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【132】邪神

 私の発言を聞き、アダムが困惑する。


「始末って……何を仰っているのですか!? この数の人間が相手では、いくらエリザベータ様とはいえ──」


 五時の方向。柱の陰から二等級相当の火属性魔法を放とうとしている人間を感知した。


 私は棒立ちのまま、視線を向けるまでもなく、即座に属性魔法をその方向に射出する。空中に展開した赤い魔法陣から熱線が放たれて、そこの柱や床ごと焼き尽くす。


「わ──」


 断末魔を上げる暇すら与えず、そこにいた人間たちを消し炭にした。

 アダム含め、その場にいた者すべてが戦慄し、あのミラミス王もそこで初めて後ずさりした。


「悪いわね。私、戦うのって初めてだから、ちょうどいい火力が分からなくて」


 王は皺のある額に冷や汗をかき、次第に怒りを露わにするのだった。


「ほ、本性を現したな……邪神め!!」


 王が魔力を練ったので、今度は少し加減して風魔法を放った。空気の鋭刃が、甲高い音を響かせながら飛んでいき、王の右腕をその鎧ごと斬り飛ばす。


「……は? あ、あがぁぁああ!?」


 一拍遅れて状況を理解した王は膝から崩れ落ち、苦悶の表情を浮かべる。


「首を斬るつもりだったんだけど……まぁ、今ので感覚はつかんだわ。次は外さない」


 先ほどまで威勢の良かった兵士たちも息を飲み、恐怖に打ち震えているようだった。しかし、彼らはきっと王からそれなりのポストを与えられた精鋭なのだろう。怯えた表情は、すぐさま敵意のこもったものに変わる。

 ローブを纏った魔法使いたちが杖を構える。杖の先に、おそらく各々が得意とする属性魔法の術式が展開されていく。


「貴様よくもっ……! よくも陛下をぉぉ!!」


 威勢はいいが遅い。しかも粗末だ。睡眠を必要としない私が、あくびをしてしまいたくなる魔法練度である。五秒以上かけて展開する魔法陣がこれか。


 彼らの魔法陣が光り出してから私は魔力を練り上げ、自身の周囲へ小ぶりの術式を無数に展開、即座に属性魔法を放った。四方八方へ放たれたありとあらゆる属性弾は彼らの脳天を貫いた。有言実行。全弾命中。一撃必殺。


 続けて、彼らが発動しかけていた魔法陣が暴発し、即死した彼らに追い打ちをかけた。はずみで、杖が一本飛んでくる。シダ植物のゼンマイみたいな形をした木製の棒で、下半分が折れている。

 こんな補助具に頼っているから、いつまで経っても魔法が下手なのだ。


「ん……」


 何か胸に違和感を覚えた。視線を落とすと、いつの間にか鋼鉄の長剣を持つ男がいた。すでに剣は振り下ろされており、左肩部から右腰にかけてざっくりと斬撃を与えられたようだ。


「油断したな邪神?」


 おそらく隠密効果を有する無属性魔法でも使いながら、高速で近づいたのだろう。また、剣士としてもかなりの使い手だと分かる。その剣は確実に急所を抉っていたからだ。まぁ……私に急所があったらの話だが。


「は? かはっ……!?」


 目の前にいる男の首を絞め、片手でその体を持ち上げる。

 私の体に異常はない。人間の姿に擬態してはいるが、私はどこまでいっても魔力の塊である。物理攻撃で私を消滅させることは叶わない。


 男を持ち上げたまま空いた方の手で剣を奪い、私がやられたように袈裟斬りをお見舞いした。そのときすでに私の体と衣服は元通りになっていた。


「がぁぁああ……!?」


 同じようにやったつもりだったが、上手く即死させられなかった。剣術は一朝一夕ではいかないようだ。

 瀕死の男を柱に思いっきり投げてとどめを刺す。奪った長剣は後学のため、床に出した魔法陣に落として、その中にしまった。


 記念すべき私の初戦闘を目の当たりにした生き残りの兵士らは、とうに戦意喪失しているようで、稚拙な防御結界を張ったり、逃亡を図ろうとしたりと散々だった。

 そんな彼らに激高する王へと一歩一歩近づきながら、私はそいつらも余すことなく魔法で始末していく。

 十数歩進み、兵士らを全滅させたところで王がおもむろに立ち上がった。斬り落とされた腕の激痛に表情を歪ませながらも、彼はもう片方の腕をこちらにかざし──


「え──」


 ホワイトアウト。一瞬、視界が白一色に染まって、後に私は吹き飛ばされていることに気づいた。


 光が失せると、私は城外にいた。木々の隙間から見える黒い空から、冷たい雨粒が頬に落ちてくる。

 倒れた体を起こして周囲を見回す。どうやら超火力の光線をもろにくらい、城外の林まで飛ばされたらしい。


「あの王……人間のくせして、私や神使みたいな魔法技術してるわね」


 先ほどまで相手にしていた有象無象の兵士らとはわけが違う。思えば、あいつはここに来たときから異様な魔力量をしていた。


「──今のをくらってなぜ無傷でいられる?」


 眼前の空間が歪み、そこから王が姿を現した。

 やはり妙だ。これは空間魔法の類だろうが、それは魔王一族が得意とする魔法だ。理論上、術式を再現できれば人間にも可能だろうが、はたしてそこまでの使い手だっただろうか。


「あんた……いつからそんな魔法が得意になったの?」

「ふん。まさか邪神様にそのような称賛を頂けるとは。光栄だ」

「はぐらかしてんじゃ──」


 そのとき嫌な感じがした。悪寒、というのだろうか。

 根拠はないが反射的に空を見上げた。何もない。分厚い雨雲が雷と共に空を埋め尽くしているのみである。しかし、何かが変わったという確信が心の内を支配するのにそう時間はかからなかった。


「邪神。貴様がそこまで化け物染みた強さを有するとは思ってもみなかった。おそらく、今の私では貴様を殺す手段を持ち得ない」

「……」

「したがって邪神よ……自害しろ」


 刹那、空に穴が空いた。

 巨岩。雲海の底をかき分け、稲妻をまとった巨岩が降ってきた。圧倒的な存在感を放ちながら、見かけ上ゆるやかに、だが確実な絶望と共に空を切り裂いてきた。


「マティラスが開発した『テイア』はすばらしい。この星のすべてを創世した貴様に対抗しうる唯一の破壊魔法であろう」

「『テイア』……ですって?」


 あれはそう簡単にマネできる魔法ではない。だが、今上空に顕現したそれは、間違いなくマティラスの使っていた魔法と同じものだった。


「『テイア』を止められるのは術者である私だけ。貴様はこれでも殺せないだろうが、近辺にいる生物はどうだろうな? あの猿や魔王二世も無事では済まないだろう」

「……」

「どうする? 言う通りにすれば止めてやらんこともないぞ? 自害するか殺し方を教えろ。この星から出ていくでもいい。とにかく消えてほしいのだ。おまえさえいなければ、この星は私のものとなる」


 死のうと思えばいつでも死ねる。生物ではないので“死”という表現はそぐわないが、存在が消えるという点で言えば同じことだ。

 いわば私は魔力の塊であり、それが悠久の時を経て体や知能を得た存在だ。したがって、その全魔力を散り散りにすれば死ぬ。ひび割れた花瓶を直すのは容易でも、粉みじんにして強風に煽られてしまえば元に戻せない。それと同じ。私を構成する魔力を際限なく放散すれば、体を治癒することも知能を保つことも不可能だ。


 しかし、こんな奴のために身を捧げる理由がどこにあるだろう? 『テイア』だろうとなんだろうと、消し飛ばせばいいだけだ。


 即座に上空へと魔力を放出し、そこに六等級の属性魔法の術式を複数展開する。七大属性すべてを同時展開し、それらを組み合わせ、巨大な一つの術式に昇華する。


「これはまた随分と仰々しいな」

「ただの魔法じゃないわよ。私が放てる最高火力の属性魔法。あんたたちが勝手に決めた“等級”という概念に則って表現するなら限界突破の“七等級”よ」

「……」


 その魔法陣はエアルスの直径を凌駕した。地表からではほんの一部しか目視できない規模だ。そして、術式がまばゆい光を放ち、音も無く、膨大な量の魔力エネルギーを掃射した。ただし一瞬だけだ。数秒でも威力は十分。元より私の七等級は、あらゆる魔法を無効化でき──


「──いけないなぁ邪神。自分だけが“限界突破”していると思ったら大間違いだ」


 七等級の術式を解き、光が失せていくと、そこには変わらず巨岩が降りてきていた。闇をかき分け着実に。


「嘘……」

「そうだ! 私の『テイア』も七等級! マティラスのそれより洗練されている!」

「マティラスより上……?」


 ありえない。なんでただの人間が七等級を? あれは全属性を六等級相当に極めて発動する魔法だ。しかし、人間でも魔族でも、通常一個体に一属性が基本。なのに、こいつは全属性に適性があると?


「貴様の七等級にはヒヤッとしたが、そんな一瞬の発動で『テイア』はビクともしないさ。もっともあの威力の光線を最後まで発動すれば、反動でエアルスも無事ではないだろうがなぁ! ハハハハハッ!」


 空を見上げ高笑いした王が動きを止めて、爬虫類のような鋭い目線をこちらに向けてきた。


「人間界には、数ある大罪の一つに“傲慢”を挙げる民族がいる。また、罪を犯せば罰が下るのは世の常。貴様に罰を与えよう……二つ追加だ」


 はるか遠方、膨大な魔力の発生を感知した。

 『テイア』だ。こいつ、別の地にも──


「魔界と人間界……正しくは、カロラシア大陸とミラミス大陸にも『テイア』を落とす」

「人間界も……どうして? 人間界はあんたの──」

「そうだな。このままでは私の国はおろか、三界に甚大な被害をもたらすのは明白。しかし、貴様が死ねば問題ない」


 狂ってる。なぜそこまでして──


「何をボーっとしているッ!? どうせ殺す方法はあるのだろう!? 貴様は──」


 瞬間、私は地面を蹴って王に接近し、その醜い顔面を殴りつけた。

 殺すつもりだったがいまいち手ごたえがない。魔法か何かでガードされ、致命傷には至らなかったようだ。

 王は林を突き抜け、島の際まで飛んでいった。


「うぐっ……!?」


 私はずっとこの星の生物のことを第一に考えてきた。最善は尽くしてきたつもりだった。それでも失敗したようだ。分岐点はどこだったのか、考える気も起きない。もうどうだっていい。


 林を出ると、上空の隕石がより鮮明に視界に入った。波打ち際で片膝をついた王と目が合う。


「ど……どういうつもりだ!?」

「……」


 私が死ねば、王は『テイア』を消すだろう。三界への被害は免れる。だが、それがなんだ? 私が死んでも、エアルスの生き物たちが救われることはない。この悪逆非道の王が頂点に君臨したら結果は変わらないのだ。人間がこれまでの仕返しと言わんばかりに魔族を虐げ、争いはまた激化する。そうなれば必然、自然や動植物はいたずらに傷つけられるだろう。私の理想からは大きくかけ離れ、エアルスは地獄と化する。


 それなら……どうせ終わるなら、エアルスは私の手で終わらせる。


「いいのか!? 『テイア』を止められるのは私だけだぞ……!?」

「勝手になさい。あんたはここで殺す。この星を犠牲にしても必ず」


 『テイア』を三回発動し、とうに魔力が切れかけている王を前に、私はこれ見よがしに魔力を捻出した。全身から白い煙のようなエネルギーが爆発的速度で沸き起こる。

 王の顔から血の気が引いて、尻もちまでついてしまう。滑稽だった。


「ま、待てッ! 待ってくれ!」


 鎧をがしゃがしゃ鳴らしながら脚を動かし逃げようとするが、浜辺の柔らかい砂にすくわれてろくに後退できていない。後退したとて、その先は荒れた海だが。


「今一度考えろ!? このままではエアルスに──」

「だから、勝手にしろって言ったでしょ? 何度も言わせないで。まったく、この程度の脅しで私が屈すると思った? 傲慢なのは一体どっちなのかしらね?」

「……ッ!? こ、この邪神がぁぁ!!」


 王は語気に怒りと恐怖を混ぜてそう叫び、自身の背後に魔法陣を出した。即座にその空間が歪んで渦を巻き、彼は倒れ込むように吸い込まれて消えた。


 またあの空間魔法か。しかし、まったくと言っていいほど魔力が込められていなかった。なけなしの魔力で無理に発動するからだ。そう遠くへは行けまい。


「──!!」


 刹那、激しい潮騒を耳にした。音の方に意識を向けると、近海にて三角形の陰がうごめいているのが見えた。また、男の声が途切れ途切れにこだましている。

 すると、今度は雷鳴がとどろき空が何度か光って海を照らした。三角形の陰はおそらくサメの背びれと思われた。複数いる。すでにその辺りの海水は赤黒く染まっていて、わずかながら魔力も混じっている。

 瞳に魔法陣を展開し、今一度現場を検めると、そこには間違いなく王の魔力と血肉が散乱していた。サメたちのエサになったようだ。そして、エサにはなりえない彼の鎧が、今まさに海底へと沈んでいくところだった。


「無様ね。私を殺すことも、私から逃げることも満足にできないなんて。本当、無様──」


 そうして巨岩は落ちた。


 想像を絶する衝撃波が三界に走り、大地も大海もひっくり返すほどの壊滅的被害が広がった。

 その間、私は何もできず、何もせず、ただ立ち尽くしたままでいた。失われる多くの命とともに私自身も滅ぶつもりで。

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