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【145】ありがとう

 ヴェノムギアは俺から一切視線を逸らさぬまま、スキルでエラーコードらの瞳をいとも容易く治してしまう。


「と、いうわけです。みなさんは他転移者(プレイヤー)のもとへ向かってください」


 瞳を取り戻したエラーコードらが何度か瞬きしながら体勢を立て直す。

 一方で9ueen(クイーン)の瞳だけは治癒されておらず、集団から少し離れた位置で今も痛みにもがき苦しんでいる。


「ぬうぅぅ……ヴェ、ヴェノムギア様ぁ!? わたくしは!?」

「待機でお願いします」

「そんな……!? わたくしも痛い……痛いですぅぅ!!」

「頑張ってください」

「んぬんんんッ……!!」


 ヴェノムギアが魔法陣っぽいものを空中に展開するとそこが渦を巻くようにして歪んだ。beet1e(ビートル)たちがそちらへ体を向ける。


「動くんじゃねぇよ! さっきは手加減してやったんだぜ? 俺なりの情けだ。その気になりゃ、いつでも殺せんだからな!?」


 カードを構えてそう脅すが、beet1e(ビートル)が鼻で笑ってその渦巻きに近づこうとする。

 忠告を無視するなら仕方ない。俺は『餓鬼大将(ビッグジー)』を発動し、歩き出したbeet1e(ビートル)の脚と腕を末端からぐちゃぐちゃに折り曲げてやった。2ana(ラーナ)raffl3sia(ラフレシア)は驚いて、数歩後退する。


「何じゃとッ……!?」

「目ぇ潰せんだから、他もいけるに決まってんだろッ!」


 raffl3sia(ラフレシア)が目を光らせた。地響きとともに、辺りから木の幹が無数に生え、俺を攻撃してくる。しかし、そんなもの効かない。すぐさまスキルで木を支配し、逆にエラーコード三体をグルグル巻きに拘束してやった。


「バ、バカ者めッ! これでは麦嶋のときの二の舞ではないか!?」

「わーん! もうあのスキルずるいって!」

「この縛り方……いいっ!!」


 こいつら油断ならねぇな。悪いが始末させてもらう。


 beet1e(ビートル)の手足を破壊したのと同じ要領でスキルを発動したそのとき、連中の姿がパッと消えてしまう。離れた位置で倒れていた9ueen(クイーン)もいなくなっている。


「なるほど。分かりましたよ。ずばり“体の部位”を対象にして『餓鬼大将(ビッグジー)』を使っているのではないでしょうか?」


 ヴェノムギアがカードをひらつかせていた。そこには『亜空の使者(アナザーワールド)』の表記がある。裏世界を作れるやつだったか? それで連中を逃がしたっぽいな。


 奴は俺との距離を一定に保ちつつ周囲を歩き出す。彫刻でも眺めるみたいにゆったりと。ただし、その所作におよそ隙は無い。


「骨、関節、筋肉、神経、血液、臓器……いえ、きっと細胞の一つ一つに至るまで『餓鬼大将(ビッグジー)』で操っているのでしょう。だから、自身の外傷も治せるし、私たちの瞳だけを破壊するなんてことも可能。所有権を持つ神白さんだからこそできる芸当ですね。麦嶋さんの使うそれとはわけが違う。いやはや恐ろしい」

「……」

「ところで私を殺そうとはしないんですね? 李さんを思いやってのことですか? それとも私を殺したらどうなるか……そこまでお気づきになっているのでしょうか?」


 どっちもだ。でも、答える必要はないだろう。

 すると、突然ヴェノムギアが手のひらを向けてきた。赤い魔法陣が瞬く間に展開され、火炎が放射される。


「く!?」


 横にステップしてなんとか躱すが、体勢を崩して倒れてしまう。その間、ヴェノムギアは別の魔法陣を地面に出していた。そこからチェーンソーみたいな音を響かす竜巻が発生し、辺りの草や地面を斬り裂きながらこちらに突進してくる。それだけではない。天空にも黄色い魔法陣があって、それは分かりやすく電気を帯びていた。雷でも落とす気か。


 竜巻の進行方向と速度を確認しつつ、視界の隅で雷の魔法陣をとらえ、ヴェノムギアの動向にも気を払いながら、俺はすぐさま起きて走り出す。数秒後、落雷があった。背後に落ちて吹き飛ばされ、真っすぐ竜巻へと放り込まれてしまう。


 雷と竜巻の挟み撃ちか。しかし、むしろ好都合だ。おかげで()()()()()()()()()()()()


 初めから感じていたが、ヴェノムギアは俺を舐めている。俺の身体能力と俺の根性を甘く見ているのだ。確かに、こんな竜巻に巻き込まれれば無事では済まないだろう。まるで巨大なシュレッダーのようだ。

 だが、この期に及んで俺が“風”如きに屈すると思っているのか。こっちはとうに死ぬ覚悟はできてんだ。


「おらぁあああああ!!」


 竜巻に接近しただけで体に無数の裂傷ができた。一瞬、全身が木っ端みじんにまでなるが『餓鬼大将(ビッグジー)』をフル活用し、むりやり人間の形を留める。

 そして、先ほどの落雷時、躊躇いなく地面を蹴っていたおかげで竜巻を突破。その先のヴェノムギアに急接近し、奴の顔面へ拳をぶち込むことに成功した。


「う……」


 『餓鬼大将(ビッグジー)』で強化された俺の右ストレートが決まり、ヴェノムギアを十メートル近く吹っ飛ばすが、バク転するみたいに受け身を取られる。


「ふふふ……いいパンチですねぇ。スキルを利用した実戦も申し分ない。すばらしいですよ、神白さん」


 口元の血を手で拭いながら、ヴェノムギアがほくそ笑む。


「ところで、やはりあなたは私を殺す気が無いようです。今のは絶好のチャンスだったと思うのですが──」

「ニタニタ笑ってんじゃねーよ。てめぇ……いつまで自分が優位な立場にいると思ってる?」

「はい?」


 ぶん殴ったとき、俺は奴の手を操作した。その手でスカートのポケットにあったカードを出し、捨てさせたのだ。

 地に落ちたそれ……委員長のカードを拾い上げる。


 今の俺にできるのはせいぜい時間稼ぎだと思っていたが、これがあれば戦況をひっくり返せるかもしれない。直接的に奴を葬ることはできずとも、彼女のスキルの中でも特に凶悪なアレ……『虚飾性(ポーカーフェイス)』を使えば、ヴェノムギアを出し抜ける。例えば、俺たちは仲間だと嘘をつき、ロワイアルゲームをやめるように言うとか──


 その瞬間、何か重みのあるものが地面にボトッと落ちた。

 左下に視線を向けると、そこにあったのは俺の手だった。落ちた手には委員長のカードが握られている。


「は……?」


 切られた? いつの間に?

 しかし、手首の切断面から凄まじい腐敗臭がして、しかもその断面が黒く焦げたようになっているのに気づき、切られたわけではないと察した。なんだ、これは──


bac7eria(バクテリア)さんですよ」

「!?」

「先ほど、神白さんが突っ込んだ竜巻に仕込んでいました。bac7eria(バクテリア)さんが生物に感染すると、その宿主の細胞を食い、腐敗させるのです」


 黒く変色した左手首がさらにその黒さを増し、物凄い勢いで俺の腕を侵食してくる。痛みはない。ただ、途轍もない激臭とともに、血肉が腐り感覚も消滅していく。


「あ……うわああああ!!」


 いつの間にか左足も腐っていたようで、俺はバランスを崩し片膝をついてしまう。自身のカードで体の形を留めようとするも、それを握っていた右手も崩れ去る。


「クソ……クソぉぉ!!」


 もう少しだったのに。なんだよこれ!?


 そのとき、ヴェノムギアが等々力たちの逃げた方向を見据えているのに気づいた。もはや俺のことなんて微塵も興味がないようで、完全なシカトを決め込んでいるのだった。

 それがとにかくムカついた。だが、もはや俺にできることは何も無い。

 地に這いつくばりながら、腐り始めた首を動かし、奴の顔を睨みつける。何度見ても、その体は委員長のそれだった。


「ふざけんな……なんなんだよ、おまえ」

「はい?」

「返せよ。みんな……委員長のこと大好きだったんだぞ!? 委員長だけじゃねぇ! 黒尾も翔也たちも……おまえのせいでみんな──」

「ふっ。ハハハハハハハハッ!」


 急に高笑いを始めたヴェノムギアは、こちらへ悠々と歩いてきた。俺の側に落ちていた委員長のカードを拾い、息を吹きかけ砂を払う。


「だったら、李さんの言う通り、ゲーム開始時から全員で固まって行動すべきでしたね? そのほうがきっと勝算はありましたよ? でも、神白さんはそうしなかった。これはすべて、あなたが招いた結果なんですよ」

「……」


 何も言い返せなかった。その通りだと思った。


 ヴェノムギアは少し離れて、またスキルを発動した。裏世界に送っていたであろう、エラーコードたちが戻ってきて、9ueen(クイーン)の瞳も『治癒(ヒール)』で治す。

 9ueen(クイーン)がふくれっ面でヴェノムギアに何か言っているが、その声は俺の耳には届かない。他のエラーコードらも、ゴミを見るような目で俺を見ていた。


 意識が遠のいていく。結局、大して時間も稼げず一人で犬死にか。クズの俺には相応しいのかもしれないが、なんて惨めな最期だろう──


 すると、薄れゆく視界の中で、青空が真っ白に光った。目が焼けるようなとてつもない光だった。


 天使のお迎えか? 俺は天国にいけるのか? まさか。自分の身の程くらい弁えている。


 瞬間、天使のお迎えにしてはやけに荒く、強烈な衝撃波を感じた。俺の腐りかけた聴覚をもつんざくような、けたたましい爆音が響いてくる。


「──てる?」


 聞いたことのあるような、無いような、大人の女性の声がした。9ueen(クイーン)ではない。もっと綺麗で透き通った、それでいて貫禄のある声だった。また、消えかけていた意識と五感が蘇っていく感じもして──


「あー生きてるわね」


 そこには純白のロングスカートを身に着けた修道女風の美女がいた。長く美しい銀髪が風で揺れている。


 エリーゼさん? なんだ? どういうことだ?


「え……え……?」


 急展開に混乱していると、彼女の背後からラヴィニアさんが出てきた。俺に肩を貸し、その小さな体で起こしてくれる。


「動揺するのも無理はないが、ともかく心配するな。他の者のたちのところにも、すでにマリヤが向かった。あの蛇と一緒にな」


 聞きたいことが山ほどある。どういう状況だ? 助かったのか?


 すると、こちらに背を向けたエリーゼさんが声をかけてくる。彼女の視線の先には砂埃があって、その向こうにヴェノムギアたちの驚愕したような顔がうっすら見えた。連中もよく分かっていないらしい。


「あなた、カミシロだったっけ? 私が来るまでよく耐えてくれたわ。ファインプレーよ。あとは任せなさい」

「え──」


 エリーゼさんは背を向けつつ、横目でこちらを見た。その表情は少し笑っていた。

 そうして、ラヴィニアさんが魔法陣を地面に出し、俺は眩い光に包まれる──


 彼女の肩を借りたまま、視界が光で埋め尽くされた数秒後……見覚えのある屋内に出た。両サイドには、前向きに並んだ座席がある。桐谷のリニアだ。静かに揺れている。


「──雄介!?」


 通路の先に茉莉也がいた。すぐ側の床には噂の蛇もいる。目が赤い。たぶん、あれがouro6oros(ウロボロス)だろう。本当に仲間にしたようだ。

 こちらへ駆けてくる茉莉也よりもやや早く、蛇が目の前までやってくる。同時に、全身の欠損や疲労がみるみるうちに復活していった。


「どうだ……気分は……?」


 腹に響くような低音で黒蛇が喋った。

 活力がみなぎってくる。あれだけの重症を負っていたというのに、ラヴィニアさんの肩を借りずとも、問題なく自立できるようになった。


「い、生きてんのか、俺?」


 続けて、茉莉也が屈んで俺の顔を覗き込んでくる。


「生きてるよ!!」

「……」


 彼女はなぜか白い鳥を抱えていて……って、これpelic4n(ペリカン)か? なんでこいつまで。


「あ、あぁ……夢か。やっぱ俺死んで──」

「クァ? マリヤが生きていると言ったであろうが!」

「いててててッ!!」


 pelic4n(ペリカン)がくちばしで鼻をつまんできた。すぐに茉莉也が止めてくれるが、めちゃくちゃ痛かった。こりゃ夢じゃねぇ。


 すると、また「雄介!」と名前を呼ばれた。茉莉也がやって来た方向から、翠斗や等々力、さっき俺が逃がしたみんながそこにいた。死んだはずのみんなが生きて──


「神白、ありがとう!」

「?」


 等々力が開口一番にそう言った。後に続き、他のみんなもぞろぞろやってきて、口々に俺への感謝を述べてきた。

 瀬古も名波も雲藤も。月咲なんかはハイタッチをせがんできて、あの茂田や桐谷まで「ありがとう」という言葉を口にした。そして、翠斗が肩を組んでくる。


「マジで助かったぜ雄介! ま、一回死んだは死んだけど! でも、ほんとありがとな!」

「いや、俺は」

 

 言葉に詰まった。まだ混乱しているというのもあったが、なんて返せばいいのか全然分からなかったからだ。

 すると、ouro6oros(ウロボロス)が空いた座席に飛び乗って、とぐろ巻いた。


「等々力から聞いた……ヴェノムギア様の襲撃から皆を逃がしたのは貴様だと……」

「それはまぁ、でも、そんな大袈裟な」

「大袈裟なことあるか……我の力をもってしても、死体が無ければ蘇生は不可能……ヴェノムギア様もそれを理解している。貴様が皆を逃がさなければ……あの方はこいつらを跡形もなく消していただろう。だから……こいつらはおまえが救ったんだ」


 列車の奥にある引き戸が開き、そこからあの二人も五体満足で姿を現した。


「……アダムさん……七原も」


 アダムさんはにっこりと白い歯を見せながら親指を立てた。一方、七原は相も変わらずツンとした表情で、偉そうに腕を組んでいる。まったく気に入らない。


 でも、あんな酷い状態だった二人が生きている。血だらけだった白衣やセーラー服も綺麗になっていて(たぶん茉莉也のスキルで作ったと思われる)、翠斗たちもやっぱり無事で、その夢みたいな現実を段々と実感してきて、俺の心のダムが決壊した。


「ひぐっ……み、みんなあああ……」


 最悪だ。超ダサい。ダサいが、涙がとめどなく溢れてくるもんで困った。

 てか、他人から“ありがとう”なんて言われたのいつぶりだ。なんだよ。人から感謝されるのって、こんな嬉しいのかよ。


「ごめんなぁ……! 今まで……ほんとに! ほんとにごめんなさいぃ……!!」


 肩を組んでいた翠斗が少し引いて、言葉を返してくる。


「な、なんだよ? 何謝ってんだよ……」

「翠斗ぉぉ……俺やっぱまだ死にたくねぇ! 俺、バカのクズだけどさ……でも、もっとみんなと生きてたいんだ! いいかなぁ!?」


 そしたら、奥の方から七原が一喝してくる。


「いいに決まってんでしょ! みんなで生きて、知華子も助けて、地球に帰るの!! 聞くな、そんなこと!!」

「な、七原……おまえ、おまえ! 腹から声出せんじゃねぇかッ!?」


 すると、ラヴィニアさんが集団から抜け出して、その後を黒蛇が追っていく。


「ひとまず一件落着か。次は、いよいよムギだな。ouro6oros(ウロボロス)、手伝え」

「ああ……」


 腕で涙を拭き、二人のよく分からんやり取りについて疑問を投げかける。


「……ムギって麦嶋っすか? てか、俺まだ状況が謎なんすけど……なんか、さっきエリーゼさんもいたし」

「お生憎様、私もよく分かっていない。ただ、先ほどエリザベータが急にやってきて、とある指示を二つ受けた」

「指示?」

「一つはおまえらの安全を確保すること、もう一つはムギをエアルスに呼び戻すことだ。それさえできれば、あとはエリザベータとムギがなんとかしてくれるらしい──」

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