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【140】エラーコード最強

 octo8us(オクトパス)が突如、勇を消した犯人であると自白した。


 彼は今どこにいるのか、彼は無事なのか、なぜ消されないといけなかったのか──

 あらゆる疑問や不安や怒りが、私の頭の中で溢れ出した。


「どうしてそんなことをしたのか、教えてほしいか?」


 octo8us(オクトパス)は首をかしげ、ニヤッと笑った。そして、周辺に生えていた無数の触手が、一気にこちらへ伸びてきたのだった。


「教えな~い!!」


 ラヴィちゃんがまた魔法陣から剣を抜こうとするが、なぜか彼女はそれを中断し、私を担いで逃げ出した。


「一旦退く……!」

 

 私を肩に担ぎながらも、彼女は物凄いスピードで川の下流へ駆けていった。

 後ろ向きに担がれているので、荒波のように押し寄せてくる触手がよく見える。ぞっとするような数だが、ラヴィちゃんのほうが速い。これなら追いつかれない。


「あいつ、私の剣術の記憶まで消してきた! それだけじゃない。あのタコは──」


 その瞬間、辺りの地面に無数の沼が出現し、あの触手が伸びてきた。


「ラヴィちゃんッ!」

「分かっている!」


 彼女はすかさず進行方向を九十度変え、生えてきた触手すべてをすれすれで躱しながら森の中へと突っ込んでいく。だが、今度はその進行を塞ぐように大量の触手が壁となって現れた。触手の壁は私たちに覆いかぶさるように伸びてきて、後方からも別の触手が迫ってくる。


「く……!」


 ここで初めてラヴィちゃんの足が止まった。逃げ場がない。


「『桜花爛漫(ギャルマインド)』……!」


 咄嗟にスキルを発動し、迫りくる触手をテディベアに変化させた。触手がバラバラに崩れるみたく、熊の人形に様変わりしていき、私たちは事なきを得る。

 ほぼ反射だった。今思いついてすぐに発動した。おかげで思考を読むタコを出し抜けたようで、遠くで驚いたような顔をしていた。ついでにタコもテディベアに変えておく。


「いいぞマリヤ! 助かった!」


 ラヴィちゃんは再び駆けだして、森の中へと逃亡を図る。

 木々をすり抜け、茂みを搔い潜り、背の低い岩山を飛び越えてタコから距離を取っていく。


「油断しないで! たぶん私のスキルもouro6oros(ウロボロス)の能力で、すぐ戻されるから!」

「まぁ、そうだろうな」


 私を担いで走りながら、ラヴィちゃんは空いた方の手に魔法陣を出し、そこから百科事典みたいに分厚い本を取り出した。


「マリヤ。今から私の空間魔法で、おまえを可能な限り遠くに移動させる。そのあと、ゴルゾラにいるであろうみんなと合流し、ムギのことや、タコの能力、そしてヴェノムギアが生きていることを伝えてくれ」

「え、空間魔法使えるの?」


 魔法で分厚い本を宙に浮かせ、走りながら彼女はそれを読み始めた。


「敵に記憶を消す能力者がいるのは明らかだったからな。魔法技術を消されたときの対策として、魔導書を用意していた。今から空間魔法を学び直す」

「そ、そんなことできるの!? てか、ラヴィちゃんは!? ラヴィちゃんも一緒に逃げるんだよね!?」

「私は……ここに残る」


 すると、彼女は一度踏み込んで大ジャンプし、適当な岩山のてっぺんに上った。広さで言えば四畳半くらいしかない頂上で、私はそこで降ろされる。

 そして、彼女は魔導書を見ながら、灰色の魔法陣を展開し始めた。緻密な模様が私の足元で少しずつ組まれていく。


「ゼロから付け焼き刃で空間魔法を発動するんだ。二人よりも一人を飛ばすほうが容易だ」

「な、何言ってんの!? 嫌だよ!? ラヴィちゃんを置いてくなんて私──」


 魔法陣から出ようとしたら、ラヴィちゃんに腕を強くつかまれた。


「マリヤ! はっきり言う、私たちはあのタコに勝てない。奴の記憶消去や、蛇の蘇生が問題なんじゃない。あの少女は……タコ本体じゃないんだ」

「?」

「なんにせよ、今もっとも避けなければいけない事態は私たちがここで共倒れすることだ! もしあのタコの言う通りヴェノムギアが生きているなら、必ずどちらかが生き残ってそれをみんなに伝えなければならない! 分かるだろ!?」


 七原さんとアダムさんの顔が思い浮かんだ。

 これ以上犠牲者を増やさないためには、私だけでも逃げてみんなと合流するのが吉……なのかもしれない。だけど──


 五百メートルくらい先。林立する岩山の間をすり抜け近づいてくる触手が見えた。

 すると、ラヴィちゃんに腕を引かれ、優しくハグされた。私より一回りも小さな体なのに、その抱擁はとても大きくて温かくて、乱れた心がスーッと落ち着くようだった。


「今の私の空間魔法だと一回でゴルゾラまで飛ばせないが、できるだけ近くまで飛ばす。あとはスキルで渡り鳥にでも変身して、真っすぐゴルゾラへ向かえ。案ずるな。私も折を見て逃げる」


 ハグを止め、彼女が笑顔を見せてくる。

 なんて優しくて強い子なんだろう。


 言葉に詰まって私は俯いてしまう。でも、それが頷いたように見えたらしく、彼女は安堵したような寂しいような表情を浮かべた。まだ覚悟なんて決まっていないのに、託されたような気がして胸が苦しくなった。

 すると、足元の魔法陣が組み上がったらしく、そこからまばゆい光が溢れ出した。


「じゃあな、マリヤ──」


 私にまだ迷いがあるのに気づいたのか、彼女は半ば強引に空間魔法を発動した。

 辺りが光に包まれて、そして──私は瞬間移動してしまう。


 移動先は浜辺だった。

 海に浮かぶどこかの島。水平線の彼方に、夕日が見えた。地球のそれより赤い気がする。


 この景色、見覚えがある。ここは、私がロワイアルゲーム開始時、最初にみんなといた無人島だ。

 とてつもない距離を移動したようにも思えたが、そういえばさっきいた秘境はカロラシア大陸の南西に位置する小大陸だった。どうやら私はエアルスを一周してしまったようだ。


 穏やかな潮風をその身で感じながら、ウミネコの鳴き声を耳にし、私は目を閉じた。


 北に向かえばゴルゾラに着く。ラヴィちゃんの言った通り、渡り鳥に変身すれば半日とかからずみんなと合流できるだろう。ヴェノムギアが生きていることも伝えられる。共倒れよりマシな結果──

 でも、もっとマシな方法があるかも。ラヴィちゃんを……あんなすてきな友達を見捨てるなんて嫌だ。今からでも彼女のもとへ──

 彼女はタコの能力について何か気づいている様子だった。それで勝ち目がないと察し、私を逃がしたんだ。なら、その判断に従うべきでは──

 それで私はいいの? 勇に顔向けできる? 彼に誇れる自分になりたいってそう思ってたはずなのに──


 おぼろげながら、彼の顔や姿が脳裏に浮かんできた。身長は高くもないし低くもない。体型も普通な感じだけど、女子の私よりはやっぱり筋肉質で男の子っぽい。それに清潔感があって塩顔イケメンで白馬の王子様って感じ(初恋フィルターあり)。

 彼のことだけではない。異世界に来てから、これまでにあった色々なことが私の脳内に高速で流れていった。そして、いまだ虫食いされた彼との思い出の中で、唯一はっきりと思い出せる情景があった。


 目を開き、私は天を仰ぐ。


「勇と見た星……綺麗だったな」


 ラヴィちゃんを助けに行くか否か……その二択でせめぎ合っていた私はやっと決心し、『桜花爛漫(ギャルマインド)』を発動した。



 ※  ※  ※



 付け焼刃で空間魔法を使ったからだろうか。どっと疲れた。マリヤ一人を逃がしたはずなのに、まるで複数人を瞬間移動させたみたいだった。


「はぁはぁ……」


 呼吸を整えながら再び魔導書を浮かせて、ページをめくっていく。

 魔力も残り少ないが、私にはまだやらなければならないことが──


「あーいたいた。まったくこんなとこまで逃げやがって! すばしっこい奴だなぁ!」


 私がいる岩山から、二十メートルほど離れた位置にある別の岩山。その側面に生やした触手を階段にして登る者がいた。言うまでもない。octo8us(オクトパス)だ。奴は目を光らせながら、私の思考を覗き見してくる。


「ふーん、なるほど。僕のもう一つの能力を見抜いたのか。で、あの金髪を逃がしたと。良い判断だな。拍手してやらぁ」


 やはり私の予想は合っていたようだ。

 この少女からは魔力をまったく感じない。だが、逆にあの触手からは魔力を感じた。つまり、少女と触手は別個体なのだ。タコ本体は別の場所に──


「ご名答。僕はこの子を“眷属ちゃん”と呼んでいる。眷属ちゃんは僕がこの世界に干渉するための“器”にすぎねぇのさ」

「世界に干渉する“器”だと……なんだ、その大袈裟な言い回しは?」

「おまえらには到底計り知れねぇってことさ」


 なんにせよ本体ではない以上、こいつを異空間に送ったところで意味がない。蛇の蘇生能力の有無に関わらず、その本体を見つけない限り埒が明かない。

 でも、それならそれで構わない。もっとも対処すべきなのはやはり蛇……ouro6oros(ウロボロス)だ。そいつがいる限り、マリヤたちに勝ち目はない。ouro6oros(ウロボロス)だけでも異空間に送り込む。ナナハラたちの蘇生はそのあとでも問題ない。


「おいおい、そんなに色々考えたら全部僕に筒抜けだぜ~?」

「構わない。ここに来る前に思いついていたことだ。どうせもう筒抜けだろう」


 触手の階段を登り切り、タコが隣の岩山の頂上に辿り着く。


「まっ、おまえの身体能力があれば僕を撒くことは楽勝だろうし、ouro6oros(ウロボロス)を集中狙いするのは悪くない考え──」

「黙れ。おまえと会話する気はない」


 芸もなく、タコはまたうなじから魔力を帯びた触手を出してくる。


「だが、僕が思うにエラーコード最強はouro6oros(ウロボロス)だ。こんな秘境からでも、あいつが本気で集中すりゃ、その蘇生能力はエアルス全域にまで影響を及ぼせる。極論、あいつさえまともに機能すりゃ、僕らは無敵ってわけ。まさに“ギア”が誇る最強兵器さ。そう簡単に奴は取らせな──」


 空間魔法を発動し、一気に黒蛇のもとへと移動した。

 魔法は成功。マリヤが先ほど指さしていた岩山のてっぺんに降り立つ。


「うぐ……はぁはぁ!」


 魔力を使いすぎた。あえなく膝をついてしまうが、眼前にどす黒い塊があるのに気づいてすぐ立ち上がる。三角を組み合わせたかのような立体。いわゆる算術の世界で正二十面体と呼ばれるような黒い物体がそこに浮いていた。

 結界だ。これほど洗練されたものは初めて見る。中には、エラーコードの異様な魔力がある。この中にあの蛇がいるようだ。


 呼吸を整え、魔導書を見ながら、残り少ない魔力を捻り出し、結界の下に術式を展開する。私の五等級空間魔法。異空間に送り込む魔法だ。


「……!?」


 だが、魔法は不発に終わった。術式を間違えたのかと思ったが、どうもそうではない。たぶん結界に阻まれたのだ。この常軌を逸した練度の結界により、空間魔法が弾かれたらしい。


 瞬間、背中に衝撃を感じて突き飛ばされる。


「うあ……」


 受け身は取れたが上手く踏ん張れず、崖から滑ってしまった。なんとか露出した岩につかまるが、視界の先にあの触手が見えて私は絶望した。


「言ったろ、最強だって。そう簡単に異空間なんかに送り込めっかよ、マヌケ」


 奥の方からタコの声がした。ザッザッと足音が近づいてきて、私は必死に上へと昇ろうとするが腕に力が入らず、体を持ち上げられない。

 やがて紫髪の少女がこちらを見下ろしてきた。さっきとは違い、ツインテールだった。別の“器”か。


「ほら落ちろ。落ちて死ね」

「くっ……ああ……」


 岩をつかんでいた手を踏まれ激痛が走る。

 魔力使い果たし、もう一等級すら満足に発動できない。向こうもそれを分かっているらしく、私を転落死させようと何度も手を蹴ってきた。しかし、私が変に粘るものだから、痺れを切らして普通に触手を出してきた。


 終わりだ。もうダメだ──


 触手が鞭のようにしなって、真横から叩きつけられてしまう。あえなく私は崖から吹っ飛んだ。

 不思議と痛みはなかった。即死したのかもしれない。


 だが、落ちる感覚はあって、地面に体をぶつける感覚もあった。そこで初めて痛みを感じた。


「うっ!」


 お尻をぶつけた。痛い。でも、やけに痛みが鮮明だ。まるでまだ生きているかのようだ。

 目を開くと、そこは真っ白い場所だった。上も下も右も左も白い。


「……?」


 わけがわからない。しかも、死んだはずなのにまだ疲れていた。息も切れている。


「……ん? は!?」


 今度は急に体が浮きだした。上へと吸い上げられるように、私は真っ白な天上へと向かっていく。

 そして、一瞬視界が真っ暗になって、すぐにまた光が戻ってくる。


「──ラヴィちゃん!? 大丈夫!?」

「は?」


 目の前にマリヤがいた。頭が混乱しすぎて爆発しそうになる。

 夢か? 夢を見ているのか私は?


「ごめん! 助けに来ちゃった!」

「……夢?」

「夢じゃないよ! 良かった! 間に合った!」


 辺りを見回すと、そこはあのouro6oros(ウロボロス)がいた岩山の頂上だった。あの結界も変わらずそこに浮いている。


「あ、イミフだよね!? えっと……どう説明すればいいかな。とにかく助けに戻ってきた! ごめんね!」


 段々とこれが夢ではないと実感し始めて、自分がまだ生きていることも理解した。


「ど、どういうことだ? それに……戻ってきただと?」

「そう!」

「い、いやいや! かなりの長距離移動をさせたはずだ! こんな一瞬で戻って来られるわけ──」


 すると、岩山の下から、またあの触手が伸びてきた。これはまずいと思いマリヤを庇おうとするが、何か翼竜らしき影が赤い閃光と共に通り過ぎ、触手がパッと消えた。


「──天誅ゥゥ!!」


 何かが側に降り立って、わけのわからない文言を叫んだ。


 それは、王冠みたいな鳥の巣を被った、赤い瞳の鳥だった。サイズ的にアヒルかと思ったが、その特徴的な下くちばしの袋を見てすぐにペリカンだと察した。

 世にも奇妙な喋るペリカンだ。


「エラーコード……?」


 私がそう呟くと、そいつは目を光らせながら、これでもかというほど翼を大きく開いた。


「クアァァ! 朕は国家なりぃぃ!!」


 また、変なのが出てきた。頭が痛くなってきた。

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