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【16】ジョン吉

「私は隕石を破壊する。アダムは周辺の動植物を避難させなさい。あまり意味は無いかもしれないけれど……」


 エリザベータは翼を広げロケットのように飛び立った。加えて、ムゥを覆うような青白い結界が出現する。


「なぁ? 結界があれば大丈夫なんじゃないの?」


 俺の素朴な質問に、アダムは空を見上げて答える。


「あれがただの隕石なら事足りる……ただの隕石なら、な」

「はあ」


 アダムは両手を合わせ、足元に灰色の魔法陣を展開した。

 すると、辺りにいた動物や虫たちは一瞬動きを止め、示し合わせたかのように、この場を離れていく。植物たちも根っこを自分で引き抜き、それを足にして移動を始めた。大分シュールな光景だ。


「おぉ~」


 動植物の操作を続けながらアダムは言う。


「おまえにも簡単に説明してやろう」

「ん?」

「五百年前の話だ。エリザベータ様や俺がまだエアルスにいた頃。主には三人の配下、神使(しんし)様がいた」

「神使様ねぇ」

「だが、そのお一人がとある国の“王”に殺され、魔法を奪われてしまったのだ」

「つっよ。そんなことできんの?」

「普通はできない。常軌を逸した魔法技術だ。ただとにかく強欲な奴で、魔法を奪う魔法……ってのも奴が独自に開発したらしい。そして、勢いづいた“王”は、残った神使様やエリザベータ様の魔法も奪おうと宣戦布告してきたのだ」

「マジかよ……さすがのエリザベータもきついんじゃないか?」

「いいや。本気を出した主に“王”は敗北した」

「あぁ……やっぱエリザベータって最強なんだ」

「しかし、代償は大きかった。結果的に神使様は全滅し、数えきれないほどの死者も出た。そうして主はエアルスで、邪神と蔑まれるようになったのだ……」

 

 魔法の発動を終えたアダムは、白衣のポケットに手を突っ込む。


「そして、あの隕石は、当時奪われた神使様の魔法に酷似している。しかし、 “王”はエリザベータ様に葬られたはず。ヴェノムギアが“王”であるわけがない」

「……分かんないけどさ、ヴェノムギアが隕石の魔法を真似っこしたんじゃないの?」

「神使様の魔法がそう簡単に真似できてたまるか」


 要するに、存在するはずのない魔法が目の前で発動しているかも……という事らしい。

 また、それとは別に、エリザベータが人間を毛嫌いしている理由も少し分かった。


「仮にあれが神使様の魔法と同一のものなら、衛星ムゥは終わりだろうな」

「ん……終わり?」

「あの方の魔法、『テイア』はあらゆる物理攻撃、魔法攻撃を無効化する隕石だ。落ちればクレーターどころでは済まない。衝突後も進行は止まらず、星は容易く貫かれ、灰燼に帰す」

「あ……あぁ……」


 先ほどまで、地球から見る満月と同程度だった巨岩は、既にその数倍に膨張していた。着々と近づいてきている。


「エ、エリザベータァァァ! 死ぬ気で頑張れぇぇぇ!!」


 呼びかけに答えるかのように、空は眩い光に覆われた。

 エリザベータが攻撃したらしい。結界越しだというのに、凄まじい爆音と衝撃を感じた。

 数秒で爆発は収束し、光も徐々に弱まっていく。

 だが、薄目を開けて見た光景は、数秒前と何ら変わりない。球のような楕円のような、歪な形の剛体がこちらに迫ってきている。


「……何してんだエリザベータ。隕石に目眩ましは意味ねぇぞ」

「麦嶋……今のは攻撃魔法だ。それも最高等級に該当する。本来なら一撃で巨星すら霧散させられる代物だ」


 すると、凄まじい風圧を起こしながらエリザベータが降りてくる。やり場のない憤りを抑えているような、そんな表情だった。

 

「──決まりよ。あれは『テイア』。衛星ムゥはおしまい。ここにいたら死ぬわよ」

「……」

「私の部屋の転送機を使えばエアルスに行けるから、それで脱出するといいわ」


 彼女はやや投げやりな態度で踵を返し、城の方へ歩き出す。


「私もエアルスに行く。死ぬのはやめよ。ヴェノムギアを殺すわ」

「待てよ。エリザベータ」

「……何?」

「『テイア』のことは今アダムから聞いたけど、ムゥの生き物たちも、あの転送機で移動できるんだよな?」


 エリザベータは鼻で笑った。


「あんた本当バカね? 隕石が落ちてくる前に、ムゥの生物全てを転送できるわけないでしょ?」

「じゃあ、おまえが瞬間移動的な魔法でも使うのか?」

「私がいつ空間魔法を使えるなんて言ったの?」

「え、使えないのかよ。神なのに。おい、どうすんだ?」

「……」


 一瞬、彼女の頬が硬直した。


「……置いていく」

「は? 何言って──」

「仕方ないでしょ。もうそうするしかないんだから」


 目を合わせることもせず彼女はそう吐き捨てた。

 瞬間、俺は殴りかかろうとしたが、すぐさまアダムに羽交い締めされる。


「やめろ、麦嶋っ!」

「ふざけんな! おまえの星だろ!?」


 彼女の歩みは止まらない。

 

「あの子犬も……マックスも見捨てんのかっ!?」

「……」

「マックスだけじゃねぇ! ケビンもベッキーもタロウも……全員見捨てるってのかよ!?」

「……なんでここの生き物の名前、そんなに知ってるのよ?」


 彼女はやっと立ち止まり、背を向けたまま言葉を返した。


「知らねぇよ! だけど、適当に言っても当たるくらい、おまえはここの奴らに名前つけてるってことだろ!? そのくらい大切にしてきたんだろ!?」

「……うるさいわね」


 声が震えている。振り向いた彼女の瞳からは涙が溢れていた。


「無理なものは無理なのよ! 私は神でも……全能じゃない! 『テイア』は誰にも止められないの! そういう魔法なのよ! 何も知らない部外者のくせに口出ししてんじゃないわよっ……!」


 エリザベータは涙を拭きもせず、ズカズカと迫ってきて、俺のことを指で指す。


「そもそも……あんたが来なければこんなことにはならなかった! 悪いのは全部あんたよっ!」

「ああ!? 何だとクソ女神!? おういいぜ、やってやらぁ! かかってこい、ボケェ!」

「む、麦嶋やめろっ……! エリザベータ様も落ち着いてくださいっ!」

 

 アダムに宥められて俺は冷静さを取り戻し、彼に軽く謝罪する。すると、アダムは俺を放してくれた。

 一方でエリザベータは言葉すら発さず、指で涙を拭い、そっぽを向いた。


 神のくせに何もできない彼女に失望した。だが、俺は決してそこにキレたわけではなかった。

 大切にしてきた生き物たちの命を早々に諦め、見切りをつけている彼女が許せないのだ。あまりに身勝手だ。


 実のところ……俺はこの状況を打破する術を知っている。

 それにはエリザベータの力が必要だが、当の本人がこの体たらくでは駄目。話にならない。


「……言ったよなエリザベータ? いや、あの時は言葉が通じてなかったから改めて言うべきか? 俺は……犬が酷い目に遭うのが大っ嫌いなんだよ。それだけはどうしても許せない」

「何よ急に……」

「小さい頃、犬を飼っていた。雑種のデカい犬だ。名前は“ジョン吉”。お手の一つも満足にできねぇし、なぜかオシッコとウンコを同時にするようなバカ犬だったけど、俺はあいつが大好きだった。生まれて初めてできた親友だと言っても過言じゃない」

「……」

「でもジョン吉は死んだ。病気だった。親がジョン吉の様子がおかしいことに気づいて、病院に連れて行った頃には手遅れだった。首を傾げて寝そべるあいつの呼吸が徐々に弱まっていくのを、何もできずに見ていた。だけど俺は、両親よりも数日早くあいつの異常に気付いていた。当時の俺は、それが病気の症状だとは思わなくて気にも留めなかったんだ。俺はそれを話して懺悔したが、親も医者も、誰も俺を責めなかったし、数日早く気付いたところでどうこうなる病気でもなかった。それでも……俺だけはまだあの時の自分を許せていない」

「……」

「過ちは犯すのは最悪の気分だよ。でも、それを繰り返すのはもっと最悪なんだ。だから助ける。マックスも他の犬も……いや、こうなったら雑草からミジンコまで、この星の動植物みんな助けないと気が済まない! 見捨てるなんて選択肢は端っからねぇ! 生き物を飼うってのはそういうことだ! 違うか、女神エリザベータ!?」


 エリザベータは真っすぐ俺の目を見た。彼女の綺麗な金色の瞳はまだ少し潤んでいる。


「私だって……できることならそうしたいわよ。でも──」

「できる」

「どうやって!? 破壊も、防御も、軌道をずらすこともできないのよ!?」

「……」


 胸ポケットから例のカードを取り出した。


「逆だ。隕石は無視して、衛星ムゥを動かす。誰が何をしても止められない隕石がなんだ? 当たらなければどうという事はないんだぜ?」


 カードを彼女に差し出す。


「ここはおまえの作った星なんだろ? それならおまえはこの星よりも“強い”」

「まさか……あんた本気で言ってるの?」

「本気だ。果たして『餓鬼大将(ビッグジー)』が非生物も対象に取れるかは分からないけど、やってみる価値はある。でも俺はきっとできると信じてる。だからおまえも信じろ」

「……」


 エリザベータは口を噤み、迫りくる上空の隕石に視線をやる。


「……ねぇあなた。名前はなんて言ったかしら?」

「俺の? 言ったろ? 覚えてないのかよ?」

「覚えてないわ。教えなさい」

「ちっ、麦嶋勇(むぎしまいさむ)だよ! 小春空(こはるぞら)中学三年一組、麦嶋勇!」

「そう」

 

 そして彼女はカードを受け取った。


「じゃあ“ムギ”でいいわね。長ったらしくて言いにくいもの。ヘンテコな名前だわ」

「そんなことねぇだろっ! 全国の麦嶋さんと勇くんに謝れ!」

「ふふっ……」


 この時、俺は初めてエリザベータの純粋無垢な笑みを見た。不覚にも、心を奪われかけたのは秘密である。


「ねぇムギ? もう一つ聞いてもいいかしら?」

「……ん、なんだよ?」

「どうしてあなたは私を“邪神”と呼ばないの?」

「は?」

「私は最初あなたを殺そうとしたのよ? 自分でもそう名乗ったはずだし……どうしてなの?」


 一刻を争う状況下で、未だにうだうだ面倒くさいことを聞いてくる彼女に苛立ちつつ、急かすように答えた。


「動物好きな邪神がいるかよ!」

「……」

「そんなこといいから早くやれって!」

「そうね」


 微笑むエリザベータにまた気を取られる。

 そして、彼女は静かに、神白のバカみたいなスキル名を発声するのだった。


「『餓鬼大将(ビッグジー)』──」

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