表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
143/150

【142】いつまでも

「──タコのうなじに突っ込んでいった!」


 ラヴィちゃんの発言にびっくりしているのも束の間、すぐさまpelic4n(ペリカン)が隣の岩山で姿を現した。


「──満腹なのだぁ! むむ!? 八次元はどこだ!? 消えた!」


 あれ? 普通にいるじゃん。なんか、わけわかんないこと言ってるけど。


 その瞬間、脳に失われたはずの記憶が流れ込んできた。虫食いされた彼の顔が、はっきりと思い起こせるようになった。迷宮にて、彼と手を合わせて魔法銃を撃ったときの情景が思い浮かび、私は変な奇声を上げてしまう。


「ひゃぁぁあ!! 勇……麦嶋勇! 思い出した! うそぉ~! 超かっこいいんだけどぉぉ!」


 急に奇声を上げたので、ラヴィちゃんからドン引きしたような視線を向けられる。


「ど、どうした? 記憶が戻ったのか?」

「みた~い!」

「ということは……倒したのか!? あのタコを!?」


 pelic4n(ペリカン)がここまで飛んで戻ってくる。


「タコは朕のごはんとなった。少し遅めの朝ごはんである」

「ものの数秒でよくやれたな……」

「数秒? 割とごちゃごちゃやってた気がするが、それもまた、八次元の不思議なのだろう」


 すると、pelic4n(ペリカン)があくびするみたいに口を開け、袋を裏返しにしながら自身を飲み込んだ。そして、また戻ってきて瞳の光が失せる。


「飲み込んだ五次元も消えておったわ。奴が死んで綺麗さっぱり、というわけだな」

「?」


 私もラヴィちゃんも首を傾げた。でも、なんか向こうにいたあの少女も消えてるし、やっつけたということだろう。

 記憶が戻ったことや、無事にラヴィちゃんと生き残れたことが嬉しくて、私はpelic4n(ペリカン)に抱きつき感謝を述べる。


「助けてくれてありがとう……本当にありがとう! pelic4n(ペリカン)も無事でよかった……」

「くるしゅうない、くるしゅうない」


 ラヴィちゃんもお辞儀をして、同じく礼を述べた。pelic4n(ペリカン)もご満悦だった。


「さて、問題はここからだぞ」

「あ、そっか。ouro6oros(ウロボロス)


 私たちは彼を懐柔するためにここまで来たんだ。


「ちなみにあの結界。私の空間魔法でもどうもできなかったんだが──」


 私がお願いするまでもなくpelic4n(ペリカン)が走っていって、その黒い立体物を飲み込んだ。


「──もちろんこれも飲み込めるようだな」

「!?」

「おまえが噂の黒蛇か」


 結界が消え、ouro6oros(ウロボロス)が出てきた。

 すぐに彼は身をよじらせ逃げようとするが、pelic4n(ペリカン)が踏みつけて、くちばしで何度もつつく。


「ちょっとやめてよ! なんでつつくの!?」

「蛇は食べ物なのだ!」

「ちがーう! 同じエラーコードの仲間でしょ!?」


 くちばしをつかんでしかりつける。


「失せろ……新妻茉莉也……我は貴様が嫌いだ」


 ouro6oros(ウロボロス)pelic4n(ペリカン)に押さえつけられながらも、こちらを睨んでそう吐き捨ててきた。


「ひど。てか、また目光らせてるし! テレポートだめ! 禁止!」


 それでも彼は瞳を光らせたまま、裂けた口角を上げて不敵に笑う。


「この我を……懐柔しようとしているらしいな?」

「そだよ! え、仲間になってくれる感じ!?」

「なるわけあるか……! 前も言ったはずだぞ! ヴェノムギア様に付き従うことこそ……我の存在価値であり──」


 落ち着いた様子のpelic4n(ペリカン)から手を離し、私は両膝を揃えて屈みこむ。ouro6oros(ウロボロス)の赤い瞳と目線を合わせてじっとのぞき込むと、前みたく彼は目を逸らした。


「嘘つき」

「……!?」

「本当は怖いだけでしょ? いつか一人になるのが。だから、必死に誰かと繋がろうとしてるんだよ。自分の気持ちとかやりたいこととか全部ごまかして、とりあえず身近なヴェノムギアにすがってる。違う?」


 ouro6oros(ウロボロス)が顔を上げ、敵意剝き出しの鋭い目線をキッと向けてくる。


「し、知った風な口を聞くな……! 違う!」

「そう。でも、ヴェノムギアはたぶんouro6oros(ウロボロス)の心の支えにはなってくれないよ」

「何を……」

ouro6oros(ウロボロス)もそれを分かってるから悩んでるんでしょ? 見れば分かるよ。前に船で話したときからずっと辛そうな目してるもん」

「……」


 前々から薄々感じていたことだけど、ヴェノムギアは自分以外の生き物になんの関心もない。そうでなきゃこんな非人道的なゲームはやらないし、エラーコードたちと視界が繋がってるなら、彼らがピンチのときもいち早く助けに来られるはずだ。でも、ヴェノムギアは何もしない。私たちがスマホを眺めるみたいに、ただ傍観してるだけ。結局エラーコードも、ヴェノムギアにとっては暇つぶしのおもちゃに過ぎないんだ。みんな生きているのに。


 手を伸ばして、ouro6oros(ウロボロス)の頭を撫でた。彼の、黒くきめ細かい鱗はひんやり冷たかった。


「私がouro6oros(ウロボロス)と一緒にいてあげる」


 一瞬、彼の瞳の光が弱まった。しかし、すぐにまた光を強め、険しい表情で頭を動かし私の手から離れる。


「貴様の狙いは……我の能力だろう!? 聞こえの良い言葉ばかり並べて……騙そうったってそうはいくか!」

「能力が狙いってのはそうかもだけど、一緒にいるっていうのは本当だけど。私も実は結構寂しがりだからさ。もし私がouro6oros(ウロボロス)の立場だったらって考えると物凄く恐い気持ちになるの。だから──」

「何が、一緒に……だ! できもしないことを……」

「できるよ。私が大人になっておばあちゃんになって天国に行っても、私の子どもが孫が、一緒にいる。いつまでもいつまでも独りになんてさせないから」


 彼はまた目を逸らして俯いた。かすかに身を震わせ、絞り出すような声を出す。


「本気で……言っているのか……?」

「うん!」

「だ、だが……我は不老不死で……」


 後ろからラヴィちゃんのため息が聞こえてきた。


「その不老不死というのもいささか疑わしいがな」

「……?」

「一度全身をくまなく調べたら、不老不死はでたらめだったと案外分かるかもしれない。知り合いで医学に精通する者が何人かいる。紹介しよう。そして、もしでたらめなら、いつかぽっくり逝ってしまうわけで、こんなゲームに協力している時間が惜しいと思わないか?」


 すると、ouro6oros(ウロボロス)の震えが徐々に収まっていき、瞳の光も失せていく。


「我は……死ねるのか……?」

「さぁな。可能性の話をしたまでだ。しかし、私たちにつけば、エリザベータやその側近のアダムにも取り次げる。ヴェノムギアなんかよりもずっと頼りになるだろう?」

「……」


 しばらく彼は押し黙り、顔を上げて私たちの顔を見たかと思えば、また目を伏せる。


 瞬間、その細長い体から煙のような魔力を溢れ、瞳が一気に発光した。そして、pelic4n(ペリカン)に押さえつけられていた彼が消えてしまった。テレポートだ。

 すかさずラヴィちゃんが辺りを警戒するが、すぐにouro6oros(ウロボロス)の声が聞こえてきた。


「我とpelic4n(ペリカン)に植え付けられたbac7eria(バクテリア)を殺菌した……これでヴェノムギア様と繋がっていた視覚と聴覚は……完全に断たれた」


 いつのまにかouro6oros(ウロボロス)は私たちの背後でとぐろを巻いていた。とても穏やかな表情で、彼は私を見上げてくる。


「いいだろう……貴様らの口車に乗ってやる……その代わり、約束は守ってもらうぞ、新妻茉莉也」


 そのとき、ouro6oros(ウロボロス)は微笑んでいた。彼の笑顔を初めて見て、私は少し嬉しくなる。


「もち! 約束ね!」


 私は屈みこみ、小指を出して、ouro6oros(ウロボロス)の尻尾の先と結んだ。

 異世界に指切りなんて文化はないようで、蛇はポカンとしていた。それでもなんとなく察したのか、彼のほうからも私の小指に尻尾を絡めてくる。

 細くて冷たいけれど、重みも肉感もあって、私はそこに“命”を感じたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ