【147】投降せよ
エリーゼとマティラスらの交戦は、いまだなお激しく続いていた。
両者が放っていると思われる無数の属性弾が、天を絨毯爆撃している。魔界の清々しい青空に雷撃が走り、竜巻が発生し、猛火が広がる。
その中を、何か複数の飛翔体がありえない速度で動いていて、もはや天災とも言うべき超次元バトルが繰り広げられているのであった。巻き込まれたら百二十パー死ぬ。
その一方で、地上というか荒野には、raffl3siaがうつ伏せに倒れていた。側に、たくさんの木やら蔓やらが生えていて、樹海のようになっている箇所があった。
そして、その蔓に絡まり吊るされた女……2anaと目が合った。
「あ! やだぁ、麦嶋くんじゃな~い!? ちゅ! 邪神といい、あなたといい、一体どうやって戻ってきたのかしらん」
相変わらず黒ビキニで、しかもその大きな胸を強調するような縛られ方をしており、つい目が引かれた。しかし、先ほどの情報共有により、ouro6orosからこいつの真の姿を知ったので、思いのほか冷静さを保てた。
辺りを見回す。他に倒れた者はいない。となると、上でエリーゼと戦ってるのは、マティラス、beet1e、9ueenか。
「あらあら、裏切り者の蛇ちゃんもいるじゃな~い?」
2anaがからかう。
「貴様にだけは言われたくない……」
「何しに来たのぉ? 二人だけぇ?」
「貴様こそ……そんなところで何をしている?」
「私は見ての通り、捕まっちゃったぁ! お花ちゃんも邪神の攻撃を避けられなくて気絶しちゃってるのぉ~!」
「無様な……」
ouro6orosが話している間にリュックを下ろし、中からとある物品を取り出した。さっき地球のホームセンターで買ってきた拡声器、通称メガホンである。
電源を入れ、出力を最大にし、ドンパチやってる連中に向かって声を飛ばす。
「おーい、エリーゼ来たぞ! 大丈夫か!? でもって、マティラスッ! おい、このバ美肉! バ美肉野郎! バ美肉に告ぐ! 直ちに投降せよ! 今すぐ投降すれば……まぁ、許しはしないけど話くらいは聞いてやってもいいぞ! 繰り返す! バ美肉に告ぐ! 直ちに──」
すると、隕石みたいに何かが近くに降ってきた。
エリーゼだ。某アメコミの鉄人ヒーローみたいな着地をしている。
「びっくりした。エリーゼ無事か?」
「そんなことより準備できたんでしょうね?」
「まぁな」
空の爆発が止み、マティラスたちも地上に降りてきた。十メートル近く距離を開けて、俺たちは対峙する。連中も無傷だ。マティラスは聞いていた通り、知華子ちゃんの体を乗っ取っているようだった。また、隣にいるbeet1eはいつもの道着を着ておらず、黒光りする外骨格を露わにしていて、外国のカブト虫みたいに角が二本くらい増えていた。本気モードだろう。9ueenはあの迷宮の映像で見た通り、赤いドレスを纏った美女で、瞳を光らせながらこちらを睨んでいる。
今にも攻撃してきそうな二体のエラーコードを、マティラスが片手を上げて制止する。
「やはり来ましたね、麦嶋さん。きっとouro6orosさんや魔王の力で戻れたのでしょう。それで? 投降しろと仰いましたか?」
「仰いましたぜ。現におまえら、エリーゼに手も足も出てないんじゃねーの? 言う通りにしたほうが身のためだと思うけどな」
すると、9ueenが顔を真っ赤にしながら怒号を飛ばしてくる。
「戯言をッ! わたくしの力で邪神の魔法を無効化し続ければ、ヴェノムギア様の勝利は必至ですわ!!」
その発言に対し、エリーゼが鼻で笑って嫌味を返す。
「ふん。それができないから、私に掠り傷すら与えられてないんでしょう? また潰してあげるわよ? あんたの薄汚れたその目」
「……ッ!!」
9ueenが表情を歪め、飛びかかってきたその刹那、エリーゼがほぼ瞬間移動みたいな速度で移動し、彼女の顔面を殴り飛ばした。9ueenは数百メートルぶっ飛んで、荒野の彼方で倒れた。
一拍遅れて、beet1eは彼女が飛んでいった方向を振り返るが、マティラスは依然エリーゼに視線を向けたまま溜息をついた。
「あんまりいじめないであげてくださいよ」
「それはあんたの態度によるわ、マティラス」
俺の横にいたouro6orosが前に出て、かつての主に訴えかける。
「ヴェノムギア様……もうやめにしませんか?」
「やめるって何をです?」
「ロワイアルゲームですよ! 我は新妻茉莉也ひいては転移者につくことにしました……これ以上、転移者は殺させません! それに、エリザベータだって戻ってきたんです! もはやそちらに勝ち目は──」
「だったら、早く私を殺したらいいじゃないですか? それがルールですよ?」
「……」
マティラスが右のつま先を上げ、トントンと地面を二回叩いた。
すると、倒れた9ueenのところに緑の魔法陣が現れた。回復魔法でも使ったのか、彼女は体を起こして手をかざし、白い魔法陣を錬成したのだった。そして、それが光ったかと思えば、急にouro6orosの頭が吹き飛んだ。同時にエリーゼが俺の眼前に現れ、何か白い塊をぶん殴って弾き飛ばした。エリーゼに殴られた塊は、空の彼方に飛んでいって爆散する。
「ちっ……油断も隙も無いわね」
なんか属性弾みたいなものを撃たれて、エリーゼが守ってくれたらしい。速すぎて見えなかった。
そんな中、魔法に直撃してしまったouro6orosは、失った頭を再生できずその場でぐったりと動かなくなっていた。9ueenの能力で、一時的に不死の力を消されたのだろう。あの女が目を逸らしたり、能力を解除すればすぐにまた復活するのだろうが、ちょっと可愛そうだ。
「あのな、ouro6orosは、おまえのことを気にかけてやったんだぞ」
「余計なお世話ですね」
「あぁ?」
マティラスはそう吐き捨てて、黒い蛇の亡骸に冷たい視線を向けた。俺はその瞳から、背筋が凍るような非情さを覚えた。
「勘違いされているようなのでお伝えしておきますが、私は決して邪神を恐れてゲームから除外したわけではありません。彼女とは改めて、正式なルールと場を設けた上でやり合いたいと思っただけです。今回のゲームはあくまでも私と転移者の決戦。邪神は関係ないんですよ」
「は? おまえが巻き込んだんだろ?」
「だから、浅慮だったと反省して、邪神のゲーム参加は次回に持ち越そうと言ってるんですよ」
ムカつくな。そもそも、おまえのわけわからんゲームに付き合わすな。
七原さんたちを助けてくれた蛇に免じて、一応対話を試みたのだが、やっぱダメだな。こいつはしばかないと。
そのとき、ちょうど西の空からpelic4nがゆったり飛んできているのに気づいた。ベストタイミングだ。さっさとこのバカげたゲームを終わらせよう。
俺はYシャツの胸ポケットから、ある人のプレイヤーカードを取り出し、そのスキルの説明欄を読む。
マティラスはいまだ舐めてるとしか思えない薄ら笑いを浮かべていた。
「また何か作戦を考えてきたようですね? なんです? それは誰のカードですか? なんであれ、9ueenさんが無効化しますよ?」
すでにあの女王も立ち上がって目を光らせていた。
しかし、俺は特段気にせず、そのカードを読んでいく。
思った通りだ。やはり『虚飾性』で隠していたらしい。
『虚飾性』を解除して、俺はそこに書かれたあのスキルの説明を、拡声器を使って読んでいく。
「スキル『心魂侵食』! 他者に殺されたとき、その殺してきた相手の肉体を乗っ取れる!」
「!?」
マティラスが目を点にして、自身のスカートのポケットをまさぐった。
俺は大きな声で続きも読み上げていく。
「スキルは自動発動。対象は生物のみ。でもって、再発動には百六十八時間のクールタイムを要する、か。へー結構弱点だらけだな?」
瞬間、俺の前に真っすぐ伸びてきたbeet1eの拳を、エリーゼが腕で受けた。火花が散るような、凄まじい打ち合いが始まる。
マティラスもすぐにポケットから手を出し、魔法で空間に渦巻きを発生させ、そこに手を突っ込んだ。すると、俺の手元に渦巻きが出てきて、カードを簡単に取り返されてしまう。
「一体……どうやって?」
マティラスの問いには答えず、beet1eと殴り合いをしているエリーゼに……というか、もう打ち勝っていて、奴をぶっ飛ばした彼女に声をかける。
「聞いたか!? やっぱマティラスは、おまえを乗っ取れない! つまり──」
「いいのね? 私があいつを殺して!?」
エリーゼが魔力を練り上げ、膨大な量の白い蒸気がその全身から沸き起こる。
「この魔力……なるほど。私のスキルを確認するまでは手を抜いていたようですね」
マティラスがカードを持ったまま身構えて、9ueenのほうに目配せした。エリーゼの魔法を無効化する気だろう。
その隙に、俺は蛇の死体を拾って背中に隠した。9ueenの視界から外れれば、こいつはたぶん復活──
「あいつめ……よくも……」
「はっや! もう復活した。ほら、隠れとけ隠れとけ」
ちょっと気持ち悪いが、蛇を襟からシャツの中へと隠す。これでそう簡単に蛇の能力は無効化されない。
そうして、俺は真っすぐ9ueenへと爆走した。
あとはあいつだ。あいつをどうにかすりゃ、エリーゼがマティラスがぶっ殺してくれる。そしたら俺たちの勝ちだ。
「おらぁぁああ!!」
持っていたメガホンをそいつ目がけて放り投げる。容易く見切られ躱されるが、メガホンが奴の顔を掠めたその瞬間、爆発した。先ほど知華子ちゃんのカードを手にしたとき、『花火師』を使って時限爆弾に変えていたのだ。
「……ッ!?」
大したダメージにはなっていない。体がほんの少しよろめいただけだ。だが、そのほんの少しの隙で俺は9ueenとの距離を詰めることに成功した。
胸ポケットから二枚のカードを手にし、怯んでいる奴の腹部に蹴りを入れる。クリーンヒット……に思われたが、9ueenは驚異の反応速度と身体能力で体勢を立て直し、腕でガードしてきた。ともあれ、今の俺の蹴りを舐めてもらっては困る。奴の鋼鉄のような腕がひしゃげる音がして、そのまま彼方へと吹っ飛んでいった。
「9ueenさんッ!?」
マティラスはそう叫び、頭上に魔法陣を展開。その空間がグルグルと歪んで、彼方へ飛んでいったはずの9ueenがそこから物凄い勢いで地に落ちてきた。
「うっ! こ、この……クソガキが!!」
「落ち着いてください。今のはおそらく『超重力』で9ueenさんを軽量化し、『得点王』で強化した蹴りを繰り出したのでしょう。他の転移者からカードを借りたようです。先ほど私のカードが奪われたのも『泥棒猫』による効果でしょう。しかし、あなたがしっかり見極めれば、負ける道理はありません」
9ueenの復帰を見て、エリーゼは一旦魔法陣の錬成を中止する。
神白から共有された情報だと、9ueenは自身が視認および知覚した能力しか無効化できないらしい。したがって、その視認を封じるか、知覚されない内に仕掛けるのが定石だろうが、先ほどの攻防を見るに、奴の反応速度は常軌を逸している。虚を突くのは至難だろう。
──が、至難であって不可能ではない。
朝吹君と雲藤さんのカードを持ったまま、俺は前に手を伸ばす。
体勢を立て直した9ueenが赤い眼光を向けてくるが、あえてそのまま分かりやすくカードを構えてやった。
瞬間、奴の体の節々から火炎が噴き出した。
「へ……!?」
奴から噴き出た猛火は、天へと昇って大きくうねり、荒れ狂う旋風となって顕現する。その中で9ueenは目を光らせ俺を睨むが、炎は決して止まない。それどころか火力はどんどん上がっていき、巨大な火柱の中であえなく彼女は燃え尽きた。その焼失とともに、火炎もふっと消え失せる。
「炎? そんなスキルありましたか?」
カードを胸ポケットにしまい、戦慄した様子のマティラスに答えてやる。
「スキルじゃねーよ! バーカッ!」
「……?」
マティラスはさらに困惑した表情を見せた。
カードを構えたのは、俺がスキルを使っていると9ueenに思い込ませるためのブラフに過ぎない。今の炎は他でもない……ラヴィニアの奥の手、前にmon5terへと放った炎魔法『ゼロクリムゾン』である。
第一、俺はみんなからカードを借りてない。今もみんなはゴルゾラにいて、各々カードを所持している。俺はほぼ手ぶらでここに来たのだ。
しかし、それでもスキルは発動できる。なんせ、ラヴィニアの空間魔法があれば、いつでもカードを俺の手元にテレポートさせられるのだから。しかも、等々力君の『以心伝心』があれば遠くにいるみんなと心の中で連絡できるし、俺が今必要なカードもラヴィニアに伝えられる。俺が朝吹君の『超重力』が欲しいと念じれば、即座にラヴィニアがカードを胸ポケットに飛ばしてくれるのだ。
そして、飛ばせるのはもちろんカードだけではない。魔法陣だってテレポートさせられる。
それは以前、彼女がレジスタンスとしてフォルトレットと戦ったときに使っていた戦法だ。側近のガートルードさんたちが遠方であらかじめ魔法陣を錬成し、それを彼女が術式ごと瞬間移動させて発動する超早業の魔法攻撃。それを今、9ueenに決めたのだ。普通に発動したら無効化されてただろうが、俺のブラフのおかげで上手く騙せたようだ。
9ueenの死亡を見て、エリーゼが練り上げた魔力を一気に魔法陣へと昇華した。一秒とかからず、周囲に無数の魔法陣が出現し、そのすべてがマティラスへと向いた。
「終わりよ。マティラス──」
展開された術式のうち、マティラスの右後方から白い光線が放たれ、あっけなくその体を貫いた。奴の右後頭部から左前胸部にまで風穴が空く。
「あッ……!?」
急所をやられ、魔法を使う余裕もなければ、手に持っていたカードを使う暇もなく、マティラスはその場に倒れ突っ伏した。
「え、死んだ?」
まさか一撃で終わるとは思わなかった。もう少し避けたり迎撃してきたりするものかと思ったが、エリーゼの魔法が最強だったということだろうか。
彼女も同様に眉をひそめ、瞳に魔法陣を出しその生死を確認する。だが、そんなもの使わずとも、彼の息が止まっているのは俺の目にも明らかだった。
エリーゼが二の矢、三の矢として用意していたであろう魔法陣を次々消していく。
「……死んだわ。間違いない」
先ほど確認した『心魂侵食』の仕様通り、エリーゼが乗っ取られている様子はなかった。それを証明するように、彼女がその死体に近づき、知華子ちゃんのカードを拾ってこっちへフリスビーみたいに投げてくる。
「私はエリーゼよ。マティラスに乗っ取られていないわ」
カードをキャッチすると、彼女がわざとらしい文言を口にした。『虚飾性』で真偽を確認しろということだろう。
察してスキルを使うと、彼女の頭上に『ホント!!』と出た。ホントらしい。
しかし、何か引っかかる。あまりにあっけなく決着がついて、物足りなさを感じているのかもしれない。いや、別に勝ったのならそれ以上のことはないのだが──
ちょうどそのとき、こちらに向かっていたpelic4nが到着して、俺の頭に降りてきた。
「朕、参上! マティラスとやらはどこだ?」
「あ……なんかもう勝ったから、あそこで倒れてる知華子ちゃんの死体を飲み込んでくれ。おまえの口の中で彼女を助けよう」
「クァ~?」
pelic4nが首を傾げながらも飛んでいき、血だらけの彼女を丸飲みした。小走りで彼に追いつき「じゃあ次、俺と蛇も──」と声をかけると、エリーゼが辺りを見回しながら言葉を発してくる。
「私は生き残ったエラーコードを始末するわ。いいわね?」
「あぁ……そうだな。逆上して襲われたら溜まったもんじゃないし。頼んだ──」
そうして、現世の後処理は彼女に任せ、俺は蛇と共にpelic4nの口内へと吸い込まれた。