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【4】俺の十字架

 小春空中学三年一組。出席番号四番。『神白雄介』のスキルは『餓鬼大将(ビッグジー)』……自分より弱いものを支配し、子分にできる。


 バカみたいな名前な上、完全に悪役の能力だが、とにかくこれは使えるだろう。


 どういうわけか知らないが、ここら一帯には多種多様な動物がいる。

 牛とかそういう大型動物は絶対俺より強いし、スキルの対象にはできないだろうが、小動物ならなんとか──


 なんて思ったのも束の間、上空に無数の魔法陣が出現した。


「え? あ、ちょ──へへっ! えっとね、降参でっ!!」


 こうなってくると話は変わる。

 俺は鞄を投げ捨て走り出した。だって死んじゃうから。動物を操って味方につける前に死んじゃうから。


「うおっ!?」


 進行方向に雷が落ちてきた。大した威力ではなかったが、すぐさま逃走ルートを変える。

 落雷は連続して起こり、地を焦がし、風を切り、動物達は騒ぎ出す。

 しかし、そのどれもが俺に直撃することはなかった。避けているわけではない。向こうがわざと当たらないように落としているみたいだ。


「ハァハァ! くそっ!」


 振り向いて女の方を見ると、そいつは悪魔みたいな笑みを浮かべていた。

 圧倒的強者による余裕の表情……それを目の当たりにして心の底から怒りを覚えた。


「遊んでやがる……」


 同時に俺はあることに気づく。

 上空にある魔法陣のうち、明らかに一つだけ扇風機みたいに向きを変えて、追尾しているものがあるのだ。ただ他の魔法陣と模様は全く同じだ。いや、魔法陣を読む技術なんてないけれど、それだけ特別な魔法とは思えなかった。


「あれも雷を落とすのか」


 予想だが、あれだけは俺を仕留めるための魔法陣なんだ。他のは全部ダミー。おちょくるための落雷。


「おちょくる……?」


 待て。そんなことするか? さっきはいきなり剣を心臓に突き刺そうとしたんだぞ? それほどの殺意を持った奴が、突然そんなお遊びをするだろうか?


「違う……誘導だ。動物のいないところへ俺を誘導しているんだ!」


 人間を殺せるほどの落雷を起こせば、周辺にいる動物にも被害が及ぶ可能性がある。加えて俺の、ていうか神白のスキルを知ったあいつは、俺を動物たちから遠ざけようとしている。


「てことは……とどめの雷が落ちてくるのは、周囲に動物がいなくなった瞬間だ!」


 そして、俺の行く先を追尾していた魔法陣が光り、落雷が発生した。

 だが、タイミングを完全に読んでいた俺はすんでのところで躱すことに成功する。


「んぐっ!?」


 ただあまりの爆風に晒され、岩場に背骨を強打する。


「う!」


 い、痛すぎる。感じたことのない痛みだ。せっかく直撃を免れたのに、これじゃあ痛すぎて死ぬ。

 だが、さっきまで余裕ぶっていた女の表情に動揺が垣間見えた。

 出し抜いたとまでは言わないが、一先ず、ざまぁみろ。


「……」


 女はすぐ気を取り直した様子で、再び魔法陣を展開した。


「な、なんだよもう! 魔力切れとかないのかよっ!?」


 分かんないけど、あいつ……この異世界で最強格の存在なんじゃないか? あーあ無理だ。死ぬ。今度こそ本当に──


「……くぅぅん」


 背中を打った岩の影から動物の声が聞こえた。視線を向けるとそこにはラブラドールの子供がいた。

 薄黄色の綺麗な毛色の子だった。そして男の子。近くに親犬はいない。今の騒ぎではぐれてしまったのだろうか。


 上空の魔法陣は高音を響かせており、今にも発動しそうだ。どうやら女は子犬に気づいてないらしい。

 

 怯えて動けなくなっている子犬を見て、俺はカードをしまった。

 この子を子分にしても仕様がない。何よりこれから落ちてくる雷に巻き込んでしまうかもしれない。


「……ジョン吉」


 かつて飼っていた犬の名を口にし、名の知らぬ子犬に手を伸ばす。


「ごめんね。ちょっと乱暴かもしれないけど」

 

 指が食い込まないよう手のひらで優しく包み込むように、なおかつ力強く彼の首ねっこをつまみ上げる。歯を食いしばり背中の激痛に耐えながら、子犬をできるだけ遠くへと投げた。

 上空の魔法陣が発動されるが、投げ飛ばされた犬を見て、女はすぐさま魔法陣に手をかざす。すると、落雷は急激に捻じ曲がり、空中を横に走って消えた。


「このっ! 危ねぇことしやがって。クソ女ッ!」

「……」


 よろめきながら立ち上がり、女を睨みつけた。

 昔の苦い思い出が脳裏をよぎり、痛みも恐怖も全てどうでもよくなってくる。


「俺はな……犬が酷い目に遭うのが大大大っ嫌いなんだ! わけわからんゲームに参加させられることより……仲間外れにされることより……殺されることより遥かになぁぁ! ましてやそれが子犬となったら尚更ッ!」

 

 おいなんだあの女マジで! ちょっと美人だからって調子乗ってんのか?

 そんな奴に、何も悪くないワンちゃんがなんで心臓バクバクさせながら縮こまらなきゃいけねぇんだよ!?

 もういい! 死んでもいいから、あいつをこれでもかと言うほど嫌な気持ちにさせてやる!


「うぉおおおお!!」

 

 絶叫しながら、俺はズボンを下ろした。

 いつしか母さんが買ってきた黒のボクサーパンツを露わにし、両の目を限界まで開きながら、有名ラーメン店の大将の如く両手を組んで仁王立ちする。

 

 思えば、俺は職員室に行きたかっただけの転校生。

 朝食にトースト、ベーコンエッグ、アロエヨーグルトをしっかり胃にぶち込んだ。

 安物だが、ちゃんと歯磨き粉を使って歯も磨いたし、半年しか着ねぇ制服のサイズもピッタリだ!


「だから俺は逃げねぇ! 堂々と! 真っ向から! おまえを睨みつけてやる! 後ろめたいことなどッ! これっぽっちも無いのだぁぁ!!」


 そして、ボクサーパンツに手をかける。

 

「おらおら性器出すぞ!? 殺すか!? だが殺したらどうなるか分かってるよな!? おまえは今後ッ、性器丸出しの無防備な少年を殺した、という不名誉な十字架を背負って生きていくことになるんだ!」

「……!?」


 言葉は通じていないだろうから、きっと彼女は俺の行動についてこれていないだろう。さりとて構わない。奴が嫌な気持ちにさえなれば、それだけで俺は逝けるしイケる。


「喰らえ俺の十字架ぁぁああああ!」


 喉がいかれるほど叫び、パンツを勢いよく下ろした──


 がしかし、ブツが曝け出されるより早く、女が一瞬で俺との距離を詰めてきた。

 そして、彼女は手元に魔法陣を出したのだった。


「んぬぬ……!?」


 突然耐え難い睡魔に襲われ、為す術もなく倒れてしまう。

 半ケツが異界の風に撫でられ、その感覚を最後に意識が遠のく。


 そうして、今まで味わったことのないような心地のいい眠りへと誘われるのであった──

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