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【19】いつか必ず

「エギラも喰われたな。残すはわしと、可愛い孫娘、そしてその世話役二人だけか」


 廃れた地下通路。両脇の壁には一定間隔で燭台が備えられ、彼らの行く先を淡い橙色で照らしていた。


 頭に四本角を生やした老魔族は、他三名よりも背が低く、腰は曲がり、杖もついていたが、誰よりも冷静さを保っていた。

 そんな彼の言葉を耳にして、すぐ後ろにいた魔族の少女が口を開く。


「嘘……お父様が死んだなんて」

「事実だ。魔王軍は壊滅した。生き残りが城内にまだいるようだが時間の問題だろう。直にあの“怪物”に喰われる」

「……」


 しばし沈黙が続いた。歩幅の違う各々の足音だけがこだまし、蝋の灯りが地響きで震え、彼らの影も揺らめいた。


 一行は錆びた鉄格子の扉に辿り着く。菱形で穴の無い錠前がついているがそれ以外に装飾はない、通路と外界を隔てるためだけに作られた古く小ぶりな扉。施錠はされておらず、老いた魔族が扉を開く。


「この先、しばらく同じような通路が続くが段々と狭くなる。光源も消え、這いつくばりながら洞穴を進む。だから、ファルジュ。男のおまえが先頭を行け。孫娘のスカートを覗こうものなら貴様を殺すからな」

「はい! 覗きません! 仰せのままにっ!」


 ファルジュと呼ばれた魔族は、黒い執事服を身につけており、頭部には左右で長さの違う二本角が生えていた。彼は老魔族に促されるまま、大きな体で扉を慎重にくぐり抜ける。


「ガートルードは最後尾。ラヴィニアの後ろだ」

「はあ……承知いたしました」


 メイド服を身につけた耳の長い魔族が訝しげな表情を浮かべつつも同意する。

 すると、違和感を感じ取った彼の孫が口を挟む。


「お爺様は?」

「……」


 老魔族は答えず、彼女の背中に手を当て半ば強引に扉の向こうへと押しやった。そのまま彼は顎で使うようにして、メイドの魔族も先へ進ませる。


「わしは残る」

「え?」


 少女が扉の内側にいる祖父へと手を伸ばそうとした瞬間、彼は扉を閉ざした。そして、菱形の錠前に魔力を流し込み、扉に鍵がかかる。


「嫌。お願い! お爺様ここを開けて!」


 祖父の真似をして彼女は必死に錠前に魔力を流すが、空しくもそれはびくともしなかった。


「ファルジュ、ガートルード。今まで世話になったな。さっさと孫を連れて逃げろ」

「……初代様」


 メイドのガートルードが涙を流し呟く。

 すると、魔族の少女が彼に呼びかける。


「嫌っ! 私、お爺様と一緒じゃなきゃ──」

「ここの施錠に魔力を使った。あの人間は隠し通路を察知しただろう。そうでなくとも、あれは相当な手練れだ。戦闘は避けられん」

「お爺様っ……!」

「だが、わしが奴らを食い止める。この先には一歩たりとも進ません」


 老魔族は鉄格子の隙間から瘦せこけた手を伸ばし、涙を流す少女の頭を優しく撫でる。


「おまえは昔から泣き虫だな。魔王の血を引く娘がそんなことでどうする? それにわしがここで死ぬと決まったわけでもなかろう? 案外、返り討ちにできるかもしれん。おまえはわしらの宝だ。おまえだけは生き残ってほしい。だから行け」

「う、うぅっ……」


 老魔族は彼女の涙を指で拭き、彼よりもやや色の薄い、藍色の瞳と目を合わせる。


「ラヴィニア。酷だろうが、人間を憎んではいかんぞ」

「ぐすっ……どうして? 私、あいつらが憎いよ! あいつらのせいでお父様もお母様も……」

「それでも駄目だ、ラヴィニア。魔族も人間も、元は同じエアルスの命じゃ。争う理由など元来存在せん。女神様もそれを望んでおられた」

「またその話? 女神なんているわけないじゃん! 本当に神がいるなら私たちにこんな仕打ちするはずない!」

「いるさ。わしはこの目で見たからな」

「だからそれは……邪神でしょ?」


 少女は俯きがちにそう言った。これを言うと昔から祖父が凄く怒るのを知っていたからだ。

 だが、今回に限って老魔族が声を荒げることはなかった。


「女神様は創世神じゃ。魔族も人間も動物も植物も、そしてこの星も、全てあの方が生み出した」

「救済の神じゃないから、私たちがどうなろうと知らんぷりってこと? 勝手だよそんなの」

「ふっ。言うようになったな、おまえも」

「……」

「だが、女神様はそれほど薄情でもない。いつか必ず還ってくる。その時はきっとおまえの力になってくれるだろうよ」


 老魔族は彼女から手を離し、背を向け距離を取る。


「愛してるぞ、ラヴィニア。おまえが二種族の架け橋となれ」

「お爺様……お爺様ッ──」


 老魔族は少女の言葉を待たず、魔法で天井や壁を崩し、扉までの通路を完全に塞いだ。

 既に感知魔法で、隠し通路の入口から人間が何人か侵入してきていることに気づいたからだ。


「侯爵は来るか。奴の光魔法は厄介だが、あの“怪物”は立ち往生。ならば好都合だ。通路が狭くて良かった」


 老魔族は衰えた自身の魔法技術にうんざりしながらも、足元に三つの魔法陣を展開したのだった。

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