【48】薫風過ぎ行く街
エリーゼがmon5terを倒してから早数日。
ゴルゾラを出立する前に、俺はラヴィニアと二人で噴水広場のベンチに腰かけていた。
街の大通りでは、復興作業に勤しむ魔族らがいた。エルフ族や悪魔族はもちろんのこと、白い翼を持った天使っぽい奴とか、なんかメドゥーサみたいな奴までいた。
「てなわけで、正式に三代目魔王に就任したわけだけど、どんな気分? やっぱり、世界を我が物にしてやるって感じ?」
「なんだそれ? おまえ、魔王にどんなイメージ持ってるんだ?」
「悪の権化」
「酷いな……まぁ人間からしたらそうなのかもしれないが」
彼女は肘掛けに寄っかかり、くたびれたように頬杖をつく。
「私はもう人間とは争わない」
「そうか」
「だが、魔族と人間の因縁が綺麗さっぱり無くなったわけではない。私の意向に反発する者も多く出るだろう。もしかしたらまた戦争が起こるかもしれない」
「……」
「私は魔界を統率できるだろうか。魔族を守れるだろうか……」
どう言葉を返しても、俺が言うと何だか薄っぺらい気がした。
すると、街路からこちらに駆けてくる者があった。マジックギルドのお兄さんだ。今日は取り巻きの女がいない。
先日、mon5terに大怪我を負わされた彼だが、周りに上級魔法使いが揃っていたことが不幸中の幸いで、何とか一命をとりとめたのだ。
「ふぅ……まだいたか。良かった」
「もうすぐ俺も出るけどな。クラウスこそ、昨日国に帰ったんじゃないの?」
「麦嶋……僕は一応年上だぞ。敬語使えよ」
「女性に不自由してない奴に、どうして敬意を払わなきゃいけないんだ? つけ上がるなよプレイボーイ」
「発想が卑屈だな」
ラヴィニアが目を伏せて、ベンチから立つと、クラウスがそれを呼び止めた。
「待て。僕は君たち二人に話があって戻ってきたんだ。座れよ」
「私もか? なんだ? 今更、謝罪でもするつもりか?」
「まさか。言っとくけど、僕は未だに魔族が嫌いだし、過去のゴルゾラ侵略も悪いとはこれっぽちも思ってない」
「喧嘩を売りに来たのか? 買うが?」
「望むところだ」
思わず俺はラヴィニアの角を引っ張った。
「おまえぇ! さっき、人間とは争わないって言ったばっかだろっ!?」
「……離せムギ。冗談だ」
「まったくよぉ! クラウスも何だ!? ラヴィニアに意地悪しに来たのか!? エリーゼに言いつけるぞ!」
「エリーゼって、君の背後霊とかいうあの人か? mon5terを単騎で倒したあの? 勘弁してくれ……」
ちなみにエリーゼは今、散歩に行くとか言って不在である。そろそろ戻ってくる頃だと思うが。
「それで話って何だよ?」
「あー、実はギルドのみんなで話し合ったんだ。例の件を信じるか否か」
「……ギアのことか?」
「ああ。他のメンバーがどう動くかは分からないけど、少なくとも僕とリリィとザビーネの三人は、例の記載を信じ、君に協力することにした。探すんだろ? ギアの親玉を」
エリーゼが持ってきた研究資料にはmon5terの能力や生態に関する情報に加え、謎の組織“ギア”についての記載もあった。
内容に関しては、フォルトレットが俺に白状したようなことが書いてあるだけで、それ以上の情報は無かった。だが、あの証言は『餓鬼大将』の命令で引き出したものであり、虚偽の発言では決してない。ギアは実在する組織なのだ。
ただロワイアルゲームのことまでは記載が無く、彼らに伝える必要も無いと思ったので、その件は話していない。
「世界を裏から牛耳っているとなると、ギアは相当巨大な組織だってのは明らかだ。しかも、エラーコードとかいうのが、mon5ter以外にも八体いるんだよな?」
「みたいだな」
「あんなのがまだ八体……そう考えたら放ってはおけない。今回みたいにエラーコードが大量虐殺を引き起こす可能性だってある。ギアは誰かが調査しなければいけない。だから、僕らは君の力になることを約束しよう」
クラウスは手を差し出し、俺に握手を求める。
正直、心強かった。李ちゃん達の行方が分からない今、仲間が一人でも多いのは非常に助かる。
ベンチから立ち上がり彼の手を握った。
「ありがたいね。それじゃあ頼むよ」
「ああ。だけど、このことはくれぐれも内密にな。ギアのエージェントってのが、どこに隠れてるか分からないからね」
「了解した」
俺から手を離したクラウスは、次にラヴィニアへ目を向ける。
「そういうわけだ。僕と麦嶋は仲間になった。ゆえに、麦嶋の仲間である君も僕の仲間だ。僕は仲間を何より大切にするし、それが仲間ってものだ。仲間の仲間は仲間なんだ」
「急にどうした? 仲間がいっぱい出てきて意味不明だ」
「……と、とにかく君も仲間だ!」
なんか良いことでも言おうとしたな。空回りしてやんの。
クラウスはちょっと照れ臭そうに、彼女にも手を差し出す。
「その汚い手を引っ込めて、さっさと魔界から出てけ。私は、おまえらがしたことを一生許さない」
「構わない。僕らも、魔族に殺された人間たちの無念を決して忘れない。だからこそ、これから変わっていこうって言ってるんだ」
「……」
ラヴィニアはしばし黙り、そして、彼の手のひらを引っ叩いた。
「……詭弁はいい。行動で示せ。私もそうする」
「ふっ、そうかい」
満更でもない様子で、クラウスは俺たちに背を向ける。
「じゃあ僕は行くよ。ギアについて何か分かったら連絡する」
「おう」
連絡ってどうするつもりだろう? 伝書鳩でも来るのかな。ちょっと楽しみだな。あえて聞かないでおこう。
そうして、クラウスは去っていった。
遠ざかる彼の背を見ながら、俺は再びベンチに腰掛ける。
「……ムギは誰とでも仲良くなれるんだな」
「え? あーそうかな? 相手によるけどな」
少なくとも神白には嫌われている自信がある。
「いや、間違いなくムギには人望がある。私なんかよりもずっと、ずっとな……」
「へへ。まぁそう言ってもらえるのは悪い気しないな。だけど、ラヴィニアだって魔族からの人気は高いだろ。俺だって、今ではおまえのことそんな嫌いじゃないしさ」
「……」
隣に座るラヴィニアに微笑みかけると、彼女はそっぽを向くみたいに目を逸らした。
しばらくの間、俺も彼女も沈黙した。俺はぼんやり街を眺めて、彼女は物思いに耽るように俯いていた。不思議と気まずさはない。
やがて、街頭を吹き抜ける風が止んだ。さらなる静寂が俺たちを包む。すると、機を見計らっていたかのように、彼女が突然言葉を発するのだった。
「……ムギ、一つ提案がある」
「ん?」
ラヴィニアはまだ俯いていた。
「もしおまえが良かったらでいいんだが……」
「うん」
歯切れが悪い。
「その、これからもずっと私と一緒にいてくれないか? 私と一緒に……魔族を導いてほしいんだ」
「何? 告白? 俺と結婚でもしたいの? 照れるなぁ」
「……そうだ」
「ふーん……えぇっ!?」
聞き間違いか? 勘違いか? まずい。どっかの女神のせいで、こういうの全部罠に思える。
「え……俺人間だけど?」
「関係ない。フォルトレットを倒したおまえなら、きっとガートルードもファルジュも認めてくれる」
「でも俺十五歳だし……ラヴィニアとじゃ年が」
「確かに私は今年で六十だが──」
「六十!? あぁ……魔族だからその辺は差があるのか」
「人間の年に換算したら十歳くらいだ。五歳差ならいいだろ?」
中三に小四の配偶者いたらヤバいけどな。
答えに詰まっていると、ラヴィニアが溜息をついた。
「ダメか。まぁそうだよな。しかし、こういうのは初めてだったから……少し落ち込むかもな」
あぁぁぁ。なんかもう種族とか年の差とかどうでもいい気がしてきた。そのくらいラヴィニアは可愛い。可愛く見えてしまっている。俺こいつに誘拐されたのに、なんて俺はちょろいんだ。でも可愛い。ラヴィニア可愛い。
「んぬぬぬっ!!」
「ムギ?」
「んんぐぐぐぐ……ど、ど、どうして急に告白してきたのかなぁぁ!?」
落ち着くんだ麦嶋勇。冷静になるんだ。ラヴィニア可愛い。状況を整理しろ。本能で動く男は格好悪いぞ。ちゃんと自分の頭で考えてラヴィニア可愛い。
「たぶん私は自信が無いんだ。前に、ずっと迷っているって話をしただろう? 今ではお爺様の遺志も理解できたし、吹っ切れたつもりだが私はまだまだ未熟だ。対して、ムギはいつも真っすぐで、私を勇気づけてくれた。mon5terに奥の手を決めた時も、おまえが声をかけてくれなかったら私は動けなかった。結局あれは不発に終わったが、とにかく私は何度もムギに救われたんだ」
肩が当たるくらい体を寄せられて、それでいて辺りの魔族らに変に思われない程度の距離感で、上目遣いの彼女に迫られる。
「今なら誰も見てないぞ。今なら──」
ラヴィニアは目を瞑り、俺にキスをした。
やや押し付けるような感じで、何なら唇の端っこにキスされた。しかも一瞬すぎて、感触もよく分からなかった。たぶん柔らかかった。
それでも彼女は満足したようで、はにかんだ笑みを浮かべ、逃げるようにベンチの端に戻っていく。
「……ごめん。ちょっとずるかったな」
「んあぁぁ」
「でも分かってるんだ……おまえは異世界人だし、いつかは元の世界に帰らなきゃいけない。私と結婚できないのは承知の上だ。無理を言って悪かった。ただ、これが私の気持ちだ。迷いのない確かな気持ちなんだ。それだけは伝えたかった。これからは良き友人として陰ながら応援する。困ったことがあればいつでも頼ってくれ」
ん、あれ?
「け、結婚は?」
「ん? できないだろう? おまえにはおまえの人生がある。しかも、魔界に留まっていたらヴェノムギアは倒せないじゃないか」
「そ、そうだけど……俺、別に全然いけるって言うか! 俺もラヴィニアのこと好きって言うか!」
「ムギ、おまえは優しいな」
「優しいとかじゃなくて……ラヴィニア好き! 結婚したい!」
「えへへっ、ありがとう。そうだムギ。お腹空かないか? 最後に私の手料理でも──」
「いやだから好きっつってんだろ!? キスくらいで満足すんなお子ちゃまがッ!」
「お子……はぁああ!? もう一度言ってみろ!」
声を荒げたラヴィニアに胸ぐらを掴まれる。
なんだこの展開!? さっきまで良い雰囲気だったのに! ムズすぎんだろ女子!
「──あなたたち何してるの?」
建物と建物の間の脇道から、エリーゼが出てきた。なぜか黒猫を抱っこしている。
俺を揺すりまくっていたラヴィニアが、その手を離し、親指でこちらを指す。
「実は、こいつが魔王である私に不敬を働いてな」
「あらそう。じゃあ処刑しましょうか」
「そうだな。ムギ、ギロチン持ってるか?」
「持ってるわけねぇだろ! ガムみたいに言ってんじゃねぇよ!」
よれたシャツの襟を泣く泣く治しながら、俺はエリーゼに問いただす。
彼女の抱いている猫は首輪をしておらず、少々ぐったりしていた。
「で……なんだその猫?」
「野良猫よ。街の外を散歩してたら、死にかけてるのを見かけてね。魔力を感じ取れないくらい弱ってたから、回復魔法をかけて拾ってきたの」
「回復するのはいいとして、拾わなくてもいいだろ」
「でも心配じゃない」
「あんまこんなこと言いたくないけど、野良はばっちぃって聞くぞ」
エリーゼはムッとして、自身の顔の前に猫を持ち上げる。
「ばっちくないにゃん」
「え、何それ? ちょっと萌えるな。もう一回やってみろ」
冗談のつもりだったが、なぜかご機嫌のエリーゼは小芝居を始めるのだった。
「アタシ、元気になるまでエリーゼ様と一緒に居たいにゃん……そうね、それがいいわ。あなたは責任持って私がお世話してあげる……やったにゃ~ん」
「……」
「……何よムギ? 殺されたいの?」
「恥ずかしいなら無理すんなよ」
そんな箸にも棒にも掛からない俺たちのやりとりを見て、ラヴィニアがケラケラと笑い出した。
「アハハハハ!」
王の器とは思えないほど彼女は無邪気に高笑いする。抑圧していたものを解放するような笑いだった。
たぶん、ラヴィニア・ゼロ・セリーヌという少女は、本来こんな風に笑う子だったのだろう。
涙が出るほどひとしきり笑った彼女は、息を漏らし、背もたれに寄りかかって空を見上げる。
彼女に倣って俺も顔を上げてみると、澄み渡る空の中を二匹の燕が横切った。
「ムギ」
「ん?」
「私たちまた会えるよな?」
「会おうぜ」
「……ああ、そうだな」
ほんの少しだけ彼女の声は震えていた。
「……じゃあ、そろそろ行きましょうか」
「おう」
エリーゼに言われるがまま、ラヴィニアを置いてベンチから立つ。
「ラヴィニア。いかした魔界にしてくれよ」
手を差し出すと、彼女が立ちあがり、固い握手が返ってくる。
「任せておけ。またな、ムギ」
「またな」
すると、ラヴィニアが次にエリーゼへ手を差し伸べる。
「また……」
「え、あーうん。またね」
黒猫を片手で持ち直し、エリーゼが握手に応じる。
「来てくれてありがとう……女神エリザベータ」
「……え?」
エリーゼがこちらを見るが、俺は首を横に振った。彼女の正体は明かしてなかったはずだ。
「その反応。やっぱりエリザベータなんだな?」
「どうして……?」
「別になんとなくだ。ただお爺様が、女神はいつか必ず還ってきて私の力になってくれるって言ってたから」
「そう……あいつ、まだ覚えていてくれたのね。私のこと」
エリーゼは猫を抱いたまま、ラヴィニアにハグをする。
「ごめんなさい。あなた達が一番大変な時に、助けてあげられなくて……」
「それでもエリザベータは私を助けてくれた。魔界を救ってくれた。決して邪神なんかじゃなかった。本当にありがとう」
「……」
いつかエリーゼの過去も詳しく知る時が来るのかな。デリケートな話らしいし、俺から聞くことは今後もないだろうが。
ラヴィニアを抱きしめながら、エリーゼは涙を流していた。それでも、どこか安堵するような微笑みも浮かべている。
俺は一足先にその場を後にする。
何だか気分がいいので、見知らぬ魔族らに手を振ってみる。奇異の目を向けられた。俺は一人ゴルゾラの長い街路を過ぎていく。
初めてここに来た時は、もっと綺麗で整然とした街だった。今は見る影もない。
それでも、瓦礫に照り付ける日差しや、ひび割れた路を吹き抜ける風は、彼らの背中を押しているようだった。
希望に満ちた魔界も案外悪くないと、俺は密かに頬を緩めた。
魔界の空は今日も青い。
『魔界編』終了です。
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ㇰ゛オー (「●д●)「 〓〓〓〓〓〓★




