【141】自然の摂理
「勇と見た星……綺麗だったな」
ラヴィちゃんに瞬間移動されたあと、私は無人島の浜辺で葛藤し、そして決心した──
私とラヴィちゃんで勝てないなら、誰かに助けてもらえばいい。他力本願で何が悪い。他力を願うのも私の自力だ。
助っ人の当てはある。
ラヴィちゃんが言っていたが、今日の彼女は瞬間移動の調子が悪かった。あれは、移動していたのが私とラヴィちゃんだけじゃなかったからだ。誰かが勝手に付いてきたせいで燃費が悪くなったのだ……たぶん。いや、きっとそうだ。そうに違いない。
あの王冠を被った彼を思い出し、『桜花爛漫』でその位置を探してみる。
反応はなかった。実は前にも何度か試していたが、あの不思議な能力で、自身の口内に隠れているのか姿を消しているのか、とにかく感知できない。
「……pelic4n? いないの?」
迷宮で襲われたとき、彼はその口内からドンピシャで私たちの頭上に出現していた。きっと彼は口内からでも現世の状況を把握できる。私の声も届くはずだ。
「お願いpelic4n。出てきて! 助けてほしいの!」
そういえば彼とはひどい別れ方をした。モレットにて、ハンターギルドのリーダーが惨殺された事件の犯人がpelic4nだと知り、私は彼を突き放したのだ。結局あれは委員長のスキルで騙されてたわけだけど、それでもみんなで寄ってたかってpelic4nを責めたのに変わりはない。あのときの、ショックを受けたような彼の顔を思い出し、胸が締め付けられる。
何、調子のいいこと言ってんだろ私。もっと言うべきことがあるでしょ。
「ごめんね……あのとき信じてあげられなくて……本当にごめんなさい」
やはり返事はない。当然だ。私は彼を信じてあげられなかった。もし近くにいても、出てきてくれるわけが──
「──おぬしが謝る必要などないわ」
振り返ると、そこには彼がいた。
あのときと何も変わりはない。白い翼と立派な王冠。そして、あの赤い瞳と目が合った。
「pelic4n!!」
飛びつくようにして彼を抱きしめた。柔らかい羽毛の感触がして、さらに強く抱きしめると確かな体温がそこにはあった。
「……ずっと近くで見守ってくれてたの?」
「そうとも言えるが、要は怖気づいていたのだ。マリヤが朕を避けるわけあるまいと頭で理解しながらも、また嫌われたら……と考えたら見守ることしかできなかった」
「嫌ったりなんかしない! また会えて嬉しいよpelic4n!」
「クァァ」
大きなお饅頭みたいに体を丸めたpelic4nを抱き上げる。
「それでねpelic4n」
「分かっておる。あの魔族を助けたいのだろう? お安い御用だ──」
そうして私は彼の口に入れてもらい、ラヴィちゃんの元へと戻った。
pelic4nは見た目こそペリカンだけど、ハヤブサなどの遺伝子も組み込まれているらしく、移動は超高速だった。たぶん本物のハヤブサよりも速い。
ものの数分で私は吐き出され、あの岩山に戻ってくる。
そこには、なぜかツインテールになってるタコがいた。タコが、岩につかまって今にも滑落しそうなラヴィちゃんの手を踏んづけている。ひどい。
ラヴィちゃんを助けて、とpelic4nにすぐお願いした。そうして、彼がラヴィちゃんを助け……というか丸飲みして、私は岩山の際にいたタコの背中を押し飛ばした。後ろから突き落とすなんて、我ながら卑怯だと思うけれど、ラヴィちゃんをいじめていたのがどうしても許せなかった。
「──マリヤ!? こいつってあれだろ!? エラーコードじゃないか!?」
pelic4nから吐き出され、気が付いた様子のラヴィちゃんが指をさして訴えかけてくる。
そうだよと言おうとしたら、pelic4nが翼をはためかせてプンプン怒る。
「クワァ!? 国家であると言ったであろうが!!」
「な、何言ってんだおまえ……」
「ときにおぬし!? いつまでマリヤに抱かれておる!? そこは朕の玉座であるぞ!!」
違うし。
pelic4nがラヴィちゃんをつっつき始めたので注意する。
「やめてよ! ラヴィちゃんはお友達なんだから!」
「むむ……ならば許そう。朕の御心はどんな水場よりも深く広い!!」
「繰り返すがマリヤ……こいつエラーコードだよな? なぜ仲間みたくなってるんだ? 大丈夫なのか?」
「大丈夫大丈夫! 前に色々あって仲良くなったの! ね?」
「マリヤは朕の家来なのだぁ!!」
「だ、大丈夫……か?」
ラヴィちゃんが警戒しながらも体を起こす。
良かった。大きな怪我はなさそうだ。その肩を支えながら一緒に立ちあがる。
すると、岩山の下からタコが姿を現した。ツインテールの少女で、うなじから数本の触手を出しながらクモみたいに岩山をよじ登ってきた。
「やっぱり……イカレ鳥じゃねぇか!? 何してんだてめぇ!?」
「口を慎め下民ッ!」
「があああ! おい蛇!! さっさとあいつの魔法解けや!」
あいつの魔法? あ、そうだ。私がpelic4nと仲良くなったのは、動物が懐く魔法を使ったからで──
興奮して翼をばたつかせていたpelic4nが突如、動きを止めた。辺りを見回し、急に大人しくなる。
「カ……カァ?」
「pelic4n?」
解かれた。こんな簡単に。
「ほ~ら、こっち来い! おまえはエラーコードのpelic4nだろうが!?」
「クワアァ……?」
ペタペタと水かきのある足を動かし、pelic4nが私から離れていく。
「バカ女どもめ! ouro6orosは最強なんだよ! おまえらなんかが対抗できるわけ──」
「朕に指図するなぁ!!」
pelic4nがタコを飲み込んだ。そのままペタペタ歩いていって、崖下にタコを吐き出した。
「──ぎゃあぁぁ」
「ひかえおろう! カァーッ!!」
翼をはためかせて落としたタコを煽り、身を翻して私のもとに飛んできた。呆然としながらも私はキャッチして抱っこする。
「なでなでを所望す!」
「え? うん。いい子いい子。でも、魔法解かれたんじゃ……?」
「クルックゥー! なんじゃそら? 魔法なんぞなくともマリヤは朕の家来なのだ」
家来になった覚えはないけれど、まぁ素で私に懐いてくれてるってことなのかな。でも、そうだよね。動物と仲良くなるときだって、本来魔法なんかいらないわけだし。
「何回も何回もぉぉ! 落としてんじゃねぇ!」
うなじから生やした触手を足にして、タコがまた戻ってきた。
「おぬしのタコ足美味そうだのう? よこせ!」
「あぁあああ! もうっ! もういい! もうっ……いいっ! そうだ。コレとまともに会話しようとしちゃダメだ。落ち着け……落ち着くんだ僕」
すると、またpelic4nが飛び出しそうになったので、彼をやや強めに抱いて制止する。代わりに、私が呼びかける。
「ねぇ? もうやめにしない? おかしいよ。お互いこんなボロボロになって戦って……なんでこんなことしないといけないの?」
「んなもん説明しなきゃダメか? 僕らはヴェノムギア様の兵器、いわば道具なんだよ。あの方のために心血を注ぐのは当然のことだ」
「違う!」
「あ!?」
「兵器なんかじゃない。あなたたちは生き物でしょ。感情や意思を持った生き物なんだよ」
岩山にある真っ黒い立体物に視線を向ける。スキルを使えば、その中にあの蛇がいるのは丸分かりだった。
以前、彼と船で喋ったとき、彼がひどく怯えていたのを覚えている。たぶん彼は、不老不死が辿るであろう運命に怯えているのだ。私だって同じ立場に置かれたら、その恐怖に押しつぶされてしまうだろう。だから、誰かに縋って、自分のことなんて後回しにして、現実から目を背けてしまうんだ。
「本当はどうしたいの!? ちゃんと自分の意思で生きなきゃ、ホントにただの兵器になっちゃうよ!? それでいいの!?」
黒い立体物へと私は必死に訴えかけた。
横からタコが鼻で笑ってくる。
「いいに決まってんだろ。死ねよ」
「よくないし死なない! octo8us! あなたも本当はやりたいことがあるんじゃないの!?」
「やりたいこと? あーあるぜ。このロワイアルゲームをもっと楽しむことだ。おまえみたいな夢見がちなバカ女をぶっ殺せるからなぁ!」
タコはまたうなじから触手を出し、周辺にも泥沼が出現した。
すると、pelic4nが飛び出し、物凄いスピードで辺りの触手や、タコの少女まで飲み込んだ。しかし、次から次へと泥沼が発現し、触手が生えてくる。
「丸飲みだぁあああ!」
赤い閃光が辺りを縦横無尽に飛び回るが、触手の勢いもとどまるところを知らない。
「待て! あれはタコ本体ではない。同じエラーコードなのに知らないのか?」
飛び回るpelic4nにラヴィちゃんが呼びかける。
一通り触手を飲み込んだあと、彼は近くに降り立った。
「知ら~ん!」
「知らん……か。とにかく本体を見つける必要がある。だが。感知魔法を使っても一向に引っかからないし、早急に決着をつけなければまた記憶を──」
「ほぉ。では、朕に名案がある」
pelic4nの視線の先、隣の岩山に同じような髪色と服装をした少女がいた。でこ出しのボブカットでさっきの少女とはまた別の子だと分かる。よく分かんないけど偽物が何人もいるみたいだ。
「名案って?」
私がそう聞くと、pelic4nは羽毛でフワッとした胸を張る。
「それはもちろん──」
「もちろん?」
「丸飲みだぁあああ!!」
「同じーッ!?」
pelic4nがミサイルみたいに隣の岩山へと突っ込んでいった。そこにいた少女が触手で迎撃しようとするがそれもすべて飲み込んで、そして──
「あいつ……!?」
ラヴィちゃんが眉をひそめて、驚いたような素振りを見せる。
速すぎて私には何が何だか分からなかったが、pelic4nが例のごとく触手を飲み込んだあと、その姿が消えた。岩山にはまだあの少女がいるが、うなじから伸びた触手は不自然に動きを止めていた。それ以上、触手が出てくることもなく、謎に両者睨み合う時間が生まれる。
「ラヴィちゃん? 何? 何が起こったの?」
「……突っ込んだ」
「それは分かるけど」
「違う。あいつ……タコのうなじに突っ込んでいった!」
※ ※ ※
異物が入ってきた。そんな気がした。だけど、そんなはずはない。だって、ここは僕だけの──
「──クワァ? なんだこのナゾナゾ国家はぁ~?」
「あ……?」
なんでpelic4nがここに?
「おお~飛ばずとも体が浮いておるわ! しかも朕がいっぱい……合わせ鏡ぃぃ?」
何? 浮いてねぇし鏡なんてどこにも──いや違う。こいつからしたら、この空間はそう感じるのか。こいつは本物のpelic4nだ。無理やり入ってきたのか!? 眷属ちゃんの体からこの空間に!?
だとしたら……まずい。一刻も早く追い出さなくては。
「てめぇ!? ここは僕の世界……僕の八次元空間だぞ!? 出てけ!!」
「つれづれロバ虫歯? サンバリアンパナコタビーム? 何を言っとるんだ無礼者!! どこにおる!?」
通じてねぇ。別の音声で聞こえているのか。しかも、僕が目の前にいるのにも気づいてない。三次元のやつが八次元に入るとこうなるのか。
ヴェノムギア様によって生み出されたときから、僕はこの八次元空間にいた。ここは僕の能力によって作られた世界であり、眷属ちゃんの第八頚髄を介することでのみ現世に干渉できる。仕組みなんて知らない。クモが誰に教わらずともあの美しい巣を形成できるように、遺伝子や細胞に組み込まれた能力が理屈抜きでこの空間を形成しているのだ。
あのヴェノムギア様ですらこの八次元は計り知れず、もしここに三次元の物質が混入したら何が起こるか想像できないと言っていた。ただ、僕もよからぬことが起こるのは直感していて、それだけは注意していたのに──
「クワ!? か、体が外側に重い!?」
「!?」
何を言っているのかと思ったら、奴の全身から銀の湿疹が発生し、そこから電気を帯びた無数の棘が生えてくる。棘は金になったり銅になったりと、謎の化学反応を高速で繰り返しながら、辺りに磁力線を発散させた。
分からないが、こいつの全身を形作る素粒子が暴走しているのかもしれない。放っておけば死ぬだろうか……と思いきや、発散された磁力線が空間を裂き始めた。ガラスがひび割れるみたいに空間が破れ、なぜか孵卵臭のするサボテンとウツボカズラが大量に生えて絡み合う。
「な、なんなんだよ……これはぁああ!?」
「クワワワあわわわ亞あアA阿?!」
「このッ……出てけぇぇ!」
触手を伸ばし、アルミニウムの棘だらけになったpelic4nをつかむ。八次元空間にトンネルを形成し、眷属ちゃんの頚髄と繋いだ。
しかし、pelic4nはびくともしなかった。
抵抗してる? なんのプライドだ、バカかこいつ? ここに残ったらどうなるか分かんねぇのかよ。
でも、僕の力でこいつは押し出せないし、説明しても通じない。なら、こいつの記憶をいじって分からせる。
世界から麦嶋の記憶を消したときとはまた違う。対象に直接触れていれば、僕は記憶改竄もできる。ありえないくらい魔力を消費するのでろくに使ったことがないが、意思を疎通するならもうその方法しかない。
『──魚魚魚ァァ! 魚をいっぱい飲み込むのだ! 朕は国家。国家国家! 魚! 魚! マリヤになでてもら──』
ノイズだらけの滅裂思考を覗きながら改竄を始める。あまりややこしい改竄は時間がかかる。ちんたらしてたら先に僕の空間が終わる。可能な限り単純に、かつ短い内容を植え付けるんだ。
「カァ……八!? 八ジゲ……ンンン?」
「わ、分かったか!? 抵抗しないで出てけ! じゃなきゃ僕ら二体とも──」
そのときだった。
僕の触手が消え、棘だらけだった奴の体も元通りになった。しっちゃかめっちゃかになった八次元空間が菫色の空間に戻り、そこで奴が目を光らせながら佇んでいた。
「ほう。これが~おぬしの本体か。まんまタコだ。大きさも色合いも」
「は?」
pelic4nが突然、僕を知覚し始めた。
「朕は賢い。ゆえに気づいた。ここが八次元空間で、朕のいる国家よりも五次元多いことに。不思議なことがたくさん起きたのはそういうわけだと、そう気づいたのだ」
ちげぇよ。僕が改竄したんだ。でも、なんだ? こいつ何をした?
すると、奴は嘲笑うように、大きなくちばしをパカパカしてくる。
「だから、飲み込んでやったわ。五次元」
「……?」
「朕は計算もできる! 八引く五は三! 三次元! 五次元飲んで、今やこの場所もおぬしも……三次元なのだぁ!」
まさか。そんなことできるわけ──
恐る恐る自身の体を見てみる。すると、どうだろう。体が圧倒的に簡素化していた。三次元のタコだ。なんてみすぼらしい奥行きのなさ。何度も体を展開された成れの果て。
「嘘……だろ? ふ、ふざけんなッ! 返せよ……五次元ッ!! 五次元返せぇぇええ!!」
「クアッ!!」
pelic4nが大口を開けて突っ込んできた。三次元の現世にいるときとまったく同じ動きを目の当たりにし、僕はさらに絶望した。
「あがッ!」
奇跡的に躱せたが触手を三本ちぎられた。振り向くと、僕の足を飲み込む鳥がいた。瞳の光は失せている。能力は使っていない。普通に捕食された。
「貴様ぁ……避けたな? この朕が、直々に丸飲みしてやろうというのになんという無礼か!?」
そのとき、生まれてこの方感じたことのない恐怖を感じた。だけど、僕はこの恐怖をよく知っている。これは、僕の遺伝子に組み込まれた水棲動物たちの記憶だ。子魚……いわゆる雑魚と言われるような奴らが、本能レベルで理解している天敵に襲われる恐怖。
嫌だ。鳥類に食われるのだけは断じて避けなければならない。ヴェノムギア様から力を与えられ、捕食されるだけの雑魚から生まれ変わったというのに……しかも、よりにもよってpelic4n! あの魔王や金髪ビッチに負けるならまだしも、アレに負けるなんて冗談じゃねぇぞ!
そうだ。勝てばいい。勝てばいいんだ。あいつは、自分を王だとか言ってるクソ低能野郎じゃねぇか。この僕が負けるはずない。
pelic4nが大口を開け、翼を広げながら重心を下げた。
どうせまたバカみてぇに突っ込んでくる。動きは見えなくても、タイミングを合わせりゃいい。
首だ。首を絞めて殺す。
鳥がなんだ。天敵がなんだ。
僕はエラーコードのocto8usだぞ。
「カァァアア! 天誅ゥゥウウ!!」
「このっ! イカレ鳥が────」
予想通り、奴は真っすぐ突っ込んできた。
だが、僕の視界は一瞬で真っ暗になった。自分が成すすべもなくあっけなく捕食されたことを理解した。
弱肉強食──なんてことはない、自然の摂理である。