【14】贖罪
無数に展開される魔法陣の中で、蛇は堂々と近寄ってくる。
「我らを不憫と言ったが、その言葉……そのままそっくり返してやる」
「何ですって?」
「五百年前……人間との戦争で多くの種を巻き込んだ貴様が……なぜまだ生き永らえている?」
「……」
「衛星ムゥを作り、多様な生物を管理し、自身をそこに幽閉した意味は? まさか罪滅ぼしだとでも? 実に下らん……」
蛇の傍にあった魔法陣を展開し、私はそいつを焼き殺す。
だが、猛火の中から黒蛇は悠々と姿を現した。
「──罪は永遠だ。その大小に関わらず真の贖罪などありはしない」
「……」
黒蛇の魔力が若干量消費される。不死の能力とはまた別の能力を使用したのだ。
「それでも贖おうというなら、やるべきことはただ一つ……貴様の無駄な生に、終止符を打つことのみだ」
いつの間にか、老爺と少女の分身が現れていた。それどころか、魔力まで無尽蔵に増え続けている。増殖は徐々に加速する。相変わらず類を見ない能力だ。
一方で、蛇だけは変化がない。自身を増殖の対象にはできないらしい。
「beet1e、raffl3sia……死を恐れるな。攻撃を続けろ」
「…………」
二体が再度魔力を練り上げ、その分身たちも構えを取る。
容赦なく、私は魔法陣を同時発動した。火、水、風、雷、土、光、闇……七大属性全てを使用し、無数の分身体を殲滅していく。
だが、蛇の能力で体を再生させた分身が数体すり抜けてくる。
「うおぉぉおお!」
拳を構えた老爺に取り囲まれる寸前、私の手足は茨に拘束された。
「逃がさないっ!」
ボロボロの体を再生させながら、少女が能力を発動していた。
回避不能の速攻。ともあれ、回避する必要も無い。
私は結界魔法と炎属性魔法の術式を、足元に同時展開する。
そして、結界で身を守りつつ、火山噴火を彷彿とさせる熱線を放った。
「……っ!?」
無警戒に接近してきた老爺の分身たちを、地から吹き上げる灼熱のカーテンで焼き殺す。
加えて、天上の魔法陣から雷撃が落とすが、大木が伸び、屋根となって防御される。
「すまぬ……!」
「いいから! 攻めて!」
こうしている間にも彼らの分身は際限なく増殖していた。
私はただひたすら、彼らの一斉攻撃を躱し、防御し、迎え撃ち……やり過ごしていく。
『──なぜまだ生き永らえている?』
蛇の言葉が脳裏で反芻する。
あの時はあれが最適解だった、やむを得ない犠牲だった──そう自分を誤魔化し、宥め、気づけば五百年も時を過ごしてしまった。
しかし、蛇の言う通り、犯した罪が消えることはなかった。分かっていたことだが……本当に無駄な時間だった。
「raffl3sia! 毒を散布するんじゃ! わしを巻き込んでも構わん! 少しでも奴の動きを鈍らせろ!」
あの少年を助けようとしたのも、私がまだ許しを乞いている証拠なのかもしれない。
人を助ければ、人を殺した罪が軽くなる……そんなことを心のどこかで期待していたのかもしれない。我ながら浅はかで独りよがりな考えだ。
「くっ……速すぎて全然当たんない! 何なんだよこいつ!?」
いつか何か変わるだろうと……そう思っていたが駄目だった。これ以上生きていても意味はない──
魔力吸収の術式を組み、周辺一帯の魔力を吸収していくと、彼らの増殖速度がガクンと落ちていった。たちまち彼らは、私の殲滅に追いつけなくなってくる。
「ここまでして、一撃すら与えられないのか……?」
しばらくして、黒蛇の魔力が枯渇した。後を追うように、他二体のエラーコードの魔力も減少していった。
そして、彼らの攻撃が止み、 少女は息を切らして膝をつく。
「うぅ……はぁはぁはぁ!」
私も展開していた魔法陣を全て消した。
「終わりね」
「ま、まだ……」
「はいはい。もう私の負けでいいわよ」
「は……?」
「ロワイアルゲーム、だったかしら? 私はそれに一切関わらない。だから、やめにしましょう」
「……」
訝しげな表情を浮かべる彼女らから、私は逃げるように目を逸らす。
「でも、あの少年は元の世界に帰してやりなさい。聞いたわよ。彼だけ特例でゲームに参加させてるって」
「それは──」
「彼のことはアダムが……私の旧友が甚く気に入っているみたいだから殺さないであげて」
視線を伏せ、適当な別れの言葉を述べる。
「久しぶりに思いっきり魔法を使えて楽しかったわ。それじゃあ……さようなら」
歩き出すと、どこからか私を呼ぶ声がした。
「──!」
アダムの声だ。城の方から駆けてきている。隣には例の少年もいた。
「──エリザベータ様! ご無事ですか!?」
「うわぁ~すげぇ! あいつ無傷じゃ~ん! 服とかはだけて、あられもない姿になってんじゃないかと──」
「麦嶋ぁ! てめぇ不敬だぞ!?」
「じょ、冗談冗談っ! そんなこと考えてないですぅ……!」
下らない揉め事をしながら二人はこちらに来る。
「終わったのですか? まだ奴ら生きているようですが……」
「全員魔力切れ。だからおしまい」
「はあ」
「それとアダム。私死ぬわ。今まで世話になったわね」
「ん……はい!? 何を仰ってるんですか!?」
「もはや生きてる意味なんて無いから」
「そ、そんな急に……なぜですかっ!?」
「別に急じゃないでしょ? あなたには、ずぅ~っと昔から話していたことじゃない」
「それは……まぁ……」
言葉を濁すアダムに対し、少年がバカみたいな顔をして聞き返してくる。
「えっ? なんで死ぬの?」
「言ったでしょ。意味無いからよ」
「あえ~?」
「じゃあね」
「あ、おい待てよ! 俺のこと助けてくれるんじゃないの?」
「……元の世界に戻してくれるらしいわよ」
「え、マジ!?」
黒蛇が反応する。
「勝手に話を進めるな……!」
少年が首を傾げる。
「て、言ってるけど? ちなみにそれって俺だけじゃないよね? クラスのみんなも戻れるよね?」
「さぁ」
「さぁ~あ?」
「別にいいじゃない。放っておけば。そいつらあんたをハブったんでしょ」
「そうだけど、状況が状況だったし。それに俺一人で戻ったら変な感じになるだろ。二十人のクラスが、一人の転校生と入れ替わるんだぞ? 先生や後輩に『あいつ誰?』とか思われながら過ごすのか? 気まずいだろうが」
「はぁ……知らないわよ。どうでもいいわ」
「な、何だよその言い方?」
「鬱陶しいのよ、あんた。いい加減、一人にさせてもらえないかしら?」
「ちょ、おいっ!? 待てって!」
呼び止めを無視して、場を離れる。
少しだけ憑き物が落ちたようだった。もっと早くからこうしていれば良かった。
だがその時、ボーっとしていた私の背中に、何かが物凄い勢いで衝突してきた。
「──待てって言ってんだろうがぁぁ!」
あまりの衝撃に前方へ転んでしまう。
「きゃっ!?」
這いつくばりながら、顔を後ろに向ける。バカがこちらに両足を向けて倒れていた。
まさか、こいつ……信じられない。人間如きが……この私に……神に飛び蹴りした!?
「あ、あんた何して──」
「うるせぇぇえええ! このメンヘラクソ女神がぁぁ!!」