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【30】雹

「四日後、この城で建国五年を祝したパーティーを執り行う。毎年やっているいわば社交会のような場だが、今回は特別な催しを用意した」


 すると、大広間の扉が開き、これまた貴族風の衣装を纏った男が現れた。

 今度は五十代くらいのおじさんだったが、服の上からでも、鍛え上げられたたくましい身体を持っているのが分かった。また、癖のある白髪は昔の作曲家みたいに毛量が凄い。


「殿下。その件についてはわたくしの方から説明いたしますよ」

「ブレヒャー卿」


 おじさん貴族はこちらに歩いてくるついでに、傍にあったテーブルから骨付き肉を鷲掴みにし一噛みする。


「よぉ。マジックギルドの精鋭ども。俺のこと知ってるか? そこの君」


 知らんわ。俺に振るなよ。


「え……えっと、公国の大貴族様ですよね?」

「……」


 ブレヒャー卿と呼ばれていたし、身なりも綺麗なのでとりあえず貴族だろうと思ってそう答えたが、期待した答えではなかったらしい。おぢがしょげている。

 他の魔法使い達も呆れた様子だった。田舎者、とミニスカちゃんがボソッと言う。


「……貴族は貴族だが、ハンターギルド総責任者のほうを言ってほしかった」

「あ、あ、そうだぁ! 言われてみればハンターギルドのお偉いさん、ブレヒャー様だぁ! お会いできて光栄ですぅ! 髪伸びました?」

「これカツラ」

「カツラぁぁ……」


 ハンターギルド? マジックギルドの系列みたいなもんか。

 ブレヒャー卿は骨付き肉をまた齧り、剥き出しになった骨をしゃぶりながら話を戻す。


「……空間魔法を扱うラヴィニアを仕留めるのは至難だ。現に、うちのギルドの連中も足取りを掴めないでいる。そこで俺は考えた。罠だ」

「罠?」

「くっくっく、聞いて驚け。俺は建国記念パーティーで奴隷競売を開催することにした! 魔族奴隷の大規模競売さ!」


 彼は肉を骨ごと口に入れ、ごりごりと噛み砕く。


「うちが過去に捕らえた選り取り見取りの魔族らを、ここで競売にかけるのさ。レジスタンスは公国の重鎮暗殺に加え、魔族奴隷の救出も躍起になって行っているからな。きっと奴らは姿を現す! そこを俺たちが叩くんだ! 金儲けもできて、レジスタンスも討伐できるという一石二鳥の──」


 その時だった。

 突如エリーゼが俺を抱え、壁を殴って突き破り外へ飛び出したのである。

 

 全く持ってわけが分からなかったが、疑問はすぐに解消された。


 迎賓館の遥か上空に巨大な青い魔法陣がある。

 魔界に似合わず今日も晴天だが、その魔法陣からは雪のような無数の塊が今にも館に落ちようとしている。


 あれは雹だ。


「んあ!? なんだっ……!?」


 数秒後、雹は隕石のような途轍もない速度で迎賓館に襲い掛かり、天井や壁を貫いた。まるで土砂崩れのような勢いで迎賓館は吞まれてしまう。


 エリーゼは魔法陣の効果範囲から逃れるまで、降り注ぐ雹の中を縫うように走り抜け、一撃も被弾することなく範囲外まで避難した。


「うわぁぁ! す、すげぇ! ありがとう!」

「どういたしまして」


 だだっ広い魔王城の敷地内。庭園のような場所で、俺は降ろされる。


「たぶんレジスタンスでしょうね」

「襲撃ってこと? じゃあ、ラヴィニアが近くにいるのか?」

「どうかしら。聞いてみましょうか」

「聞く?」


 エリーゼは振り返り、城門の方に声をかける。


「ねぇ、上の魔法あんたのでしょ? 姿を現しなさい」


 こいつ、避難ついでに術者のとこに移動したのか。

 すると城門の向こう側から赤い装束の者が現れる。昨日の少女ではない。俺と同じか少し高いくらいの背丈で、角も生えていない。フードで顔はよく見えないが、両耳の部分が横にやや広がっている。


「……わたくしの魔法によく反応できましたね」


 透き通るような女性の声だった。


「ラヴィニアじゃないわね。彼女はどこ? 会わせなさい」

「ふふ……お嬢様の生存はいずれ明るみになるとは思っていましたが、随分と月日が経ってしまいましたね」

「やっぱり生きてるのね!? なら、初代と二代目は!? クロードは!? エギラは!?」


 表情を綻ばせ質問を投げかけるエリーゼに、レジスタンスの女性は身構える。


「……なんですかあなた? どうして嬉しそうなんですか?」

「そ、それはっ──」


 エリーゼは何かを察し口を噤む。

 程なくして、フォルトレットさんが姿を現した。今気づいたが、この人もたぶん空間魔法を使っている。


「──君、なかなかやるな。既に術者のところへ出向いていたか」

「へ、へへっ! 凄いですよねぇ、僕の背後霊! ところで他の皆さんは大丈夫そうですか?」

「問題ない。モヒカン男が結界魔法を張ったからな。腐ってもS級ということだろう」

「おぉ~」

 

 やるじゃん世紀末。


「A級以上ともなるとそう簡単にはやれませんね。まぁいいでしょう。既に二の矢は射っていますから──」


 瞬間、エリーゼがまた俺を脇に抱え、今度は空高く飛び跳ねた。

 それと共に、城の敷地内に魔法陣がいきなりパッと出現し、どす黒い槍が剣山のように生えてきた。


「何これ……?」

 

 安全地帯である城壁の上に跳び移り、エリーゼはそう呟いた。


「発動速度が速すぎるわ。さっきの雹もそうだけど、あれだけ巨大な魔法陣を組むにはそれ相応の時間が必要よ。どれだけ速くてもこの規模なら五秒はかかるはず。私はその千倍以上の速度でいけるけど」

「いちいちマウント取らないと死ぬの?」

「……」

「……いてっ! 急に手離すなぁ!」


 体を起こすと、フォルトレットさんがまだ地面にいるのに気づいた。しかし彼は無傷だ。

 どういうわけか彼から半径一メートル前後の範囲にある槍だけ不可思議に捻じ曲がり、妙な方向へ伸びているのである。


 すると、どこからか翼をはためかせる音がして、同じく赤い装束を着た者が、敷地外にいるレジスタンスの女性のもとへ降りてくる。

 そいつの頭には、左右で長さの違う角がフードの切れ目から伸びている。


「ああっー! なんだこいつら!? 生きてる!?」

「フォルトレットはもちろん、この場にいる方々は規格外のようです」

「かっー! いい作戦だと思ったんだがなぁ! 失敗かぁ!」


 蝙蝠みたいな黒い翼を折り畳み、男の魔族が額に手を当てたその時、背後から聞き覚えのある声が聞こえた。


「──いや成功だ。あくまでも規格外なのはここの奴らだけだからな」

「っ!?」


 振り返る寸前、顔の横から黒い剣が突き出てきて、俺の首筋にあてがわれた。

 

「全員動くな。動けばこいつを殺す。おまえもあの店主と同じ死に方はしたくないだろう?」

「は……はい」


 しかし、エリーゼだけは忠告をガン無視して振り返り、彼女に呼びかけるのだった。本当やめてほしい。


「ラヴィニアね。あなたに話が──」

「動くなと言っただろ!」


 剣が少し動いた。


「うぇぇ……エリーゼ動かないでぇ!」

「……」


 エリーゼは言うことを聞き、ラヴィニアが俺の耳元に顔を近づける。


「昨日ぶりだな?」

「そ、そうですねぇ……」

「しかし、まさかとは思ったが本当に魔力をゼロにできるんだな? これはいい。実にいいぞ」

「あ……ありがとうございますぅ」


 何が?


 ラヴィニアは嬉々とした声色で殿下の名を呼んだ。


「フォルトレット。次だ。次会う時におまえを殺す」

「……」

「じゃあな」


 彼女が足元に魔法陣を出した。俺も範囲内に入っている。

 邪魔になるかと思い、一歩前に出ようとしたら、彼女に服を掴まれ止められる。


「おまえも来い。人間」

「はぁぁ!? どこに!? やだぁぁぁ!」


 エリーゼがすぐ手を伸ばし助けようとしてくれたが、ほんの一瞬だけ間に合わず、目の前の景色がパッと変わった。


 やばい。瞬間移動したんだ。こんな簡単に発動するのか。最悪だ。しかも、移動したのは俺だけ。エリーゼもフォルトレットさんもいない。


「あぁ嘘だろ……」


 移動先は薄暗くて湿っぽい鍾乳洞だった。

 

 一瞬遅れて、配下二人も瞬間移動してきて、ラヴィニアが剣を納める。

 そして、彼女は俺の前に回り込んできて、装束のフードを取るのだった。


「ようこそ。我がアジトへ」


 肩下まで伸びたやや癖のある赤髪がふわっと現れ、クリッとした藍色の瞳と目が合う。フードを被っていた時から山羊みたいな二本角を見ていたが、実はその下にも小さい角が一本ずつあって、彼女は四本角であると気づく。


 こいつが魔王一族の生き残り。ラヴィニア・ゼロ・セリーヌか──

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