【32】アジト
ラヴィニアがアジトと言ったその鍾乳洞はやけに広い空間で、所々に青い火の玉が漂っている。高さも学校の体育館くらいあって、長い鍾乳石から滴る雫は炎に照らされ青光りしていた。何とも幻想的な風景だ。
すると、ラヴィニアの仲間二人もフードを取り、耳の長い……たぶんエルフ族だ。長い金髪をハーフアップにしたエルフの女性が主に問いかける。
「ラヴィニア様? なぜこのような人間を?」
「こいつは戦力になる」
「彼がですか? 見たところ、そうは思えませんが……この者よりも銀髪の女の方が──」
「フォルトレットの魔法を忘れたのか、ガートルード? あいつは単純な火力でどうこうなる相手ではない。やるなら仕掛けが必要だ」
俺が戦力に? なんねぇだろ。何言ってんだこいつ。
あーあ、逃げようにもどこが出口か分かんないし、外に出たところでこのアジトがどこにあるのかも分かんない。エリーゼ、助けに来てくんないかなぁ?
ところで、あいつ大丈夫かな? 俺とはぐれて取り乱してないかな? あいつ、あれでもメンタルよわよわだし。いや、さすがに平気か。案外ケロッとしてるかも。てか、自分の心配した方がいいな。
すると、ラヴィニアのもう一人の仲間、長さの違う二本角を生やした男が、俺のベルトに挟まっていた魔法銃を取り上げる。
「なんだぁ~これぇ!?」
赤黒くてうねりのある髪と、光の無い黒目が不気味さを醸し出していて、人型ではあるが何となく悪魔とかそういう類の種族であると悟る。
「おい返せ……」
手を伸ばした瞬間、後ろから突き飛ばされ地面に押さえつけられる。
「許可なく動いてもらっては困りますね」
「うげ……」
エルフの女だ。確かガートルードとか呼ばれていた奴に、腕を後ろに回される。はずみでポケットにあったプレイヤーカードが落っこちた。
「これは?」
ガートルードは俺を押さえながらカードを取る。
「人間の顔? 何か書いてありますが読めません。何語でしょう? まぁ何だって構いません。ファルジュ、これも預かっておきなさい」
まずい。俺の切り札が!
「か、返してくれ! お願いだ! 頼む!」
「黙りなさい」
頭を地面に押し付けられる。生乾きの洗濯物みたいに、地は冷たく湿っていてちょっと臭い。
「返して……くれっ!」
「黙れと言っているのが──」
「形見なんだ……じいちゃんの!」
「形見?」
「そうだ。どちらも肌身離さず今までずっと大切にしてきた物なんだ! 俺の命よりも大切な物だ……!」
「……」
惨めったらしく懇願すると、ファルジュと呼ばれていた悪魔がカードに目をやる。
「これがおまえの祖父かぁ? なんつーか……似てないな、若いし」
「それじいちゃんが若い頃のやつだから!」
ガートルードにさらに強く押さえつけられる。
「あなた。いい加減に」
「いいだろう。返してやれ」
「ラヴィニア様……? よろしいのですか?」
「ああ。大したものでもなさそうだしな」
ガートルードがファルジュと目を合わせると、彼は銃とカードを地面に置いた。
い、いけた。駄々こねたら返してくれるんじゃね、と思ってやってみたら本当にいけた。
祖父の形見ってのが良かったな。ヴェノムギアの話だと魔王は死んでいるみたいだし、たぶんラヴィニアの同情を買えた。弱みにつけ込んでいるようで悪い気もしたが……そんなの構うもんか。馬鹿め。
ガートルードに解放され、俺はその形見二つを回収し立ち上がる。
「あ……ありがとうございます! ありがとうございます!」
涙ながらにラヴィニアへ感謝の意を述べた。
しかし、彼女は俺を一瞥しただけで返答はなく、ファルジュに命令だけする。
「牢に入れておけ。一番奥の牢だ」
「はい! 仰せのままに!」
「私は少し休む。空間魔法を使いすぎた」
空間魔法を使いすぎたって、さっきの襲撃でか? そんな使っていただろうか?
ラヴィニアとガートルードは去っていく中、俺はファルジュに腕を掴まれ反対方向へと連れ出される。彼の尖った黒い爪が腕に食い込み、ちょっと痛い。
洞窟のようなところに到着し、そこに足を踏み入れた途端、行く先に青い炎がいくつも灯った。入り口部分は大した広さではなかったが、進むにつれて道幅も広くなってくる。
「──た、助けてくれ!!」
「わぁ!?」
ちょうど道幅が学校の廊下くらいになった頃、壁側から助けを求める声がした。
「僕が悪かった! 金ならいくらでも払うし、僕にできることなら何でもする! だから妻だけでも……」
鉄格子の向こうに四畳半程度の空間があり、そこに痩せこけた男女がいる。彼らは人間だ。
女性の方は特に衰弱が酷いようで、虚ろな目で地べたに寝そべっている。しかしこれは──
「ふぁあ~うるせぇなぁ。死んでんだろ、どう見ても」
ファルジュは呑気に欠伸した。
「さっきまで息はしてたんだ! 今すぐ処置すれば──」
「処置ぃぃ? しねぇよぉ~?」
「は……? おい、ふざけんなよっ! この悪魔!」
「悪魔だがぁ?」
瞬間、男は細い鉄格子の隙間から腕を伸ばしファルジュの首を絞める。
「ゆ、許さねぇ……! おまえだけは絶対に殺してやる!」
「……」
彼の手には魔法陣があった。あれは確か、エリーゼがレストランのドアをぶっ壊した時に使っていたものと同じだ。
だが、ファルジュはそれをものともせず、普通に首を動かし彼の右手を噛み千切った。
「かっ……あがあぁぁぁ!!」
彼は絶叫し、その場にへたり込む。
一方、ファルジュは彼の指をゴリゴリと骨ごと噛み砕き、口元を血だらけにする。
「久しぶりに食うと人肉はうめぇな……あ、駄目だ。これバレたらラヴィニア様に怒られる。ぺっ!」
ガムみたいに肉を獄中に吐き捨て、ファルジュは大きな手で口元を拭いた。そして、手についた血液や肉片をその辺の壁に拭いながらまた進み出す。
「引いたか?」
「え、まぁ」
「へへへ! だけどな、ここに掴まってる奴らはどいつも、これ以上にドン引きなことを魔族にしてきたんだ。口にするのも憚られるような、最低最悪の下衆たちだぜぇ~。俺は、こいつらに虐げられた魔族の無念を晴らしているだけだ」
「……」
「おらっ、おまえの牢はもっと奥だ。それまでうるせぇのもいっけど、いちいち反応すんなよ。俺、面倒くせぇの嫌いなんだ。面倒くせぇと、嫌な気持ちになって、うぜぇってなって、どうだっていいやってなって、気づいたらその辺に死体が転がってる。でもダメなんだ。ラヴィニア様はおまえを牢に入れろと言った。だから殺しちゃダメなんだ」
こいつヤバすぎる。
道中、いくつも牢屋があり同じように人間が入れられていた。全員もれなく衰弱していて、多分死んでる人もいる。
発狂、嗚咽、悲鳴、命乞い……あらゆる絶望の声が常時こだましていたが、俺は素通りしかできなかった。
「ついたぁ~」
洞窟の突き当り。鉄格子の前でファルジュが立ち止まる。
そして、彼はその扉の錠前に手を添えた。穴の開いていない菱形の錠前で、彼が手をかざすとガチャッという音がした。
「入れや」
中へ押しやられると、低い天井に青い炎が灯った。音もなく、揺らめくこともない。異様に静かな炎だ。
扉を閉め、収容を指差し確認したファルジュは、再び錠前に手を添え施錠する。
一瞬だが、彼の手元に水蒸気のようなものが見えた。あれは魔力だ。
確か量がめちゃくちゃ多ければ視認できる、とエリーゼ塾で習った。どうやら魔力を流し込むことで施錠できるらしい。
「よぉ~し完璧! おい人間! 脱獄しようなんて考えんなよぉ!?」
「考えるわけないだろ」
「だよなぁ! てか無理だし! ギャハハハッ!」
満足したように彼はその場を去っていく。
「はぁ~あぁあ」
どっと疲れを感じ、牢の固い床に腰を下ろす。目を瞑り、深呼吸して、心を落ち着かせる。
聞いていた話と違う。エリーゼは魔王を良い奴みたいな言い方をしていたが、全然そんなことない。たぶん昔の話なんだ。
レストランでの殺し、襲撃時の無差別攻撃、拉致監禁……あまりにも非人道的で、やることなすこと目に余る。魔族だから人道も何もないだろうというツッコミは置いといて、とにかくラヴィニアを始めとするレジスタンスは行き過ぎている。情状酌量の余地もない。
目を開けて、鍵のかかった扉をぼんやり見ながら呟いた。
「……さて脱獄するか」