……助けられないよ……」

「……」


 これでいい。僕は間違っていないし、責められる筋合いもない。そもそも異世界転移という極めて異常な事態に巻き込まれて、さらに誰かと敵対するなんてどうかしてる。こなせるはずがない。


 だが、その一方で、悔しさもこみあげてきた。

 逃げる寸前、あのマジシャンがほくそ笑んだのを見たからだ。


 根暗だとか、ぼっちだとか、そういうので馬鹿にされることは今まで多々あった。大体は神白や宮島に言われたことだが、あいつらはクズだし、気にすることはないと自分に言い聞かせていた。

 そう言い聞かせていたが……あの男の見下すような笑みを見て、もしかしたら一生このままなのかもしれない、と思ってしまった。

 侮られ、見下され、相手にもされない。陰キャとか陽キャとかそれ以前に、僕は人として舐められている。それでもそれを許容して生きていかなければならないのか。本当にそれでいいのだろうか。

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