【17】希望
スキル発動と共に、大きな地響きを感じた。
揺れは次第に大きくなり、立っているのもままならなくなる。というか普通に飛ばされた。
「なぁぁ!?」
すかさず、アダムが俺の腕を掴んでくれる。彼の足元には魔法陣があった。あれで踏ん張っているみたいだ。
「麦嶋っ!」
「ぬおお!? なんだこれ!?」
「そりゃあ星を動かしてるんだ! それ相応の反動はあるだろ!? 考慮してなかったのか!?」
「あぁ!? そっかぁぁ!」
「おまえ、頭良いのか悪いのかどっちなんだ!?」
気づけば、ムゥの土地全体に白いオーラが溢れていた。さっきエリザベータが俺たちに使った加護魔法だ。これなら、きっと星が崩れることもない。
揺れは徐々に収まっていき、割と短時間で何事もなかったかのように落ち着いた。
動物たちも結構ぶっ飛ばされてたが、加護のおかげで全員無傷だ。ちょっとパニクってるけど。
「凄い……大成功だ!」
アダムは隕石の方を指さす。既にそれは、一方向の空を占拠するくらい接近していた。
「ムゥの位置がずれた! これならギリ躱せるぞ!」
喜ぶアダムに、エリザベータがカードを持ちながら補足を入れる。
「正しくは公転速度を上げたのよ。本来の公転軌道から逸れないように調整もできたし、元の公転速度にも戻せた。まさかここまで上手くいくなんて。私、このスキルの才能あるかも」
「まぁ……餓鬼大将みたいに威張り散らかしてるもんな」
「は? なんか言った、ムギ?」
「あ、いや……何も言ってません」
そういうとこっ!
隕石はこちらに迫りつつも、ムゥを避けていくかのように進行し、地平線の遥か彼方へ沈んでいった。ある意味、一生見ることのできない絶景でもあった。
まだ心臓がバクバクしている。脱力して地面に腰を下ろし何の変哲もない夜空を見上げた。
「あぁぁ……助かったぁ!」
そんな俺をアダムが泣きながら抱き締める。
「麦嶋ぁ! おまえ凄いぞっ! ムゥの救世主だ!」
「うおおお! アダムゥゥ!!」
「麦嶋ぁぁ!」
人間とチンパンジー……否、男同士の熱い抱擁に俺たちは感極まる。
一方で、エリザベータは冷めた目をしていた。一応声をかけてみる。
「エリザベータァ! おまえもハグしようやぁ!」
「しないわよ」
「照れんな~」
「照れてないわよっ!」
溜息をついて、彼女はカードを差し出してくる。
「ほら。返すわ。それと……ありがとう、ムギ」
「あ、あぁ」
気恥ずかしそうに彼女はカードを渡してきた。そして、すぐに踵を返し、城へと歩いていく。
「……麦嶋、おまえは大した奴だな」
アダムは俺から手を離し、囁くように言った。
「確かに星を動かすってのは、我ながら斬新な──」
「いや、そうじゃない」
「え?」
「エリザベータ様のあんな表情、俺は久方ぶりに見た。ましてや人間に感謝を述べるなんて……」
「……」
アダムは俺の肩に手を乗せる。とても大きく重みのある手だった。
「エリザベータ様は誰よりも強く、同時に脆いお方でもある。五百年間の一件から、主は塞ぎ込んでしまったが、俺は側にいることくらいしかできなかった。でも、おまえならきっと主の希望になれる」
予想外の賛辞に一瞬戸惑ったが、城へと向かうエリザベータの背を見て、言葉を返す。
「側に誰かがいるってのも、十分希望だろ」
「……」
「俺はジョン吉が側にいるだけで楽しかったし。エリザベータもそうだったんじゃないか?」
すると、エリザベータが振り返り呼びかけてくる。
「アダム、ムギ! 何してんの? 早く来なさいよ!」
アダムはスッと立ち上がりぼやく。
「……その例えだと、まるで俺がエリザベータ様の犬みたいじゃねぇか」
膝に手をつき、俺も体を起こす。
「犬は嫌いか?」
「いいや全く。最高だ」
どうやら、この異世界に“犬猿の仲”という言葉は無いようだ。
そして、俺たちは共に走り、ご主人様の方へと駆けていく。
「なぁ、エリザベータ! これからどうする?」
「……決まってるでしょ。ヴェノムギアを殺す。あいつは旧友の魔法を悪用して、私の星を破壊しようとした。万死に値するわ」
「そうこなくっちゃなぁ~!」
アダムが、早歩きする彼女の横につく。
「やはり奴が“王”本人である可能性は──」
「限りなくゼロに近いと思うけど、正直分からないわ。スキルといい、エラーコードといい、ヴェノムギアは未知数すぎる」
「そうですよね……」
「アダム。あなたにはムゥの見張りを頼むわ。連中がまた何かしないとも限らない。ムゥに少しでも異変があれば私を呼ぶのよ」
「番犬ですか」
「番犬?」
「あ、いえ、何でもありません。お任せください」
そして、彼女は歩きながら俺に目を向ける。
「ムギ、あなたは一緒に来る? 別にどっちでもいいのだけれど」
「行くに決まってんだろ。俺だって、あいつボコボコにしてぇんだから」
そして、俺たちは城内へと入り、回廊を抜け、螺旋階段を上がった。
本日三回目の雲海。その先へとさらに進み、エリザベータの部屋に到着する。
部屋に着くなり彼女は例の転送装置を起動し、少しいじって、衛星ムゥのホログラムを切り替える。おそらくエアルスのホログラムになった。
「思ったけど、あいつってエアルスのどこにいるんだろ?」
「私に聞かれても困るわ。あなたの方が何か知らないの?」
「いや全然。とりあえず悪い奴だな」
「……貴重な手がかり感謝するわ。まぁでも関係ないわね。装置でエアルスに行く場合、位置は一つに固定されてるから」
「え、何それ? 不便だなぁ」
「当然でしょ。そもそもエアルスなんて、永遠に行くつもりなかったんだから」
そういえば、五百年もムゥに籠ってるんだっけ。
「で、その固定された位置ってのは、ヴェノムギアのいそうなとこなの?」
「そうね」
エリザベータが指先でチョンとホログラムに触れると、エアルスの一点が赤く光る。
「エアルスにある大陸のうち、最も広大な“カロラシア大陸”。私が最後に踏んだエアルスの地で、魔大陸と言われていた場所よ。一言で言えば“魔界”かしら? きっと悪い奴もわんさかいるでしょうね」