【142】いつまでも
「──タコのうなじに突っ込んでいった!」
ラヴィちゃんの発言にびっくりしているのも束の間、すぐさまpelic4nが隣の岩山で姿を現した。
「──満腹なのだぁ! むむ!? 八次元はどこだ!? 消えた!」
あれ? 普通にいるじゃん。なんか、わけわかんないこと言ってるけど。
その瞬間、脳に失われたはずの記憶が流れ込んできた。虫食いされた彼の顔が、はっきりと思い起こせるようになった。迷宮にて、彼と手を合わせて魔法銃を撃ったときの情景が思い浮かび、私は変な奇声を上げてしまう。
「ひゃぁぁあ!! 勇……麦嶋勇! 思い出した! うそぉ~! 超かっこいいんだけどぉぉ!」
急に奇声を上げたので、ラヴィちゃんからドン引きしたような視線を向けられる。
「ど、どうした? 記憶が戻ったのか?」
「みた~い!」
「ということは……倒したのか!? あのタコを!?」
pelic4nがここまで飛んで戻ってくる。
「タコは朕のごはんとなった。少し遅めの朝ごはんである」
「ものの数秒でよくやれたな……」
「数秒? 割とごちゃごちゃやってた気がするが、それもまた、八次元の不思議なのだろう」
すると、pelic4nがあくびするみたいに口を開け、袋を裏返しにしながら自身を飲み込んだ。そして、また戻ってきて瞳の光が失せる。
「飲み込んだ五次元も消えておったわ。奴が死んで綺麗さっぱり、というわけだな」
「?」
私もラヴィちゃんも首を傾げた。でも、なんか向こうにいたあの少女も消えてるし、やっつけたということだろう。
記憶が戻ったことや、無事にラヴィちゃんと生き残れたことが嬉しくて、私はpelic4nに抱きつき感謝を述べる。
「助けてくれてありがとう……本当にありがとう! pelic4nも無事でよかった……」
「くるしゅうない、くるしゅうない」
ラヴィちゃんもお辞儀をして、同じく礼を述べた。pelic4nもご満悦だった。
「さて、問題はここからだぞ」
「あ、そっか。ouro6oros」
私たちは彼を懐柔するためにここまで来たんだ。
「ちなみにあの結界。私の空間魔法でもどうもできなかったんだが──」
私がお願いするまでもなくpelic4nが走っていって、その黒い立体物を飲み込んだ。
「──もちろんこれも飲み込めるようだな」
「!?」
「おまえが噂の黒蛇か」
結界が消え、ouro6orosが出てきた。
すぐに彼は身をよじらせ逃げようとするが、pelic4nが踏みつけて、くちばしで何度もつつく。
「ちょっとやめてよ! なんでつつくの!?」
「蛇は食べ物なのだ!」
「ちがーう! 同じエラーコードの仲間でしょ!?」
くちばしをつかんでしかりつける。
「失せろ……新妻茉莉也……我は貴様が嫌いだ」
ouro6orosがpelic4nに押さえつけられながらも、こちらを睨んでそう吐き捨ててきた。
「ひど。てか、また目光らせてるし! テレポートだめ! 禁止!」
それでも彼は瞳を光らせたまま、裂けた口角を上げて不敵に笑う。
「この我を……懐柔しようとしているらしいな?」
「そだよ! え、仲間になってくれる感じ!?」
「なるわけあるか……! 前も言ったはずだぞ! ヴェノムギア様に付き従うことこそ……我の存在価値であり──」
落ち着いた様子のpelic4nから手を離し、私は両膝を揃えて屈みこむ。ouro6orosの赤い瞳と目線を合わせてじっとのぞき込むと、前みたく彼は目を逸らした。
「嘘つき」
「……!?」
「本当は怖いだけでしょ? いつか一人になるのが。だから、必死に誰かと繋がろうとしてるんだよ。自分の気持ちとかやりたいこととか全部ごまかして、とりあえず身近なヴェノムギアにすがってる。違う?」
ouro6orosが顔を上げ、敵意剝き出しの鋭い目線をキッと向けてくる。
「し、知った風な口を聞くな……! 違う!」
「そう。でも、ヴェノムギアはたぶんouro6orosの心の支えにはなってくれないよ」
「何を……」
「ouro6orosもそれを分かってるから悩んでるんでしょ? 見れば分かるよ。前に船で話したときからずっと辛そうな目してるもん」
「……」
前々から薄々感じていたことだけど、ヴェノムギアは自分以外の生き物になんの関心もない。そうでなきゃこんな非人道的なゲームはやらないし、エラーコードたちと視界が繋がってるなら、彼らがピンチのときもいち早く助けに来られるはずだ。でも、ヴェノムギアは何もしない。私たちがスマホを眺めるみたいに、ただ傍観してるだけ。結局エラーコードも、ヴェノムギアにとっては暇つぶしのおもちゃに過ぎないんだ。みんな生きているのに。
手を伸ばして、ouro6orosの頭を撫でた。彼の、黒くきめ細かい鱗はひんやり冷たかった。
「私がouro6orosと一緒にいてあげる」
一瞬、彼の瞳の光が弱まった。しかし、すぐにまた光を強め、険しい表情で頭を動かし私の手から離れる。
「貴様の狙いは……我の能力だろう!? 聞こえの良い言葉ばかり並べて……騙そうったってそうはいくか!」
「能力が狙いってのはそうかもだけど、一緒にいるっていうのは本当だけど。私も実は結構寂しがりだからさ。もし私がouro6orosの立場だったらって考えると物凄く恐い気持ちになるの。だから──」
「何が、一緒に……だ! できもしないことを……」
「できるよ。私が大人になっておばあちゃんになって天国に行っても、私の子どもが孫が、一緒にいる。いつまでもいつまでも独りになんてさせないから」
彼はまた目を逸らして俯いた。かすかに身を震わせ、絞り出すような声を出す。
「本気で……言っているのか……?」
「うん!」
「だ、だが……我は不老不死で……」
後ろからラヴィちゃんのため息が聞こえてきた。
「その不老不死というのもいささか疑わしいがな」
「……?」
「一度全身をくまなく調べたら、不老不死はでたらめだったと案外分かるかもしれない。知り合いで医学に精通する者が何人かいる。紹介しよう。そして、もしでたらめなら、いつかぽっくり逝ってしまうわけで、こんなゲームに協力している時間が惜しいと思わないか?」
すると、ouro6orosの震えが徐々に収まっていき、瞳の光も失せていく。
「我は……死ねるのか……?」
「さぁな。可能性の話をしたまでだ。しかし、私たちにつけば、エリザベータやその側近のアダムにも取り次げる。ヴェノムギアなんかよりもずっと頼りになるだろう?」
「……」
しばらく彼は押し黙り、顔を上げて私たちの顔を見たかと思えば、また目を伏せる。
瞬間、その細長い体から煙のような魔力を溢れ、瞳が一気に発光した。そして、pelic4nに押さえつけられていた彼が消えてしまった。テレポートだ。
すかさずラヴィちゃんが辺りを警戒するが、すぐにouro6orosの声が聞こえてきた。
「我とpelic4nに植え付けられたbac7eriaを殺菌した……これでヴェノムギア様と繋がっていた視覚と聴覚は……完全に断たれた」
いつのまにかouro6orosは私たちの背後でとぐろを巻いていた。とても穏やかな表情で、彼は私を見上げてくる。
「いいだろう……貴様らの口車に乗ってやる……その代わり、約束は守ってもらうぞ、新妻茉莉也」
そのとき、ouro6orosは微笑んでいた。彼の笑顔を初めて見て、私は少し嬉しくなる。
「もち! 約束ね!」
私は屈みこみ、小指を出して、ouro6orosの尻尾の先と結んだ。
異世界に指切りなんて文化はないようで、蛇はポカンとしていた。それでもなんとなく察したのか、彼のほうからも私の小指に尻尾を絡めてくる。
細くて冷たいけれど、重みも肉感もあって、私はそこに“命”を感じたのだった。