【43】破壊
「……ハハッ! フハハハハハッ!」
高笑いしたかと思えば、フォルトレットは突然うなだれる。
「来い。mon5ter──」
フォルトレットの発声と共に、何か黒い塊が彼の後ろに出現した。
「グォォオオオ!!」
テレビ画面が切り替わるみたいに急に姿を現したそいつは、低音と高音が入り混じる、耳障りな雄叫びを上げた。
“モンスター”と言っていた。確かに見た目もちょうど“怪物”だ。
「ムギ気をつけろ! そいつだ! そいつが魔王軍を壊滅させた“怪物”だ!」
「だろうな! 目も赤いし、間違いなくエラーコードだ!」
しかし、ゼロタワーの結界で阻まれている以上、一先ず安全だ。少し様子を見てもいいだろう。
なんて俺が舐めた態度を取っていたら、モンスターが突如、倒れているフォルトレットに噛みついた。
「うわ」
ティラノサウルスみたいに裂けた口で彼の頭部にかぶりつき、鈍い音を立てて引き千切った。
「え……なんで? 主人だったんじゃないの?」
目を逸らしながらも、ちらちら様子を窺うと、モンスターは床に飛び散った血まで綺麗さっぱり食べていた。
「ゴフッ」
主を喰ったモンスターはゲップして、ラヴィニアの方に体を向ける。赤い瞳の中の、さらに赤みの強い瞳孔が開いた。
「シュゥゥゥー」
しばらく蒸気みたいな息を吐き、ギョロリと眼球を一度左右に揺らした。
そして、顔を真横に向けて口を大きく開けた。モンスターの目が光り、口元に光が集まっていく。魔法陣は、組む素振りすら見せない。
城から三時の方向。そっちにはタワーの一つがある。ゼロタワーの結界に気づいたようだ。
ここからタワーを壊す気か? 数キロは優に離れてるぞ? それに、あれはラヴィニアの空間魔法でやっと尖端を壊せるようなかなり頑丈な作りの建造物だ。そんな簡単に壊せるはず──
なんて頭で考えつつも、我ながらフラグだと思った。フラグは例外なく回収されてしまう。
モンスターは口から超特大レーザーを放った。火山の大噴火みたいな凄まじい音と威力が空気を伝ってくる。案の定、城の壁は容易く焼かれ、貫かれる。
「わっ!?」
すると、モンスターは前肢の爪を床に喰い込ませ、あろうことかビームを放ったまま、こちらにゆっくり顔を向けてきたのである。
光線は跳ね返らない。たぶん、三時の方向にあるタワーが壊された。残りのタワーも全部破壊して、俺たちに光線を当てるつもりだろう。力業にもほどがある。
無差別かつ無慈悲の光束が、俺たちに襲い掛かろうとした瞬間、ラヴィニアが空間魔法を発動した。
「一旦退くぞ!」
彼女と共に、城の外に移動した。城壁の上だ。街を見渡せる。
振り返ると、城の中心辺りから光線が放たれていた。耳をつんざくような高音を響かせて、光線はどこまでも伸びていき、地平線の彼方を横切っていく。
「や、やばすぎる……どうすんだ、ラヴィニア!?」
「問題ない! 奴が出てくるのは想定内だ! しかし、何て奴だ……フォルトレットめ! 助からないと分かって、やけを起こしたな!?」
すると、傍にラヴィニアの部下二人が瞬間移動してきた。ガートルードとファルジュだ。二人とも傷だらけだが、何とか生きているらしい。悪いけど、絶対死ぬと思ってた。
「ラヴィニア様……!?」
「相当、派手にやりあったようだな」
「も……申し訳ございません。マジックギルドの連中を甘く見ていたようです。足止めが精一杯でした」
「十分だ。おかげであの男は始末できたからな」
「まさか……フォルトレットを!?」
「ああ、奴は死んだ。しかし、まだあれがいる」
壁の崩落した主塔から、黒い巨体が現れる。
ゴリラが歩いてくるような、のそのそとした動きを見て、ファルジュが戦慄する。
「怪物……」
「モンスターって言うらしいぞ」
「お、なんだムギ? てめぇ元気そうだな? ラヴィニア様も俺たちもボロボロだってのに」
「そんなことねぇよ。俺だって頭の中はボロボロだ。フォルトレットの話が突拍子も無さ過ぎてな」
「ああ?」
モンスターは上からキョロキョロと視線を動かしている。
一応、身を屈める。他三名も腰を下ろし、ガートルードが各々に回復魔法をかけ始め、ラヴィニアは一息つく。
「その話は後だ。とにかくモンスターをどうにかするぞ」
「どうにかって、どうやって?」
「炎魔法と空間魔法を織り交ぜた合成魔法を使う。あいつを屠るためだけに練習してきた奥の手だ。だが、これまでに魔力を使いすぎてしまった。しばらく隠密して態勢を──」
その瞬間、紫の電光のようなものが降って来て、それをファルジュが払いのけるように防御した。モンスターではない。城壁の下の方から声がした。
「ケッ! 何逃げてんだ、魔族どもぉ!? 戦いは終わってねぇだろぉ!」
下を覗くと、マジックギルドのモヒカン男がいた。両手斧みたいなデカい杖を両手で構えている。
すると、あのお兄さん魔法使いがモンスターを見てほくそ笑む。
「殿下が遂に本気を出したんだ! あの怪物がいるなら百人力だぞ!」
彼らが杖を向けてくる。モンスターもこちらに気づいた。だが、そいつの視線は俺たちに向いていない。それよりも下。ギルドの連中に向いている。瞳孔が開き、赤く光り出す。
途轍もなく嫌な予感がした。
「おい、魔法使い共! 気をつけろ!」
「あれ? 君は確かラヴィニアに攫われた……生きていたのか?」
「そんなんいいから! 向こう見ろ! 狙われてるぞっ!」
「何言って……? え……えっ!?」
怪物から再び光線が放たれる。すかさず力士の魔法使いがしこを踏み、勢いよく突っ張りをした。
「どすこぉぉい!!」
何あいつふざけてんの? 面白くないよ?
しかし、彼の突っ張りの威力は凄まじく、モンスターの光線をいともたやすく消滅させた。たぶん魔法で強化している。
「おぉ、ふざけてなかった」
ラヴィニアに目くじらを立てられる。
「ムギ、おまえどっちの味方だ?」
「あ……いや、別に俺ギルドの人達とは敵対してないし」
すると、髭モジャの爺さんが木製の杖を持ち直し、状況に困惑する。
「どういうことじゃ……? なぜ怪物がわしらを襲う?」
お兄さんの取り巻き、ミニスカ女が前に出て呼びかける。
「フォルトレット様っ! 私たちはマジックギルドです! 怪物の攻撃を止めてくださいっ!」
彼女の届かぬ願いをラヴィニアが鼻で笑った。立ち上がって冷たい目で彼らを見下ろす。
「言っても無駄だ。奴は死んだ。怪物は今、何者の制御も受けていない」
「は? フォルトレット様があんたみたいな魔族にやられるわけ──」
玉座の間にいたはずのモンスターが消えた。城の向こう側から咆哮が聞こえてくる。
「──ギュァァアア!!」
城のエントランスを貫いて、光線がこちらに飛んできた。
すかさず爺さんが魔法を発動し、半透明の巨大な盾を作って何とか防御する。
「ぐっ、これは本当に! ラヴィニアの言う通りかもしれんぞっ!」
緑の盾が光線を弾き、ギルドの連中を守り切る。
だが、光線の軌道が横にずれていって、城壁を貫き、塔を砕き、中庭を焼き、城の一階も全て破壊し尽くされる。
しばらくして光線が停止するが、城からミシミシと軋むような音が聞こえてきた。
「まずいのぉ……」
しまいに、城の向こう側で爆発音がした。
突風と衝撃波を感じ、次の瞬間には、城そのものが倒れてきた。俺たちの前方および頭上から黒い塊が迫ってきて、星空も容易く遮られる。
ガートルードが震えた手つきで魔法を発動しようとするが、それをラヴィニアが制止する。
「防御は不可能だ……! 回避するぞ!」
ラヴィニアがまた空間魔法を発動した。
移動先は赤レンガの街路……いや、少し傾斜がある。屋根だ。しかも、ホテルか何かの割と大きな建物の上らしい。向かいにある時計塔の文字盤がよく見える。
そして、城の崩落する音が夜の街に響いた。
大地を叩き割るような、身を揺るがす衝撃だった。
息を切らしたラヴィニアが、赤レンガの一つに描かれた渦巻き印を撫でる。
「逃走経路をいくつか用意しといて正解だったな……」
城のあった場所……ここから数百メートル先には、夥しい量の砂塵が舞い、炎も上がっている。
街の者達もこの異常事態に気づき騒ぎ出す。
「な、なんだ今の音……!?」
「ちょっと!? お城燃えてない!?」
「逃げた方がいいんじゃないか!? きっとレジスタンスだよ! レジスタンスにやられたんだ!」
その時、城の方で何かが打ち上がった。白く発光する何かが、花火みたいに天へと昇っている。そして、肉眼でも分かるくらい、火球は徐々に膨張していた。
「ガートルード! 加護魔法を使え!」
「承知しました!」
「くっ、怪物め……あいつ、以前より明らかに攻撃性が増しているぞ。それともあれが本来の力なのか? フォルトレットがいなくなって枷が外れたみたいだ……」
空高く上がった火球は爆発し、無数の流星群となって、街全体に降り注いできた。
それにしてもモンスターの狙いが分からない。
ラヴィニアが言うように、本当にフォルトレットがやけを起こして、意味もなくモンスターを暴れさせているだけなのか。それとも──