【47】最高等級
私の魔法陣錬成を封じたmon5terが、光魔法を放ってくる。
今まで見てきたありとあらゆる魔法の中で最も速い。この私ですら肉眼では追えず、初弾は頬を掠めてしまう。追撃が来る前に飛翔して樹海から逃れると、案の定、mon5terが瞬間移動し前方に現れた。
「ギュアア!」
再び、馬鹿の一つ覚えのように口から光弾を放とうとするが、まんまと樹海から引きずり出されたことにこいつはまだ気づいていない。
突如、落雷が起こった。直撃したmon5terが即死するほどの威力で、焦げた肉塊が叩きつけられるように落ちていく。
「アァ……ア……?」
地面に落ち切る前にmon5terは体を修復させ、大樹の枝に着地する。
「どうして魔法を使えるのかって? 簡単よ。魔法陣を組めないなら、あらかじめ組んでおけばいいだけ。どうせまた封印されると思って準備してたのよ」
「グァァ!?」
「それとやっぱり、攻撃時は反射の能力も消えるみたいね。しかも、今の絶命で私の封印も解けたわ。ほら、次はどうするの?」
mon5terの瞳には、未だ怒りと闘志が宿っている。
「その目……いいわね」
mon5terは視線を落とし、木から飛び降りて樹海を駆けだした。
私は上空からひっきりなしに雷を落とし続けるが、魔法の軌道は全て捻じ曲げられてしまう。
すると、まだ地上にいるはずの怪物が、私のいる空中に現れた。悪魔族の黒い翼を生やし、空を飛んでいる。
「分身? 芸が無いわね。もういいわよそれは」
分身はものの数秒で十体にまで増殖するが、何ら問題は無い。私はまた魔法陣から抜刀し、連中が魔法を発動する前に一匹残らず殲滅する。その間にも、地上でひたすら南下を続けるオリジナルに目を向けていた。
「ん?」
背後に気配を感じた。しかし、何もいない。そこには魔力もない……はずだった。
「……っ!?」
大気が乱れた。どこからともなく風が吹いたわけではない。私の背後で何かが蠢き、空気の流れを乱したのだ。
念のため、さらに上空へと逃げようとしたその時、私の左翼が裂けた。
「は?」
少し待っても翼は自動回復しなかった。再び大気が揺れるのを感じる。
さらなる追撃を警戒しつつ私は瞬時に思考する。
左翼の損傷から見るに、噛み千切られたような感じだ。何か物理的なダメージを負ったらしい。また、治癒できないという点を考慮に入れると、自ずとタネは見えてくる。
すかさず翼を畳み、上空へと手をかざした。四等級炎魔法で爆発を起こし、それを推進力にして、再び樹海へと舞い戻る。
「……やったわね」
地を蹴り、逃亡するオリジナルの後を追いかける。
おそらく、先ほどの攻撃は分身と透明化魔法の合わせ技だ。それもただの透明化ではない。自身の発する臭いや魔力までも、感知不能なレベルに到達させている。私はそいつに翼を喰われてしまった。
予想通り、あいつに喰われたら治癒はできないみたいだ。私の左翼は奪われた。エラーコードの魔法は神をも殺す異能なのだ。
「……」
感知不能の分身は、おそらく今もどこからか攻撃の機を窺っているだろう。オリジナルを殺せば分身も消えるだろうが、今のあいつに魔法は当てられない。
ならば、あの反射魔法の術式を読み解いて、それを無効化できるような魔法を今から作ろうか? それとも、オリジナルの魔力が切れるまで延々と攻撃を続けるか? そもそもあいつはどこへ向かっているのか?
色々考えながら走っているうちに、何かの爆発跡のような円形の広い土地に出た。
そういえば、mon5terは樹海で放し飼いされていると聞いた。この辺が縄張りなのだろうか。
爆心地を真っすぐ抜けて、私たちはさらに樹海を駆けていく。
「何だか面倒になってきたわ……いちいち戦略を練るとか性に合わない。要は殺せばいいんでしょ? 殺せば」
足を強く踏み込んで、反射魔法などお構いなしに距離を詰める。
だが、mon5terはまたどこかへ瞬間移動した。こちらも間髪入れず感知して、奴の位置を即特定する。
まだ南下を続けていた。しかも、瞬間移動を連続使用し、ありえない速度で移動している。
「その先は確か──」
さらに追跡を続けると海岸に出た。あの怪物がちょうど海に飛び込んでいくのも見える。
どういうつもりか知らないが、とりあえずこの海に入るのは抵抗があった。浜辺で誰かが飲み食いしたような痕跡があって不衛生だし、見たところ海もあまり綺麗とは言えない。
片や後方からは、風を切るような音が迫ってきていた。透明の分身だろう。
「この海……ちょっと邪魔ね」
これから魔法を放つ範囲に加護魔法をかけ、海棲動物に影響を与えないようにする。
続いて、天空に光属性の魔法陣を出し、mon5terが逃げ込んだ海に向ける。膨大な量の魔力を費やして、六等級の術式を組んでいく。
その式は直径百メートルを優に超し、そして……ひたすら威力の底上げにのみ重点を置いた光魔法が射出された。
放たれた光線は浜辺を大きく抉り、海水を強引に押し上げて、大海原を真っ二つに断ち切った。
剝き出しになった海底にて、mon5terの姿を捉える。
「見つけた」
私は干上がった一直線の海底を走り出す。
力づくで浮き上がらせた荒波が、近海の方から順々に落っこちてきた。私の所業を咎めるようだった。
しかし、それよりもずっと速い速度でmon5terに迫る。攻撃の寸前、私はある小細工をした。
「……できたわ」
「ガアッ!?」
攻撃の瞬間、こいつの反射魔法を突破するため、私は魔力を全て放出した。今の私は、ムギと同じく魔力が無い。
ただmon5terも馬鹿じゃなかった。こちらの狙いに気づいたらしく、体勢を立て直し私の蹴りを腕でガードした。
あまり響いてない。かと言って、全く効かないわけでもない。十分だ。
今までやったこともなかったし、やる必要もなかった技術だが、先日ムギに魔力を分け与えたり、魔法銃に魔力を流し込んだ経験から不可能ではないと考えた。きっと並みの術師だったら、この速度で魔力を放出するなど不可能だろう。でも私ならできる。
「ふっ……」
迫りくる波から逃亡するように、高速移動しながら私はmon5terと殴り合った。
数多にも及ぶ打ち合いが互いの身を傷つける。一瞬でも隙を見せれば、mon5terが大口を開けて私を喰らおうとした。
隙を見せてはいけない。臆してはいけない。常に最適解かつ有効打を。たった一つのミスが命取りになる──
「ふふっ……アハハハァ!」
笑みが零れてしまう。
古い知り合いが喰われたと言うのに、私はこの怪物との戦闘を楽しんでいる。我ながら不謹慎だと思った。しかれども、抗いようのない興奮だ。
殴った拳は血を沸かし、蹴った足が肉を躍らす。奮い立つような狂喜が骨の髄まで染み渡っていくのを感じる。
神である私が、全身全霊で何かとぶつかることなど永遠に無いと思っていた。だからこそ、この興奮は何物にも代えがたい。
「ギュアッッ……!」
私の拳が怪物の鳩尾に直撃した。既に傷だらけだった怪物は、その先の孤島まで吹っ飛んで、浜辺の岩に頭を強打し絶命する。
いつの間にか、私たちは海を横断していたらしい。
跳躍して浜に上がると共に、浮き上がらせた海水が全て落ち切った。大雨のような飛沫が飛んでくる。
「シンプルな打ち合いも私が優勢かしら? これで反射魔法も攻略……うっ」
捕食は免れたが、さすがの私も無傷とはいかなかった。引き裂かれた体や髪を回復させて、よろめきながら奴に呼びかける。
「ふっ……楽しいわね。あんたもそうでしょう?」
mon5terは開眼して、こちらを見るなりニヤッとした。こいつもなかなか隅に置けない。
すると、mon5terが長い舌で口元についた海水を舐めてゲップした。
「ゲェェ!」
「……」
こいつがなぜ海に逃げ込んだのか、その理由を私はやっと理解する。
「まさか……プランクトンを食べたの? このままだと防戦一方で、いつか自分の残機も切れるから、それを補給するために」
「ガァッガァ!」
嘲笑うかのように怪物が吠える。
「一リットルの海水でも、プランクトンの数は数万匹を越えるし、条件によっては億にも達する。確かにそれだけあれば、いつか私を倒せるかもね……」
こうなると一回一回殺すのはあまりに効率が悪い。仮に数億回殺すことに成功しても、またこいつはプランクトンを食べて残機を増やすだろう。
もはや背に腹は代えられない。あまり気は進まないが、上手いことあの魔法を使うしかない。
「ねぇ……」
「ゲァ?」
勝ちを確信したのか、怪物は憎たらしい笑みを浮かべていた。
「あんた、魔法における最高等級って知ってる?」
私は堂々と歩を進める。
「六等級……私がさっき海を斬った光線がそれにあたるわ。でも、六を使う奴って見たことないのよね。あの魔王ですら五等級だったし、人間なんて四使えたら、国宝級の魔法使いになれるんじゃないかしら。六等級はあくまで理論値。現実的な数値じゃない」
「……?」
「でもね、それは結局、人間が結論付けた限界に過ぎないのよ。神の私にそんなの通じると思う? ねぇ、mon5ter──」
先ほどよりもずっと速い動きでmon5terに接近し、その顎を蹴りあげた。
「限界突破の条件は一つだけ。七大属性魔法を六等級で同時展開すること」
空高く跳躍し、上空へ吹っ飛んだmon5terをさらに上空へと殴り飛ばす。
「ギャァァア!」
「逃がさないわよ」
瞬間移動を使われる前に、放出していた魔力を全て戻し、エアルス全域に結界を張り巡らす。すると、奴の瞬間移動は不発に終わる。
「あんたが食べた先代魔王の空間魔法は確か四等級。良くても五等級。どちらにせよ、私の六等級結界は抜けられない」
「グァアア!?」
「そして、これが私の最大火力──」
結界の上に降り立って、私は両手を掲げる。自身が有する魔力総量のうち、およそ半分を消費して、七つの属性魔法の術式を同時展開した。各魔法陣の式を解き、連結させ、一つの魔法陣へと組み直していく。
この間、およそ二秒。
惑星エアルスの直径を遥かに凌ぐ魔法陣が組み上がる。
「──魔法の最高等級。七等級よ」
mon5terは反射魔法や自身が有する結界魔法を全て発動した。続けざまに、魔王軍から奪ったであろうあらゆる属性魔法の術式も展開し始めた。
一方で私の魔法……全属性の入り混じるオーロラのような魔法陣が光を強め、音もなく一気に無数の粒子線が放出された。
超高エネルギー体である粒子の点々がやがて線となり束となり、mon5terの魔法ごと飲み込んでいく。
「ギャッ!? グォォォオオ!!」
mon5terの断末魔が轟いた。また、夜が明けたかのような途轍もない光がエアルスを満たしていく。
「七等級はまさに神の領域。あんたが奪ってきた魔法も、その厄介な復活能力も、全て無に帰する。終わりよ。これが私の下す、あんたへの天罰。じっくり味わいなさい、mon5ter」
「ガァァァ──」
mon5terの肉片が塵芥となり、完全に生命反応が途絶えた。
だが、七等級魔法はまだ序盤である。威力や効果範囲がさらに数百、数千、数万倍になって宇宙の彼方へと放射されていく。
いくら何でもやりすぎだった。おそらく数億倍の破壊力となった時点で、慌てて魔法陣を解いていく。
「相変わらず使いにくいわね……ここに私がいるって言ってるようなものだし」
十数秒もかけて七等級魔法を収束させた。エアルスの結界も解き、私は地へと降り立つ。
魔力の使い過ぎで少々ぐったりし、夜に戻った孤島の空を見上げ反省する。
「確かに……誰かの言う通りかもしれないわ。属性魔法は汎用性が低い……我ながら、ごり押しもいい所だもの。まぁ、私はこっちの方が性に合ってるけど」
一息つくと波の音がよく聞こえてきた。心地よい夜風が頬を撫で、魔界にいることを思い出す。
怪物に喰われた翼は元に戻らなかった。それでも、奴に喰われた者たちの魂が解放されていくのを確かに感じた。
ゴルゾラの方向……北へと向き直り、私は一人歩き出す。
「仇は取ったわよ。安らかに眠りなさい。クロード、エギラ──」




