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【143】もしもしツッキー

 ──俺は黒尾に殺されるべきだった。


 魔界へと向かう新幹線の中、肘掛けで頬杖をつき、高速で移るサバンナの景色を眺めながら俺はそう思った。


 委員長に襲われ、七原たちが死んだことがいまだにショックで、俺や翠斗はもちろん他のみんなも塞ぎ込み、抜け殻のようだった。

 視線を落とし、手元にあるカードを読む。


 『餓鬼大将(ビッグジー)』。自分より弱いものを支配し、子分にできる。


 俺のこのスキルがあればきっと力になれると思い、茉莉也たちに同行を志願したが、三人となるとラヴィニアさんの瞬間移動が大変になるらしく、結局連れていってもらえなかった。


 むりやりにでも同行すべきだったと後悔する一方で、どこか安心している自分もいた。エラーコードのところへ向かうより、こうして新幹線で逃げているほうがずっと楽だから。

 それなのに、あのときの茉莉也に迷いはなかった。絶望的とも言えるこの状況下で、彼女は戦うことを選んだのだ。いつからあんなに強くなったのだろう。


 フラれて当然だな。幼馴染であることすら後ろめたく感じるほど、俺は彼女とつり合いが取れていない。

 人をいじめて、傷つけて、支配して……挙句の果てに戦う勇気もないときた。最悪じゃねぇか俺。どうしようもないクズだな。


「──どうする?」


 俺の座席から通路を挟んだ車両左側の席、そこに座る翠斗が声をかけてきた。四十度近くリクライニングを倒して、両手を肘掛けに置きながら天井を見つめている。


「何が?」


 目線だけ向けてそう返すと、翠斗はまた新鮮な感じで聞いてくる。


「もし、このまま元の世界に帰れなかったらどうする?」

「あ?」

「何もせず、何もできず、無意味に時間が過ぎていって、今日みたく人がじりじりと減っていったら──」


 人が減る……翠斗の口にしたその言葉を聞き、俺は無性に腹が立った。


「七原のこと言ってんのか!? あいつは茉莉也がなんとかするって言ってたろ!」


 立ち上がり、大声で怒鳴りつける。しかし、翠斗はいつも通りクールに構えていた。


「だとしても、常に最悪は考えるべきだろ」

「なんだよ、最悪って?」

「……茉莉也の作戦も失敗して、このまま地球に帰る術も見つからず、おかしくなった委員長にまた襲撃される可能性だ。もしそうなったら雄介はどうする? 委員長を……殺せるか?」


 あまりに頓珍漢なこと言うので、ついに堪忍袋の緒が切れた。


「殺すわけねぇだろ! だって、委員長は俺たちの委員長で……その……とにかく殺さねぇ!」

「だよな。そうだ。そうなんだよ……」


 結構な声量で怒鳴ったというのに、翠斗はとても安心したような表情になった。


「俺さ。委員長のこと結構好きなんだ」

「あ? おまえ彼女いるだろ。浮気なんてダセェことすんじゃねぇ!」

「違うわバカ。人間的に好きだって話だ。委員長って俺たちにはめっちゃ優しかったじゃん。今思えば、俺たちがロワイアルゲームの標的になることを知ってたみたいだし、彼女なりにまとめようとしてくれてたのかもな。結局俺たちはバラバラだったけど」

「……」


 すると、翠斗の真後ろの席に座っていた名波が身を乗り出してくる。


「翠斗きゅん、あのね~」

「髪触んなよ」

「委員長、家庭科の裁縫の授業で私の作ったエプロン凄い褒めてくれたゆ」


 名波のエプロン。あの胃もたれしそうなくらい真っピンクでフリフリのやつか。桃山とかと一緒にバカにしてたな、俺。


「僕はよく数学教えてもらったな」

「あー分かりやすいよね。何聞いても即答で丁寧な解説してくれるし」


 車両真ん中あたりに座っている瀬古の呟きに、雲藤が同調した。


「昼休み、よく一緒にキャッチボールしたなぁ。何投げても絶対キャッチしてくれるから、すごく練習になったよ。でも、あれってスキルで身体能力が上がってたからなんだろうね」


 大男、等々力源十郎の剛速球を余裕で受ける女子がいると、一時期学校で話題になったことがあった。そのおかげか、等々力は小春空中(こはちゅう)野球部の絶対的エースである。


「い、い、委員長って意外と女子鉄でさ。趣味丸出しな僕の話にもついて来てくれたんだ! 楽しかった!」

「女子鉄ってか物知りなだけじゃね~? ま、かくいう僕も彼女にラジコンの指南をしたことあったな。どんなにマニアックな話をしても良い反応が返ってくるもんだから嬉しい限りさ」


 桐谷と茂田も同じく、委員長に対し一定の信頼を置いているようだ。

 そうか。俺たちはみんなちぐはぐだったけど、いつだって委員長に支えられていたんだ。


 ところで、なんだか委員長との思い出話を一人ずつ話す流れになっているな。ちょっと照れ臭いが俺も何か言わなければ。


「俺みたいな奴にも委員長は平等に接してくれてたぞっ! 委員長は……そう! 俺たち小春空(こはるぞら)中学三年一組のかけがえのない仲間だ!」


 と、俺が言いきった瞬間、どこからか携帯の着信音が鳴った。超軽快なメロディー。誰もが一度は聞いたことがあるだろう、日曜夕方にやっている落語番組のオープニングである。


「ごめーん。私の『知恵の実(スマホ)』だぁ~」


 月咲がポケットからカードを出し、その画面を見てしかめっ面する。


「あ……神白君続けていいよ? 何? 仲間がなんだって?」

「……」


 電話が来たんだかなんだか知らないが、さっさと着信音止めろ。なんでずっと流してんだ。死ぬほど恥ずかしいんだが。

 翠斗がクスクス笑い、雲藤に関しては腹を抱えて爆笑してきた。


「アハハハハ! ダサすぎ! しぬっ……!」

「笑いすぎだろ!!」

「ふひひひっ……ん……あ? ぁぁあああ! 思い出したッ!」


 雲藤が一人でゲラゲラ笑い椅子から滑り落ちた……かと思えば、急に謎の文言を発声した。


「何を──」


 俺が聞き返そうとしたとき、その現象は起こった。

 突如、あの転校生の記憶がはっきりと蘇ったのである。


 雲藤が前の座席の背もたれをつかんで立ち上がり、息も絶え絶えに呼びかけてくる。


「ねぇねぇ! なんか私……急に思い出したんだけど!」

「麦嶋勇……か!?」

「あ、神白も!? もしかしてみんなも思い出した?」


 みんな不思議そうな表情を浮かべつつも、雲藤の問いかけに各々頷いた。

 記憶が戻ったようだ。しかし、どうしていきなり?


「そっか。これ麦嶋君かぁ」


 月咲も何か思い出したような様子でボソッと呟き、すでに着信音の止まった『知恵の実(スマホ)』を再びいじりだす。


「最近私のやってるソシャゲでさ、めっちゃチャット送ってくる人がいてさ。しかも、なぜかロワイアルゲームのこと知っててコワって思ってたんだけど、そこはかとなく親近感を覚えた私は今朝、彼とSNSを交換したのでした」


 月咲が『知恵の実(スマホ)』をタップすると、通話中の画面に変化した。スピーカーをオンにして、音量を上げ、そしてその画面には“麦嶋勇”という名前も表記されていた。アイコンは彼本人と見知らぬ女子のツーショットである。黒髪だがどことなくエリーゼさんに似ていた。


『──あ、もしもし! 月咲さん!?』


 電話越しだが、俺はこの声を知っている。麦嶋だ。間違いない。


「もっし~」

『うおお繋がったぁぁ! ツッキーだ! もしもしツッキー!?』

「はい、こちらツッキー」

『ツッキーうぇ~い! 俺、麦嶋! 麦嶋勇! って、分かんないか。なんか君らも記憶がアレしてるらしいし……えっとね、俺は君のクラスメイトで──』

「あ~知ってる知ってる。ちょうど今思い出したとこ」

『思い出した? あ、octo8us(オクトパス)倒したの? エリーゼ曰く、あいつ倒せば記憶戻るらしいけど』

「何それ知らない」

『えー?』

「んー?」


 俺は通路をずかずか歩いていって、月咲の『知恵の実(スマホ)』に声を飛ばす。


「麦嶋ッ! おまえ今どこいんだよ!?」

『うるさ。この声は神白か。俺、今地球にいるんだ』

「地球!?」

『そう。地球から電話してる。ちなみに俺のスマホは普通のスマホだぜ。SIMフリーのな。そう考えると、月咲さんのスキルって凄いよな』


 やべぇ、全然意味わかんねぇ。俺がバカだからついていけないのか? いや、翠斗たちもポカンとしている。良かった。


『そっちは今どういう状況?』


 動揺し言葉を失っていたところに質問が飛んでくる。月咲が即答する。


「桐谷君のリニアで逃げてる。今日、神白君たちが委員長に襲われて、それで七原さんとアダムさんが……死んじゃって」

『……』


 身を乗り出して、月咲の話を補足する。


「けど二人の死体は回収した! でもって、茉莉也が黒蛇のところに行った!」

『えぇ?』

「茉莉也がさ、蛇を仲間にすりゃ七原たちを助けられるって言って、ラヴィニアさんと一緒にそいつのところへ向かったんだよ!」

『ラヴィニアもいんの!? しかも、蛇を仲間にって……ぶっ飛んだこと考えるな。でも、そうか──』


 何か考え事をするような感じで麦嶋はしばし間を置いてからまた話を再開する。


『うん。とにかくみんな逃げろ。知華子ちゃんから逃げるんだ。間違っても、戦おうなんて考えるなよ? あれはもう別の生き物だと思え』

「おまえ、なんか知ってんのか!? 委員長のこと!?」

『ああ。彼女は今、ヴェノムギアに体を乗っ取られてる』


 サラッと告げられた真実に俺たちは戦慄した。リニアモーターカーの静かな走行音が聞こえてくる。そして、麦嶋は淡々と信じ難い情報を付け加えてくるのだった。


『ヴェノムギアは死ぬと他人の体を乗っ取れるらしい。しかも、乗っ取った相手が持つ魔力やスキルなんかも全部自分のものにできる。だから、色んな魔法が使えるし、知華子ちゃんのスキルも我が物顔で扱える』


 そんなバカなこと……と俺は半信半疑になるが、あのとき委員長がスキルと魔法を両方使用していたことを考えると一応辻褄が合っていて鳥肌が止まらなくなった。


「な、なんだよそれ? そんなもんどうすりゃいいんだよッ!?」

『大丈夫だ。いいから逃げろ。もうすぐ──』

「……ん? もうすぐ、なんだ!? 聞こえねーぞ!!」

『────』


 切れた。よく見たら月咲の『知恵の実(スマホ)』の電波が圏外になっている。


「あれー? いつも電波最強の速度爆速なのに……」


 月咲が画面をタップするが完全にフリーズしていた。


 何かヤバいことが起こっていると直感した次の瞬間、リニアモーターカーが霧消した。

 わけも分からず俺たちは、時速数百キロで走行していた列車から放り出されてしまう。


 風を切るような轟音と共に、乾いた地面が迫ってきた。

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