【39】魔法使いフォルトレット
ラヴィニアと今度は……庭園みたいなところに移動した? フォルトレットがいるらしい、玉座は見当たらない。
外は大分暗くなっていたが城壁の向こうから街の明かりが溢れている。おかげで、陶磁器の柄みたいに美しい植木や、周囲の薔薇と調和した白いベンチまで、視認するのにそう時間はかからなかった。
「先日の襲撃時、城の至る所に印をつけておいたが、玉座の間はノータッチだった。さすがに警備が厳重すぎてな」
「……じゃあどうすんの?」
周りに人の気配はないが、一応小声で話す。
「そうだな。あの銃を利用させてもらおうか」
ラヴィニアは空中に組んだ魔法陣に手を突っ込み、魔法銃を取り出した。
「玉座の間は、城の三階から五階までを吹き抜けにした広間だ……大体あの辺にある」
「射撃すんの?」
「いや投げる」
「え?」
目線で階数を数えつつ、ラヴィニアは懐から羽ペンを出し、銃の持ち手に渦巻きを描く。
そうして、彼女は大きく振りかぶり、魔法銃を投擲した。魔法で身体強化でもしてたのか、銃は容易に城まで飛距離を伸ばし、狙い通りの階層を貫いた。
「ち、違うぞ、ラヴィニア。銃ってそう使うんじゃ──」
「こっちのほうが簡単だ!」
ラヴィニアはすかさず空間魔法を発動する。
テレポートという夢の移動方法にも随分と慣れたものだ。
「──来たか」
移動の完了と同時に、男性の声がした。
「一人だけ高みの見物か、フォルトレット?」
床に落ちた銃を拾って魔法陣にしまいながら、ラヴィニアが視線の先にいる彼に返答する。
黄金の玉座は、巨人が腰を据えるかのような大きさで、背もたれの高さも五メートルは下らないほどだった。黒い大理石でできた数段の階段の先に玉座があるが、フォルトレットはそこに座らず、肘掛けの方に腰かけていた。呑気に赤ワインなんかも嗜んでいる。
「私の分身たちはどうだった? なかなかの精度だったろう?」
「下らないペテンだな」
「おいおい。一応、君のお爺さんが最期に使っていたものだぞ? 君やその配下を逃がすために使った分身魔法。この私ですら気づくのに遅れて、結局君たちを取り逃がしてしまった」
「……」
「まぁ連発はできないし、自身やそれより魔力量の多い者は分身させられない。発展途上なのは認めよう。しかし、そのペテンの甲斐あって、不可避とも言える君らの攻撃をすかせた。十分な成果だ」
二人が話している隙に、俺は潜伏を試みる。属性弾が貫いたステンドグラスの破片を踏まないよう、恐る恐る足を踏み出していく。
玉座の間は先ほどの競売会場よりも幾分か広く、全体的に金、黒、白で統一され、床や壁にも若干光沢があった。テレビで見たどっかの大聖堂みたいに天井は高く、両サイドに四本ずつある柱は大木のようである。
圧巻の建築様式に息を呑む。写真撮ってSNSに上げたい。無名の俺でも余裕で万バズ出来るだろう……って、そうじゃない。それよりもフォルトレットだ。俺はあいつに近づかければならない。
すると、ラヴィニアが突然手をかざし、赤い魔法陣から無数の火の粉を射出した。
だが、聞いていた通り、フォルトレットに魔法は届かず全て弾かれてしまう。
「やはり常時発動しているな……」
反射の瞬間、彼から半径約一メートルを境に、ぼんやりと蜃気楼的なものが発生した。あれが『リフレクト』か。
フォルトレットは立ち上がり、床に飛んだ火の粉を何度か踏んでかき消した。
「魔王軍は誰一人として私の『リフレクト』を看破できなかった。あの初代魔王や二代目魔王ですら、私に傷一つつけられていない」
「……」
「君もかなり空間魔法の腕を磨いたようだが、見たところ良くて三等級。初代のそれには遠く及ばない。君如きに私を討てるとは思えないな」
「なら、試してみるか?」
再度、ラヴィニアは炎魔法を連射した。機関銃のような砲火であったが、フォルトレットには当たらない。
「浅慮だな。私の魔力が切れるまで攻撃するつもりか。誰もが最初に思いつく対策だ」
違う。これは陽動だ。俺がフォルトレットに接近するための陽動。
しかも、ラヴィニアはわざと片側に寄せて魔法を放っている。これなら俺のいる方向から近づいても、火の粉の巻き添えを食わない。紛れもなくこれは最大のチャンスだ。よし、フォルトレットが気を取られているうちに──
「ところで、いつの間にレジスタンス側に与したんだ……麦嶋勇?」
柱から出た足が止まった。フォルトレットは完全に俺の方を見ている。しかも、名前までバレている。
「ラヴィニアから怪物のことを聞いたな? それで私を敵と判断し、彼女と手を組んだ……そうだろう?」
「……」
「確かに転移者である君に魔力は無いし、『リフレクト』も無視できるだろう。加えて透明化までしたら感知は至難だ。だが、周辺の魔力を微弱なものまでくまなく感知し、全く反応の無い場所を見つければ、消去法で自ずと位置は特定できる」
ラヴィニアが目を丸くし、魔法を中断する。
「微弱なものまで全て……だと? そんなことできるわけ──」
「できるさ。私は常に、君の想像の数段上にいる」
「何……」
残ったワインを飲み干して、彼は一息つく。肘掛けにグラスを静かに置き、話を続けた。
「君たち魔族はいつもそうだな。浅はかで、乱暴で、何より美しくない。君たちの魔法を見る度、私は心底うんざりさせられる」
フォルトレットはゆっくりと数段の階段を降りてくる。
「かつて、私は魔族に故郷を焼かれた。あれは本当に目も当てられない醜悪さだったな」
「ふん、結局おまえも復讐か」
「い~や? いやいやいやいや、そうではない。だから、浅慮だと言うのだ君は」
「は?」
「魔法とはこの世で最も美しい技術体系だ。ゆえに美しく扱って然るべきであり、ただ火力を上げて押し切るとか、広範囲に影響を及ぼして焼き払うとか、そんなものは魔法への冒涜だ。少なくとも私はそう考えている。魔法はもっと美的に知的に研鑽すべき技術なのだ」
フォルトレットは立ち止まり、俺にも言葉を発してくる。
「私の国は綺麗だろう? 君もそれを感じたはずだ。街の景観は侵略以前と大差無いが、修繕をほぼ施していないのが自慢だ。意図的に破壊行為を控えたからな。これが魔法の素晴らしさだ。ただ街を蹂躙したければ、火矢でも適当に放てばいい。しかし、私は魔法使い。侵略もスマートだ。それを証明し、世に知らしめるため、私は魔界を落としたんだ」
「……」
「故郷を焼かれたあの日、殺された家族よりも、魔族への憎しみよりも……そのことが私の思考を埋め尽くした。私ならもっと上手くできるのにってな」
あまりに荒唐無稽な彼の話に、俺は言葉を失った。
ラヴィニアも戦慄している様子だったが、絞り出すように声を出す。計り知れない怒りと恐怖に震えるような、か細い声だった。
「そんな……そんなことで……」
「そんなことと揶揄するのは勝手だが、君が魔族を慮るように、私にとっては揺るぎなき信条に他ならない。そこで衝突が生まれるのは致し方ないのかもな。私は一向に構わないが」
「このっ……フォルトレットォォ!!」
激高したラヴィニアはムキになって炎属性の魔法を連発し始めた。
「落ち着け、ラヴィニア!」
「黙れっ! こいつは殺す! 殺さなきゃいけないんだっ!」
すると、フォルトレットが急に動き出し、『リフレクト』を使わずにラヴィニアの集中砲火をわざわざ躱した。そして、彼が灰色の魔法陣を向けた次の瞬間、彼女の脇腹が吹っ飛んだ。
「んぐっ……!?」
魔法が強制終了され、彼女は大量に出血しながらその場にうずくまる。
「ふぅ……私の空間魔法は君より高等級だ。印をつけてテレポートだとか、そんな煩雑でつまらない能力ではない。空間をくっつけて移動したり、削って攻撃に利用したりと、より汎用性の高い能力に昇華させている。まだまだ魔力消費は馬鹿にできないが、その辺は要努力だな……おっといけない。私としたことが」
ラヴィニアの傷が塞がっていった。自分で回復したのかと思ったが彼女は何もしていない。フォルトレットが手に魔法陣を出している。そして、血が止まるなり、彼はテレポートし彼女を蹴り飛ばした。
「あぁぁ!」
明らかに魔法で身体能力を向上させている強烈な蹴りをもろにくらい、彼女は奥の柱へ体を強打した。
一方、フォルトレットは血の付いた床に何らかの魔法をかけている。
「汚してしまった。今の魔法は下手だった……」
みるみるうちに、血が蒸発するように無くなっていく。
また、ラヴィニアが大ダメージを受けた影響か、俺の透明化も解けてしまう。
「ん? あぁ、麦嶋か。四日ぶりだな」
「……」
ラヴィニアはまだ生きているようだが、もう完全に折れてしまっている。柱に寄っかかるような姿勢で床に座り、肩で呼吸しながら呆然と涙を流していた。
無理もない。先ほどの空間魔法は、まさに彼女とフォルトレットとの力量差を表すものだった。もはや彼女の力だけでは、フォルトレットに有効打を与えることは不可能だろう。
「……いつ俺が異世界人だって気づいた?」
「まぁ、ちょうど先ほどな」
「そうか。やっぱり、ヴェノムギアの関係者だったんだな? まさか本人じゃないよな?」
「無論だ。私はあの方のしもべに過ぎない」
「あっそ」
フォルトレットがラヴィニアを横目で見ながら、こちらに手をかざす。
「さてと、ラヴィニアは後で拷問にかけるとして……麦嶋、君は今ここで始末する」
「……」
「空間魔法はとても繊細だ。下手に動けば楽に逝かせられない。それは美しくないからな。じっとしてい──」
「ラヴィニア! まだ意識あるだろ? 作戦変更すっぞ!」
「……おい、聞いているのか?」
「聞いてるよ。動くなってんだろ? ふん、嫌で~す! めっちゃくちゃ動きま~す!」
何度か軽くジャンプして体を慣らす。
「今からおまえを殴れるだけ殴る。気ぃ失う前に降参しろよ? じゃないと、ヴェノムギアのこと聞けないからなぁ。こっから先は麦嶋作戦! 俺プロデュースだぜっ!」