【37】信念
建国記念パーティー当日。巨大な鍾乳洞のアジトにて、俺とラヴィニアはフォルトレット討伐作戦の最終確認をしていた。
「……今更言うのも何だが、よくもまぁこんなこと思いつくな」
「でも俺のは最終手段だから。基本的にはラヴィニアの作戦でいこうぜ。俺がフォルトレットに近づいて『リフレクト』を突破する作戦」
「ああ。分かった」
「そうだ。魔法銃預かってよ。俺が持ってたらせっかくの魔力ゼロが活かせなくなる」
「それもそうだな」
ラヴィニアに渡った魔法銃は、彼女の手に展開された灰色の魔法陣の中に沈んで消えた。
「ところで、おまえは奴を捕縛して情報を引き出したいんだったな?」
「できれば。あんま物騒なことしたくないし。でも、あいつの正体がヴェノムギアなら話は別だ。やっちゃおうぜ!」
「ヴェノムギア……か。前に話を聞かせてもらったが、ロワイアルゲームとか異世界転移とか、突拍子も無さすぎて、未だに信じ切れていない」
「それはもう信じてくれ。話進まないから」
ちなみに、エリーゼのことは話していない。ただでさえリアリティの無い話なのに、女神まで出したらついてこれない気がした。エリーゼはあくまで俺が偶然出会ったスーパー魔法使い、ということになっている。
「さて、ファルジュとガートルードの準備が整い次第、私とおまえで城に乗り込む。覚悟はいいか?」
「いいよ」
「……」
ラヴィニアは不服そうな表情を浮かべ、脇腹を小突いてきた。
「えぇっ!?」
「何だその腑抜けた返事は? 相手はフォルトレットだぞ? 最悪、殺されるかもしれないんだぞ?」
「でも、俺は潜伏しながらあの人に接近すればいいんでしょ? それに、エリーゼと合流できれば勝ち確みたいなもんだし! 平気平気!」
ところで、あいつ今何してるんだろ。俺のこと探してるかな。それとも普通に見捨てられたか。だとしたら、ショックだな。俺的には結構仲良くなったと思ってるんだけど、向こうは全然そうじゃなかったりして。
すると、ラヴィニアは俯いて、右手で自身の左腕を強く握りしめた。
「おかしな奴だな。おまえはまるで何の迷いもないみたいだ。自らの信じた道を、臆せず突き進める強さと危うさがある。頭が空っぽなだけかもしれないが」
「空っぽじゃねぇよ……たぶん」
「普通は、異世界転移なんてしたらもっと動揺するだろう? 私たち魔族に捕まって即脱獄を決行し、反撃までしてきた奴も初めてだ。あまつさえ、最終的にはそっちから協力を持ちかけてきたじゃないか?」
「……」
「なぜ恐怖しない? なぜ迷わない? 何なんだおまえ? 常時やけくそなのか?」
「何だ、常時やけくそって。違うわ」
ラヴィニアの腕が小刻みに震え始める。
「私は……恐いぞ。フォルトレットに魔界を蹂躙されたあの日からずっと恐れ、迷っている。闇に覆われた森を彷徨うような毎日だ」
「はあ」
「私のお爺様はな、最期に人間を恨むなと言ったんだ。だけど、やはり私は人間が憎い。フォルトレットを殺したい。結局、憎しみに身を任せてここまで来てしまったが、自分のやってきたことが正しいのか、お爺様がなぜ人間を恨むなと言ったのか……全く分からないんだ」
気づけば、ラヴィニアは普通の女の子に見えた。魔界を統べてきた種族の一人とは思えないほど、彼女は小さく、言葉は弱々しい。
だがしかし、同情する気には一切なれない。
「知るかよ。てか、ちょっと無責任なんじゃない? たくさんの人を殺めて、酷い仕打ちもしてきたんだろ? この期に及んでそれはないな」
俺の厳しい非難に、彼女は口を噤む。
可哀想とは思わないが、大人気なかったような気もした。
「……エリーゼが言ってたぜ。人間も魔族も目くそ鼻くそだって。要は同じなんだよ。だから、仲良くすべきなんだ。お爺さんはそういうことを伝えたかったんじゃないの?」
「魔族と人間が同じだと? ふざけるな、そんな適当なこと──」
「あー待て待て。俺、数日前に転移してきたばっかだぜ? そんな国際問題的なこと聞くなよ!」
「……」
震えこそ収まりつつあったが、ラヴィニアは押し黙ってしまった。
なんて言葉をかければ、彼女を励ませただろう。そもそも励ます必要があるのだろうか。さっきは、人間も魔族も同じだとか言ったが、俺は結局どこまでいっても部外者だ。ましてや、故郷を奪われた彼女の気持ちなど想像すらできない。
「ラヴィニア様。お待たせして申し訳ございません」
エルフのお姉さん、ガートルードがやってきた。悪魔のファルジュも一緒だ。
「んあ~? ラヴィニア様どうかしましたぁ?」
「……いいや、何でもない」
すると、彼女は足元に灰色の魔法陣を組み始め、配下二人に呼びかける。
「おまえたちは後で呼ぶ。まずはここでの作業、任せたぞ」
「承知しました」
「はい! 仰せのままに!」
足元の魔法陣がおそらく完成した。
「ムギ、中に入れ」
「おう」
言われた通り足を踏み入れると、彼女は俺の腕を引き、耳元で囁くのだった。
「……私たちが真に分かり合うことなど、不可能なのかもしれないな」
「……」
「おかげで覚悟が決まったよ。感謝する、ムギ──」
ラヴィニアの空間魔法が発動する。
彼女の言葉は冷たく淡々としていた。落ち着いた口調でありながら、どこか吹っ切れたような強い信念も感じた。一方で、どこか悲観的にも聞こえたのは、俺の都合のいい願望だろうか。
後戻りはできない。とうに賽は投げられた。