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【26】ろくでなしオンパレード

 公国領の際。街の外れにある森林地帯にて、温かい朝日を背に受けながら俺は渓流で顔を洗う。水はひんやり冷たいが、指が悴むほどではない。

 キラキラと輝く水面に、無造作でだらしない髪型をした冴えない男子が映っていた。見ようによっては流行りのマッシュと言えないこともない。

 手櫛で整えてみる。変な感じになった。


「……帰りてぇ」


 魚たちがせせらぎの中を泳ぎ、苔むした巨岩にはつがいの野鳥が休息している。


「おはようムギ。洞窟の寝心地はどうだった?」


 林の方から美女がやって来た。エリーゼだ。


「おはよう。最悪だったに決まってるだろ」

「寒くはなかったでしょ? 結界張ってあげたんだから。熟睡できた?」

「あのね、エリーゼちゃん? 地面って固いんだよ~? 熟睡なんてできっこないよね~?」

「へぇ」


 心底どうでもよさそうに、彼女は屈み、足元を横切っていたサワガニを見つめた。


「それで、俺が寝てる間に何か情報は……ん? おまえ手から血出てない? 出てるよな!? ぽたぽたぽたぽた! 大丈夫かよ!?」

「あー平気よ。わざとやってるの」

「わざと?」

「じきに分かるわ」

「はあ?」


 エリーゼは魔法で指を治療し止血する。


「それで手がかりの件だけど、残念ながらレジスタンスに繋がる情報は得られなかったわね」

「……まぁ、そう簡単に見つかるわけないな」

「ただ彼女ら、公国の重鎮たちを暗殺しまくってるそうよ」

「暗殺か……物騒だなぁ」


 エリーゼは近くの岩に腰を下ろし、呑気に口笛を吹き始めた。すると、瑠璃色の小鳥が寄って来て、彼女の肩に止まった。


「ただ公国も馬鹿じゃないわ。既に対抗策も打っている」

「どんな?」

「“マジックギルド”とかいう魔法使いの組合に、レジスタンスの討伐依頼を要請したらしいわ。何でもこの国の王が、ギルド長も兼任してるって話よ。リーダー直々の依頼って事ね」


 マジックギルド……よくある冒険者ギルドの魔法使い版だろうか。昨日俺に突っかかってきた連中も、ギルドの人間だろう。彼らの自信っぷりから伺えるに、それなりの団体だという事は想像に難くない。


 肩に止まった鳥の頭をエリーゼが指先で優しく撫でる。


「そして今日、その依頼主である公王と、依頼を受領したギルドの奴らが旧魔王城で会合する」

「ふ~ん」

「というわけで、私たちも行きましょう」

「あぁ……ん? なんて?」

「私たちも行くの。会合に」


 鳥を空へと放し、彼女は左の袖に右手を突っ込んだ。何やら花の形をした緑色のバッジを二つ取り出す。形状は、ドラマで見た検察官バッジに酷似している。


「これ、マジックギルドの一員である証。あなたにも一個あげる」

「待て。いつから俺たちはマジックギルドの人間になった?」

「これをつけた瞬間、私たちもギルドの一員だけど?」

「そういうことじゃねぇ! どっから持ってきたそんなもん!?」


 エリーゼは目を逸らし、何でもない事かのようにほざく。


「さっきギルドの人達から借りたの」

「借りた~?」

「この国では強い魔法使いほど優遇されるのよ。だからちょっとこう……ボコボコってね」

「カツアゲじゃねぇかっ!?」

「違うわよっ! 後で返すって約束したもの! ほら、つけてあげるわ!」

「やめろぉ! 共犯にさせるなぁ!」


 彼女は立ち上がり、半ば胸ぐらを掴む勢いで、バッジをつけようとしてくる。細い腕からは想像もできないような凄まじいパワーだった。


「……はいっ! オッケー!」

「こ、このぉ」

「これで私たちもれっきとしたマジックギルドの一員よ!」

 

 彼女は自身の襟にもバッジのピンを通す。


 まぁ、レジスタンスを追っている奴らに近づけば情報共有できるだろうし、案外良い作戦かもな。それに、俺だって神白からプレイヤーカードを盗んでいる身だ。彼女の蛮行にとやかく言う権利はない気がする。

 だが、それでも一応苦言を呈した。


「全く。俺はさっさとこんな危ない街から出て、(すもも)ちゃんたちを探すなり、ヴェノムギアをしばくなりしたいのにな」

「昨日手伝ってくれるって言ったじゃない」

「言ったけどさぁ……」

「何よ、もっとテンション上げなさいよ! せっかくこの機会に、私が魔法を教えてあげようと──」


 その言葉を耳にし、俺はエリーゼに迫る。


「え!? 魔法教えてくれんの!?」

「離れなさい。暑苦しい」

「っしゃああああ! 待ってました! これこれぇ! これこそ俺の求める異世界──」

「離れろって言ってんでしょ!」

「ぎゃ!?」

 

 押された。川に。

 水に仰向けになって倒れると、その川の温度がよく分かる。

 体を起こし、開き直ってあぐらをかいた。浅瀬とはいえパンツまでびちゃびちゃである。むしろ清々しい。


「……今どき暴力系ヒロインなんて流行らないぜマジで。コンプライアンス的にもあれだし」

「定期的に意味の分からないこと言うの何なの? 気持ち悪いわ」

「うるせぇ。俺は気持ち良い。で、魔法は? 早く教えてくれよ」

「……」


 エリーゼは再び岩へと腰を下ろす。


「細かい話は省くわよ。どうせ分からないから」

「おう、頼むぜ」

「まず魔法は大きく分けて二種類ある。それが属性魔法と無属性魔法よ。それぞれどういうものか、ニュアンスで分かるかしら?」

「あー、炎とか出せるのが属性魔法で、回復とかできるのが無属性魔法……的な?」

「合ってるわ。とりあえず属性魔法のほうがとっつきやすいから、今回はそっちを教えてあげる」

「いいねぇ~」

 

 エリーゼは人差し指を出し、その先に赤い魔法陣を出す。するとそこからピンポン玉くらいの火の玉が出てきた。


「まず、七大属性について説明するわ。まずは火……で、これが水、風、土、雷、光、闇」


 次から次へと彼女は指先の魔法を切り替え、玉の属性が移ろう。それに伴って魔法陣の模様も微妙に変わった。赤、青、緑、茶、黄、白、黒と、色も属性に合ったものになっていた。


「通常、人間だろうと魔族だろうと一人一属性の適性があるの。たまに二属性扱える天才もいるわ。なんて言いつつ、魔法という概念を生み出した私は全属性使えちゃう天才を超越した神なんだけど」

「はいはい凄い凄い」

「そして、その魔法の強さを決める“等級”についてだけど……ちょうどいいわ。それは彼らで実演してあげましょうか」

「彼ら?」


 すると、林の獣道から物音がした。木々をかき分けるような音は段々と迫って来て、やがて二人の男が姿を現す。


「──あっいた! 兄貴ッ、あの女っす!」

「さぁ、鬼ごっこはおしまいだ! バッジを返してもらおうか!?」


 あーカツアゲの被害者か。

 すると、子分っぽい男……肥満体型の坊ちゃん刈りが、先の丸まった杖をこちらに向ける。


「ふん! 物取りして逃げるときゃあ、ちゃんと後ろも見た方がいいぜぃ! 逃走経路に痕跡が残ってちゃあ、こうして追手がくるだろうからなぁ!?」


 血痕か。

 エリーゼが白々しく返す。


「いや~ん。しまったわ~。私としたことが~」

「……」


 兄貴と呼ばれていた赤い長髪男は杖を持っていない。というか、全身を覆っている黒いローブのせいで手元が見えなかった。


「闇に乗じ背後から襲ってくるとは……下劣な! あのような不意打ちでさえなければ、おまえなんぞ取るに足らない! 今に後悔させてやる!」


 カツアゲっていうか強盗じゃねぇか。

 すると、強盗犯は岩から腰を上げ、偉そうに腕を組む。


「ふ~ん下劣ねぇ。それなら、あんた達が賭場で魔法を使って、ズルをしていたのは下劣じゃないっての?」

「な、なぜそれを……!?」

「そっちのおデブさんに関しては、ディーラーの女性をしつこく口説いた挙句、お尻触って追い出されてたわね? この上なく品性下劣だわ」

「うぐっ……」


 最悪だ。俺含め、今この場にはクズしかいない。

 スリ、強盗、イカサマ、痴漢……ろくでなしオンパレードである。


「つべこべ言ってねぇでバッジ返せや!」


 おデブさんが杖の先に緑色の魔法陣を展開する。

 緑は確か風属性だ。思った通り翡翠色の風が一点に集まりだした。


「ムギ、授業の続きよ。さっき私が指先で見せたのが、六段階ある等級のうち一等級に該当するもの」

「一等級……」

「おおよそ戦闘では役立たないけど、魔法として認められる最低限の出力が一等級。そして、あのおデブさんが今出してるのが──」


 続きを、彼がちょうど話し出す。


「見ろ! 俺はなんと二等級まで魔法を使えんだ!」


 息巻く彼とは裏腹にエリーゼは淡々と説明する。


「戦闘で使うのは二からね。魔法使いとして名乗るなら、この程度の実力は必要なはずよ。それはきっと五百年前も今も変わらない」

「でも、最高は六等級なんだよな? 二ってなんか低くない?」

「そんなことないわ。そもそも一等級使えるだけでも優秀なくらいだから」


 彼の風魔法は、既にバスケットボールくらいの塊になっている。


「ヒヒヒ! 降参するなら今のうち──」

「さっさと撃ちなさい。三等級の説明ができないでしょ」

「三!? 何言ってやがる? 三等級魔法を使えるってのか!?」

「使えるわよ。ほら」


 エリーゼは毎度同じように杖も何も使わず、手をかざしてそこに魔法陣を出す。


 そうして瞬く間に、風の塊を生み出すのだった。しかしそれは、向こうの魔法とは似て非なる大きさだった。軽自動車くらいなら容易く飲み込めるだろう。


「な……!?」


 おデブさんはあんぐりと口を開け、杖を落とし、尻もちをついた。それと共に魔法も消え去る。

 すると、兄貴分が前に出てくる。


「俺と同じ、S級と同レベルの使い手か。だが、まだまだ粗削りだな」

「あんたはこれ以上の等級が使えるの? 四以上を扱う人間は珍しいわね」

「いや、俺の等級も三だ。ただ、おまえの魔法は単純かつ基礎的で捻りも無く、そして何より時代遅れだ」


 彼はローブから両手を出した。指揮棒みたいな短めの杖を両手に持っている。そして、その二本を構え、黒と灰色の魔法陣をそれぞれに生成した。

 黒は闇属性だ。灰色は……なんだっけ。


「 “合成魔法”という言葉はおまえも知っているだろ?」

「合成? 知らないわね。でも、見たところ属性魔法と無属性魔法を混ぜた魔法、といったところかしら」

「そうだ。合成魔法は、魔法の超高等技術! 同じく三等級ではあるが、おまえの粗悪な属性魔法など敵ではないっ!」

 

 闇の魔法陣から真っ黒いドロドロの物体が出現し、もう片方の魔法陣からは光る粒子が放出された。次第に二つは混ざり合い、手のひら大の銀河みたいなものが生み出される。


「くらえぇ! 『ダークカタストル』!」


 銀河は螺旋を描くような軌道で迫ってきた。


 エリーゼは出していた風魔法を消し、再び凄まじい速度で魔法陣を組んでいく。しかもさっきまでとは違う、なんだか物凄く複雑な模様だ。

 刹那、エリーゼは口角を上げ、俺にしか聞こえない声で言うのだった。


「『ダークカタストル』……四等級」

 

 すると彼女の魔法陣から、彼の放ったそれと同じ魔法が発射された。

 しかし一段階上の等級であるためか、一回りも二回りも大きく、どす黒い電気のようなエネルギーまで纏っていて明らかにモノが違う。

 彼女の魔法は容易に向こうの魔法を呑み込み、そのまま二人へと襲い掛かる。


「え……?」


 呆気にとられて、彼らはその場で立ち尽くしてしまった。しかし、エリーゼが魔法陣を打ち消したので、魔法も彼らの眼前で霧消する。


「う、嘘だ……こんなこと」


 片膝をつき驚愕している彼を、エリーゼは横目で見て呟く。


「合成魔法ねぇ」


 割とヤバそうな魔法だったにもかかわらず、普通にパクって余裕綽々な彼女にちょっと引く。


「今のやつ、そんな簡単にできちゃう魔法だったの?」

「簡単じゃないわよ。ただの闇魔法に、闇属性以外は全て無効っていう効果を付与していたわ。五百年前には無かった技術よ。彼は習得に何年も掛かったんじゃないかしら」

「でもおまえできちゃったね」

「神だもの」

「身も蓋もない」

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