【15】メンヘラクソ女神
いきなり死ぬとかわけ分かんねぇこと言い出した神様に、俺は渾身のドロップキックをぶちかました。
「あ、あんた何して──」
「うるせぇぇえええ! このメンヘラクソ女神がぁぁ!!」
「な……はぁああ!? あんた誰に向かって口聞いてんの!?」
「知らねぇよ!? 誰だおまえぇ!?」
「こいつ……」
俺はすぐ立ち上がり、怒り狂いながら蛇連中の方へ猛ダッシュする。
「野郎っ! なんとかコードォォ!」
「エラーコードだ!」
俺的に一番弱いと思う黒蛇の方へ真っすぐ走っていくと、近くにいた少女とジジィが立ちはだかる。彼らは満身創痍である。
「なんじゃ!?」
「元の世界に戻せ! 俺も李ちゃんも神白も、あと何だっけ……その他大勢! 全員戻せ!」
「じゃ、じゃからそれは──」
「無理ってか!? んがぁー! めちゃくちゃだぁぁ!」
頭を抱えて発狂すると、少女が眉を顰める。
「やばぁ……ほんとおかしくなっちゃったんじゃないの?」
「そうみたいじゃ」
俺は膝から崩れ落ち、何度も何度も地面を殴りつけ、これまでずっと我慢してきた欲望を吐き出した。
「あぁぁぁ、何がロワイアルゲームだ! エラーコードだ! 私もう死ぬぅ~だ! どいつもこいつもうるせぇぇ! 異世界なんて適当にチーレムやっときゃいいんだよっ! 俺TUEEE! ざまぁぁ! ダンジョン! 配信! 悪役令嬢ですわぁぁ! 要するにそれ以外は全部蛇足だぁ! シリアス設定とか鬱展開とかいらねぇ! つまんないもーんッッ! チーレムしとけチーレムゥゥ!!」
「…………」
「はい、チーレムッ! チーレムッ! チーレムッ──」
しばらく悲哀に満ちたチーレムコールを轟かせ、満足したら呼吸を整え体を起こす。
「うへへ」
すっきりした。
蛇たちは総じてドン引きしていた。先ほどよりも距離を取られている。
振り返る。アダムとメンヘラも可哀想なものを見る目になっていた。
「よし! エリザベータ! ちょっくら俺と仮面野郎ボコしにいこうぜっ!」
「……嫌よ」
わぁ、嫌そうな顔っ! 本当に嫌なんだねっ!
「分かった。じゃあボコさなくていいから俺と一緒に来てくれ。傍にいるだけでいい!」
「それ何の意味があるのよ?」
「少しでもこの異世界をチーレムに近づけたいんだ」
「その“チーレム”って何?」
「俺が最強で、周りに女の子がいっぱいいるんだ。すなわちCheet&Harem。想像しただけでもウッキウキだな!」
すると、エリザベータは、女神の名に恥じない上品な微笑みを見せた。
「そう……あんたって気持ち悪いのね。死ねばいいのに」
「……」
「死ねばいいのに」
「二回言わなくても聞こえてるぜ」
毒づいてはいるが、彼女の声色は少し優しくなった……ような気がした。
「──」
その時だった。
霊感皆無の俺ですら、何か異様な気配を感じ取った。
エラーコードらの背後の空間が捻じ曲がって、渦を巻いている。
「何だあれ……」
そして、見覚えのある黒ずくめの奴が、トンネルをくぐるように渦巻きから現れた。
原子の簡易図を複雑化したような幾何学模様の仮面を身につけたそいつは、地に足をつけるなり拍手し始める。
「どうも、麦嶋勇君」
「ヴェノムギア……」
「まさか邪神相手に生き残り、あまつさえ私のエラーコードたちまで退けるとは。いやはや思わぬ伏兵がいたものですね」
「エラーコード倒したのは俺じゃないけどな」
「同じことですよ」
「てか、ずっと見てたのか? じゃあ話早いな! こんな異世界楽しくないから元の世界に戻せ!」
「それは駄目です」
「んぎぎぎ!」
蛇たちは仮面野郎に平伏する。
「申し訳ございません……ヴェノムギア様。我々の力が足らず……」
「彼が無能力者だと油断したのが敗因でしたね。次は気をつけましょう。ただ、あの邪神相手にはよくやっていたと思います。頭を上げてください」
「……」
すると、アダムが出てきて奴に怒鳴る。
「おい! てめぇの目的は何だ!?」
「目的? そんな些末なこと気にします?」
「当然だ! 異世界から子供を連れてきて、命がけのゲームをやらせるなんて狂ってるとしか思えねぇ! 何のためにこんなこと──」
「ふっ」
仮面野郎もといヴェノムギアは向き直り、冷たく低い声を発する。
「あなたは意味のあることしかしないのですか?」
「あ?」
「無駄なこと、無意味なこと、無価値なこと……それら全てを否定する生き方はつまらなくないですか?」
「……意味も目的も無いってのか?」
「ありません……と言い切ってしまうのも語弊がありますが今のところはまぁ、そうですね」
含みのある言い方だった。
とにもかくにも、奴は何か根本的なものが違っている、俺はそう直感した。おそらくどれだけ駄々をこねても、理屈をこねても、奴を篭絡することは叶わない。俺たちが全滅するか、奴が死ぬか……そのどちらかが為されない限り、ロワイアルゲームは否が応でも続く──
「時に、邪神さん」
「……」
「麦嶋勇君をここに送ったのはその場の思い付きでしたが、やってみて正解でした。おかげで、今のあなたの強さを垣間見ることができましたからね。さて……せっかくですし、あなたもゲームに参加してみてはどうです?」
「するわけないでしょ」
「そう言わずに。どうせ自害するなら遊んでからにしましょうよ? 私からすれば、あなたが相手となるとゲームの難易度は跳ね上がりますが、きっとそのほうが面白い」
「ふざけないで。あんたの相手なんて誰が──」
エリザベータは突然口を噤み、空を見上げた。
「え? どうしてこの魔法を……」
彼女の言葉を皮切りに、ヴェノムギアは再び空間に渦巻きを作る。
「少しは私に興味を持ってくれましたか? いつまでも引きこもっていないで、エアルスへ是非足をお運びください。お目にかかれて光栄でしたよ。エリザベータ──」
「……」
ヴェノムギアは空間の渦へと消え、三体のエラーコードも後に続いて消え去る。
「嘘……そんなことって……」
彼女は空を見上げながらトボトボ歩いて、相も変わらずヘラっている。
「お~いどうしたぁ?」
「ちっ、黙ってなさいっ!」
「こえぇ~」
アダムの方へ歩いて近づき、代わりに聞いてみる。
「ねぇどういうこと?」
「さ、さぁ?」
もう一度、さっきエリザベータが見上げた方向を見てみる。別に何もない。ただの綺麗な星空だ。
アダムも目を凝らす。すると、血の気が引いたように彼の顔が青褪めた。
「あれは……そうか。そういうことか!」
「え!? 何が!?」
「エリザベータ様っ!」
「ま、待って! 教えて!」
彼女の方へ駆けていくアダムの後を追いかける。
「なんかあったの!? あったんだな!? 教えろ!」
「エリザベータ様! あの魔法は!?」
「……そんなはずない。だって“あいつ”は死んだはずよ」
「“あいつ”って誰だ!? 死んでるのか!?」
「しかし、あれを使えるのは奴しか……」
「ありえないわ! “あいつの魔法”は消滅してる!」
「“あいつの魔法”とはっ!?」
「何にせよこうしてはいられません。早急に動物たちの避難を!」
「そうね……取り乱して悪かったわ。ありがとうアダム。ところで……あんたやかましい」
「あぁん!? 分かんねぇから聞いてるだけだろが!!」
猛抗議をしたその時、俺にも何となく状況を掴むことができた。依然として、 “あいつの魔法”の下りは意味不明だが、とにかく今、とんでもないことが起きている。
夜空に一際輝く星があった……というか、あれは隕石だ。
既に肉眼でも分かるくらい、巨岩が衛星ムゥに迫ってきている。
「あ、あれぇ~? やばくな~い?」